今、ここで君が笑うから

2.祐一のIは愛とともに







いくつかの紙袋を抱えて三人は歩き、新居に辿り着いた。

それはごく普通の、言うなれば水瀬家のようなありふれた民家。

ただし、水瀬家で祐一が思ったことだが、二人で住むには広い家である。

これから祐一と桔梗はそれを経験するのだが、祐一にはそれを淋しいと感じる要素はなかった。

桔梗がいる。

それだけで何もかもがどうでもよかった。

「祐一、持ってきたはいいけどあんまり片付けてないわよね。桔梗ちゃんの荷物も届いてるだろうし」

感慨に耽る祐一に冬希は訊ねた。

「日当四千円晩飯つきで集めたら一人来たからそいつと頑張るさ。

それに、あいつなら金が掛からなくても手伝ってくれる」

数日前、祐一は校内の掲示板で手伝いを先ほど言った条件(かなり安い)で募集してみたところ、意外で、それでいて、もっとも望ましいかもしれない人物が名を書いていた。

久瀬 一成。祐一が最もアルバイトに縁がない男子生徒だと思っていた人物で、何より分別ある冷静な対応をとることのできる人物だった。

「えっと…ここだね。

すみません、引っ越しの荷解きのアルバイトに来たのですが」

「そんなに固くならなくてもいいぞ、久瀬。勝手知ったるって間柄だしな」

「何だ…相沢君の引っ越しだったのか」

「あぁ」

この二人、実は冬に諍いを起こし、学校全体を巻き込む事態にまで発展させた過去を持つ。

誰もが彼らが仲良くするのは不可能だろう、そう考えていた。

しかし、春が来てみると二人は意気投合。仲良く肩を並べ、親友と呼べる関係にまでなっていた。

何があったかは誰も知らないが、これには本当に誰もが驚いていた(尚、この件は学校新聞で大きく取り上げられ、号外を含めた発行部数は過去最大となった)。

閑話休題。

久瀬の目が桔梗の姿を捉えた。

「こっちの子は君の妹さんかな?」

久瀬に一切の悪意はない。

何より、真実を告げたところでそれを無闇やたらと言い触らす人物でないことを祐一はよく知っていた。

「ああ…紹介が遅れたな。この子は相沢桔梗」

久瀬は、あぁ、やはり妹か、と思った。

しかし、祐一は久瀬の推測をあっさりと裏切った。

「俺の大切な娘だよ」

祐一は笑顔で言った。ごく自然にさり気なく。

それが当たり前のことのように。

きっかり18秒の沈黙の後、

「む、娘!?」

控えめな叫びがあがった。

「久瀬。何も言わずに受け入れるんだ。そうすれば俺たちは親友でいられる」

さらっと脅しを含ませながら祐一は笑顔で言う。

つまり、一切の追求は許さない。そう言っているのである。










片付けはスムーズに進み、何より暇を見ては少しずつ片付けにきていた祐一のおかげで然したる苦労もなく終わった。

そして、夕食。当初の予定通り、久瀬にも夕食が振る舞われた。無論、蕎麦だが。

だが、それは気にするべきところではない。

気にするべきは、人見知りをする桔梗がこの状況に順応していることだった。

つまり、桔梗が久瀬に好感を抱いているということ。

(意外ね)

冬希はやはりその状態に驚きを感じていた。

(祐一が信頼しているのもわかる気がするわね)

驚きつつも、一人納得する。

それは、一生掛かっても冬希が当事者になることがないからだろう。

「母さん、何一人で百面相してるんだ。どこぞのお嬢様学校の狸じゃないんだから」

「あんた…何でそんなこと知ってんのよ」

「さぁ?

ん、ほら桔梗。ご飯粒ついてるぞ」

祐一は母を無視して隣の桔梗の頬に手を伸ばした。

「ん…ぱぱありがとう」

「どういたしまして」

祐一は桔梗の頭を撫でた。

桔梗は嬉しそうに目を細める。

(相沢君の主観はあの子の為にあるんだろうな)

幸せそうな二人の姿を見ながら、久瀬は自分も安らいでいくのを感じていた。

そして、何も知らないまま五人の恋する乙女が桔梗にあうことに恐怖した。

それは、祐一自身も感じていることで、覚悟を決めなければいけない。そう思っていた。

「相沢君。やはり、僕は黙っていたほうがいいんだろうか?」

「そういう信頼の元でお前には話したんだけど」

「責任…重大だね」

久瀬は苦笑した。

「何言ってやがる。生徒会長」

「それとこれとは別だよ」










久瀬も帰宅し、各自風呂に入ることになった。

この日、主夫として自分の持てる技量全てを遺憾なく発揮し、風呂場はまさに光輝くかのように美しく磨かれていた。

それこそ、冬希が浴槽にお湯を溜めることを躊躇うくらいに。

「ぱぱぁ、今日はいっしょに入ろ」

「いいけど、明日からは一人で入るんだぞ」

「うん!」

祐一は桔梗の手を引いて歩きだした。

満面の笑みを浮かべた桔梗は、祐一の腕にしがみつくかのようにしてついていった。

(今更だけど、義務感だけで今こうしてるわけじゃないんだよな。

やっぱり、俺は桔梗のことを娘として愛してる。きっと、出会ったときから守りたい、笑顔を守りたいって思ったんだろうな)

祐一は桔梗の笑顔を悪意を持って奪おうとするものを何があっても許さないだろう。

たとえ、血の繋がった家族であったとしても、祐一は許さない。

それが祐一の願いであり、全てにおいて優先される誓い。

そして、あの雨の日に交わした約束の祐一なりの解釈だった。

そのためにありとあらゆる努力もしたし、返り血だって浴びた。

最初から哀れみなんてなかった。祐一はそう、胸を張って言える。

ただ、守りたい。

その一心で今に至った。

だからこそ。

「よし!」

明日からの二人だけでの新しい生活。壁にぶつかって、乗り越えられないなら壊してしまおう。

桔梗となら、止まる事無く前に進める。

「ぱぱ?」

「何でもないよ」

きっといつまでも笑顔でいられる。

「あー!!ぱぱ、また足であけた!!」

きっと……

「え、あ、いやーその」

笑顔でいられる…ハズ……










〈次回予告〉


「美汐です。

家に限らず、私の知り得る全ての時計が壊れてしまったのでしょうか?

まさか、登校中に相沢さんに会うなんて…

え…壊れてない?そうでしたか…そういえば水瀬先輩がいませんしね。

ところで、そちらのお子さんは一体…?

次回、今、ここで君が笑うから 3.桔梗、学校デビュー

可愛い女の子ですね」








セナ「さ、もう誰もこの先は知らないですね」

祐一「この先はカノンキャラを少しずつ出しながら怒濤のオリキャララッシュが待ってるわけだ」

セナ「あと、ゲストの七瀬さんたち」

祐一「ゲストにする必要ないんじゃないか?」

セナ「ゲスト!!名雪の奥に見える赤いリボンなんて僕は知らない!!」

祐一「いや、十分知ってるだろ?」

セナ「とにかく!君のいたクラスにそんな人はいなかった!!おーけー?」

祐一「そうだな、いなかったと思うことにしよう」