「怪盗 ストロベリー・キャッツ」 第三話    




○月△日夜。北川家

 あと少しで日付が変わろうという頃。本来であれば最小限の照明のみが点いている時刻にも関わらず、北川家の照明はその存在意義を
存分に発揮していた。それらだけでなく、外部から持ち込まれたサーチライト等の多数の照明が家屋は無論、庭の至る所を照らしていた。
 そしてその明りの下ではこれまた多くの制服警官が、周囲に監視の目を光らせている。家中の窓にはストロベリー・キャットが進入
しにくくなるように、かつ視界を遮らぬ様に金網が取り付けられていた。

 日付が変わる午前0時……それは、この家にある『黄金のアンテナ』を奪うべく、怪盗ストロベリー・キャットが現れる時刻だった。
今はそれに備えて、華音警察署の面々が警備に当たっている。


『……地点、以上無し』

「了解。引き続き警戒に当たって」

 香里は各地点に配置された警官からの定時連絡を受けていた。今香里達がいるのは最終防衛ラインとでも言うべき、特別金庫室だった。
そこに様々な機器を運び込み、臨時の指令室も兼ねさせていた。

「香里、今からそんなに緊張していたらイザという時に身がもたんぞ」

 祐一が香里の様子を見てそう声を掛ける。もっとも祐一自身の声にも何時もの気楽さは感じられない。

「そういう相沢君だって」

「まぁな……」

 そう言ってお互い苦笑する。このコンビのいつものやり取りだった。

「美汐さんは平気?」

 次に香里は、傍らで資料に目を通していた美汐に声を掛けた。

「大丈夫です……と言いたい所ですが、正直緊張していますね」

「まぁこんな事件に遭遇する事なんて滅多に無いしな……俺達はヤツのお蔭で少しは慣れてきたが」

「相沢君……ソレって『ヤツを捕まえるのに何度も失敗しています』って言ってるようなものでしょ」

 香里の指摘に祐一は言葉を詰まらせた。

「うっ……香里、それを言うなよ。こ、今度こそ捕まえてやるさ!」

「そうね」

 そんな二人の会話を聞いた美汐は微笑んだ。少しは緊張が解れたようだ。

「只今、到着しました」

 大事そうにケースを持った警官が、入ってくるなり祐一達の所へやって来た。祐一に持ってきたアタッシュケースを渡す。祐一は
美汐が使っていた机の上にケースを置くとそれを開いた。中に入っていたものはあの『黄金のアンテナ』だった。それが緩衝材に
挟まれて収められている。普段は別の場所に保管されているが、こちらの金庫室のほうが警備しやすい、との観点から移送される事
になった。

「来たか」

 祐一はケースからアンテナを取り出して眺めた。

「しかし、造形自体は大したものね」

 香里も祐一の持っているアンテナ眺める。

「……それにしても……う〜ん……」

「……相沢さん、どうかなさいましたか?」

 未だ手に持ったアンテナを凝視している祐一を見て、美汐が心配そうに話かけた。祐一は、アンテナを見たままで美汐に答えない。

「……」

「相沢さん?」

「香里、天野……やはりコイツを頭に着けたら、妙な電波とか受信してしまう気がするんだが?」

「「……」」

 「そんな事は無い」と言下に否定できない香里と美汐だった。言われるまでも無く、二人とも祐一と同じ疑問を感じていたから。

「試してみるか」

「どうするのよ?」

「そうだな……」

 そう言って祐一は室内を見回す。その部屋には祐一達の他に数人の制服警官と、同僚の斉藤刑事がいた。

「おい、斉藤」

「ん?」

 呼ばれた斉藤が祐一達の所にやって来た。

「どうした相沢。警備で何か問題でもあったか?」

「いや、そうじゃないんだが……てぃ!」

 ぴと

 祐一は、素早い動きで斉藤の頭にアンテナを着けた。どういう原理かは不明だが、つけられたアンテナは斉藤の頭頂部に密着し、
文字通りアンテナの如く聳え立っていた。

「おい、一体何を……」

 「何をするんだ?」と言いかけた斉藤だったが、突然喋るのと動きを止めた。

「斉藤……?」

 室内にいた全員が斉藤に注目している。暫く動かなかった斉藤だが、突然ギクシャクと古びた機械のように踊りだした。
なんか見ているだけでMPを吸い取られそうな踊りだった。

「うべはっぱらけなはまらーっ!! はべろっちょべふほめこめねろをーっ!!」

 意味不明な言葉を叫んだかとおもうと、今度は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。倒れ付した斉藤はピクリとも動かない。

