「怪盗 ストロベリー・キャッツ」 第二話
車から降りた祐一達は北川家を眺める。正門から見えるのは3階建ての西洋風の建物、広い敷地、噴水などであった。
「ここが北川家ですか」
「久瀬家と同じくらいかしら」
「金ってのは、ある所にはあるもんだよな……さて、行くか」
家の前には既に数人の警官がいた。その中から一人、私服の刑事らしい男が三人に気がついて声をかけてきた。
祐一達の同僚の斉藤(なゆちゃんファン)だった。
「相沢、美坂。それに天野さんだったな、今頃到着か。また課長をからかっていたのか?」
「おぅ斉藤。やっぱり課長はカツラだと思うぞ」
「二人とも、今はそんな事話している時じゃないわよ」
香里が二人のふざけ合いを止める。
「んじゃ、北川家のご当主に挨拶にいきますかね。お二人さん」
「あぁ、それなんだがな相沢。現在この家の当主達は海外だそうだ。今家の人間は長男が一人で、後は何人かの使用人がいる」
「そうか、じゃあその若様に会ってくるか」
祐一が二人を促して北川家の玄関近くまで来たときに、香里の携帯電話が鳴った。
「何かしら? ごめんね、先に二人で行ってて頂戴。後から行くから」
香里がそう言って少し離れてから、携帯電話に出て話し始めた。祐一と美汐が玄関のチャイムを鳴らして暫く待っている。
やがて扉が開き、一人のメイドが応対に出てきた。
「どちら様でしょうかー?」
「華音警察署の者です。ストロベリー・キャットの予告状の事でお話を伺いたいのですが」
「あ、ハイ。ではこちらへどうぞー」
メイドに案内されて屋敷の中を歩いていく。大きくとられた窓から昼の日差しが差し込み、廊下を照らしていた。
「さすが、これぞお屋敷! って感じだよな」
「そうですね」
祐一と美汐は、緊張感もなく普通に会話していた。
「現在はご当主がおりませんので、この家のバ……イエ、若様とお話下さいねー」
案内のメイドが、先程の斉藤の説明を繰り返すように教えた。祐一もメイドが言いかけた事には追求せずに「分かりました」
とだけ答えて歩いていく。
「ハイ、ではこちらでお待ち下さいねー。只今バ……イエ、若様を呼んで参りますのでー」
メイドは応接室に通した二人にそう声をかけると部屋から出て行った。二人もソファーに座っておとなしく待つ……のも退屈なので、
祐一は部屋を見回していた。
「ふむ……フカフカのソファー、高価な調度品、シャンデリア、高級な酒……金持ちの家ってのはどこも似たような物が置いてある
んだよな。偶には意表をついて……」
「どんな物があればいいと言うのですか?」
美汐が声をかける。流石に彼女はあちこち見回したりせずに、おとなしく座って待っていた。
「う〜ん、そうだな……天野は何を置いたら来客の笑いを取れると思う?」
「来客の笑いを取るような物を置こうとは思いません。それよりも相沢さん、少しは落ち着いてください。
キョロキョロしているのは、みっともないですよ」
祐一を嗜める美汐。祐一は、そう言われて今度は美汐を見る。背筋を伸ばし足を揃えて座っていて、両手はこれまた揃えられて
膝の上に置かれている。いかにも礼儀正しそうな座り方だった。祐一は美汐の今までの言動、振る舞いから思いついた疑問を
彼女に聞いてみた。
「なんと言うか、天野……よく”オバサンくさい”って言われないか?」
「相沢さん。出会って間もない人にそのようなことを言うのは人として不出来ではありませんか?
それに私はオバサンくさいのではなくて、”物腰が上品”なんです」
「悪い……その、妙に落ち着いた雰囲気があったものだから……ところで天野って歳いくつだ?
