今、ここで君が笑うから

11.忘れないでね






















話が終わって20分ぐらいが過ぎたころ、

「ただいまー」

桔梗が瑞佳と共に戻ってきていた。

「お帰り。長森さんもありがとう、仲間外れにしたみたいなものだったけど、快く引く受けてくれて」

「ううん。そんなことないよ。私は元々予定にはなかったんだし、大事な話だったんでしょ?

 それに、桔梗ちゃんとも仲良くなれたんだもん。それでいいんだよ」

祐一は労いの言葉を瑞佳にかけるが、瑞佳はそれを笑って流してしまった。

何だかんだで、博愛精神の持ち主というのは変わらないのだった。

「…出た、だよもん星人」

それをぶち壊しにする者もいたわけだが。

「あ、ねえ。これからどこかに遊びに行かない?」

唐突ではあったが、留美が提案する。

「瑞佳じゃないけど、折角出会えたんだから。もっと仲良くなりたいじゃない。ほら、瑞佳。紹介するわ」

そう言って、奥でお茶を飲んでいた茉莉を引っ張ってくる。

「ちょ…留美、何な……って、えっと…」

戸惑っていた茉莉だったが、そこに見たこともない人の姿――瑞佳を見て固まる。

誰、この人。そんな感じ。

「ほら、茉莉。こっちはあたしの友達で、今回の被害者の長森瑞佳。で、瑞佳。こっちがね」

「茉莉・アップスターです。よろしく、長森さん」

ぺこりと頭を下げる。苗字を隠さなくなったのは留美との出会いだけでなく、祐一と話したことも影響している。

故に、茉莉は自分を偽ることなく、在りたいがままの姿で生きていきたいと願った。そのための第一歩が、自分の生まれ、名前、姿に自信を持つことだった。

だから、茉莉はもう隠さない。

「わ、瑞佳でいいよ。こっちこそよろしくね、アップスターさん」

「そっちも、茉莉でいいですよ。苗字って呼びにくいでしょう?」

「うん。あ、口調はさっき七瀬さんに話してたみたいでいいよ」

あはは、と笑いながら瑞佳は語る。

「うん。でも、いいの?」

茉莉の言葉に瑞佳は首を傾げる。

「留美、寂しそうだけど」

言われて、瑞佳は留美を見る。

「…あたしだけ名前で呼んでもらえないんだ」

拗ねていた。

「ごめんね、ずっと七瀬さんだったから。これから留美さんに直していくね」

漸く茉莉との違いに気付いたのか瑞佳は今後の呼び方を示した。

それは、瑞佳と留美の距離がさらに近づいたことでもある。

「桔梗、これからこの人たちと遊びに行くか?」

その賑わいから少し離れたところで、祐一が桔梗に遊びに行くかどうかの確認をしていた。

「うん」

そして、先程まで一緒にいた瑞佳、ずっと良くしてもらっていた留美、友達の姉であり、心許せる人である茉莉。この3人がいて、行かないなどという選択肢は存在しなかった。

もっとも、不安要素は存在する。それが浩平だった。

いくら留美と仲のいいところを見せつけようとしたところで、普段からやっていることはただのどつき漫才に過ぎず、仲睦まじく見える人には見えるだろうが、桔梗にはそんな風には見えない。

