北の街ーー華音(かのん)
いつもは静かなこの街に、今夜一つの事件が起こっていた………
ジリリリリリリリ〜〜!!
屋敷の警報装置が鳴り響く中、数人の男達が庭へ飛び出して来た。
男達の服装は、一人を除いて皆制服姿ーー警察官ーーだった。先頭を走るのは、一人だけ私服姿のまだ若い男。
20代前半ほどで引き締まった体型をしている。そして(希少価値を主張するほどではないが)美形の
その顔には怒りの表情を浮かべている。
「くそ、何処だ! 何処に消えた!?」
そう言って男は広い敷地内を見渡すが、照明があるとはいえ夜の闇の中ではそうそう目的のものを見つけることは出来なかった。
「まだ、そう遠くへは行ってない筈だ。手分けして……」
捜すんだ! と男が付いてきた警官達に指示を出そうとした時、何処からか声が聞こえてきた。
「うふふふ。マヌケな刑事さん達、私はここだよ〜」
その声は変声器でも使っているのか、妙にカン高い声だった。
「あそこだ!」
一人の警官が指を指したのは、屋敷の屋根の上。皆が手にもっていた照明を向けると、そこに一人の人物が立っていた。
水色のレオタードに身を包んだその体型から女性であると判別出来たが、その顔はデフォルメされた猫のマスクで隠されている。
「予告通り、久瀬家の宝”銀の眼鏡”は頂いていくよ。じゃあね〜」
それだけ言うと猫マスクの人物は見上げる男達とは逆の方へその身を躍らせた。
「くっ! 裏だ、裏庭へ回るんだ、急げ!」
警官に指示を出しながら、私服の男は裏庭へ走りだした。さらに懐の通信機を取り出して裏庭へ配置されている警官に連絡を取る。
「おい、そっちに降りたぞ!……オイ、聞こえているのか? どうした、返事をしろ!」
何度も呼びかけるが、相手からの返事は全く無かった。嫌な予感がする。そして男達が到着した時予感は的中した。
そこには何か薬品で眠らされたらしく、倒れている警官達の姿しか無かった。勿論先程の猫マスクの女性はいない。
「くそっ! またやられた〜〜!! だが次こそ絶対に捕まえてやるからな! 覚悟しろよ
『ストロベリー・キャット』〜〜〜!!」
若い男の叫びが、夜空に木霊した
「怪盗 ストロベリー・キャッツ」 第一話
とある北の街……華音(かのん)……その街にある、華音警察署……の道路を挟んだ向かい側にある一軒の喫茶店
『猫苺(ねこいちご)』。そこで一人の男がひたすら機嫌を悪くしていた。
「くそ〜、ストロベリー・キャットめ〜」
コーヒーを飲みながら、機嫌悪く新聞を眺めているのは昨夜の若い男であった。
彼の名前は『相沢祐一』。華音警察署に勤務する刑事だ。
昨夜の事を思い出しているのは間違いなかった。見ている地元発行の新聞も彼の不機嫌を助長するのに一役買っている。
ならば見なければ良さそうなものなのだが他にする事と言えばコーヒーを飲むか、店の主人と話すぐらいだが
生憎と主人は店舗併用住宅の奥、即ち自宅に用があってこの場にいなかった。新聞の一面の見出しにはこう書かれていた。
『ストロベリー・キャット またも現る!』
『久瀬家の”銀の眼鏡”盗まれる』
と。
怪盗 ストロベリー・キャット…………
数年前から現れた女怪盗である。予告状を送りつけ、どれ程厳重な警備をしていても、まるであざ笑うかのように警備の目を
掻い潜り、目的を果たす。だが決して人は殺さなかった。警備の人間やターゲットの家の人間等が眠らされたり追跡の際に
ちょっとした怪我をすることはあっても殺人だけはしないやり口で知られていた。また彼女が狙うのは、裏で犯罪を犯していたり、
犯罪すれすれの行為をしていた家などもあったので、市民の反応はそれほど悪い物では無かった。
それでも彼女のやっている事は犯罪には違いなく、警察は日々対応に追われていた。