(秋子さんの例もある事だし、もしかして見た目以上に? イヤ、秋子さんの歳は不明なんだが)」
「女性に年齢を聞くなんて、そんな酷な事は無いでしょう」
それでもお互いに年齢を確認してみると、美汐は祐一の一つ下だと判った。
「う〜むそうか、だがやっぱり……」
「何ですか?(キッ)」
「……イヤ。落ち着いていて上品だぞ、ウン(汗)」
「オバサンくさいな」とは言えない祐一だった。それから程なくして、応接室のドアが開き先程のメイドが入ってきた。
「失礼しますねー。バ……イエ、若様がお見えになりましたー」
「まったく、そのわざとらしい呼び方を止めろと何度も言ってるだろう」
そう言いながらメイドの後に続いて入ってきたのはまだ若い−−祐一達と同じ位の−−男だった。なんとなく育ちの良さを
感じさせてはいるが、祐一と同じ雰囲気−−イタズラ好きの少年をそのまま成長させたような−−も持っていた。
そしてなにより祐一達の目をひいたのが……
「(あの髪の毛……アンテナ……か?)」
「(あの髪の毛……アンテナ……でしょうか?)」
彼の頭頂部の髪の毛の一部が、湾曲してはいるものの、しっかりと逆立っている点だった。
「あんた達が来てくれたっていう刑事さん達か?」
高圧的な態度ではなく、随分とくだけた話し方で男が問いかけるが祐一達には聞こえていなかった。
「ヒソヒソ(なぁ天野。あれってアンテナか?)」
「ヒソヒソ(さぁ……でも……)」
「(ひょっとしてこの家の当主って、”目玉に身体が付いている姿で、茶碗の風呂に入ったり”してるんじゃないか?)」
「(……)」
「(天野……否定しないのか?)」
「(え、あ……そ、そんな事はないでしょう。……彼は下駄もチャンチャンコも身に着けていませんし)」
「なぁ、あんた達が刑事さんなんだろ?」
男が再び、今度は少し大きい声で話しかけると、祐一達もようやく自分達の目的を思い出した。
「ハ!……失礼しました。華音警察署の相沢祐一です。こちらは天野美汐刑事です、よろしく」
「宜しくお願い致します」
「あぁ、よろしく。俺はこの家の長男で『北川潤』だ」
祐一が自分と天野を紹介すると、男も名乗り返しながら、祐一達の向かいのソファーに座った。
「二人だけなのか?」
「いえ、外にも応援がきています。それとあと一人こちらに来ます。我々三人で今後の事を含めてお話を伺おうと思いまして」
すると、傍に控えていたメイドが「では、こちらにお連れして参りますねー。あとお茶もお持ちしますねー」と言って
退出すると、室内には祐一達3人が残された。
「それで早速ですが、予告状が発見されたときの状況からお聞かせ願えますか?」
祐一が話を切り出した。
「あぁ、といっても俺が発見した訳じゃないんだ。使用人の一人が、今朝早く玄関に刺さっているのを見つけたらしい。
これは通報した時にも言ったはずだけどな?」
「一応確認の為です。予告状を発見したというのは、先程の方ですか?」
「いや、違う使用人だ」
今度は美汐が質問する。
「この家には現在、何人の使用人が雇われていますか? またそれぞれの身元は確かでしょうか?それと、最近になってこちらで
働き始めた方はおられるのでしょうか?」
「それは……って、何でそんなことまで聞くんだ?」
ストロベリー・キャットの予告状とどういった関係があるのか分からない、といった感じで北川が聞くと、祐一が美汐の質問の
意図を説明する。
「ヤツは……ストロベリー・キャットは変装して予め潜入している事もあるんですよ。ですので、身元のはっきりしない、
或いは最近こちらで働き始めた人というのは居ませんか? という事です」
「成る程な。たしか……メイドが10人。執事と言うか親父の秘書が一人、その人は今は親父と海外だ。後は、料理人が二人に、
運転手が一人に出入りの庭師ってところか。全員身元は調査済みだし、一番新しい使用人も働き始めたのは2年程前からだ」
北川は少しの間考えていたが、家の人間を把握していたのか、さほど時間を置かずに答えた。
「確かですか?」
美汐も念を押す。
「詳しい事までは調べて見ないと分からんけど、俺だって家にどんな人間が居るかくらい把握しているさ。尤も親父の会社の人間
までは無理だけどな」
そう答えた後、今度は北川が口を開く。
「なぁ、刑事さん。そんなに畏まった話し方じゃなくて良いぜ。俺と歳もそう変わらんだろうし、
第一金や権力をもっているのは親父であって俺じゃない」
「職務ですので……(どうやら只のお金持ちのお坊ちゃんじゃ無さそうだな)」
金持ちの家の息子という事で、多少は偏見の目で見ていたが、その評価を幾分か改める事にした。
「ところで……今回ヤツが狙っていると言う”黄金のアンテナ”というのは一体?」
「ああ、それならコレだ」
そう言って北川が懐から小さな箱を取り出して祐一に見せた。北川が箱を開けるとそこには金色に輝く、
