祐一の愛した星少女
(Kanon:) |
第8話 『スピカの少女』〜倉田佐祐理編〜
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written by シルビア
2003.10 (Edited 2004.3)
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冬は一緒に寄り添う暖かさを一番感じる季節だと、それを伝える春の微笑みをもつ少女
--------『スピカの少女』 倉田佐祐理。
佐祐理の住む倉田家に、ある日一人の男の子が生まれた。
名を一弥といった。
「佐祐理もいよいよお姉さんになるんだな」
「はい。わたし、頑張って一弥のいいお姉ちゃんになります」
「そうか、一弥を頼むぞ」
『恋の噂のほとんどなかったある男の神が、野原のめぐる可憐な少女に恋をした。
……
ある日、ペルセポネは友達と花をつみに出かけました。
ところが、夢中になってつんでいるうちに皆とはぐれて、
ひとりぼっちになってしまったのです。
ふと気が付くと、目の前には見たこともない美しい花が咲いています。
あまりにも美しいので、ペルセポネはその花を摘もうとしました。
不思議なことに、なかなかその花は折れません。
そこで、今度は力一杯引き抜こうとしました』
佐祐理は心の底から弟・一弥を愛し、大好きなお父様のような立派な男性になってくれることを願い、姉として弟が正しく生きていけるようにと、優しく見守っていた。
『すると、急に花が抜けて地面に大きな穴が開き、中から四頭だての馬車が
飛び出してきたのです。大声を上げるペルセポネをあっという間にさらって、
馬車は再び地面の中へ消えてしまいました。
そう、男は死の国を司る冥界の王ハデス。
冥界の王ハデスが美しいペルセポネに一目惚れして、自分の妻にしようと
自らのいる死の国、地底の宮殿へ連れ去ったのでした。
ペルセポネは生まれ育った地と愛する家族から引き離され、死の国で時を
過ごさなければならない宿命を負った』
だが、その優しさが弟に届くには、何かが足らなかった。
姉・佐祐理は自分の心と裏腹に、弟・一弥を思うばかりに、つい厳しくなってしまった。
届かない願いと佐祐理の懸命な気持ちだけがそこにあった。
しかし、姉はそれが正しいこと、正しいことは弟にとって必要なこと、ならば自分はよき姉になるためには自分の感情を押し殺してでも正しいことを求め続けた。
幼い弟に本当に必要だったのは愛情に包まれることだったにも関わらず。
弟を思うばかり気持ちに囚われ、佐祐理には、本当に大切なものが見えていなかった。
病弱になり弱まる弟の姿を前に、佐祐理はついに自分のしたことを悟りはじめた。
だが、既に時遅しであった。
弟一弥の死は、佐祐理に後悔の念だけを残した。
佐祐理は悔いるあまり、自分の心を押し殺し、生きる希望すら失った。
佐祐理は自分でない自分をみつめながら、ただ、時を過ごすしかなかった。
『デメテルは、娘が死の国に連れ去られ、死の国の妃になっていることを知り、
絶望のあまりほら穴にこもってしまいました。
農業の女神がいなくなった地上では、草木は枯れ、穀物も実らなくなって
しまいました。このままではみんな飢えて死んでしまいます。
この様子を見かねた大神ゼウスは、伝令の神ヘルメスを死の国へ送りました。
ヘルメスは、死の国の王ハデスにペルセポネを地上に返すように頼みました』
これで、佐祐理は自分を見失ったまま、独りぼっちになってしまったのだろうか?
