今、ここで君が笑うから

4. ジャスミン











楓には姉がいる。

年はかなり離れているが、仲はいい。

今回はその彼女、茉莉・アップスターのお話。





祐一達の通う高校では、3年ではクラス替えをしない。理由は新たな人間関係を構築する暇はないということからだが、それまでの人間関係で悩んでいた者にとっては迷惑極まりない話である。

それはさておき。

クラスが変わらないとはいえ、席ぐらいは変わる。

厳正なる籤引きの結果、祐一は窓際の一番後ろで、隣に誰もいない楽園を手に入れていた。

ただし、現在の祐一は小学校から全力でこちらに向かっている最中であり、この場にはいない。

ガラガラガラ、と教室の前後の扉が同時に開いた。

前の扉からは担任の石橋が、後ろの扉からは祐一が入ってくる。

「相沢はセーフ、と」

石橋は誰にも聞こえないように呟く。

その間に、祐一は席につき、ぐったりと倒れこむ。

「あー、少し時季外れかもしれんが転校生を紹介する。入ってきなさい」

その言葉の直後、開けたままだった扉から一人の、髪の長い少女が入ってきた。

髪の色は少し銀色のようにも見える。

美少女と呼んでも差し支えない容姿ではあったが、唯一のマイナス要素として、多少の目付きの悪さと無関心を秘めたその双眸が挙げられる。

「上星茉莉です。1年程度ですがよろしくお願いします」

そう言って少女――茉莉が頭を下げる。

祐一は少しだけ顔をしかめていた。

上星、転校生。この2つの単語を聞いたことはなかったか?それも、ごく最近に。

そして、祐一は伏せていた顔を上げる。

そこで2人の目が合った。

「「あ」」

2人揃って口を開けて互いを指差し固まった。









祐一と茉莉は並んで廊下を歩いていた。

前日に用務員が休暇をとっていたのを石橋は失念していた。

早い話、茉莉の机がなかったのである。

そして、自己紹介時に固まった二人を見て「案内がてら机を取ってこい」と言ったのだった。

「別に案内することもないんだけどなぁ…」

たとえ舞踏会のような突飛な行事があったとしても、それは校舎の構造、教室の配置まで突飛なものにする理由にはならない。

つまり、校舎は普通なのである。

「それにしても驚いたよ。妹を送っていった先に同じ高校生がいるんだから」

と、自己紹介の時とは明らかに違う雰囲気で口を開く茉莉。というよりも、こちらが地だったりする。

「俺が保護者だからな」

何の迷いもなく言い切る祐一。

そして、気付いた。今自分は何を言った、と。

「そういえば、みんな驚いてたっけ?パパ、だもんね」

「言っとくが、血縁はないぞ」

「うん。あったらまずいでしょ。あの子の目は本気の目だったし」

断片的な情報だけで限りなく真実に近づく茉莉。

「まぁ、間違っても本人の前では言わないでくれよ。いくら何でもまだ早い」

「まぁ、それはわかってるよ。大体、そっちこそこっちの事情少しわかっちゃってるんだし、その辺よろしくね」

事情、というのは彼女が上星と名乗っている理由である。たしかに、実際はアップスターなのだから何かしらの事情があるのは想像にかたくない。

「わかってる。だから茉莉って呼ばせてもらうぞ」

「何で?」

「何でって…上星って呼ばれたくはないんじゃないか?アップスターだったら上星って名乗ってる意味がなくなるし」

茉莉は納得した。事情を知る人ならば姓では呼びにくい。だから名前で呼ぼうというのだ。

(やっぱり、この年で父親とかやってるからなのかな?すごく優しい)

そんな祐一の優しさが、気遣いが茉莉には嬉しかった。

「そういうことなら、私も祐一君、と呼ぶよ」

だからこそ笑おうと思った。せめてこの人の前では。










「で、ここが用務員室。ここを通り抜けて倉庫に行くんだ」

「ふぅん…てことは普段は立入禁止ってこと?」

祐一は事前に開けられていた用務員室に入った。実はこの部屋、監視カメラが複数配備されており、用務員ですら迂闊な真似ができないのである。

そのため、用務員はいないことの方が多い。冬なら雪掻き。他は草刈りなど、校内の清掃などを力を入れてやっている。

だからこそ、冬に起きた窓ガラス全滅事件で誰よりも怒っていたのは用務員だったりする。

「そりゃねぇ…チェーンソーあるんだぞ、あそこ」

「私たち、そんなところに入るんだ…」

「大丈夫だって。確か鎖と南京錠で厳重に封印してあるらしいし」

そして、祐一達は倉庫に足を踏み入れた。

山積みの机と椅子から丁度いいものを選んで、埃をかけてあった雑巾で拭き取る。

「じゃ、俺が机持ってくから椅子持ってくれ」

「うん」

いざ教室に帰ろうかというその時、それは起きた。

“ゴッ!”

何か重いものが床に落ちた。

二人は振り返り、確認してみた。

「マジ…?」

「うそ…」

落ちていたのは鎖に繋がれていたはずのチェーンソー。何故か稼働している。

「止めなきゃ、まずいんだよね?」

「そりゃなぁ」

互いに顔を見合わせてからもう一度チェーンソーを見る。回転している刄がコンクリートの床を削って、破片を飛ばしていた。

「あの破片には当たりたくないよな」

祐一は言いながらもゆっくりと近付く。

そして、スイッチを押す。

止まらない。

押す。止まらない。

南京錠…ない。

「さあ、茉莉。教室に帰ろうか」

結果、祐一は逃亡をはかることにした。

「いいの?」

「いいんだよ。でなきゃ無理だ」

「何が無理なのかしら?」

第三者の声。

慌てて振り向いた祐一の目に写るのはクラスメイトの美坂香里の姿だった。

「か、香里…何で?」

「遅いから様子を見にきたのよ。って、どうしてチェーンソーが動いてるのよ!!」

香里の視界にチェーンソーが入ったらしい。

「南京錠はないし壊れて止まらないし、どうにもならないんだよ!」

「触ってもないのに突然落ちてくるし」

ここまでくれば香里も悩む必要はなかった。

「逃げましょう」

それで全てが決定した。

余談ではあるが、翌日には用務員はクビになっていた。









〈次回予告〉

「茉莉です。

放課後、私は祐一君とあと、久瀬さんだったっけ?とにかく、三人で小学校に行くことになりました。

久瀬さんは途中でお別れだけど。

その途中の保育園で祐一君が誰かに手を振っていました。

知り合い、なのかな?

次回、今、ここで君が笑うから

7. 独り立ちした人外

いや、あの約束の時間、過ぎちゃうんだけど」








セナ「投票でやけに票が入っていたので書いてみました」

茉莉「最後、改訂前とはすごく違いますね」

セナ「まぁね。気付いたら」

茉莉「そういえば、何か言いたいことがあるとか」

セナ「うん。マホーのチカラについて。

もともと感想を期待して書いてるわけじゃあないんだけど、それでも、初のコメディ作品だっただけにコメントは欲しかったです。これはおもしろくなかったのかな、と不安でいたらあの票数にあのコメントだったので」