「祐一さん、御免なさいね。店番を頼んでしまって」
そう言って微笑みながら奥から出てきたのは、長い髪を三つ網みに束ねた美しい女性だった。
この店の名前を示す猫と苺がプリントされたエプロンを着けている。
「秋子さん……いえ、構いませんよ。こんな事ぐらいお安い御用です」
名前を『水瀬秋子』と言い、この店『猫苺』の女主人である。祐一と同じ年の娘がいるのだがその容貌はまだ若々しく、
娘と並んでも姉妹にしか見えなかった。また料理も素晴らしく、この店で出される品物は彼女の手作りだった。
そんな女性だから署内のみならず、数多くの『秋子さんファン』が存在した。
「ありがとうございます……ストロベリー・キャットの事で悩んでいたんですか?」
不機嫌が顔に出ていたのだろう、秋子が我が事のように心配して聞いた。
「えぇ、まぁ……またアイツにしてやられましたからね。くそ〜今度こそ捕まえてやれると思ったんだがなぁ」
この女性には新米の頃から何かと世話になる事が多く、仕事の愚痴を聞いてもらったり、失敗したときなどは優しく
励ましてもくれた。祐一には「もう一人の母親」とも言うべき存在だった。
「あらあら……でも、無茶はしないでくださいね。怪我でもしたら大変ですから」
「大丈夫ですよ、そんなヤワな体じゃありませんって」
ハハハと笑って自分の腕を叩いてアピールする祐一だったが、秋子の顔は依然と曇ったままだ。
「でも……」
尚も心配をする秋子の様子に罪悪感を感じた祐一は「気をつけます」とだけ言ってコーヒーを一口啜った。程よい酸味と
心地よい香りのそれは、秋子のオリジナルブレンドで祐一のこの店一番のお気に入りだった。
秋子も「約束ですよ」と言って笑みを見せる。祐一は何時の間にか自分が不機嫌で無いことに気づいた。
どうやら数回かわした彼女との会話と、只そこに居るだけで不思議と周りの人を安心させる秋子の存在が
祐一の機嫌を和らげてくれたようだ。
「(敵わないよな、秋子さんには)」
店内を見回す祐一、秋子と娘一人で経営しているだけあって、店内はそれ程広くない。キッチンに面したカウンターに席が6つ。
道路に面した側は採光の為にガラス張りになっていてそこに4人掛けのテーブル席が3つのこぢんまりとした店内だった。
祐一と秋子の他に人はいない。開店早々という事もあるが、それでも後一人足りない。祐一は、
この場に居ない秋子の娘ーー秋子が家に戻っていた原因ーーについて尋ねた。
「名雪、遅いですね。ひょっとしてまた寝てるんじゃ?」
「あらあら……」
再び秋子が奥に向かおうとした時だった。「うにゅぅ〜〜」という眠そうな、イヤ実際寝言のような声と共に一人の若い
女性が奥から出てきた。秋子と同じデザインのエプロンを着けている。長い髪をストレートに下ろし、秋子によく似た顔つきの
女性は未だ目が覚めないのか、糸目のままだ。
「おはよぅございまふぅ〜〜」
「おぅ名雪、相変わらず寝ボスケだな」
彼女は『水瀬名雪』、秋子の一人娘だ。この店『猫苺』の看板娘で穏やかな、というよりのんびりとした雰囲気を持っている。
朝が壊滅的に弱く、学生時代は秋子や友人一同が相当苦労したという逸話が残っている彼女だが、優しくて明るい性格であり、
加えて秋子譲りの顔立ちと相まって、署内の独身男性を始めこれまた多くの『なゆちゃんファン』が存在していた。
「う〜〜祐一、朝はおはようございますだよ」
「何言ってる、もう「おはよう」って時間でもないぞ。それに俺は客だぞ? 普通は『いらっしゃいませ』だろうが」
名雪は目の前の男性、祐一に好意を持っていたが祐一の方はというと、仲の良い異性の友人ぐらいにしか思っていなかった。
「いらっしゃいませ、だよ。祐一……昨夜もお仕事だったんでしょ? 大変だね」