けれども、運命はそこまでの過酷さは無かったようだ。
佐祐理は、彼女を想う人の温もりの中で、本当に大切なモノ、正しいものが何で
あったのか、それを知った。孤独の中で本当の自分の気持ちを知った時、彼女の行く末にひとかけらの希望が舞い降りた。
『ハデスはペルセポネを返すことしぶしぶ承知しましたが、自分の気持ちに
嘘はつけませんでした。
帰るペルセポネにそっとざくろの実をいくつか持たせました。
冥界の食べ物を食べた者は地上には戻れない、という掟があったのです。
それが冥界の食べ物と知らず、何も知らないペルセポネは、ざくろを4粒
食べてしまいました』
川澄舞、そう彼女が親友と呼ぶ女性が佐祐理と出会った。
その姿や行動から彼女を直視できる人は少なかったが、佐祐理の眼に映る彼女は
本当の孤独と優しさを知る存在であったろう。
私には幸せになる資格などない、佐祐理はいつも自分をそう戒めていた。
佐祐理にとっては、冬のような辛く厳しい運命となっていたことだろう。
そんな佐祐理が舞の幸せを願うことでもう一度自分の幸せを求めた。
他人の目には自虐的にも、自己犠牲とさえも、そう映るかもしれないが、佐祐理は
そんなことには目もくれず、ただただ親友の幸せを願い続けた。
『帰ってきた娘をデメテルが抱きしめると、大地がみるみる緑に包まれて花が咲き、
人々の喜びの声は天まで響きました。けれども、ペルセポネはざくろの実を
4粒食べてしまったので、1年のうち4か月は死の国で暮らすことになって
しまったのです。
娘ペルセポネのいない4か月の間、デメテルはほら穴にこもってしまうので、
地上は作物が実らない冬になります。
娘が地上に帰ってくる8か月が春・夏・秋となり、四季ができました』
「祐一さん、よろしければ佐祐理達とお昼ご飯を一緒に食べませんか?」
「あはは〜、舞ったらすっかり照れちゃって」
いつも「あはは〜」と笑い、笑顔を絶やさない少女が佐祐理だった。
俺が佐祐理と舞に出会った頃、この妙に対照的な二人を前にして共通項を看破できた
わけではなかった。天心爛漫な元気で佐祐理と、無口で孤高な戦士であった舞、俺が彼女達を理解するのには多くの時間が必要だった。
「佐祐理さん、俺なんかにいちいち敬語を使うことないですよ」
自分のことを"私"といわず"佐祐理"と言い、男に対しては敬語使いを欠かさない少女。
その少女の話す体験を聞いた時、俺ははじめて本当の彼女を見た気がした。
彼女の心はいまでも厳しく辛い冬の中にあると。
この話を書いている今の俺でなら、冥界の王妃ペルセポネの事を思い浮かべるだろう。
はたして、ペルセポネは幸福になれたのか?
もし、俺がこの物語を紡ぐなら、このように書くだろう。
『冬が来ると、運命にならい、ペルセポネは冥界の王ハデスの元にいました。
むりやり冥界に連れてこられ、嫁がされ、1年のうち4月を冥界で過ごすことを
運命づけた、その運命を自分に与えた冥界の王ハデスがペルセポネの夫なのだ。
だが、ハデスに寄り添う中で、ペルセポネは夫の自分を思う一途の愛に気づき、
生涯をこの夫と過ごすことを決心し、その愛の中に自分の居所をみつけた。
しかし、この夫と一緒に過ごせるのもまた、冥界にいる冬の時期だけ。
それでも、ペルセポネは以前とは違う気持ちで冥界にいられるようになりました。 それはペルセポネが自らの運命を自分のものとして受け容れた時から、運命は
彼女を傷つける存在でなく、彼女と共にある存在になったからだった』
「いつかは祐一さんに敬語を使わないようになりますね」
俺は思う。
俺の存在によって、ハデスがペルセポネの気持ちを癒したかのように、佐祐理が自らの運命に対して肯定的に受容できるようになるのかと。
デメテルのもたらす冬は、辛く悲しい試練の時期であるが、反面、寄り添う暖かさを切なく求める時期なのだと、いつかは佐祐理も気がつくだろう。
俺は、いつかそんな時がやってくることを願い、予感していた。
そして……
俺は佐祐理の彼氏となった。
そして、俺は佐祐理と友達の間柄でいることに耐えられなくなっていた。
そう、俺の心は求めたのだ---------「佐祐理と恋人になりたい」と。
だが、俺はデメテルにはなりたいとは思わない。
娘と離れて暮らす悲しみのあまり姿を隠してしまう、そんな逃げは俺には要らない。
彼女の苦しみや悲しみを共感し、そして、気持ちの通う温もりを分かち合いたいのだ。
佐祐理のスピカを見守るように、俺はスピカと並ぶアークトゥルスの光を自分に例える。
春の夜空を彩る「春の大曲線」の中で、俺はオレンジ色の優しい光を輝かせながら、
俺は佐祐理を見つめていたい。
……はたして俺の予感は正しかったのかな?
「祐一く〜ん、待たせちゃった?」
……ぺろっと舌出してごまかすな。
「遅いぞ、佐祐理」
心に冬の季節があってもそれを受け容れるなら、四季の彩りの中に幸福を見いだせる。
優しさも情熱も寂しさも辛さも、全てを受け容れた者にのみ与えられる四季の表情。
----それが、今の佐祐理に最も似合う表情だろう。
「祐一くん、ごめんなさい……。あのね……お弁当作ってたらつい時間がかかって」
待ち合わせにおくれた佐祐理が、俺のそばで申し訳なさそうな顔をしていた。
「気にするな。それよりも……
ほほ〜、佐祐理の作った愛妻弁当か?