北川の頭頂部の髪の毛と同じ形をしたものが収まっていた。
「(成る程……アンテナ、か。という事はあいつの頭のアレもそうなのか?)」
「(北川家の象徴、ですか……では、北川さんの頭のアレもそうなのでしょうか?)」
二人は、見せられたモノと北川の頭部を見比べながらそんな事を考えていた。
「成る程、これがそうですか……それで、これが狙われるような、何か心当たりはありませんか? 例えば誰かに恨まれているとか?」
「さあな。さっきも言ったが力があるのは俺じゃなくって親父だ、恨まれるにしたって親父のほうだろう。ま、こんな生活している
以上は何処かで恨みの一つや二つ買っていてもおかしくないけどな、少なくとも俺にはそんな心当たりは無いよ」
「(この方は実家の事が気にいらないのでしょうか?)」
祐一と北川が会話をしている最中、美汐はそんな事を考えていた。
「……とにかく、刑事さん達はコイツをしっかりと警備してくれれば良いさ。で、そのストロベリー・キャットも逮捕してくれれば
万々歳だろ」
「はい、全力を尽くします。それで今後の……」
ガチャ
「失礼しますねー。お茶をお持ちしましたー、あともう一人の刑事さんもお連れしましたー」
祐一が警備について話そうとしたところで、さっき出て行ったメイドが香里を連れて入って来る。
彼女自身は言ったとおりティーポット、人数分のカップ、お茶菓子等をワゴンに載せていた。
「遅くなってごめんなさい……北川さんですね? 私は華音警察署の……」
「お尾緒御於汚苧乎雄悪牡男麻小嗚オーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」
北川が入ってきた香里を見た瞬間の事だった。突然に叫んだかと思うと、ソファーの前のテーブルを踏み台にして祐一達の頭上を
飛び越えて宙返りをして着地。一気に香里の眼前に躍り出た。その様子は今までとはうってかわって極度の興奮状態にあった。
「えっ、えっ、な、何? 何なの?」
部屋に入って挨拶した途端、雄たけびが聞こえたかと思うといきなり目の前に血走った目をした男が
現れて(香里にはそう見えた)香里は一瞬パニック状態になっていた。
「俺、イヤMe、じゃない、拙者、でもない、ボ、僕はこの家の者で北川潤と言います! そ、それであ、ああ、貴女のお、おお、
お、お名前はっ!?」
北川が、未だにどう対応していいか分からない香里の手を取りながら名前を聞いた。
「え、え〜っと、その、華音警察署の、み、美坂……美坂香里です」
香里がどうにか名前を告げると、北川は掴んでいた手を離して「みさか……みさか、かおり……」と呟きながら香里に背を向けた。
暫く呆然としていた香里だったが、我に返ると恐る恐るといった感じで未だに自分の名前を呟いている北川に話しかける。
「あ、あの〜、北川……さん?」
「ハッ!……失礼しました。貴女もこちらの警備をされるのですねっ!?」
「ハ、ハイ。え〜っと、よ、宜しくお願いします。北川さん」
「ハッハッハ。嫌だなぁ『北川さん』だなんて。そんな他人行儀な呼び方じゃなくて僕の事は、潤でも潤君でも潤さんでも
潤殿でも潤様でもお義兄ちゃんでもお兄様でもマスターでも御主人様でも旦那様でもダーリンでも
”あ・な・た(うっふん)”でも好きに呼んでください」
「えっと、その……やはり、北川さんと呼びます。私の事も美坂でいいですから」
前髪をかき上げつつ、歯を光らせて笑いかける北川に得体の知れない何かを感じて逃げたいと思いつつも、香里は自分の刑事
としての矜持を支えにして北川に対応していた。一方、祐一と美汐は北川の突然の変わり振りについていけず、
その様子をメイドの淹れてくれたお茶を飲みながら見物していた。
「相沢さん、何処かで見たような挨拶ですね。ああいうのがこの街では当たり前なのですか?」
「そんな事はないぞ」
「では、あの方は相沢さんと同類ということですね」
「あんなのと一緒にしないでくれ」
「…………(冷たい目)」
「な、なんだ、天野?」
「自覚が……いえ、何でもありません。それより、止めた方がよろしいのではありませんか?」
「あ、私が止めてきますから、刑事さん達は座っていてくださいねー」
祐一が香里を助けるべく立とうとしたところを、今まで黙って控えていたメイドが止めた。そして話している二人(一方的に北川が
話しかけているだけ)の方に足音も立てずに歩いていった。北川はそれに気付かずに香里に話し続けている。
「そうですか……恥ずかしがることなんて無いんですが」
「…………(汗)」
「とにかく、”黄金のアンテナ”も貴女のような方に護ってもらえれば安心ですよ」
「ハ、ハァ……最善を尽くします」
「美坂さん……」
「はい……?」
「警備の事、宜しくお願いします。…………イヤ、あのアンテナよりボ、ボクを護ってくれ! イヤ、逆に俺が君を護るっ!