『……』

 室内の空気が止まり、全員が動きを止め何も語ろうとはしなかった。

「あー……」

 場の停滞を打ち破ったのは、気まずいのをなんとか取り繕おうとする祐一の声だった。

「頭につけるのだけは止めておこう」

『賛成』

 満場一致で可決された。香里も美汐も挙手している。

「ねぇ相沢君。コレ、どうするの?」

 目の前の現実をどうにか処理できて、立ち直った香里が「斉藤だったもの」を指しながら祐一に聞いた。

「んー、そうだな……『勤務中に飲酒し、酔いつぶれた』とでもしておくのは可哀相だよな」

「当たり前よ」

「じゃあ『任務中の名誉ある負傷』という所でケリだな」

「そうですね」

 祐一達が「斉藤だったもの」の処遇について話している間に、ソレは駆けつけた警官に担架に乗せられて運び出されていった。
その際忘れずにアンテナを回収する。

「さて、まだ少し時間があるな……」

 アンテナを金庫に仕舞い込んだ祐一が時計を見ながら呟いた。

「ちょっと外の空気を吸いがてら見回りに行ってくる。……天野、一緒にどうだ?」

「は?」

 金庫室を出て行こうとした祐一が、思い立って美汐を誘った。誘われた美汐は突然のことに、間の抜けた返事しか返せなかった。

「私も、ですか?」

「ああ。天野も今日ここに詰めっぱなしだったろ?」

「……そうね、ここは私が見てるから。美汐さん、休憩も兼ねて行って来たら?」

「わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」

 香里も祐一の提案に賛成はしたが内心は複雑だった。刑事としては同僚が気分転換や休息をとって仕事の能率を上げてくれるのは
歓迎すべき事だが、一人の女としては、自分の想い人が別の女性と出歩くのは面白くない。だがそんな感情は出来る限り表に出さず、
出て行く二人を見送っていた。



                         ★   ★   ★


 美汐を伴って金庫室を出た祐一は、警備の警官たちに話しかけながら屋敷内部を見回っていた。

「あ、刑事さん。見回りですかー?」

 廊下を歩いていると、前方からメイドさんがお茶の道具一式を載せたワゴンを押しながらやって来た。多くのティーカップ
とポットが載せられており、その内の幾つかは使われた形跡があった。

「お茶、いかがですかー? 警備の方達にもお勧めしているんですよー」

「いえ、私はいりませんが。相沢さんは?」

「んー、俺もいいや。こういうのは優雅にテーブルについて飲みたいしな」

 二人ともメイドさんの誘いを辞退した。メイドさんは少々残念な顔をしていたが、すぐに気を取り直して笑顔に戻る。

「そうですか、残念ですねー。ではお仕事頑張って下さいー」

 メイドさんは、丁寧なお辞儀をしてその場を離れようとする。

「ストロベリー・キャットが現れる時刻が近づいています。あまり出歩かないようにして下さい」

「はい、わかりましたー」

 美汐の忠告に、メイドさんは再び頭を下げた。そして今度こそ、その場を立ち去った。

「……」

「相沢さん、どうかしましたか?」

 美汐とメイドが話している間、祐一はメイドさんを見つめていた。今は彼女が立ち去り見えなくなった後も、彼女の消えた通路を
見続けている。

「う〜ん、なんというか……いや、何でもない」

「??」

「さ、今度は外を見て回ろうぜ」

 祐一は、先程感じた違和感は只の気の所為だと納得させると、美汐を伴って外の見回りを始めた。ここでも屋内と同じように
多くの警官が配置に付いて周囲を監視していた。

「別に変わった事も無いようですね」

「ん、そうだな」

 外回りもあらかた終えた祐一と美汐は、噴水前におかれているベンチにならんで腰掛けていた。噴水は等間隔で水を噴き上げている。
 その度に水しぶきが光に反射して、キラキラと周囲を輝かせる。その光は噴水だけでなく、祐一の隣に座る美汐も輝かせていた。

「……」

「相沢さん、どうかなさいましたか?」

 そんな美汐につい見とれていた祐一だったが、祐一の視線に気付いた彼女から声を掛けられハッとなる。

「いや……ナンデモナイゾ」

「変な相沢さんですね。尤も変なのは何時もでしたか」

「ぬぅ……そんな酷なことは無いぞ、天野」

「人のセリフを取らないで下さい。「相沢君が変? いつもよ」と香里さんがおっしゃっていますし、ここ数日の相沢さんの
 言動を見ていれば私の判断はそう的外れでは無いと思いますが?」

 畳み掛けるような美汐の攻撃に、祐一は敗北したかのように黙った。その所為で、美汐が微笑んでいたのには気が付かなかった。

「そ、それはともかく……天野はどうして警官になったんだ?」

 漸く立ち直った祐一が、世間話でもするように、というか場の雰囲気を無理矢理変えるかの如く美汐に質問した。

「私の家は代々警察の仕事に就いているんです。私も小さい頃から人の為に役立つ仕事がしたいと考えていましたので」

 美汐は躊躇うことなく答えた。その態度に、家の関係で止む無く、といったものは感じられない。

「小さい頃から父や祖父の姿を見てきましたので、刷り込みというのもあるかも知れませんが、刑事になろうと思ったのは自分の
 意志ですよ」

「そうか」

「相沢さんは?」

「う〜ん、……笑われるかもしれんが……」

 美汐と違い、祐一は躊躇いがちに答える。だがその目には真剣さが感じられ、美汐はつい見とれてしまった。

「その……アレだ、『正義の味方』ってやつ」

「正義の味方、ですか?」

「ほら、子供向けの番組とかであるだろ? ああいうのに憧れてさ……と言ってもひねくれたガキだったからその頃から『変身ヒーロー』
 になんてなれる訳が無い、とか『巨大ロボット』なんかが作れる訳が無い、って知ってたから現実的に考えたら警察官がそれに近い
 かな?って思っていたんだ」

 「実際には正義の味方みたいに格好良くなかったけどな」そう言って話を締めくくった。笑っているかもしれないと、チラリと隣に座る
美汐を見ると、彼女は祐一をじっと見つめていた。だが祐一の視線に気付くと慌てて視線を逸らす。