要は、留美を困らせる悪い人、としか見えていないわけである。

「よし…準備って、どこに行くかを決めてからだな」

周りの騒ぎが収まるまで待ってから祐一は問題を切り出す。

「さて、どこに何をしに行く?」

遊びに行くとしても選択肢は色々とあるものだ。

「あ、私プールの無料券を新聞屋さんにもらったんだ」

そこで茉莉が口を開いた。

「却下。あたし達には水着がない」

だが、留美がそれを一言で斬って捨てる。

「甘いのよ。うちに余ってる分から好きなの貸すから。2人を見てる分にはサイズも問題なさそうだし」

茉莉もそれに負けじと食い下がる。というか、ただ泳ぎたいだけなのではなかろうか。それとも、祐一を誘惑したいのか。

まぁ、誘惑という部分までは思考は回っていないだろう。

「そこまで言われたら行かなきゃ男が廃るってもんだろう?な、相沢」

満面の笑みで同意を示す浩平。それはそうだろう。

彼は、未だに留美の水着姿というものを見たことがないのだから。

いや、あられもない姿ならば何度も目にしているのだが。

「俺に同意を求めるな。それに、お前の分はない」

「何ぃ!?」

これでもかというほどに大袈裟に驚く浩平。それを目にした桔梗が驚いている。

「まぁいい。俺は着替えで用意してきたハーフパンツでも使うさ」

まだ決定していないはずなのだが、誰もが行くつもりで話しをしている。

「桔梗、どうする?」

「行きたい」

これで決定。

























それから暫くして、桔梗を除く女性陣が相沢家からアップスター邸へと移動し始めた。

目当ての水着を物色するために。

それらが帰ってくるのを待つ相沢家では、あからさまに鼻の下を伸ばす浩平と、それを見せないように桔梗を連れて部屋を後にした祐一の姿があった。

「ぐへへ…あいつの……」

はっきり言って、ただの変態である。

「…男のああいう姿だけは、周りの女性陣には見せたくないもんだな」

その光景を覗きつつ、祐一はポツリと呟いた。

桔梗は既に祐一が以前に買ったプライベート用の水着などを用意しに部屋に戻っている。虫食いさえなければそのまま使える。

もっとも、桔梗のことを思う祐一の手により防虫処理は厳重に行われ、更には少しずつ海やプールの時期が近づいてきたことにより、脱臭処理も行われていた。

「戻ったよー」

がちゃり、とドアが開き、3人が入ってくる。

「早かったな」

「うん、2人ともすぐに決めてくれたから」

じゃ、行くか。祐一がそう言おうとした時、留美が浩平がいるリビングに足を踏み入れていた。

修羅場、確定である。

「…少し、席を外そうか」

この後起きるであろう惨劇を予見した面々は何も言わずに祐一の言葉に従った。

「こっっっの…ド変態っ!!!!!!!」

近所迷惑もいいところの怒声に続き、炸裂音が続く。

「うわ…容赦ないな」

その音を聞きつつ、祐一が漏らす。

教室でどつき漫才を繰り広げていたことは覚えていたが、これは酷い。ほっとくと浩平が死んでしまうのではないかと思ってしまうほどに酷い。

「止めなくて、いいの?」

茉莉が心配そうに言う。

流石に、初対面の人間だからか、浩平の立ち位置を理解できていないようだ。

「いいんだよ」

だから、笑顔で言い切る瑞佳を前に少しだけ引いてしまう。

「取り敢えず、部屋を血で染めてくれなければどうでもいいか」

これはこれで結構酷いはず。

























取り敢えず、留美の機嫌も何とか治まり、全員で市民プールに向かうことに。

「市民プールってどんな感じなの?」

留美が滞在暦の一番長い祐一に問いかける。

「確か、ごみ焼却センターで、ごみを燃やしたときに発生する熱を利用した温水プールらしい。だから年中使えるらしい。

 まぁ、真冬に髪を乾かさずに外に出れば凍るけど」

それは当たり前だよね、と茉莉は内心突っ込みつつ、続きを語る。

「市の直営だからレジャープールとはちょっと違うけど、ボール遊びとかは禁止されてないみたい」

「ふうん。そんなところもあるのね」

留美が感心したように言い、瑞佳も頷く。

だから茉莉がボールをつめてきたのだと納得できたのだ。

勿論、これにも理由がある。

桔梗がいるからこそ大人用プールが使えない。だからできることといえば、子供用プールで遊ぶことになる。そこで、ボールが登場するわけだ。

これは、楓という妹がいるからこそできた発想である。

もっとも、祐一も密かにボールを用意してきていたが、ここは茉莉に花を持たせることにした。それが正しいような気もして。

そして、到着。

「じゃ、私たちは向こうで着替えてくるね。終わったらシャワーの前で待っててよ」

「わかった」

祐一と茉莉が短く言葉を交わし、別れる。

男の着替えなど早いものだ。脱いで履く。それだけ。

一方で女性陣は時間がかかる。

それを大人しく待つ祐一と、苛々しつつ待つ浩平。両極端だった。

「ごめん、待たせたかな」

「問題ない」

茉莉の言葉に短く答える祐一。その一方で、浩平は遅いと悪態を吐いて留美に怒鳴られていた。

それはそうだ。恋人のために水着を選び、入念に準備をしてきたらこの仕打ちだ。怒りたくもなる。

「…取り敢えず、遊ぼうか」

「そうしようか」

留美と浩平を置いて、祐一、桔梗、茉莉、瑞佳は子供プールへと向かった。

子供プールに入ってから、祐一は自分の周りにいる女性陣を見回してみた。桔梗の水着は選んだときについて行っていたから別として、後の3人は選んだものに非常に性格が出ているように感じられた。

まず、茉莉。

内気な性格をしていても、基本的に体を動かすことが好きで、日課のジョギングを欠かしたことのない彼女は水着ですら動くことを重点に置いていた。とは言え、競泳水着、というわけではない。スポーツタイプのビキニだというだけで。

次に、瑞佳。

大人しい性格ゆえなのか、白のワンピースだった。とはいえ、多少の冒険心はあるようで、背中が少し開き気味であったりする。ある意味、大胆ではあるものの王道を攻めた感じではある。