そして……そして、み、美坂さんっ!! 俺の為にみそしられっ……!!!」
ゴンッ!!
「うぎゅっ……(バタッ)」
北川が(自分にとって)何か重大な事を途中まで言った時だった。彼の背後に忍び寄っていたメイドが持っていた金属性のトレイを
北川の後頭部に叩き付けた。メイドの攻撃はかなりの威力があったらしく、一発で北川の意識を刈り取っていた。
「申し訳ありませんねー、刑事さん。ウチのバ……イエ、若様が多大なるご迷惑をおかけしてしまいまして」
「い、いえ、助かりました。ありがとうございます……それよりコレ、大丈夫なんですか?」
香里が倒れている北川を指差しながら尋ねる。
「平気です、いつもの事ですからー。バ……イエ、若様は自分好みの女性に出会うとこうなってしまうんですよー。
その都度私達がこうして止めているんですよー。ここまで激しいのは初めてですけどねー」
「……」
祐一達は、メイドに言われた通り座っていた。彼女の行動に呆気にとられていたからだ。
「……見事なものだな」
「はい。あの気配を絶った歩き方、一発で意識を失わせたあの打撃、素人ではありませんね」
「北川潤……ヘンな奴だな」
「北川さんも、相沢さんにだけは言われたくないでしょう」
「どういう意味だ?」
「深い意味はありませんよ。お気になさらずに」
「むぅ…………それにしても、ヤツが最後に言いかけた『みそしられ』って何だ? 演奏でもするつもりなのか?
知ってるか、天野?」
「おそらくは、「味噌汁を作ってくれ」と言いたかったのでしょう。『俺の為に味噌汁を作ってくれ』
昔からよくあるプロポーズの台詞ですよ」
「そんなことまで知っている天野ってやはり……」
「何ですか?(キッ)」
「あ〜いや、その、知識が豊富で物腰が上品だな〜と。ハハハ……(汗)」
「分かれば良いんです」
その後、なんとか北川を正気に戻し(相変わらず香里に熱烈なアプローチをかけてその度にメイドに止められていたが)
今後について話した後、祐一達は一旦署へと戻ることにした。
「ふぅ……まったく酷い目に会ったわ。今度の事件、外れてもいいかしら?」
「香里さん……お気持ちは分からないでもありませんが……」
「冗談よ。……まったく、誰かさんは面白がって見ているだけだったしね」
あながち冗談でもない風で、香里は隣で運転している祐一を見る。
「イヤ、その、俺だって驚いたからな。……でもな香里、あのバ……イヤ、若様は性格はアレだが将来の資産家だ。
随分と気に入られたみたいだし、ひょっとしたら玉の輿だぞ」
祐一にしてみればいつもの軽口だったが、香里としては少なからず好意を寄せている相手にそんな事を言われるのは
軽い冗談で受け流せるものではなく、気分の良いものでも無かった。
「相沢君は、私が……その、彼と……付き合っても……へ、平気なの?」
「……あー、香里が決めることだろ? 俺が口を挟む事でも無いしな」
「そう……」
「(これは……逃げ場の無い車内でこんな場面を見せ付けられるなんて、そんな酷な事は無いでしょう」
美汐は、そんな二人の様子に口を挟む事も出来ずにただ居心地の悪さを感じていた。しかし祐一は二人のそんな様子を
気にかけずに話し続ける。
「でも、なんだな……俺としては、その……香里には、傍に居て欲しいと思ってるぞ」
「えっ!?……そ、それって、あの、その、あ、相沢君?」
「香里が居てくれないと……俺……」
「……(赤)」
美汐は、一瞬にして変化した車内の雰囲気に先程よりさらに居心地の悪さを感じていた。
「(な、なな、何ですかこの空気は!? アレですか、当てつけですか? 惚気ですか? 見せつけですか?