「う……名雪、昨日の事は思い出させるなよ」
「ごめんね。でも祐一、ふぁいとっ! だよ」
「あぁ……ありがとな、名雪。ストロベリー・キャットは必ず俺が捕まえてみせるさ」
「うん……頑張ってね」
常連客でもあり、家族の夕食などにも招かれたことのある祐一は水瀬親娘とは家族のように接していた。そんな祐一だが、
名雪との会話中に一瞬だけ親娘が見せた寂しげな表情に気づくことは無かった。
「あ、そうだ祐一。今度の非番の日にデートしようよ」
「唐突だな。なんで折角の休みをお前に付き合って潰さにゃならん」
「う〜私とデートするのイヤなの?」
「そ、そんな事はないが……大体俺が非番でもお前は店があるだろうが」
「祐一は店の常連さんなんだから、サービスしてくれたって良いのに〜」
「常連なら、店側がサービスするのが普通じゃないのか?」
「じゃあ店側のサービスで私が祐一とデートしてあげるね。祐一限定の大サービスだよ♪」
「……どっちにしてもデートか?」
二人の会話は続いていた。いつもならこの辺で「あらあら、あまり祐一さんを困らせては駄目よ名雪」と
秋子の制止が入るのだが……
カランカラン♪
「いらっしゃいませ」
秋子は来客に応対していた。カウベルのついたドアを開けて入ってきたのはウェーブがかった髪を腰まで伸ばした女性だった。
「あら。香里ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、秋子さん」
二人は顔見知り、それも親しい間柄だった。名前を『美坂香里』というその女性は、祐一の同僚で名雪の小さい頃からの親友である。
学生時代から「クールビューティー」と呼ばれるほど冷静沈着な彼女ではあるが、時折可愛らしい仕草を見せる。
それが普段のギャップと相まって署内の『かおりんファン』な男達(一部女性含む)を狂気させていた。
店内を見回した香里は、いつもの場所でいつもの会話をしているいつもの2人を見つけて声をかける。
「おう、香里」
「あ、香里〜。いらっしゃいませ、だよ」
返事を返す2人。もっとも祐一は朝に一度、香里に会っているのだが。
「今日も眠そうね名雪。相沢君は相沢君でホント、いつもここに居るわね。ストロベリー・キャットにやられた次の日は絶対にね」
「ぬぅ……良いじゃないか。ここのコーヒー上手いし」
その事は香里も異論は無かった。自分もコーヒーを注文すると話を続ける。
「……この店の名前が彼女を連想させるのに?」
猫苺 → キャット・ストロベリー → ストロベリー・キャット。少し聡い者であれば、この想像は簡単だった。
「ごめんなさいね。変えようとも思ったのだけど……猫も苺も、あの人が好きだったものだから……」
話を聞いていた秋子の表情が曇る。
「あ……す、すみません。私、そんなつもりじゃ……」
「そうですよ、秋子さんは何も悪くないですよ! 悪いのはそう……そう、あいつです! ストロベリー・キャットです!
ヤツがこの店の名前を勝手に使ってるのが悪いんです!」
祐一と香里が慌てて弁解をすると、秋子の顔も幾分和らいだものになったが、対して香里の気分は重いままだった。
秋子の言う『あの人』の事で秋子に用事があったから。秋子に自分が持ってきた書類入りの封筒を手渡す。
「これ、父から預かった報告書です。今回もご主人は……」
「いいのよ……こちらこそ何時もごめんなさいね、香里ちゃん」
秋子の夫ーー名雪の父親は行方不明だった。秋子とまだ幼い名雪を残して突如失踪したのだ。勿論秋子はあちこち探し回ったし、
警察にも捜索を依頼した。だが、何年たっても手がかりは一向に掴めなかった。
様々な憶測や人々の心無い噂なども秋子の耳に入ってきたが、彼女はひたすら夫を信じて待ち続けた。
