「ねー、おにーちゃん。そのピザとって」
「これ……辛いぞ? つきは甘党じゃなかったか? つーか食えるのか?」
「甘いの好きなだけで辛いのも食べれるから」
ほれ、とピザを一切れ放ってやる。
マジで放ったわけじゃないが表現的に適当だったからだ。
本当に放ったら秋子さんの制裁を喰らうから。
「はわっ、予想以上に辛くて舌がぴりぴりするんだけど」
「つきの味覚はお子様だからな。無理しないで食えるもん食え。ほら、俺が食うから寄越せ」
「ごめんねー、おにーちゃん」
「照り焼きなんか甘くていいだろ。それでいいか?」
うん、と頷いたので渡す。
それと引き換えに辛いピザ―――ホットチリ―――が俺に戻ってくる。
つきの歯型が残ってる。
中途半端にかじったなもんだ。
はむはむと食べてみると辛いけど俺的には美味い。
美味である。
「美味しいねー♪」
「そりゃ秋子さん手作りピザだからな。美味いに決まってるだろ」
「あら、ありがとうございます」
水瀬家リビング。
なんと今日の夕食は秋子さんお手製ピザなのだ。
あぁ、素晴らしい。
「………………………………えっと、どちらさま?」
名雪だけ、引き攣った笑顔を浮かべていた。
妹は戯れる。
〜言葉でいぢめる編〜
その言葉を聞いて俺と秋子さん、つきは食事を中断した。
ピザをお皿に戻して、こくこくと水を飲み干す。
呆けてる名雪に一斉に向き直ったら、名雪はびくっと震えた。
「名雪、覚えていないの?」
「覚えてるも何も初対面だよ……」
「うーん、会ってると思うぞ?」
「気のせいだよ……」
「会ってるよ? 名雪さんでしょ? おにーちゃんと私の従姉妹の」
昔、会ってるはずなんだけどなぁ。
まぁ、忘れててもおかしくはないんだけど。
そうすると自己紹介からするか。
俺はアイコンタクトで隣りのつきと意思疎通をする。
「見詰め合ってないで紹介してよ……」
「アイコンタクトだ」
「私は相沢月佳だよ。祐一の妹になるの。名雪さんの一才年下」
「うん、よろしくね、月佳ちゃん」
「自己紹介も終わったところでピザを食おう」
「う〜、なんか納得いかないよ〜」
とりあえずピザを食った。
あぁ、俺は月佳のことをつき≠チて呼んでる。
あとマイシスター≠ニか妹君≠ニか。
昔からの呼び名だから変えるの面倒。
別に月佳でも、つきでも本人が気にしてないから構わないし。
相沢月佳、俺の一才年下で実妹……義理じゃないからな。
俺と同じ髪の色と瞳の色をしてて、髪は鎖骨くらいまで伸ばして短いポニテにしてる。
まぁ、普段は下ろしてるんだけどな。
身長は年の割にはちょっち低めだと思う。
スタイルは発達してなくて、栞より下でバスト75くらいだったっけ。
何故か知らんが漢の浪漫を解する希少な妹である。
「っていうか何故に此処にいるんだ、つき」
「おとーさんとおかーさんが馬鹿息子の様子を見てきなさいって言ったから」
「誰が馬鹿息子だ。まぁ、それでお前が派遣されたのか」
「しばらくは居座るつもりだけど」
「了承」
2人でソファーに座ってテレビを見ながら話してた。
なんでその会話に秋子さんが返事を返せるのかが激しく不思議。
そんなに大きな声じゃなかったから食器洗ってる秋子さんには聞こえないはずだ、が。
不思議でも追求はしない。
だって違反行為に引っかかる。
水瀬家暗黙規定第五条水瀬秋子追及禁止項目違反。
何で全部漢字で統一してるのかも気にしないでくれると助かる。
ただカッコイイ感じするからだし。
「久しぶりのおにーちゃんだー♪」
「あー、鬱陶しい。くっ付くな。離れろっつーの」
「良い匂いだよー。懐かしいよー。気持ちいいよー」
「だおっ!? 月佳ちゃん何してるの!?」
「おにーちゃんとスキンシップだよ」
「ダメダメダメダメ! 血の繋がった兄妹で何してるんだよ!!」
そんなにダメを連呼する必要もあるまいて。
っていうか、いつの間にソファーまで来たんだ、名雪。
暑苦しいからつきも離れてくれないだろうか。
