今、ここで君が笑うから

5.一人立ちした人外

















久瀬の自宅は小学校に近い所にあった。

それでいて祐一と仲がいいなら一緒に帰る事もある。

今日はそこに茉莉が参加していた。

「相沢君、今日は寄っていくのかい?」

「当たり前だ。今日も俺が勝つ」

久瀬と祐一の会話に茉莉は入ることが出来ないでいた。何が何だかわからないのだから仕方ないだろうが。

「どこに行くの?」

故に茉莉のこの疑問は当然だった。

「保育園」

「まだ娘がいるの?」

何気に酷いことを言う茉莉。

「お前な……違うよ、知り合いが働いてるから顔を見ていくんだよ」

「ついでに勝負するんだけどね」

祐一の説明に補足をする久瀬。名コンビである。

「勝負?」

「まぁ、着けばわかるよ」

























「保育園かぁ…近いね」

茉莉が周囲を見回す。

その間、祐一は中にいた一人の保母さんに向かって手を振っていた。

それに気付いたのか、その保母――沢渡真琴も手を振り返した。

「頑張ってるな」

「当たり前よ。祐一なんかに負けないんだから」

出会い頭の言葉の応酬。

「ほぉ…言ったな?」

「言ったわよ」

更に続く。

この会話を聞いていた茉莉が、

「これ…喧嘩になるんじゃないの?」

と、久瀬に訊いていた。

「いいんだよ。見てればわかるし、これから“勝負”だからね」

久瀬にとってはいつものこと。

祐一と真琴が顔を合わせる度に起きる、いつものこと。

「仙籍を許すという慣用句の意味を答えなさい」

何故か国語の問題を出す真琴。

(わかんないし…ていうか何の勝負なの?)

茉莉には全てがわからないようだった。

「くっくっくっくっ……甘い、甘すぎるぞ。里村のワッフル並に甘いぞ!!その程度で俺を止められると思うな!!

仙籍を許すとは昇殿を許す、ということ。平家物語(1)で『殿上の仙籍をば未だ許されず』からきているんだよ!!」

祐一は答えを言った。因みに、完答である。

「あぅ〜ゆういちのくせにぃ!」

真琴は心底悔しそうにしていた。

「な、何の勝負なの?」

「相沢君が慣用句や諺の意味をいくつ完答できるか」

茉莉は思わず閉口してしまった。

久瀬はどことなく楽しそうである。

「き、今日はたまたまだったんだから!!次はこうはいかないわよ!!」

最後に捨て台詞を残して、

「まことせんせー、はやくはやく」

子供たちに呼ばれて真琴は仕事に戻っていった。

























「少し前までさ、あいつとは一緒に暮らしてたんだ。俺の叔母の家でな。で、あいつは自分の夢を見つけて、一人で頑張る事にしたんだ。それは嬉しいけど、どことなく寂しくもあるな。そう、娘を嫁にやった父親の心境だな」

保育園から離れたところで祐一。

「相沢君がそれを言うと冗談に聞こえないから気をつけたほうがいいよ。じゃ、僕はこっちだから」

それだけ言って久瀬は角を曲がっていった。

「冗談…にならなかったんだろうな、本当に」

祐一の言葉は茉莉に届いていた。

「そうだね。祐一君が言うと冗談にならないよね」

「その辺は、茉莉だって同じだろう?楓ちゃんとは十ぐらい違うだろ?」

「まぁ…ね」

祐一の言うとおり、茉莉と楓は十も年が離れている。

更に、両親ともに多忙であり、楓の面倒を見ていたのは茉莉だった。はっきり言って楓の保護者は茉莉に他ならない。

「楓の事だから、もう桔梗ちゃんと仲良くなってるんだろうなぁ」

それは姉として、保護者として楓の事をよく知る者としての発言だった。

「だろうなぁ…何となく、物怖じしないっていうか、気付けばこっちの心の中に気持ちいい感じに居座ってるっていうか…そんな感じがあるよな」

祐一も桔梗を守って生きてきたのだから、人を見る目はある。だからこそ、楓は桔梗にとって害のない人間であると思っていた。

「今日、きちんと楓の事紹介するね」

「俺も、桔梗をきちんと紹介するよ」

それは二人の保護者が互いを認め合った瞬間だった。

同時に、その庇護を受ける者同士が強い絆を結ぶことを願い二人は自分達からも大切な二人を引き合わせることを選んだ。

それは何故か?

少なくとも、茉莉はわかってはいない。

ただ、祐一はかつて桔梗が唯一懐いた自分と同世代の女の子と茉莉を重ねた部分がある。

どこかで自分を隠し、偽る。だが、隠し切れないものが他人にとってはとても心地よい。

茉莉も、その彼女もそんな面があった。

だからこそ祐一は、

「普段は綺麗な顔してるけど、笑えば安心できるような…そんな可愛い顔してるんだからさ。桔梗に会うときは笑っててくれよ」

と、言った。




















<次回予告>

「薄幸の美少女こと美坂さん家の栞です。

祐一さんと見たことのない女性、それから小さな女の子が一緒に歩いているのを見かけました。

名雪さんの家を出たと聞いていましたが、まさかあの人たちに弱みでも握られて…?

え?違う?そうですか。なら一安し……って、祐一さんロリコンですか!?

次回、今、ここで君が笑うから

6.乙女の戦場

事情くらい、説明してもらえるんでしょうか?」














後書き

セナ「自分の無計画に呆れてみたり」

茉莉「何?」

セナ「実は、祐一が茉莉に娘がいると打ち明けるのは今回のはずだった」

茉莉「出会って早々にやったわよね?」

セナ「そう…やっちゃったんだ。おかげで展開を考えるのに一苦労だったよ」

茉莉「そういえば…私、あの保母さん……紹介してもらってない」

セナ「祐一は自分の世界に入ってたから」

茉莉「ていうかさり気無くONEが入ってない?」

セナ「入れたよ。前々から言ってたけど」

茉莉「あれだけ?」

セナ「いや、もっと大事な話を別のキャラにしてもらう。察しのいい人……かなりの勘とかを要求するけど」

茉莉「私に似てるって?」

セナ「まぁ、自分を偽るのくだりで」