ラヴラヴですか? 逃げ場の無い車内でこんな場面を見せ続けられるなんて……そんな酷な事は無いでしょう!)」
香里もまた、さっきとは違う祐一の態度に戸惑いつつも、祐一の次の台詞を期待していた。
「香里がいないと……誰が俺にツッコミをいれてくれるんだ?」
「へ?」
「は?」
「ツッコミの無いボケは寂しいんだぞ? しかもただ単純にツッコめば良いというものでもない。その点香里のツッコミときたら
……どうした香里?」
「…………」
なにやら俯いて肩を震わせている香里。そしてついに爆発した。
「私は……」
「ん?」
「私は、ツッコミの女かぁっ!?」
香里は運転している祐一の首を締め上げていた。その為に車は蛇行運転をして、車内は騒然となった。
「ぐ……グボォ、が、がお゛…」
「えぇ!? どうなのよ? 私はツッコミだけの女だっていうの!? いつもいつもそうやってからかって!
私の、私の気持ちなんて〜〜!(ギリギリ)」
「か、香里さん。落ち着いてください! きゃ!」
香里を宥めて、どうにか正常な走行に戻るまでに事故が起こらなかったのは奇跡とも呼べるものだった。
「ゲホッ、ゲホッ……あ〜死ぬかと思った。ホンの軽い冗談なのに」
「フン!」
「相沢さん、冗談にしても程がありますよ」
「あ〜……ウン、悪かった。香里は大事な相方、イヤ相棒だよ。まぁ、何だ。俺が女でもアレはちょっと遠慮したいしな。
そんな相手に香里がなびくわけ無いよな」
「ハァ〜……もう良いわよ。(相棒……冗談……か。『傍にいてほしい』っていうのもそうなのかしら?
でも、冗談でもそう言ってもらえて嬉しいわ)」
そんな会話を続けているうちに、車は署へと到着した。それから署内で会議が行われ、そして昼を大きく回った頃、華音署の
正面入り口に祐一達の姿があった。
「まったく課長のヤツめ。こんな時間まで会議を長引かせるとは……やはりヅラなのか?」
「カツラは関係ないでしょ……」
「今後の警備計画は重要な事ではありませんか。今度こそ彼女を捕まえるのでしょう?」
「ああ、そうだな……」
会議が終わったのはつい先程で昼食も摂る暇も無かった。
「で、遅くなったけど昼食はあの店でいいのね?」
「うむ、と言うかあの店しかないだろ? この辺じゃ一番美味いし」
「何処ですか?」
祐一達に同行していた美汐だが、この土地に疎い美汐には「あの店」と言われても、何処の店のことなのか分からなかった。
「いいか天野、華音署の人間は必ず世話になる所がある。それがあの店……喫茶『猫苺』だ」
「喫茶店……ですか。それは何処にあるのですか?」
「あの店よ」
そう言って香里は正面を指差す。先には道路があり、その向こうに目指す場所……猫苺があった。
「成る程、近くて便利ですね」
三人は会話をしながら猫苺の近くまでやってきた。
「華やかな雰囲気のお店ですね」
「そうか……天野はオバさ……」
「何ですか?(ギロリ)」
「(汗)……いや、物腰が上品で落ち着いているから、その……もっとこぅ和風な造りの店の方が好みじゃないかなって……ハハ」
「ハァ……早く入りましょ」
祐一は、呆れた香里に促されて先頭を歩く。
「猫苺、ですか……「ストロベリー・キャット」に似てますね」
「「……」」
美汐が洩らした何気ない呟きは、祐一と香里の足を止めた。二人とも少々気まずい顔をしている。
「あの、どうかしましたか?」
「美汐さん……その事なんだけどね、あまり話題にして欲しくないの。特に店内では」
「何故ですか?」
「猫も苺もね、この店の主人にとって、とても思い入れのある物なのよ……名前が似ている事を指摘されると、その人が悲しむのよ」
何か深い事情がありそうだったが二人の表情や香里の話し方から察したらしく、美汐は「そうですか」とだけ言って、
これ以上聞くのは避けた。
「さ、入ろうぜ」
祐一が殊更明るく言って店のドアを開けた。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ!」
カウベルつきのドアを開けて入ると、ウェイトレスをしている名雪が応対に出てきた。
「あ、祐一と香里だ。また来てくれたんだ」
「ウム来てやったぞ。光栄に思え」
「う〜、祐一。なんかエラそうだよ〜」