仮にも女の子なんだから男に抱きつくのは止めたほうがいい。
まさか誰にでもこうなのだろうか。
そうならば兄として心配だ。
「はわっ、おにーちゃんが遠くなってるよ」
「当たり前だよ!」
たしかに当たり前だ。
名雪がつきを引き剥がしてんだから。
「どうでもいいが名雪。つきに背中から抱き付いてる格好は素敵に危険だ」
「あ、名雪さんって女の子好き?」
「ぜんっぜん好きじゃないよ! わたしは普通に男の子好きだよ! ノーマルだよ!」
「私は気にしないよ? 名雪さんが同性愛者でも。そういうのも浪漫だよね」
「異性愛者だし! めっちゃ異性愛主義者でノーマルだよ!」
でも名雪と香里って何か怪しいんだよな。
何か2人の間にあっても俺は驚かないかもしれないと思う。
うん、お前が同性愛者だとしても友達だから安心しろよ、名雪。
つきも浪漫を解する女だから白い目で見られることはない。
どうでもいいが名雪、お前、ちょっと変。
言動とか普段と違うぞ。
「ノーマルなら放してよ。おにーちゃんに甘えたいんだから」
「う〜、それはダメだよ〜。ぜったいに放さないもん」
「秋子さん助けてー。名雪さんに食べられちゃうよー。えーん」
「うわっ! すっごい性格悪いよ、月佳ちゃん!!」
「あらあら……名雪、彼氏を作らないと思ってたら……そうだったの」
「違う違う違う違う! お母さん、自分の娘を何だと思ってるの!?」
「わたしも気をつけたほうがいいかしら?」
「秋子さん美人だから気をつけたほうがいいよ。私はそう思うよ」
「月佳ちゃん!? 余計なこと言わないでいいから!?」
秋子さんもノリがいい人だ。
っていうか疑われたくなきゃ抱きかかえてるつきを放せばいいだろうに。
誰が見ても怪しいって、その体勢。
ソファーに座った名雪がつきを背中から抱き締めてるんだし。
まぁ、見ていて飽きない光景ではあるが。
「祐一! そんな偉そうにテレビ見てないで助けてよ!?」
「……妹をよろしく頼む」
「っ!!」
ギンッ、と名雪の瞳が鋭さを増したと同時につきが吹っ飛んできた。
俺に向かってまっすぐに。
人の妹を投げて武器扱いするなっつ−の。
どふっと俺にぶつかって、そのままソファーから落下した。
愛する―――家族としてだ―――妹に怪我させたくないから胸に引き寄せといた。
まぁ、怪我はあるまい。
「名雪さん、ひどい……」
「つきも悪戯が過ぎるぞ? あまり名雪をからかうんじゃない」
「おにーちゃんとの甘い一時を邪魔されたから」
「い、いつ、いついついつ、いつまで抱き合ってるんだよ!?」
「美しき兄妹愛ね。立ち入る隙間もないくらい」
「お母さん、ちょっと違う! ううん、だいぶ違わない!?」
「名雪、つきちゃんは諦めたほうがいいわ」
「狙ってないし! 最初から初めからまったくぜんっぜん狙ってないし!」
よしよし、とつきの頭を撫でてやる。
気持ちよさそうな、恍惚とした表情を浮かべる妹。
少しばかり色気がある。
それから親子で楽しげに会話をしている2人に目を移す。
もちろん撫でたまま。
あぁ、秋子さんと名雪って仲良しだよなぁ。
少しばかりズレた感想を俺は心の中で呟いた。
名雪がちょっと哀れだった。
「あ、ちょっと血が出てるよ」
「うん? あぁ、落ちた時に切ったのかも」
「……舐めてあげる」
言うが早いか、つきは俺の頬に舌を這わす。
ぞくり、と何とも言い難い感覚が全身を駆け巡った。
表現して近いのは快感か痺れ。
後者ということにしておこうか、倫理的な問題もあることだし。
「祐一に月佳ちゃん!? わたしとお母さんの激闘そっちのけで何してるの!?」
「言ったでしょう? 血の繋がりはあっても2人が気にしない限り、それは隙にはなりえないのよ」
「いや、そんな話してないし!! お母さん今日ちょっと変だよ!?」
「だから、ね? つきちゃんは諦めてあげて? 名雪には香里ちゃんもいるでしょう?」
「まだ言うの!? っていうか、やっぱり祐一を諦めるんじゃなくて月佳ちゃんを諦めるの!?