そんな彼女に親身になって相談に乗ったのが香里の父親だった。夫の親友でもあり私立探偵の彼は、事情を知るとそれこそ
昼夜を問わず捜し続けた。そんな経緯もあって香里は名雪の親友となり、刑事になり、出来うる限りの時間を使って
秋子の夫ーー名雪の父親の行方を捜していた。祐一もまた同期の仲間や昔の友人などから情報を集めていた。香里達と
水瀬家の関わりほど、祐一と水瀬家のそれは深くないがそれでも祐一は、この親娘の為に何かしてやりたかった。
「いいえ、私達がやりたくてやっている事ですから……秋子さん、気を落とさないでください。
ご主人は……名雪のお父さんはきっと見つかりますよ。父も色々とあたっていますから」
「ありがとう……祐一さんにも感謝していますよ」
「いいんですよ、秋子さん。俺にはこんな事ぐらいしか出来ないですから」
いつもの話題、いつもの感謝。同じ結果しか出せない香里達は心苦しかった。
「(秋子さんは、ただそこにいるだけで不思議と周りの人間を安心させたり出来るのに、自分の
悲しみは癒せないのね)」
無言の店内を、音楽だけが流れていく。香里の前には何時の間にか注文したコーヒーが置かれていたが、とても飲む気には
なれなかった。
「……帰ってくるよ」
暫く誰もが口を開こうとしなかったが、沈黙を破ったのは名雪だった。
「私だって、お父さんが生きてるって信じてるよ。だって、お父さんも猫さんと苺が好きなんでしょ? 私だってそうなんだもん。
その私がこうして元気にしているから、きっとお父さんだって元気にしているよ」
よくわからない根拠だが、名雪にはそれで十分だった。名雪は強かった。自分だって悲しい筈なのに、秋子が寂しげにしていても
自分は明るく振舞い、必死になって励ましてきた。
「ふふ……そうね。でもね名雪、お父さんはあなた程苺にも猫にも夢中じゃなかったわよ。猫を見かけると、我を忘れて追いかける
ような事も無かったしね」
「え〜私そんな事しないよ〜」
「今はね。学生の頃はあたしがどれだけ苦労したか……朝が弱くて遅刻寸前だというのに、通学中に猫を追いかけて結局遅刻
した事が何度あったかしらね?」
「う〜〜」
昔から一緒に行動する事の多かった香里の言葉には、十二分に説得力があった。皆の顔に笑顔が戻っていた。
そこで祐一も会話に参加することにした。
「名雪の猫好きはそこまで凄かったのか」
「猫関係の話だったら、まだあるわよ」
「ほう、まだ俺の知らない逸話があるのか。ぜひ聞きたいな」
「とっておきを話してあげるわ。高校入学の時の事よ、名雪ったら……」
「わ、わ、香里。もう勘弁してよ〜」
もう半ば毎度の事とはいえ、やはり好きな男性の前で自分の学生時代の恥ずかしい過去を語られるのは恥ずかしく、名雪は
慌てて香里に降参した。
ジリリリリリン……
店の電話が鳴ったので、秋子は祐一達から離れると受話器を取り上げた。
「はい、毎度ありがとうございます『猫苺』です。…………はい、いつもありがとうございます
…………はい。…………はい、わかりました。…………はい」
秋子は受話器を置くと、会話を続ける祐一と香里に話しかける。
「祐一さん、香里ちゃん。ちょっとデリバリー頼めるかしら?」
「デリバリー……出前ですか?」
祐一が疑問に思うのも無理はなかった。今までそんな事を頼まれた事がなかったから。
「別に構いませんけど、私たちがやっていいんですか?」
香里も疑問だった。もっとも秋子の頼みであれば、そのくらい引き受けるつもりだった。
「はい、祐一さんと香里ちゃんにしか頼めませんから。華音署の石橋課長さんからの注文です。
”『相沢祐一』と『美坂香里』両刑事”を至急届けてほしいそうなの」
どうやら課長からの呼び出しのようだったが、至急というのが分からなかった。何か事件でも起こったのか?