「どうした?」

「あ、いえ……コホン」

 赤くなった顔を悟られないように咳払いをして誤魔化すと、祐一に笑いかけた。

「何と言うか……相沢さんらしいと思いますよ」

 しかし嘲笑や冷笑といった類の物ではなく、好ましいものを見たときのような微笑みだった。

「それは褒めているのか?」

「そうですよ」

「ありがとな」

「いえ……」

 お互いに、何故か照れくさくなって視線を逸らした。噴水の水を噴き上げる音が夜の庭に響く。

「さて、そろそろ戻らないか?」

 祐一がベンチから立ち上がって伸びをしながら言った。美汐も立ち上がり、二人並んで地下金庫室へと戻った。何となく気恥ずかしく
なったままの美汐は、金庫室に戻るまで無言だった。

「おかえりなさい……あら?」

 金庫室に戻った二人を、香里が出迎える。だが、美汐の様子がさっきとは違っているのを感じ取った。

「美汐さん、何かあった?」

「イ、いえ……何もありませんでしたけど?」

「そう……まぁいいわ」

 何がどう違うのか自分でも説明のつかなかった香里はその場を取り繕うと、この件は構わずに差し迫ったストロベリー・キャットの
予告時間に意識を向けた。

「さて、気分転換もした事だし、気を引き締めていかないとな」

 祐一が自分に気合を入れるように力強く言うと、周りの警官たちも緊張した面持ちになっていく。何度目かになるか分からないが、
各員、装備の点検や配置場所の確認を行う。

 「こんなものまで用意するなんて、殺す気なんですか?」

 美汐が、先程までは部屋に置かれていなかったショットガンを見つけて香里に尋ねた。

「え? あぁそれね。銃は本物だけど飛び出すのは実弾じゃないわ。暴動鎮圧時に使われるゴム弾が入っているのよ。尤も当たり所が
 悪ければ骨にヒビが入る位の威力はあるけどね」

 これがそうよ、と言って美汐に弾を見せる。弾頭には十字の切れ込みが入っていて、弾丸が発射されると風圧で切れ目に沿って開き、
十字型で飛んでいく仕組みになっていた。一応は非致死性だが、当たり所が悪ければ骨折どころか命の危険性もある代物だ。

「ようやく許可が下りて、さっき届いたのよ。これで、今度こそ彼女を捕まえてあげるわ。ふふ、フフフ……」

 銃を握り締め、笑う香里に何か危ないモノを感じた美汐は、冷や汗をかきつつ後ずさる。

「あ、相沢さん。香里さんって……」

「あ〜、うん。まぁ、その、なんというか……そう、アレだ……そんな感じで?」

 祐一も冷や汗をかきつつ、美汐に答えになっていない答えを返すことしか出来なかった。


                        ★   ★   ★


 北川邸近くの森
 ここに一台の、外見上は何の変哲もない軽ワゴンが停まっていた。その車の運転席に座っている秋子が、カーナビに偽装された
モニターを見ていた。秋子が操作をする度に映像が切り替わっていく。映像はどれも北川邸の一部を映し出している。これは今回の
事件で警察が設置した監視カメラの映像だった。無線式なのを良い事に、秋子はコレを傍受していたのだ。警備状況を把握し、既に
北川邸に潜入している名雪に指示を与えていた。

「そろそろ時間ね」

 秋子が時計を確認する。予告時間の午前0時まであと僅か。モニターに目をやれば、幾つかの映像の中に、眠そうにしている警官の
姿が映し出されている。

「外の警官はあまり飲まなかったようね……時間よ、準備は良い?」

『うん。OKだよ』

 インカムのマイクに喋ると、直ぐにイヤホンから娘の声が聞こえてくる。その声に必要以上に気負った様子はない。

「外の警官たちには飲んだ人が少なかったわね」

『うん』

「とにかく貴女は何時も通りにやりなさい」

『わかってるよ』

「始めるわよ」

 そう言って秋子は手元の機械のスイッチを押した。


                         ★   ★   ★


 北川邸の庭
 午前0時。終にストロベリー・キャットが予告した時間になった。警官たちは、何者も見逃すまいと周囲に目を光らせる。

 カション……カション……

 裏庭を監視している一人の警官の耳に、その音は聞こえてきた。一定のリズムを刻んでいるそれは、少しずつ大きくなっていく。

「何だ?」

 音のする方に目を向けるがそこには光が届いておらず、何も分からない。警官は持っていた照明をその方向に向けて、正体を確かめ
ようとした。 

「……カエル?」

 音の正体は、大きさ30cmほどの二足歩行するカエルの玩具だった。デフォルメ化されており、何ともいえない愛くるしさ
を醸し出している。それは警官の足元まで歩いてくる。

「こんな物がなんでここに?」

 怪しく思った警官が玩具を取ろうとした時だった。突如カエルの口が開くと、そこから凄い勢いで白い煙が吐き出された。

 ブシューッ!