それから、桔梗。

言うまでもない。子供用のワンピース。多少フリルがあしらってあったりはするが、基本的には大人しいデザインをしている。これが楓になるとセパレートぐらいは持ち出すのだが。

最後に、痴話喧嘩を繰り広げている留美。

これは完全に浩平に見せる前提なのか、あまり大胆ではないデザインだったが、体系がはっきり出るタイプのセパレートだった。これも本人の性格を反映してなのか、動きやすさも多少は求められているようだった。

「…これは、ありなのか?」

呟いてから思う。

今まで、あゆや、真琴、栞や舞などと市民プールにやってきたことはなかった(名雪とはまだ小さい頃に秋子と共に来ている)。

それなのに、会ってそれほど時間の経っていない茉莉を含めた面々でやって来ている。そこに、下心が無かったかと訊かれれば、祐一は答えに詰まるだろう。

別に、留美や瑞佳相手にどうこうというのはない。だが、茉莉は違った。

それがどういうことなのか、祐一は理解している。

(…俺は、それでいいのか?今のままで、何の答えも出さないままに答えを決めてしまって)

だから、迷う。

はっきりとした答えを示したのは真琴一人。それは、自分の想いは恋愛ではなく、親愛でしかないから。だから彼女は相沢祐一を巡る恋愛戦争から自分の意志で脱落したのだ。

彼女にだって迷いはあった。祐一の傍にいて、騒いでいるのは彼女にとっても居心地の良い場所ではあったのだから。

しかし、そこにい続けるということは人から進歩を奪ってしまう。その結論に至ったからこそ真琴は祐一との関係に答えを示し、新しい関係を築いたのだ。初めは栞や名雪はそれを裏切りとも呼んだ。

だが、それは違う。

裏切りではなく、前進。終われなくなってしまう前に、決着をつけたのだ。

「俺も、か」

呟いて、祐一は茉莉が投げたボールを受け取った。何故かパンダの顔をしていた。

「ふ…」

薄っすらと笑みを浮かべ、それをゆっくりと高く、放り上げる。

今は、楽しめばいい。そのためにここに来ている。そして、年頃の高校生らしい問題は桔梗のいないところで解決すればいい。桔梗の前では父親なのだから。

「桔梗の番だぞ」

「うん」

今は、楽しめばいい。

























夕方になって、留美たちは帰ることになった。

流石にその頃になると寂しくなったのか、桔梗は泣き始めていた。

「大丈夫だよ。また会えるから」

そう言って、瑞佳があやす。

その奥では茉莉と留美が握手をしている。

「じゃ、相沢のこと、桔梗ちゃんのこと、お願いね。あの相沢が茉莉を選んだのにはたぶん意味があるから」

「うん。任されるよ。そっちも頑張ってね。いつまでも手を離さないように」

互いに思いを交し合い、別れる。

「あまり七瀬を怒らせるなよ。あれは周りが思ってるほどには強くない」

「わかってるよ。だからいつもみたいにしてたけど、追い詰めてんのか…」

「そういうことさ」

祐一は浩平の肩を叩くと桔梗の元へと向かう。

「長森さんもありがとう。次があれば、今度はこっちから出向くから」

「あ、うん。そのときは歓迎するよ」

「あぁ。ほら、桔梗もいつまでも泣いてないで。お別れするときは笑って、また会えるようにお祈りしなきゃ」

「…うん」

そして、3人は電車に乗り、北の街を後にした。

「行っちゃったね」

「そうだな」

茉莉の呟きに、祐一が返す。

「ねぇ、私は祐一君のこと、好き。やっぱり嘘は吐けないから」

そして、不意打ちのようにそれは訪れた。

「じゃ、私帰るね。答えは急がないから」

遠ざかる茉莉を見送りつつ、祐一は考える。

(…やっぱり、全部清算しなきゃ駄目だな。全部さ)























次回予告


「あゆです。

 ボクは、舞さんと一緒になって祐一くんを呼び出すことにしました。

 だって、ボクたちと、祐一くんを巡る環境は大きく変わってきてるから。

 これを栞ちゃんや名雪さんが理解してくれるかどうかはわからないけど、もう、終りにしなきゃ、誰もどこにも進めないから。

 次回、今、ここで君が笑うから

 12.ありがとう

 祐一くん、ボクらはどんな答えが来ても後悔しないよ」

















後書き

セナ「次回から、清算編に突入です。メインヒロインたちの感情に決着をつけると同時に、蘭の家庭環境、桔梗の過去など全てに決着をつけていく予定です」

茉莉「…」

セナ「まあ、横で固まってる本作のヒロインに関しても、楓との絡みで大いに活躍していただきますが」

茉莉「…」

セナ「言い逃げが結構恥ずかしかったらしいです」

茉莉「…」

セナ「では、また次回で」