と席を立つ祐一と香里に名雪が話しかける。
「そっか、祐一ってウチのメニューあったんだ。ウン、お小遣い貰ったし今度注文するからね」
名雪はどこかずれていた。しかも”給料”ではなく”お小遣い”という辺りが流石名雪だった。
「名雪のボケ……だよな?」
「天然だと思うわ……」
「う〜〜、祐一も香里も酷い事言ってない?」
「「そんな事ないぞ(わ)」」
二人の息はピッタリ会っていた。
「あらあら……私も注文しようかしら?」
「あ、秋子さん」
「ふふ……冗談ですよ。至急という事ですけど、祐一さんの『恋人』でも来たんですかね?」
「ハイ?」
(キッ!)x2
秋子が発言した途端に殺気の篭った視線が祐一に向けられる。
「祐一……どういう事?」
「相沢君……事情聴取よ。取調室に逝くわよ」
「名雪、落ち着け。香里、字が違うぞ。秋子さん、変な冗談言わないで下さい!」
祐一の本能が身の危険を感じていた。
「あらあら……そんなに慌てるなんて。祐一さん、心当たりでもあるんですか? そういえば……」
「ア、アキコサン?」
(ギンッ!!)x2
秋子が爆弾発言した途端に殺気の篭った、と言うより殺気そのものの視線が祐一に向けられる。
「祐一……私、もう笑えないよ」
「相沢君……カツ丼なら奢るわよ」
「ご、誤解だ。俺は知らんぞ……(汗)」
最早風前の灯火だった。冤罪で逮捕される人の気持ちはこんな感じなのか? と祐一は思った。やってもいない罪で裁かれようと
したその時、
「冗談ですよ」
秋子が頬に手をあてるポーズをしながら言う。
「あ、ア、あきこさぁ〜〜〜ん」
「ふふふ。ごめんなさいね、みんな……でも祐一さん、課長さんが至急と言う事は『ストロベリー・キャット』が
現れたのかもしれませんよ?」
祐一は「弄ばれた」などと泣いていたが『ストロベリー・キャット』と聞くと「そうですね。戻ります」とコーヒー代を払い
香里と共に店を出ていった。
店内が一気に静かになる。暫くして秋子が口を開いた。
「名雪……」
「……うん」
母と娘にはそれで十分だった。
「ごめんなさいね、あなたにまで背負わせてしまって……」
「お母さん、もうその事はいいんだよ。私の事でもあるんだから」
お互い、普段とはうって変わって真剣な表情で会話を続ける。
「祐一と香里に本当の事言えないのが辛いけど……大丈夫だよ、お母さん。私頑張るから……ふぁいとっ! だよ」
「名雪……」
「『ストロベリー・キャット』参上! だよ」
★ ★ ★
『猫苺』から戻った祐一と香里は、署内の廊下を歩きながら会話していた。
「至急の呼び出しって、彼女の事かしらね?」
「そうでなければ許さんぞ、課長のヤツ。この俺の至福のひと時を邪魔したんだからな」
「昨日の報告書とか提出したの?……言っとくけど、手伝ってあげないわよ」
「キチンと提出したぞ。……課長のヤツ、ヒゲでも自慢するつもりか?」
「課長はヒゲ生やして無いでしょ」
「じゃあ、新調したカツラのお披露目か?」
「……疑惑は在るのよね」
相沢祐一は、普段は名雪や香里をからかったり同僚とふざけあったりと、悪戯好きの少年がそのまま大きくなったような青年だった。
香里もまた、祐一の行動に呆れつつも結局は付き合う事が多かった。彼女自身は祐一のストッパーと思っているが周囲からは、
そうは見られていなかった。「ストッパーと言うよりツッコミ役だよな」とは見られていたが。
「巻き込まれているだけなのよ」とは、その事を指摘された時の彼女のいつもの言い訳である。
「毎度〜『猫苺』です。ご注文の『ハイパーグレート相沢祐一』と『ウルトラスーパー美坂香里』をお届けに上がりました」
「何なのよ、そのハイパーとかウルトラっていうのは?」
「気にしたらダメのダメダメだぞ、香里」
「ハァ……」
そんな事を言い合いながら捜査課の部屋に入っていった二人は、一応の上司である石橋のデスクに歩いていく。そこには
椅子に座っているデスクの主、石橋課長(秋子さんファン)と、その隣に一人の女性が居た。肩辺りで揃えられ軽くウェーブした
髪型の彼女の印象は、何となく日本人形を思わせた。その女性が視界に入った祐一は、課長に呼び出されたと言う本来の
目的も忘れて
「(上品な感じの娘だな。躾の厳しい家にでも育ったのか?美人だがちょいと表情がキツイな、笑えば可愛いだろうに。