 吐き出された煙は見る見るうちに辺り広がっていく。警官は咄嗟に口を覆ってその場を離れるが、僅かながらもその煙を吸ってしまう。

「クッ……これ、は……催眠ガス」

 途端に意識が朦朧としてくる。何度か吸った経験のあるガスだ。こういった事態に備えて、ガスマスクを携行してはいたが咄嗟の事
であったし、何より既にガスを吸ってしまった以上、手遅れだった。警官はマスクの装備を諦め、せめて他の警官に知らせようとする。

「ヤツが、現れ、た……ぞ」

 叫ぼうと大きく息を吸った為にガスまで吸い込んでしまったが、それでも周囲に警戒を促す為には仕方なかった。急速に意識が
遠くなっていく。警官が最後に見たのは、こちらへと走ってくる同僚達の持つ明りだった。

 同様の出来事は、庭のあちこちで発生している。カエルの玩具が催眠ガスを撒き散らし、それを吸った警官たちは、
ストロベリー・キャットが現れたと思って皆に知らせる。知らせを聞きつけた警官たちもガスを吸ってしまい、同じように昏倒
していく。ガスが晴れた頃には、外の警官たちは皆眠らされていた。


                         ★   ★   ★


 北川邸近くの森

「上手くいったようね」

 秋子は外の様子を傍受した映像で確認した。切り替わる映像に映る警官は、皆倒れている。次いで邸内の様子も見ていくが、こちらは
眠っている警官とそれを起こそうとする警官達がいた。他には外の騒ぎに対応しようと、指令室に連絡を取る者もいた。後は廊下を
走るメイドの姿が映っていた。それを満足そうに眺めた秋子は、指令室内の映像を、先程とは別のモニターに映し出す。これは警察が
設置した監視カメラとは別に、潜入した名雪が取り付けた物で、他にも邸内のあちこちに仕掛けられている。無論証拠を残さないように
爆破装置もセットされていた。モニターの中では祐一達が慌てていたが、眠っているものは殆どいなかった。

「祐一さん達は眠っていないわ、気をつけてね」

 秋子はインカムを通して娘に室内の様子を伝えた。


                         ★   ★   ★


 金庫室
 ここでは祐一達が、邸内の各所からもたらされた報告の対応に追われていた。しかし、彼らに慌てふためいて我を忘れるといった
ものは感じられない。ストロベリー・キャットには何度も苦汁を味わわされていた為、良くも悪くも度胸が据わっていたのだ。

「眠っているやつらは無理に起こさなくていい、それよりヤツがこの隙に現れるぞ! 所定の位置を離れるな!」

 祐一はモニターで各所の様子を見ながら、無線で指示を出していた。香里はショットガンを持ち、いつでも発砲できる体勢を
取っていた。この面子の中で唯一、ストロベリー・キャットと相対したことの無い美汐は、祐一達にとっては意外な事に落ち着いていた。

「天野、随分と落ち着いているな?」

「当然です、これは陽動作戦ですから。私達が慌てても彼女達の思う壺です」

 自分が言うとおり上品な物腰の為か、それとも家が代々警察職の家柄の所為か、他の警官達よりも冷静だった。状況を分析し、
それに対応しようとする。

「とにかく、彼女の目的はここにあるのですから、ここの守りを固めましょう」

 ストロベリー・キャットは『黄金のアンテナ』が何処にあるかは知らないはず。故に彼女が屋敷を探し回っている所を人海戦術で
捜索し、これを包囲・逮捕する作戦だったが、警官の大半を眠らされた為に実行は困難になった。仮に彼女を見つけてもこちらの
人数が少なければ逃げられてしまう。美汐は、拠点の防御を固めると同時に人数を集めて、その数に任せて彼女を捕らえる作戦に
切り替ようと提案した。

「ああ、そうだな」

 祐一も即座に美汐の意図を悟り、集まるように指示をだした。警官たちが集まれば、それで『黄金のアンテナ』の保管場所が
バレてしまうが、それを彼女を誘き出すエサとした。

「それにしても……」

 今まで黙っていた香里が口を開く。

「どうした?」

「外にいた警官は分かるけど、どうして室内の警官まで眠ってしまったのかしら? ガスを吸った様子も無いのに」

「確かに変ですね。しかも同時に眠ったのではなくて、まるで順番があるかのように眠ったみたいですし」

 美汐もそれに追随する。祐一もそれは疑問に思っていた。自分も感じた事を二人に話す。

「そうだよな。眠った奴とそうでない奴がいるのも変だ。ガスなら皆眠るはずだしな……」

 話を途中で止め、祐一は何か考え込み始めた。聞いていた香里と美汐は気になって尋ねようとしたが、真剣な表情を見て黙った。

「もしかしてアレか……じゃああの時感じたのは……それなら……」

 一人で納得した祐一に、香里達が説明を求めようとした時に、金庫室へとやってくる人影があった。

「た、大変ですよー」


                         ★   ★   ★


 祐一達が、警官たちから連絡を受けていた頃
 名雪に指示を出している最中も、秋子はモニターの映像を見て、警備状況を逐一把握していく。祐一が指示を出すと、警官達に
動きがあった。持ち場を離れて金庫室へと向かっていく。

「(人数を集めて一気に逮捕にこぎつけるつもりね。こんなに派手に移動するという事は……明らかに誘っているわね)」

 この部屋に『黄金のアンテナ』があることは既に隠しカメラで知っていて、今も名雪はそこに向かっているが、警官たちの動きも
早く、名雪が到着する頃には厳重な警戒網が敷かれているだろう。