しかも香里関係ない関係ない! 何度も言うけど、わたしノーマルだし! 男の子が好きだよ!!」
「ちゅ……んん、おにーちゃぁん……」
「あぁぁ!? そこ、甘い声出さないの!! もう血を舐めるとか関係なくなってない!?」
名雪、なんか今日のお前は面白いぞ。
なんつーか見てて飽きないし、ナイス漫才って感じでいい。
秋子さんも最高だ。
今の状況で冷静にこんなこと考えてる俺も俺だが気にしないことにしよう。
にしても騒がしい夜だ。
真横に妹の顔があるしな……女の顔になるんじゃない、つき。
「あーーーー!!! もう!!! 祐一から離れてーーーーー!!!」
「はわっ、名雪さん、胸、胸。触ってるって揉んでるって潰してるって」
「名雪……もう隠さないでいいの。貴女を追い出したりしないから安心して。受け入れますから」
「いやっ、触ってないし揉んでないし潰してないし!! 月佳ちゃんの嘘だし!!
お母さん、いい加減にいつものキャラに戻って!? わたし、お母さんの人格を疑いそうだよ!?」
「でも背中から抱き付いてるのは言い逃れできない事実だよね」
「月佳ちゃん、何も言わないでいいから!!」
「女と女で愛し合うのもね、浪漫。だけど私ってノーマルだから違う相手を探して? ね?
名雪さんの気持ちは嬉しいよ。でもやっぱり私、ちゃんと男の人と一緒になりたいから」
「わたしはノーマルだって言ってるんだよ!!!?」
俺としては妙な雰囲気を纏いだした妹を引き離してもらってありがたかった。
さすがに血の繋がった兄と妹は危険だ。
愛さえあれば、とかドラマや漫画で言っているが俺は嫌。
世間の冷たい目を気にして生きていくのは酷過ぎるだろう。
それにしても名雪は色んな意味でいっぱいいっぱいだな。
実の母の予想外の変貌に、新手のつきによる猛攻を受けてグロッキーだ。
いつになくハイテンションな水瀬家。
ちなみに俺も秋子さんがここまでノリノリになるとは思わなかった。
我が妹に関しては普段からこんなんだが。
「だから祐一!! そんなトコに寝そべってないで手伝って!!」
「むぅ、そんなこと言われても。そうだな……」
「早く早く! これ以上の修羅場は嫌だよ!!」
「俺も名雪と香里の関係には以前から疑問を抱いていぶふぁ!!」
最後まで言い切らないうちに名雪の高速フックが俺の頬を打ち抜いた。
その瞳がお前を殺すと物語っている。
どうやらいじめられすぎて理性が飛んじゃってるらしい。
危険である、ひじょーに。
「おにーちゃん!? 大丈夫? ちゃんと生きてる?」
「死んではいないぞ……」
「祐一。わたし、そろそろ、いい感じで、変に、なりそうだよ」
「お、落ち着くんだ。っていうか何故に対象が俺なんだ!?」
だって今まで名雪で遊んでたのってマイスシターと秋子さんじゃん!!
俺、ずっと見てただけだし!
いやっ、見てただけってのは共犯扱いだけど!
それでも普通はキレるとしたら主犯相手のはずだろ!?
何故に俺!?
「ふふふふふふふ。悪いのは月佳ちゃんとお母さんだけど女の子に手を上げるわけにはいかないよ」
「わぁ、やっぱり名雪さんって女の子好きなんだ。アブノーマル街道まっしぐら♪」
「えっと……名雪。気持ちは嬉しいですが、やはり母子でっていうのはいけませんよ」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ。ごめんね、祐一。わたし耐え切れない……おやすみなさい」
暗転。
あとがきっぽいコーナー。
氷:ということで新しくSSを始めてみました。
夏:……近年稀に見るほどにアホな内容じゃないですか。
氷:凹むから言わないでください。
夏:なんか生々しいです。
氷:まぁ、それは置いといて名雪の株がSS読んでて落ちたので持ち直そうSSです。
夏:変な方向に持ち直してるじゃないですか!!
氷:私の脳内でいぢめられ役が定着しちゃいました。
あと、名雪はフォロー役してるのが大好きです。
夏:公式名雪さんのファンの方々、ごめんなさい。
こんな名雪さんになってしまいました。
氷:このSSはいちおー続きますが、この話は続きません。
夏:いわゆる短編連作でしょうか?
氷:うーん、そうかもしれないですねー。
夏:ともかく、氷翼のネタが尽きるまで続く予定です。
氷:尽きたら放置?
夏:……まぁ、完結という概念がないですからそうでしょう。
氷:自分で書いて何だけど傍迷惑なSSですね。
夏:まったくです。
氷:というわけで、不安定(?)なSSですがよろしくお願いします。