「エラそうではなくて実際にエライのだ。崇め奉って良いぞ」
「ハイハイ、二人ともそのくらいにしておきなさい。何時もやってて、よく飽きないわね」
二人のやり取りを香里が止めた。後ろに立っていた美汐は香里に聞いてみた。
「何時もなのですか?」
「何時もなのよ」
と、そこでようやく名雪は美汐に気がついた。
「あれ? 見た事ない人だけど、署に来た新しい刑事さん?」
「特別研修で一週間の間、華音警察署配属になりました天野美汐と申します。以後お見知りおきを」
「うん。水瀬名雪だよ、よろしくね……美汐ちゃん、でいいかな? 私も「なゆちゃん」でいいよ」
お互いに自己紹介をする二人。交渉の結果「なゆちゃん」は流石に遠慮して「美汐ちゃん」「名雪さん」と呼ぶ事で合意した。
「ホレ名雪、さっさとお客様をお席にご案内せんか」
「祐一ってばやっぱりエラそうにしてるよ〜」
そう言いつつも、名雪の顔に怒ったり不満気な様子は無かった。「こっちの席でいいかな」と言って、祐一達を窓側の
テーブル席へ案内した。
「随分仲がよろしいんですね」
「まぁ……署内でも私と相沢君は特に親しくさせてもらっているのよ……半分家族みたいなものね」
「そうなんですか」
美汐と香里もそんな話をしながら祐一達について行く。テーブル席にまず祐一が座り、その前に香里、
隣に美汐が座った。席に案内した後で、人数分のお冷をもった名雪がやってきた。
「ハイ、どうぞ」
「ウム、ご苦労。……そういえば名雪、秋子さんはどうした?」
店内を見回してみるが、この店の主人である秋子の姿が見えなかった。いつもならカウンター奥の厨房にいるはずなのだが。
「家にいるよ。さっきまでお客さん一杯来てたから休憩中なんだよ」
「そうか」とだけ言って祐一は水を一口飲む。よく冷えたそれは喉に心地よかった。
「注文は何にする? 美汐ちゃん、イチゴサンデーがお勧めだよ」
名雪が美汐に店の人気メニュー、というより自分の好物を勧める。
「それはデザートだろうが」
「美味しいのに」と拗ねる名雪を尻目に祐一達は何を食べるか考えていたが、ふいに祐一が真剣な表情で名雪に聞いた。
「日替わりセットがお得で良いんだが……名雪、今日は『アレ』の付くトーストセットじゃなかったよな?」
「「!!」」
「???」
それを聞いた名雪の顔が強張る。香里の表情も真剣なものへと変わる。美汐は一人、何の事か分からずにきょとんとしていた。
「あ……うん、今日は大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの、名雪?」
「「「なっ!?」」」
名雪の背後には何時の間に現れたのかこの店の主人の秋子がいつもの、頬に手を当てて微笑む『秋子さんポーズ』をして立っていた。
「え……えっと、何でもないよ、ウン……ね、祐一?」
「お、応ッ!」
「そう?」
慌ててごまかす祐一達の側では
「ヒソヒソ(い、今突然現れませんでしたか?)」
「ヒソヒソ(美汐さん……気にしたら駄目よ)」
美汐が驚いていた。
「いらっしゃい祐一さん、香里ちゃん。それで……そちらの方は?」
秋子が尋ねると、美汐もなんとか気を取り直して自己紹介する。
「は、はい。特別研修で一週間、華音警察署配属になりました天野美汐と申します。以後お見知りおきを」
「そうですか。私はこの店の主人で水瀬秋子といいます。宜しくお願いしますね」
美汐に続いて秋子も頭を下げて挨拶した。
「それで、さっきは何が大丈……」
「!! ゆ、祐一、ご注文は? 因みに今日の日替わりはスパゲティセットだよ!」
さっきの話を蒸し返されては堪らない、とばかりに名雪が(普段からは想像できない反応速度で)注文を聞いてきた。
「そうか! じゃあそれにしよう。飲み物はコーヒーで、ウン。香里はどうする!?」
「え? あ! わ、私もそれにするわ。私はダージリンで。美汐さんもコレにしたら? お勧めよ!」
「は、はい……このお店は初めてですし……では、私も日替わりセットでお願いします。私もダージリンを」
何の事かサッパリな美汐も、祐一達の迫力に気圧されて同じものを注文した。
「ハイ、日替わりセット3つだね。すぐ作ってくるからね!」
名雪は注文を繰り返すと、秋子の肩を押すようにして厨房へと戻っていった。嵐のような展開が過ぎ去ると美汐が