なら、ちょっとぐらい待っても全然損はないぞ」
……そんな佐祐理の表情も悪くない。
「やだもう〜、祐一くんったら。"愛妻"だなんて……恥ずかしいじゃない。
……そうそう、私ね、ちょっと化粧してみたの。おかしくないかな?」
……なにげに佐祐理の表情がころころ変わる。
「佐祐理は素顔でも十分綺麗だよ」
「……それって、私の化粧を褒めてない」
……ぶすっとしたり、照れたりする佐祐理の表情もまた可愛いものがある。
「いや、"佐祐理はいつも綺麗だから"と言っている」
化粧なんてしなくていい、俺は少し心でそう思っていた。
佐祐理が佐祐理らしく微笑むなら、俺にはそれが何より綺麗に思えるからだ。
「祐一くんの意地悪♪」
……怒るどころかクス笑いしているぞ。
「ははは〜。まあ、いいじゃないか。
そろそろ行かないとな?」
「はい」
……その笑顔、最高だな。とても純粋で。
辺りは春の訪れを予感させていたが、俺の目の前には既に春が到来していた。
雪解けの季節、人の温もりの中で癒された彼女がそこにいたから。
「そうそう、卒業式の時の写真、出来たぞ。
佐祐理、とっても綺麗に撮れてるじゃないか」
「あはは〜」(ポッ)
「そういや舞もこんな姿だと、案外可愛いよな〜。
なにせ、夜の校舎で制服の剣士姿ばかりみてたから、こういう姿は妙に新鮮かも。
……って、あれ?」
「ゆ・う・いち・くん、何、顔をにやかせて見てるのよ!
たとえ舞が相手でも、私、祐一くんは譲らないからね。
(でも……舞って強敵かも)」(怒)
「わかった、わかったから、佐祐理、俺の手をぎゅっと抱え込むのはやめろ。
佐祐理の胸の感触が……」(汗)
(つづく)
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後書き by 作者
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秋子:「厳しい試練も冬なら、暖かいぬくもりもまた冬。
KANON本編も冬が舞台ですからね」
作者:「でも、乙女座スピカは春の星座。
冬を乗り越えて暖かさに満ちた春、私はその雰囲気をもった佐祐理に
憧れてしまう。……あ、これは私の好みが十二分に入っているけど」
佐祐理「『佐祐理=スピカ』なんですね、嬉しいです。いい光です」
秋子:「ふふ、佐祐理さん、
スピカは別名では「真珠星」とも呼ばれてます。
純白に輝くこの星を見ると、"清純"なイメージと結びつくのでしょうね。
佐祐理さんのイメージはまさに"清純"ということに尽きますから、
佐祐理さんにはとても似合うかもしれません」
作者:「もう一つ、スピカにまつわる別名があるが……秋子さん、これは
今は内緒にしておきましょうか」
秋子:「そうですね。企業秘密♪」
佐祐理「ふぇ〜、もったいぶらずに教えてください」
作者:「駄目。内緒♪」
秋子:「佐祐理さん、最後にはちゃんと教えてあげますから」
作者:「そうそう♪
それでは秋子さん、乙女座スピカの解説を」
秋子:「了承。
春、北の方角を眺めると、ひしゃく(水をすくう道具)のような形の
七つに並んだ星が見つかると思います。これが北斗七星(大熊座の一部)です。
そのひしゃくの合の端の部分を、長さ五倍程に伸ばすと北極星があります。
そのひしゃくの柄の部分(手で持つところ)を長くのばすと明るい星、
牛飼い座のアークトゥルスがあります。
また、更に伸ばしていくと、乙女座のスピカという星があります。
この一連の流れを沿って描けた曲線が「春の大曲線」と呼ばれています。
この夜空の雰囲気を眺めたい方は次のURLを参照してみてくださいね。
http://www.bremen.or.jp/kasane/Planet/planet_s.htm
でも純真というわりに、
乙女座という名に恥じない(?)とてもドラマのある恋愛をしてるんですよ」
佐祐理「はぇー、佐祐理は冥界の王妃ですか? 本当に凄い恋愛をしてますね」
作者:「ふふふ、そうなるな。
でも、案ずるな。
冥界の王ハデス(プルート)は、冥界にこそいるが、イメージ的に格好
いいし性格もとても優しいそうだ。
祐一に負けるとも劣らないとおもうぞ。
それに、ペルセポネはとても優しくて機転の利く女性でもある。
まるで佐祐理みたいだ。
そうそう、乙女座(スピカ)のイメージ画像をみてごらん。(「四季彩舘」)
こんな"佐祐理ん"もいいかもな?
http://www5d.biglobe.ne.jp/~f-doll/page038.html
」
佐祐理「"佐祐理ん"……って。作者さん、なにげに佐祐理をもて遊んでませんか?」