「このままじゃ不味いわね……」

 秋子は決心すると、車の後ろから荷物を取り出して、なにやら準備を始めた。程なくしてそれが終わると、車を降りて北川邸へと
走り出した。


「(急がないと)」

 一方の名雪も、秋子の指示を受けて金庫室へと急いでいた。今の名雪は堂々と姿を晒して廊下を走っている。時折警官に見つかっては
いるが、その警官達は名雪を逮捕しようとしなかった。そこで名雪は、少しでも警官達の数を減らそうと、彼らの隙をついて麻酔薬の
付いた針で、眠らせていった。


                         ★   ★   ★


 金庫室

「た、大変ですよー」

 慌てて部屋に飛び込んできたのは、なにかと祐一達と会う機会の多い、あのメイドさんだった。ここまでどの位の距離を走って
来たのかは分からないが、大きく肩で息をしていた。それから、後に続くように数人の警官が到着した。

「どうかしたんですか?」

 メイドさんの呼吸が落ち着いたのを見計らって美汐が話しかけた。

「あの……ストロベリー・キャットが現れて、ウチのバカサ……じゃない、若様に襲い掛かって怪我を負わせて逃げたんですよー」

『なっ!?』

 その言葉に、祐一達を含め部屋中の警官が騒然となる。彼女は今までに故意に相手を傷つけるようなことはしてこなかったからだ。
その彼女が人を襲った……。信じられなかったが、次第に怒りがこみ上げてきた。

「とうとうやってくれたわね。いくわよ、相沢君」

 香里はそう言うや否や、警官たちを引き連れて部屋を出て行こうとする。美汐もそれに続こうとし、祐一を見るが彼はその場を
動こうとしなかった。

「相沢さん?」

「全員その場を動くな!」

 この場にいる者の中で、一番ストロベリー・キャットに執着している筈の祐一がそう言った事に驚き、皆彼の言葉通りに動きを止めた。

「相沢さん、どうされたのですか? たとえ、彼女が居なくても北川さんが怪我をされたのです。全員でなくとも何人かは向かわせた方
 が宜しいのではありませんか?」

「いや、こいつは罠だ。若様が怪我をしたって言うのは嘘だ」

 あくまで祐一は自信たっぷりに答えた。

「そ、そんなー。どうして嘘だって言うんですかー?」

「それは、貴女が本物のメイドさんでは無いからだっ!」

 祐一は、『ズビシッ』とでも擬音が聞こえてきそうなほどの勢いでメイドさんを指差した。

「な、何を言ってるんですかー? 私は……」

「さっき廊下で会ったときから、何かおかしいと思っていたんだ。最初は気のせいか? と思っていたんだが、ここに来て漸く分かった
 んだよ」

「相沢君、何が分かったって言うの?」

「廊下で会った時、そして今の呼吸を整えるときの胸の動きが何となく変だったからな。おそらくパッドを入れてるのだろう。
 加えてウエストが1cmにヒップが2cm違う。お前はメイドさんに変装して警官たちに睡眠薬入りのお茶を飲ませていたんだな」

 祐一の推理が展開されるに連れて、周囲から声が失われていく。

「相沢さん、もしかして……」

「そうだ天野。パッドを差し引いた3サイズは上から83・57・82。お前の正体は『ストロベリー・キャット』だ!!」

 再び『ズビシィッ!!』と擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで、メイドさんを指差した。だがしかし、推理している祐一自体は
格好よくきまっていたが、推理の根拠が力の限りセクハラ的内容だった所為か、場の雰囲気は白けたものになっていた。

「相沢君……ここはせめて「若様の呼び方が違う」って指摘するべきじゃないかしら? 尤も私も今その事に気付いたんだけど」

 香里の100%呆れたツッコミに祐一はしばし考え込み、やがて右拳で上に向けた左の掌をポンッと叩いた。

「おぅ、そう言われてみればそうだったな。んじゃ、そういうことだからお前はストロベリー・キャットだっ! という事で」

「何がそういうことだから、ですか……」

 三人のやりとりは、まるでコントだったが、見破られたメイド、いやストロベリー・キャットは動揺していた。

「(ううっ、バレちゃったよ。でも祐一、それってセクハラだよ〜)」

 名雪は心の中で祐一にツッコミを入れつつ、なんとかこの場を切り抜けようと目だけを動かして周囲を探った。

「逃げ場は無いぞ、観念しろ」

 唯一の出入り口である扉の前には先程やって来た警官たちが立っているし、正面には祐一。その左右に香里と美汐が油断無く名雪
を見据えている。加えて香里はショットガンを構えていた。包囲された状態で、祐一の言うとおり逃げ場は無かった。なんとか状況を
打開しようと胸元に手を伸ばす。そこには周りの警官たちの行動を抑えるあるものが忍ばせてある、しかし

「動かないで。少しでも妙な真似をしたら、遠慮なくコイツをお見舞いするわよ」

 腰だめにショットガンを構えた香里の牽制にあい、手が途中で止まった。香里の声を合図に名雪の背後の警官たちがじりじりと
迫ってくる。

 ボンッ!

 突如部屋の一角から爆発音が聞こえた。

「何だっ!?」

 それは、名雪たちが仕掛けた隠しカメラが自爆した音だったが、そんな事は知らない祐一達は一瞬だが目の前の彼女から意識を
逸らしてしまった。だが名雪にはその僅かな時間で充分だった。

「エイッ!」

「しまっ……」

 意識を戻した祐一が見たものは、胸からパッドを取り出して床に投げつける直前のメイドさんの姿だった。「しまった」と言う間も
なく、パッドは床に叩きつけられる。つぎの瞬間、凄まじい閃光と爆音が部屋の中を満たした。

 ピカァーーーーッ!!