当然ともいえる質問をした。
「……一体、どうしたというのですか? それに『アレ』とは……」
「天野!!」
「(ビクッ)ハ、ハイ!」
「……その件に関しては後日説明する。今はただ、危険が去った事に感謝するんだ」
「どういう事でしょうか?」
「言葉通りよ……美汐さん、お願いだからその事はこれ以上触れないで欲しいの」
香里にまで懇願されては、美汐も質問を続けようという気にはなれなかった。
「分からないけど分かりました……」
美汐は一応納得した。祐一と香里を見れば、二人とも安堵の表情でお冷で喉を潤している。美汐は次に、秋子について
質問する事にした。
「……秋子さんでしたか。名雪さんと二人、『姉妹』でこのお店を経営なさっているんですか?」
「「……」」
唐突に黙り込む二人を見て、自分の質問が間違っていたのかと思い確認をとる。
「違うのですか? 名字は一緒ですし、二人ともよく似ていらっしゃるのでてっきり……姉妹ではなくて親戚なのでしょうか?」
祐一と香里は美汐に真実を伝える。
「あー、天野。二人は姉妹でも親戚でも、ましてや他人の空似でもないぞ」
「美汐さん。秋子さんはね……名雪の『母親』よ。二人は『親子』なの」
「…………ハイ?」
美汐の動きが止まる。
「母親、お母さん、母上、おっかさん、お袋、ママ……呼び方は色々あるが、秋子さんは名雪の母親だ」
「ついでに付け加えるとね、義理の関係じゃないわよ。血縁上のれっきとした親子よ」
「…………」
驚き顔のまま、フリーズしてしまった美汐を見た祐一は
「(なんだ、こんな顔もできるんじゃないか。普段から澄ましてばかりいないで、もっと色んな表情だせばいいのにな。
笑えばけっこう可愛いんじゃないか?)」
などと考えたが、その考えは
「(う〜、ゆういちぃ〜)」
キッチンの名雪と
「(相沢君……)」
正面の香里に気取られていた。
「…………(汗)。そ、それにしても天野のやつ、相当驚いたみたいだな」
「……まぁ、初めて秋子さんに会った人は誰でもこうなるんじゃない?」
「そういや、俺も最初に会った時は二人を姉妹と思い込んでいたもんな」
ここでようやく美汐が再起動をはたした。
「あの、秋子さんという方は一体……」
それだけをやっとの思いで言う。
「いいか天野、この店には幾つか暗黙のルールが存在する。主な物は秋子さんに関する事なんだが、秋子さんの事で
何か疑問に思っても全ては”秋子さんだから”で納得するんだ、いいな」
「ハ、ハイ」
先程と同じく、祐一のあまりの迫力に美汐は思わず頷いていた。世の中には知ってはいけない事、触れてはならない
ものがあるのだと……
「お待ちどうさま〜。ランチセットだよ」
その後他愛も無い話で時間をつぶしていたが、名雪が注文の品を持ってきたので食事になった。ちょうど良く茹で上がった
麺の上にかけられた秋子特製のソースが祐一達の食欲を刺激する。空腹でもあったので挨拶もそこそこに食べ始める。
「ウム、やはりここの料理は美味いな」
「当たり前よ。どうかしら、美汐さん」
この店は始めてだという美汐も充分に満足のいく味だった。「美味しいですね」とだけ言ったがその一言と
表情だけで全てを物語っていた。
「祐一、そんなにお腹がすいてたの?」
「あぁ、さっきまで会議だったからな」
セットメニューのサラダを食べながら答えた。
「ふ〜ん、そうなんだ。会議って何か事件でもあったの? 今朝呼び出された事と関係あるの?」
「あぁ、実は……」
名雪がいかにも只の世間話をするかのように尋ねた。祐一もまた軽くそれに応じようとしたが、美汐に止められた。
「相沢さん、駄目ですよ。幾ら親しい間柄でも一応は機密を守ってください」
「まぁ、それはそうなんだが……」
「申し訳ありません、名雪さん。一般の人々に捜査情報を漏らすわけにはいかないんです」
美汐の言う事が正しかったので祐一も話すわけには行かなくなった。
「(う〜、残念。警備の情報とか聞けると思ったのに)」
名雪達はこうして祐一や他の刑事達からさり気なく情報を聞き出すこともあり、それが盗みに入るときに役立っていた。
「ごめんね、しばらく忙しくなるからとだけ言っとくわ」