3サイズは上から……80・53・78、イヤ79だな。香里や名雪と比べたら貧……いや、スレンダーというべきか)」
そんな事を考えていた。
「相沢君。何か邪な事考えてないかしら?」
「そ、そんな事無いぞ。香里の方が優勢だと思っただけだ(香里は、83・55・81だしな)」
「???」
≪注)公式設定のままにしてあります≫
相沢祐一……『女性の3サイズ目測判定士一級』を持つ男
「えっと……!?」
祐一が女性に声をかけようとしたが、それは香里の足によって遮られた。……香里が足を踏んづけたのだ……力の限り。
香里が足を踏んづけたのは、何より祐一から邪な気配を感じたからではあるが自分達を呼び出した理由も気になったし、
もしその理由がこの女性であれば課長から話を聞けるだろう、と思ったのだ。祐一に任せていては話が進みそうになかったから。
「あ゛……お゛……ぎ……が……お゛……」
「課長。至急との事ですが何かあったんでしょうか?」
クリティカルヒットだったらしく、発音が尋常でないほど痛がる祐一を無視して香里が尋ねた。尋ねられた石橋も
「いつもの事」といった様子で返す。
「北川家を知っているかね?」
「この街の資産家の北川家ですか?」
唐突にそんな事を聞いてきた。一体何の話か? と香里が考える間もなく石橋の話が続く
「そうだ。その北川家にコレが届けられた、というより玄関に刺さっていたらしい」
石橋がそういって香里達に見せたのは一枚のカードだった。名刺サイズのカードには苺と猫のイラストがプリントされていて、
実に愛嬌のあるカードだ。カードには文章が添えられていた。その文面は
『 ○月×日 午前0時
北川家の『黄金のアンテナ』を頂きに参上します
ストロベリー・キャット』
だった。
「これは『苺カード』! またストロベリー・キャットが現れるんですか!?」
それは、ストロベリー・キャットの予告状(通称『苺カード』)だった。
『ストロベリー・キャット』その名前に反応した祐一は、足の痛みも忘れて課長に詰め寄った。
「ヤツですか! ストロベリー・キャットが現れるんですね!? それはいつですかどこですかこんかいのねらいはなんですかっ!?」
詰め寄るのでは無く、石橋の首を絞めながら祐一は一気にまくしたてた。
「う゛……が……」
「そのくらいで止めた方がよろしいですよ。署内で殺人事件なんて洒落になりませんから」
石橋の顔色が冗談では済まなくなってきた頃に制止の声がかかり、我に帰った祐一の手が離れる。祐一を止めたのは香里ではなく、
未だ石橋の隣に立っていた女性だった。
「ゲホッ……ゲフォ……あ、相沢ぁ! 貴様一体何をするか! 美坂も何故すぐに止めん! お前ら、俺に何か恨みでもあるのか!?」
「「…………」」
祐一と香里は明言を避けて視線を明後日の方向に向け、更に何やら指折り数えていた。
「お前ら……(汗)」
「コホン……そ、そんな事より相沢君。内容はこの『苺カード』を見ればわかるわよ」
「む……くそ、昨日の今日でまた現れるっていうのか! 俺達を馬鹿にしやがって!課長! とにかくこの北川家に行きますから。
いくぞ香里!」
「あ、ちょっと、相沢君!」
「待て、相沢!」
「何ですか!?」
「(ビクッ)あ、その……そう! 今回は彼女も加わる。一緒に連れていくんだ」
部屋を飛び出して行こうとする祐一をなんとか止められた石橋は、ここでようやく隣の女性を紹介することが出来た。
「『天野美汐』刑事だ。特別研修で一週間、○○県警からうちの署に来てもらうことになった。彼女も警備に加えるんだ。
よろしく頼むぞ」
「天野美汐と申します。以後お見知りおきを」
そう言って頭を下げた女性ーー美汐ーーの立ち居振る舞いは、先程の祐一の印象ーー上品さと躾の良さーーを裏付けるかのようだった。
石橋が、今度は二人を美汐に紹介する。
「天野君。もう分かっているだろうが、この二人が”あの”相沢祐一刑事と美坂香里刑事だ。なんとか宜しくやってくれ」
「”あの”って何ですか?」
香里の疑問に答えたのは美汐だった。
「お二人の事はこちらでも有名ですので。『息ピッタリの即興夫婦漫才コンビ』とか色々言われていますから。
『ボケの相沢』『ツッコミの美坂』と」
「どこが息ピッタリなんだ!?」
「どこが即興漫才なのよ!?」