 ドガァーーーーン!!

 それはスタングレネードと同じ性質をもつ、秋子特性の爆弾だった。非致死性で、音と光によって一定時間行動不能にさせる物だ。
無論名雪は投げつけた瞬間に目を閉じ耳を塞いでいる。今変装用に顔につけているマスクはこれまた特性の物で、それだけで爆弾の
効果から逃れる事が出来た。

『今の内に逃げなさい』

 カチューシャに偽装したインカムから、秋子の声が聞こえてきた。

「えっ、でも『黄金のアンテナ』が……」

『いいから早く! そして出来るだけ時間を稼いで』

 名雪は、秋子の再度の指示にも躊躇いを見せていた。目の前の金庫を開ければそこに目的の物がある。それに祐一達は今のショック
で暫くは動けない。そう思っていたが、何と祐一達三人はふらつきながらも立ち上がっていた。

「くっそ〜、やってくれたな! ストロベリー・キャット!」

 ストロベリー・キャットが何か投げつけようとした瞬間、それがヤバイ物だと悟った祐一は咄嗟に目を閉じ、耳を塞いでしゃがんだ。
香里と美汐もそれに倣った瞬間に閃光と爆音が響いた。それでも効果は受けていて、視覚と聴覚の大半は麻痺したままだった。

「そこかぁ! 逮捕だぁっ!!」

 僅かばかりの感覚を頼りに、祐一が名雪へと両手を広げて迫ってきた。

 ブンッ!

 祐一が腕を交差させてストロベリー・キャットを抱きしめるように捕まえた、と思ったのだが祐一が掴んだのは彼女が着ていたメイド
服だけだった。

「アレ?」

余りの手ごたえのなさに不思議に思った祐一は、やや回復した視力で周りを見回す。自分が抱きしめたのは服だけで、後は近くに変装
マスクとカツラが落ちていた。突然祐一の頭が何者かに踏みつけられた。堪えた祐一だが次の瞬間に一気に軽くなる。誰かが祐一の
頭に足を置き、それを踏み台にジャンプして祐一の後方に下りたのだと確信した。こんな芸当が出来るのは今この場には一人だけ、即ち

「ストロベリー・キャット!」

 彼女の名を呼びながら祐一は振り向いた。そこに彼女は立っていた。デフォルメされた猫のマスクを被り、水色のレオタードをその身に
まとっている。彼らが追い続ける怪盗ストロベリー・キャット−−名雪−−だ。

「俺を踏み台にしたぁ!?」

 名雪の背後で祐一が、どこかで聞いたセリフを言うが、名雪は聞いていなかった。眼前に香里がショットガンを構えていたから。

「これでも食らいなさい!」

 ドォンッ!

「わっ!」

 慌ててしゃがむ名雪。しかし弾丸は全く見当違いの方向へ飛んでいった。禄に視力の回復していない香里が当てずっぽうで撃った弾丸は
名雪の左に逸れて背後の警官に当たる。

「ぐべらっ!」

 十字に開いた硬質ゴム弾をまともに受けて、警官は吹っ飛んだ。

「外した!?」

 聞こえた悲鳴が女性の物では無かったので、香里は新しい弾を装填しつつ銃身を別の方向に向ける。

「香里さん、いけません。このままだと同士討ちになります!」

「ちっ!」

 隣の美汐の制止に香里は舌打ちしつつ、撃つのをやめた。その横合いから美汐が、名雪に走り寄った。

「お覚悟!」

 離れていた事もあり、美汐の被害が一番少なかった。眼前にしっかりと彼女を見据え、掴みかかろうと駆け寄る。

「逮捕だぁ!」

 さらに背後から、祐一が両手を広げて襲い掛かってきた。しかし名雪は慌てずに後方へ宙返りをする。その際に祐一の両肩に手を置き
祐一の進行方向へ突き出す。その反動で自分は更に後方へ飛ぶ。バランスを崩した祐一は、向かってきた美汐と

「え?」

「え?」

 ガシィ!

 まるでアツアツカップルがするような熱い抱擁、即ち抱き合っていた。余りの光景に香里、それと名雪が言葉を失う。

「え、えっと……なんかお邪魔みたいだから、行くね?」

 情事の現場を目撃して、気まずくなった人のようなセリフを言いながら、秋子の指示に従って名雪はそそくさと部屋を出て行った。
だが、未だ蹲る警官達の首に手刀を打ち込んで気絶させる事も忘れない。先のセリフを言った名雪だが、本心は全く違っていた。

「(う〜、祐一ってば極悪だよ〜。美汐ちゃんと抱き合うなんて! こうなったら祐一のランチは紅生姜丼、御椀山盛りの紅生姜に
  紅生姜を乗せて食べるの! 飲み物は生姜の絞り汁なんだぉ〜〜!!)」

 その所為か、打ち込む手刀には必要以上の力が込められていた。

 名雪が部屋を出た直後、香里が再起動を果たした。未だ抱き合う二人を見て、声の限り怒鳴った。

「二人ともっ、何やってるのっ!!」

「え……あ、えっと、その……天野……」

「え……あ、えっと、その……相沢さん」

 二人は少し離れたものの見つめ合っており、このまま美汐が目を閉じれば、キスでもしそうな雰囲気だった。実際美汐が目を閉じよう
としたその時、

 ドォンッ!

