今、ここで君が笑うから

3. 桔梗、学校デビュー









祐一と桔梗の朝食が終わったときには冬希は家を出ていた。

「今日は早めにいこう。お互い、時間はかけられないしな」

祐一の一言で桔梗がどうするかは決まった。

無論、片付けを終えてから祐一と共に家を出た。










その日、天野美汐はいつもと変わらない時間に家を出た。

そして、いつもと変わらない一日になると信じていた。

「あれは…相沢さん?」

彼女の瞳には朝の最終走者として評判の祐一の姿が映っていた。それは彼女を混乱させるには十分すぎる威力を持っていた。

慌てて時間をお気に入りの時計で確認するが、いつもと何ら変わりない時刻。予鈴まであと50分はある。

「よ、天野。おはよう」

祐一も、顔見知りである美汐に気付き声をかけた。

「相沢さん。現在の正確な時刻を教えていただけないでしょうか?」

「おはようも何もかもすっ飛ばしていきなりそれかい」

悪態を吐きながらもポケットから小さな銀細工の懐中時計を取出し、美汐に見せた。

ただ、その時計は誰が見ても女物で祐一には不釣り合いだった。

「7時35分…本当にこの時計はあっているんですか?」

「しつこい。それと、この時計を悪く言うな。大切なものなんだ」

美汐はそれでも信じられない、という表情をしていた。

「俺自身の朝は至って正常さ。引っ越してまで名雪を起こしに行くなんてナンセンスだ」

祐一は肩を竦めてみせた。

「ぱぱ……この人は?」

桔梗は祐一に隠れるように……もとい、文字通り祐一の陰に隠れながら言った。

「天野美汐っていう俺の後輩。一つ年下」

「そうなんだ」

桔梗は隠れるのをやめて、祐一の隣に立った。

美汐はスカートの裾を折り、しゃがんで目の高さを桔梗に合わせた。

「私は天野美汐です。あなたは?」

「相沢桔梗…」

桔梗の自己紹介はとても十分とは言えないが、人見知りな性格を考慮してみれば及第点は与えられるだろう。

そのこともあってか、祐一は笑顔だった。

(妹さんか親類のお子さんでしょうか)

そんな推測をする美汐。

「ぱぱ、はやく行かないと」

「っと、そうだな」

祐一は桔梗の手を引いて歩きだした。

その時だった。

「ぱぱ!?」

美汐の大声が二人の足を止めた。

「朝から声がでかいぞ、天野」

しかし、すぐに行ってしまった。

「ど、どうなっているんでしょうか?」

美汐の問い掛けに答える者はいない。

しばらく、茫然と立ち尽くす美汐だったが、遅刻することはなかった。

小学校。

祐一の通う高校は普通に高校で、高等部ではなかった。

つまり、小学校はまったく別の組織と見ていいのである。

手続きを終えた祐一は早々と退場、一目散に高校へと走っていった。

一方、桔梗は担任の御雪菫の後ろをもう一人の転入生、楓・アップスターと歩いていた。

ただし、名札には『上星』と書かれている。

「あたしは楓・アップスター。あなたは?」

「桔梗…相沢桔梗」

やはり、人見知りが目立つ。

「桔梗ちゃん、か。あたしと友達になろうよ」

桔梗は一瞬の沈黙の後、

「うん!」

と、満面の笑みで答えた。










自己紹介も終わり、休憩時間。

桔梗と楓は多くのクラスメイト(主に女子)に囲まれていた。

これに誰よりも困っていたのは桔梗だった。

「こらこら、いっぺんに行ったら困っちゃうでしょ」

菫が割り込んで解散させる。

ただ、一人だけ残っていた。

鈴 蘭。作者の遊び心が伺える名前である。

蘭は人懐こい笑顔で桔梗と楓を見ていた。

蘭のクラス内での役割といえばムードメイカー、元気印。

そんな蘭が一人残ったならば悪いようにはならない。そんな確信が菫にはあった。

「ねぇ、二人とも。わたしと友達になろ」

そう、蘭の目的はこの一言を言うだけだった。

裏表のない、いい性格をしているようだ。

「うん、それはいいけど。名前」

楓の言葉には刺があった。というよりも、そういう性格なのである。

「鈴蘭。よろしく」

名前を聞いた二人の頭の中に風に揺れる小さな花が浮かんだ。

「蘭が名前だからね」

「「うん」」

二人は素知らぬ顔をして頷いた。









「へぇ…桔梗ちゃん、外国に行ってたんだ」

感心しながら言う蘭に、桔梗は恥ずかしそうに頷いた。

「じゃ、英語話せるの?」

「そんなに長くいたわけじゃないからあいさつとか物の名前くらいだよ」

やはり、恥ずかしそうに桔梗。

「困ったりとかはしなかったの?」

今度は楓。

「うん。でも、淋しかった」

「どうして?」

「ぱぱがいなかったから」

ここで楓が待ったをかけた。

「桔梗ちゃんのパパって、今朝のあの人?」

楓は祐一と面識があった。

手続きのときに実際に顔を会わせ、高校生であることも知っていた。

「うん」

この時、嬉しそうな顔を見せる桔梗。

楓は血が繋がっていると思っている桔梗に疑問を持った。

ただ、実際は事故の記憶を封印し、祐一を本当の父親と記憶をすり替えているだけである。

「ねぇ、今日会えるかな、桔梗ちゃんのパパに」

「え…うん」

楓は桔梗と一緒に帰ることを約束した。

「いいなぁ…今日はお母さんと出掛けるから行けないよ」

「じゃあ、また今度あそぼ?」

少し、淋しそうに言った蘭に桔梗が言う。

こういう気配りができるのも相沢桔梗という少女だった。

「うん!」

嬉しそうに笑う蘭。

「あ、今日はお姉ちゃんが迎えにくることになってたから待ってからでいい?」

「うん。ぱぱも迎えにくるって言ってたから」

「そうなんだ」

楓が相槌を打ったと同時にチャイムが鳴った。

「そういえば、本ないよね?」

「うん」

「どうしよっか?」












〈次回予告〉

「香里です。

始業式から遅れてやってきた転校生。

綺麗な髪と、青い左目の綺麗な女の子だったけど…

相沢君、何でそんなに仲がいいの?

次回 今、ここで君が笑うから

4. ジャスミン


二人とも、目付きよくないわね」



後書き

セナ「これ、カノンじゃないね」

祐一「おまえが言うな」

セナ「でも、みっしーいるし、ぎりぎりで」

祐一「てか、これから気を付けろよ?改訂だけしてたら天野とか秋子さん、もう出てこないだろ」

セナ「気を付ける」