こういう所が、である。実際二人は、まるで示し合わせていたかのように息の合った行動をすることがあって、数々の事件を
解決してきたのである。もっともストロベリー・キャットの一件だけは解決出来ないでいるのだが。
「ま、まぁ良いわ……」
何故か香里の顔は赤かった。その理由は先程のやりとりの中で「夫婦」を否定しなかった点からも推測できるだろう。
実際香里は祐一に、ただの同僚以上の感情を持っていた。
「美坂香里よ、香里で良いわ。宜しくね天野さん。後、そんな畏まった話し方で無くて良いわよ」
「私の事も美汐で結構です。それとこの話し方は地ですから」
「そう」とだけ言って香里の紹介が終わり、今度は祐一が話す。
「只今ご紹介にあずかった相沢祐一だ。俺の事は、祐一でも祐一君でも祐一さんでも祐一殿でも祐一様でもお義兄ちゃんでも
お兄様でもマスターでも御主人様でも旦那様でもダーリンでも”あ・な・た(はぁと)”でも好きに呼んでくれ」
「わかりました……では”相沢さん”とお呼びしますね。私の事は”天野”で良いですから」
「あ、イヤだからな……えっと……天野?」
「何でしょうか?」
「ナンデモナイデス(涙)」
強敵だ。この娘は香里に匹敵する! 祐一はそう思った。
「香里さん、相沢さんって噂通りの方ですね」
「美汐さん、どんな噂かはあえて聞かないけど……コレが相沢君よ」
会話する二人の横で祐一は床に「の」の字を書いていた……
その後、彼達は祐一の運転する覆面パトカーで北川家に向かっていた。
「北川家……県内外で複数の企業を経営する資産家ですね」
「えぇ。もっとも裏で何をやっているかは、判ったものじゃないけどね」
美汐の確認するような問いかけに、香里が皮肉交じりの回答をする。
「そうだな……あちこちに繋がりがあるっていうしな。まぁ金持ったお偉いさんや権力者ってのは、世間に言えない秘密の
一つや二つ持ってるものだろ」
香里の皮肉に祐一も便乗する。どちらかと言えば権力の側に位置する二人だが、富や権力というものには些かの反発心をもっていた。
「それにしても、今回ヤツが狙っている”黄金のアンテナ”って何だ?……金で出来た衛星放送のアンテナとかか?」
「良くは知らないけど」と前置きしてから、香里が今度は祐一の疑問に答える。
「何でも純金製で北川家の象徴らしいわ。それがなければ北川では無い、という程のね」
「まぁ何にせよ、その家にとっては重要な物って事か。ストロベリー・キャットめ、毎度の事だが一体何が目的でそんな物
欲しがるんだ?」
「……そうね、お金が目的では無いでしょうしね」
「何故でしょうか?」
美汐の疑問は全く解らないから聞く。というのではなく、何故その結論に達したか? という意味だった。
「ヤツの獲物は主に有名な美術品や宝石が多いんだよ」
そしてその問いに答えたのは香里ではなく、祐一だった。
「美術品ってのは金に換えるのが難しいからな。売りさばくしか無いが美術商に持ち込んだ所で、まともな店なら盗品と
判っている品物を取引はしないだろう? 第一、持ち込まれたとか市場に出たって情報も無いしな」
「まともで無い店なら?」
「余計に無いな。そんな所と関係がある連中ってのは裏世界にも力があるような奴らだろ?盗まれたヤツにもその繋がりが
あるかもしれない。そんな所にもし、自分の処から盗まれた物が出てきたらどうなる? 店側だって買い取って転売なんかしたら
自分の命がヤバイ。持ち込んだヤツを捕まえて、品物の持ち主に引き渡すだろうな。そうなれば後は……」
そこで一旦話をやめる。
「北川家にそれ程の力があるとは思えませんが」
「まぁ、そうだろうな。でも美術品は金に換えるのが難しいってのはわかるだろ?」
「そうですね」
美汐も頷く。大雑把な説明ではあったが祐一の推測が大凡で自分と一致した為だった。
「同じような理由で宝石や貴金属もダメだ。第一現金が欲しいなら銀行あたりを狙ったほうが確実だろ?」
「では相沢さんは一体どんな理由だと考えていますか?」
「ただ盗むだけならわざわざ予告状まで出さなくたって黙って盗みに入ればいい。……だから何らかの示威行動、あるいは
只単に盗んでみたいだけか? と思っているんだが、本当の理由はヤツを捕まえて聞かないとな」