 激怒した香里が天井に向けて一発、ゴム弾を撃った。それに驚き、二人とも我に返る。

「お、応っ! そうだ、ヤツを追わないと! 行くぞっ、香里、天野!」

 祐一は反転し、その場から逃げるように名雪を追って部屋を出て行き、香里も続く。

「(相沢さん、途中でやめるなんてそんな酷な事は……ハッ! いけません、私は何を考えていたのでしょうか!?)」

 美汐は妄想を追い払うかのように激しく頭を振った後、祐一達の後を追って走り出した。


                         ★   ★   ★


 北川邸の一室・外の催眠ガス騒ぎが収まってきた頃

「……」

 北川潤は、邸内の廊下を歩いていた。警官たちから「部屋から出ないように」と言われていたのだが外が慌しくなり、次いで静かに
なったのを見計らって部屋を抜け出したのだ。廊下で眠っている警官たちを見ながら慎重に歩いていく。

『ストロベリー・キャットを自分で捕まえてやろう』

 そんな事を考えていた。常日頃から「権力者の北川家の長男」という肩書きを不満に感じていた。世間は「北川潤」個人ではなく、
「北川家の跡取り」としか見てくれない。いつから思い始めたのか覚えていないが、それがイヤだった。先日祐一達に

『力があるのは俺じゃなくって親父だ』

 と零したのもその表れだった。かといって家を飛び出して一人で生きていけるかと言われれば、「出来る」と確信を持つ事も出来
なかった。だが今回の事は又とない機会だ。これで少しは世間に「北川潤」個人を認めさせてやれるかもしれない。危険な事は充分
承知しているし、もしかしたら自分の所為でストロベリー・キャットを取り逃がしてしまうかもしれない。だが今現場は混乱してい
るし、状況次第では勝機もある。リスクとチャンスを量りにかけて、彼はチャンスを取った。それに加えて……

「(ヤツを捕まえて美坂刑事と……)」

 という事も(むしろコッチがメイン?)考えていた。

 〜北川君・妄想ヴィジョン〜

 咲き乱れる真っ赤なバラを背景に見つめあう北川(美化163・7458%)と香里(お姫様の格好)

『北川さん、何故貴方はこんな危険な事を!?』

『それは……』

『上手くいったから良かったものの、一歩間違えれば命を失う所だったのよ!?』

『じゃあ何で君はそんな危険な事をしているんだ?』

『わ、私は……刑事だから……』

『刑事である前に一人の女性だろ?』

『え?』

『俺には……君は刑事ではなく、一人の女性としか映っていないんだ。だから……』

『…………』

『だから……美坂香里刑事ではなく、女性の美坂香里さんの役に立ちたかった、君を守りたかったんだ』

『き、北川さん(ウルウル)』

『美坂さん、俺……』

『香里……』

『え?』

『香里って呼んで……北川さん』

『俺も……潤って呼んでくれ』

『潤!』

『香里!』

 激しく抱き合う二人、熱いまなざしで見つめあい、もうお互いの姿しか目に入らない。やがてどちらからとも無く目を閉じ、顔が
近づいていく。そして二人の唇の距離がゼロに……


「あぁ〜〜ん、かおりぃ〜〜〜」

 北川は自分の身体を抱きしめ、激しく腰をうねらせてもだえていた。子供連れのお母さんがいたら速攻で子供の目を塞ぎ、「見ちゃ
イケマセン!」とその場から脱兎の如く逃げ出す事請け合いだった。

「問答無用でバカですかぁーーーっ!!?」

「ハッ!?」

 突如聞こえてきた叫び声に、北川はようやく妄想の世界から帰ってきた。辺りを見回せばそこは最上階にある掃除用具入れの前だった。
妄想に浸っているうちにこんな所まで来ていたらしい。

「な? だ、誰だ!?」

 声の主を探すが見当たらない。
 
 ドン……ドン……

「ん?」

 見れば掃除用具入れの扉が内側から叩かれている、というより何かがぶつかっていた。

「開けてくださいよー!」

 さらには聞きなれた声もする。北川が思い切って戸を開けると中からぐるぐる巻きに縛られたメイドさんが転がり出てきた。

「なっ? お前は……何でこんな所にこんな格好でいるんだ? さっき見かけた時は警官達にお茶を配っていただろう?」

 北川はメイドさんを抱え起こしながら尋ねた。北川の記憶では、確かにこのメイドは警官達にお茶を振舞っていた。自分とも
会話をしている。それが何故こんな所にこんな格好で……

「新手のプレイか? もっとこうノーマルでいったらどうだ?……マンネリを打破する為か?……」

「……」

 北川の発言に「やっぱりコイツは……」とでも言いたげな冷たい視線を向けた後、メイドさんは事情を語った。
 自分は普段通りの仕事をしていたが、背後から襲い掛かられて気を失ってしまった。次に、目が覚めたら身体中を縛られて猿轡まで
されて、ここに放り込まれていた。猿轡の締め付けはゆるかったので何とか外して助けを求めたが返事は無かった。ところが暫くする
と、何やら馴染みのある−−イヤ本人は決して馴染みたくなどは無いが−−怪し気でどす黒い妄想のオーラが漂ってきたのでつい習性
でツッコミを入れてしまい、現在に至る。