名雪の残念そうな表情を見て少々気まずくなったのか、香里がフォローするかのようにそう言った。
「そういえば……」
強引に話を逸らすかのように、祐一が唐突に話し出した。
「天野の歓迎会とかしなくちゃならんな」
「そうね」
「え?」
納得する香里とは対照的に、美汐は話題の当事者として名前が上がった事に戸惑った。
「いやな、これから一緒に仕事する訳だし、親睦を深める意味でも天野の歓迎会をやろうと思うんだが」
「あ……お気持ちは嬉しいのですが、そんな大げさな……」
「ふふふ、相沢君は何か理由をつけて騒ぎたいだけなのよ。もっとも、あなたの歓迎会は私も賛成よ」
祐一にはそんな二人の会話は聞こえておらず、すでに歓迎会の計画について考えていた。
「会場は何処にするかな……」
「あ、祐一。だったらここにしようよ」
名雪の提案に一瞬考えてみたが、ここでは駄目だと気がついた。
「ここって酒がないだろ?」
「お母さんに頼めば特別に用意してくれるよ」
「本当か?」
「はい、祐一さん達の為なら用意しますよ」
「……ありがとうございます」
何時の間に来ていたのか、秋子が祐一達の会話に参加してきた。もう毎度の事とは言え秋子の気配を感じさせない動きに内心
冷や汗を感じつつも、祐一は極力平静を装って礼を言った。
「会場はここで良いと……」
言いかけてハッとした。自分がとんでもない見落としをしたことに気がついた。たとえここが酒を専門に取り扱う店でも
選ぶのは可能な限り避けなければならない事に……
「祐一、どうかした?」
まさか秋子がいる前で『アレ』の事を話すわけにもいかず、目で名雪に訴える事にした。
「(名雪、歓迎会でもし『アレ』が出てきたらどうするんだ!)」
「あ……」
名雪に言いたい事が伝わったのか、彼女もしまったという顔になる。それなりに付き合いの長い香里もまたその顔に
焦りが浮かんでいた。
「祐一さん?」
「あ……いえ、その……」
秋子に問われしどろもどろになる祐一に助けが現れた。天野が再び申し訳なさそうに言ってきた。
「あの、相沢さん。お気持ちは大変有難いのですが、今回の一件が解決するまでそんな暇はありませんよ? それに私の
研修期間は一週間ですから解決する頃にはもういませんから」
美汐は場の雰囲気を察して言ったわけでは無く只事実を述べただけだが、その一言はこの場を凌ぐのに有効だった。
「そうか……残念だな……」
「そのお気持ちで充分ですよ」
本来の祐一であれば仕事等はお構いなしであるが、今回はストロベリー・キャットの事件でもあるし、また『アレ』への恐怖が
あった為にここは美汐の提案を素直に受け入れる事にする。
「(だけどな、折角知り合ったんだから何もしないでお別れってわけにはいかないよな)」
「相沢君、何かヘンなこと考えてない?」
「そ、そんな事無いぞ。送別会も無理かな〜と考えていたダケダゾ?」
「……ふ〜ん」
「そっか、美汐ちゃんって一週間しか居られないんだっけ。折角仲良くなれたと思ったのに」
名雪がそう言って残念な顔をした。名雪にとっては新しい友達が出来たのに、すぐ別れなければならないのと同じだった。
「すいません名雪さん。でもこのお店は気に入りましたから、こちらにいる間は出来るだけ寄らせていただきますね」
「あらあら……ありがとうね、美汐ちゃん」
美汐がそう言うと秋子もまた微笑んだ。それからは和やかな雰囲気の中で時間が過ぎていき、やがて祐一達は署へと戻っていった。
静かになった店内には秋子と名雪の二人だけだった。
「お母さん、美汐ちゃんって手強そうだね」
「そうね、いつもの事だけど気をつけていくのよ」
「うん、分かっているよ」
怪盗ストロベリー・キャットが現れる日が刻一刻と迫っていた。
続く
あとがき
こんにちは、うめたろです。「ストロベリー・キャッツ」第二話お届けです。
なんとか書き上げました。
前話で感想も頂けて嬉しいです。
次回もなるべく早くに投稿出来るよう頑張ります。
まだまだSS製作初心者見習い(何)の私ですが、これからも精進していきますので
長く&温かい目で見守ってやってくださいm(_ _)m
最後に
作品を掲載してくださった管理人様
作品を読んでくださった皆様に感謝して後書きとさせていただきます
ありがとうございました
では。 うめたろ