今、ここで君が笑うから

0.雨の日の約束







それは、相沢祐一が13歳のときに起きた。

中学に入学したばかりの彼は、入ったばかりの部活で先輩と衝突し、退部していた。

丁度、その日の帰り道だった。

「…雨か?」

頬に触れた小さな水の感触に、祐一は空を見上げた。

そこには、黒く、暗い空が広がっており、雨足が強くなるのも時間の問題だった。

「参ったな……天気予報は降らないって言ってたから傘なんて持ってきてないぞ」

祐一は失念していたのだが、通常、天気予報は午後6時までのものしか発表しない。

そして、現在の時刻は午後7時21分。最早、朝の天気予報などあてには出来ない時間だった。

(ま、さっさと帰ればいいだけか)

祐一は「よし!」と、一言だけ発すると勢いよく駆け出した。

無論、家に向かってである。

そして、祐一は………


出会った。


「………」

車が壁に突っ込んでいて、壁と車の間に一人の女性がいた。

そして、その女性の手を引っ張る鮮血に塗れた幼女。

そこで何が起きたかぐらいは、祐一にも理解できた。

だが、そこまでだった。

祐一に出来たのは理解することと、女性に歩み寄ることだけだった。

女性は荒い息で苦しそうに表情を歪めつつ祐一を見つめた。

「こ…のこ………をま…も…………てあ……げ…て」

ただ、か細い声だけが祐一の耳に届いていた。

祐一は黙って頷いた。否、頷くことしか出来なかった。

「…やく……そ…………く…よ」

女性は最期に精一杯の笑顔を、苦しそうに歪めた顔を、少しだけ緩ませた。

そして、そのまま目を閉じた。

女性は覚めることのない、永遠の眠りについた。

「ぱぱ!」

明るい声とともに、祐一の手が握られた。

「え……?」

「ぱぱ!」

幼女が祐一の手を握り、笑っていた。

祐一はその手を握り返し、ゆっくりと抱き上げた。

「そっか…俺がパパかぁ。うん、俺が君のパパだ」

祐一は女性との約束を果たすことを改めて誓った。

数分後、到着した警察をなんとか言いくるめ、祐一は2人で家に帰った。
























数日後、女性の葬儀が相沢家で行われた。

女性の名前は桐野 椿。施設出身の19歳だった。

彼女の持っていた母子手帳には自らの名前と娘である『桔梗』の名しか記されておらず、椿の遺言を執行するという名目で桔梗は祐一の娘となった。

その縁もあってか、椿の葬儀は相沢家でひっそりと行われた。

祐一は桔梗を保育園には入れなかった。彼女が人見知りする性格だということを知ったからである。

そのため、祐一は学校の昼休みには家に帰ってきて桔梗と二人で昼食をとった。

放課後も寄り道せずに、何があってもすぐに帰ってきた。

休みの日には、2人で遊園地にも行った。

そして、祐一が高校2年になった年、桔梗は小学校に入学した。

授業参観には学校を早退してまで行った。

運動会や、学芸会も行った。

そのまま、冬が来た。

祐一は、両親の口から聞きたくなかった言葉を聞いた。

「海外に転勤することになった。すまないが、お前だけ日本に残す。あくまでも、一時的なものだが桔梗も連れて行く」

「それで、祐一には秋子…覚えているわよね?とにかく、秋子のところに行ってきてほしいの。空き物件も見つからなかったし、ここも引き払うし、事情を知らない人に、それもこんな時期に桔梗ちゃんを見せるわけにはいかないから」

祐一の両親は転勤族だった。

祐一の中学入学以降……桔梗がやってきて以来は転勤などはなかったものの、いつかはこの日が来ることは祐一にもわかっていた。

認めたくないという感情もある。

だからこそ、

「俺が2人で住む家を見つけたら、すぐに桔梗を連れてきてくれ。出来る範囲で、俺が約束を守りたいから」

祐一は条件をつけた。

「そうか」

祐一の父はそれだけ言うと立ち上がり、部屋を出て行った。
























年が明けてから数日後、祐一は泣いている桔梗をなだめて、1人北へ向かった。

そして、いくつもの再会や出会いを経て、5つの奇跡にめぐり合った。

その中心に、祐一はいた。

そして、春が来る。

祐一は無事に新居となる家を見付け、父の口座から金を下ろし(無断)、家を買った。

国際電話で連絡をとり、母が桔梗を連れて一時帰国するということになった。

不思議なことに、父は金の無断使用について何も言わなず、黙認していた。








〈次回予告〉

 「祐一です。
  やっと桔梗に会える。そう思うと、とても心が弾む。
  え…?おい、何で俺をそんな目で見るんだ?
  何……ロリコン?違う!断じて違うぞ!
  次回、『今、ここで君が笑うから』 1.君に会いたい
  ずっと、傍にいてやるからな……ずっと」

















後書き

祐一「新分野開拓か」

セナ「まぁね」

祐一「しかもタイトルだけじゃ中身がわからない仕様になってるし」