「問い詰めたい所があるが、つまり今屋敷に居るあのメイドはお前の偽者ってことだな」

「そうですよー。この私の背後を取るなんて只者じゃありませんよー」

「て事は……ストロベリー・キャットだな? ハッ! 美坂さんが危ない!」

 北川はメイドさんを文字通り放り出すと、金庫室へと全力疾走していった。背後の「ほどいてくださいよー」というメイドさんの
悲痛な叫びとその後に延々と続く恨み言は、北川の耳に届かなかった。


                        ★   ★   ★


 金庫室

「ハァッ、ハァッ……」

 三階からここまで全力疾走してきた為に、北川の息は乱れていた。尤もバラ色の未来を予想して別の原因からも息を乱していた。
 扉が開いていたが中からは物音が聞こえてこない。慎重に中を覗くとそこには気絶した警官が数人倒れているだけで、
ストロベリー・キャットも香里達の姿もない。北川は知らないが、彼女達はストロベリー・キャットを追って部屋を飛び出していた。

「あれ?」

 拍子抜けしたのか、気の抜けた顔をして部屋の中に入っていく。先ず目に付いた金庫だが開けられた様子は無かった。

「『黄金のアンテナ』は無事か……にしても、美坂さん達は何処にいったんだ?」

 一先ず安堵し、つい疑問を口に出すがその疑問に答えるものは……いた。

「私がどうかしましたか?」

 香里が入り口から姿を現した。

「あ、え? み、美坂さん!」

 北川は、意識していた相手が突然現れたことに動揺していた。一方の香里は微笑みながら北川に近づいてくる。

「北川さん、一体どうしたんですか?」

「あ、いや……その」

 北川の動揺はまだ収まっていなかったので直ぐ答えられなかったが、突如思い出した事を香里に話した。

「あ、そ、そうだ! ウチのメイド! ホラ貴女たちが初めてウチに来た時に応対したメイド。いま邸内をうろついてるのは彼女の
 偽者です! ストロベリー・キャットの変装なんです!」

 情報を提供したので、取りあえずは恋愛フラグ成立? パラメーターUP? などと考えていたが、香里の返答はそっけなかった。

「えぇ、知ってますよ。それで相沢君たちが後を追っています」

「(くそぉ、現状維持か)」

 北川が悔しがっていると、香里が質問してきた。

「それを言いに来たんですか?」

「え、えぇ……まぁ」

 それをきいた香里の表情が少し険しくなった。

「ご協力には感謝しますが、危険です!」

「それは分かってましたが……」

「分かっていたのに何故? ここにストロベリー・キャットが居なかったから良かったようなものの……」

「(あれ? この展開って……)」

 頭に描いていたキタガワールドの妄想が現実世界で形になりつつあった。まさかとは思いつつも、妄想通りに話してみる。 

「じゃあ何で君はそんな危険な事をしているんだ?」

「わ、私は……刑事だから……」

「刑事である前に一人の女性だろ?」

「え?」

「俺には……君は刑事ではなく、一人の女性としか映っていないんだ。だから……」

「…………」

「だから……美坂香里刑事ではなく、女性の美坂香里さんの役に立ちたかった、君を守りたかったんだ。」

「き、北川さん」

「美坂さん、俺……」

「北川さん」

「え? ここは『香里……』でしょ? で、それを聞いた俺が『え?』って聞きなおして……」

 展開の変化に戸惑った北川が香里に近寄るが、香里は北川の眼前にスプレーのようなものを突きつけた。

「え?」

 北川は目の前のものが何か分からなかったので、つい展開通りのセリフを漏らした。

 プシューッ……

「う……み、さか……さん」

 バタッ

 スプレーから出る煙を浴びた北川は襲い来る睡魔に抵抗できずに、そのまま眠ってしまい床に崩れ落ちた。

「ふふふ、ゴメンナサイね」

 香里は眠っている北川に笑いかけると、彼の懐を探って鍵を見つけ出した。

「彼の方から現れてくれるなんてラッキーだったわ……あった。これで金庫を破る手間が省けるわ」

 自分の欲しかったものが見つかったので、満足そうに笑いながら香里は金庫に近づいた。それから僅かの時間で金庫を破ると
中からあるものを取り出してきた。

「ふふふ、『黄金のアンテナ』確かにいただきますね」

 香里は自分の顎に手をかけて何かをはぐように動かす。

 ベリベリ……

 驚いた事に手の動きに合わせて顔の皮膚がはがれていく。それと付属のカツラ、着ているものを脱いだ謎の女性は、眠る北川達を
その場に残して立ち去った。




 続く




 後書き

 こんにちは、うめたろです。

 お待たせしました。『ストロベリー・キャッツ』第三話、お届けです。

 ネタが思いつかなかったり、他のHPに投稿している作品を書いたり(ぇ

 色々でしたが、なんとか書き上げました。

 描写が甘い箇所(作戦、武器の説明、話の展開等)が多々あるかと思いますが、今後の課題という事で^^;

 今後とも長く、かつ温かい目で見守っていただければ幸いです。

 続きですが、今度こそ早くに投稿したいと思ってます。多分出来るかと……(ぉ

 今回はこの辺で


 最後に

 今作品を掲載してくださった管理人様

 今作品を読んでくださった皆様に感謝して

 後書きを終わりにさせていただきます

 ありがとうございました

 では                         うめたろ