他にも怨恨だとか色々と意見は出るのだが、どれも決定打を欠き結局は『捕まえてみなければ判らない』という結論に
なってしまっていた。
「……ではストロベリー・キャット自身についてはどういった事が判明していますか?私も資料には目を通していますが、
彼女の事件に何度も関わっているお二人ならそれ以上の事を何かご存知なのでは?」
「期待にそえなくて悪いけど、資料以上の事はわかってないのよ。神出鬼没、正体不明。女性だとはわかっているんだけどね。」
「そういえば、なぜ女性だと判明したのでしょうか?」
「ああ、それはね……(チラリ)」
香里は、そこで言葉を区切って視線を祐一に向けた。
「彼女を見た”何処かの誰かさん”が断言してくれたのよ。
『ヤツは女だ、間違いない! 3サイズは上から86・57・83だ!』ってね」
香里からの視線に冷たいものが混じる。祐一は視線にビビりつつも香里の情報に補足をした。
「香里、それは違うって言ったろ……いや、確かにそう言った事あったけど……ダイエットでもしたのか、ヤツの3サイズは
変わってるんだよ。今は『83・57・82』だな。バストが3cmにヒップが1cm減ってるが、まあ痩せる時は胸から
痩せるって……」
そこまで言いかけて、車内の空気が変わっている事に気が付いた。
「「…………」」
「……あの、ドウカシマシタカ?(汗)」
限りなくセクハラ発言をかます祐一に、香里と美汐の冷たい視線がダブルで突き刺さる。
「香里さん、相沢さんって噂以上の方のようですね」
「美汐さん、どんな噂かは聞かなくても予想つくけど……コレだけじゃないのが相沢君よ」
「…………(汗)」
なんというか、針のムシロだった。祐一の顔に先程自分の考えを披露していた時の真剣さは無い。ただ突き刺さる視線に
怯えていた。香里の話し方にもだんだんと力が篭る。何故? と言われても女心の複雑さゆえ、といったところか。
「物的証拠まで掴んでくれたのよ」
「物的証拠……ですか?」
「……胸を鷲掴みにしたのよ」
「!!」
★ ★ ★
それはとある事件の時だった。幸運にも後一歩という所まで彼女を追い詰めたことがあった。待ち伏せしていた祐一が、
隠れていた場所から彼女に飛び掛った。咄嗟に反応出来なかった彼女は祐一のタックルを受けて転倒し、縺れるように
転がった後は祐一が彼女の上に乗っていた。
その時に祐一の右手が……
ストロベリー・キャットの左胸の上にあった……
条件反射(?)で祐一の右手が動く。そして……
「ムニッ」……
刻が止まる……
やがて……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」
悲鳴と共に繰り出された彼女の右は、祐一の顎を正確に捉えていた。祐一はそのまま意識を失い、結局取り逃がしてしまったのだ。
後に祐一が「ヤツの右は世界を取れる」と言ったのは別の話である。
また「あの感触は本物だ! 因みに『83』だ。以前は『86』だったのに……痩せたのか?」
なる発言をして、香里からこれまた”世界を取れる左”を貰ったのはさらに別の話。
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「相沢さんという人がよく分かった気がします」
「コレが相沢君よ」
祐一はこの空間から逃げたかった。その為には一刻も早く北川家に着くしかない。安全運転を心がけつつ、
ひたすら運転に専念していた。
香里と美汐の会話は続く。
「手口は様々よ。陽動、強行突入、変装して潜入。爆薬や催眠ガス等の化学薬品類も使うしね。犯行時刻は大概夜だけど
昼に出た事もあるわ」
「神出鬼没、ですか」
「言葉通りにね」
やがて車は北川家に到着する。
続く
後書き
こんにちは。うめたろでございますですm(_ _)m
またしても(懲りずに)新作SSお届けです。
今回のお話はまぁ、アレですよ某「猫目」な泥棒漫画。
あれを元に創ってみました。
タイトルと作中の名称が一部異なるのはわざとです
その辺りについては追々作品の中で^^;
とにかく完結だけはさせるつもりですので
長く、温かい目で見守ってくださいませ^^;
では
本作品を掲載してくださった管理人様
本作品に目を通してくださった皆様に感謝して
今回の後書きとさせていたきます。
ありがとうございました。
では うめたろ