*** 姉妹の悲劇〜再び 第四話 ***
「香里…………」
百花屋の特別室に設置されたリングの上には香里が立っている。
腰まであるウェーブヘアーは後ろでまとめられてポニーテールになっていたが、
身体はマントで足元まで覆われていて見る事ができない。
「ついに来たわね……栞。祐一……あなたも来たのね」
「お姉ちゃん……」
「香里、お前のその格好といい、この部屋といい、一体何がどうなっているんだ?」
俺の思考回路はショート寸前だった。状況に身を任せていればいい、栞にはそう言ったが、
なにせこう変化しまくりでは一向に答えに辿り着けない気がする。もう香里に説明してもらうより、
この迷宮から抜け出せそうになかった。
「良いわ、説明してあげる。まず栞が怪我をしていたり学校を休んでいたのは、今日に備えて
特訓と調整をしていたからよ。けど、料理していて火傷したり寝込んだのも本当よ」
特訓?調整?HGUSJDパフェの為ということは大食いの練習でもしていたのか?
特訓の為に料理を作ろうとして失敗して火傷したり、食べ過ぎてお腹を壊して寝込んでいた
とでもいうのか?
香里の説明は一旦途切れる。俺が理解するのを待っているかのようだ。
「続けていいかしら?」
「あ、ああ」
「それで、栞が今日ここにやってきたのは『HGUSJDパフェ』に挑戦する為で、あなたは
その付き添いでやってきた」
「ああ、ここ数日香里と栞の様子が変だったろ?俺はすごい心配してたんだぞ
栞に、今日ここにくれば全て話す、全て分かりますって言われて……で、
なんで香里がここに居るんだ?
ここは『HGUSJDパフェ』を食べる部屋じゃないのか?」
「心配させてごめんなさい。それと、ありがとう。……でもね祐一、あなた何か勘違い
しているようね?」
「勘違い?何を勘違いしてるって言うんだ香里!?今日栞はここで『HGUSJDパフェ』を
30分以内で食べきるのに挑戦するんじゃ……」
「そこが間違いなのよ。挑戦といっても『食べる』わけじゃないのよ。
大体『HGUSJDパフェ』は食べ物じゃないわ」
「え…………じゃ、じゃあ『HGUSJDパフェ』っていうのは一体?」
「ここまで言えば分かるでしょ?」
「いや…………」
「『HGUSJDパフェ』っていうのはね…………
私の…………
『リングネーム』よ」
「は?」
刻が…………………………止まった
そして動き出す
リングネーム?挑戦?30分以内?一人で?特訓?肉体を駆使?……
ここに至るまでに聞いてきた数々の単語が頭を過ぎる。それが一つに繋がった瞬間、
一気に目の前の霧が晴れて真相への道が明らかになった気がした!
「リングネーム!?じゃあ『HGUSJDパフェに挑戦』というのは…………」
「言葉通りよ」
まさに言葉通り
「『30分以内にHGUSJDパフェを完食すること』じゃなくて
『HGUSJDパフェ(香里)と戦って30分以内に勝利する事』なのか!?」
「そういう事」
香里の言葉、今までの経過、今のこの状況、全てが真相を語っていた。
なんてこった。事態が事態とはいえ、俺が勝手に悪い想像を膨らませていただけか。
俺が『パフェ(香里)に挑戦』を『パフェを完食』と勘違いしていただけとは。
ーー尤も、この店であんな張り紙見たら俺の勘違いも無理ないよな?ーー
それにしても栞が香里と戦うのか。栞の奴、随分と入れ込んでたようだからよっぽどの理由が……
……まてよ?何故二人が戦わなきゃならないんだ?
『HGUSJDパフェ』の件がインパクトあり過ぎてつい見逃してしまったが、
事の発端であろう二人が戦う原因が未だ不明だった。それに、
香里が再び『あの言葉』を口にした理由も。
「あのー、そろそろ宜しいですかー?」
ウェイトレスさんの声で我に返った。
まだだ、いや、この戦いが始まって良いわけが無い!あれほどの悲劇を乗り越えてようやく
仲の良い姉妹に戻れたんだ。それがまた引き裂かれて良いわけが無いだろう!
「待ってくれ!!」
「えーまだですかー?」
ぷぅー、と頬を膨らませてすねるウェイトレスさん。さらに手を後ろで組んで上体を左右に揺らす
モノだから……その、『ぶるん、ぶるん』と……右へ……左へ……
テニスのラリーを見ているかのように俺の視線も……右へ……左へ……
「「…………」」
ハッ!!こ、このプレッシャーはっ!?しかも2つ!!?
正面と……隣か!?
殺られる!?
「いいえ、始めましょう。……負けませんから」
「そうね……本当にいいのね?」
二人の視線がぶつかり合う。古典的だが火花が飛び散っているかのようだ。
先ほどのプレシャーは、俺に
「祐一さん……後で弁解を聞いてあげますね」
「祐一……言い訳を考える時間と神に祈る時間はあげるわ」
やっぱり俺に向けられたものだったよ(汗。
閑話休題(それはさておき)
「なあ、俺にはまだ分からないよ。何故……何故二人が戦わなきゃならないんだ?
ただの姉妹喧嘩ってわけでも無さそうだし。
それに香里、なんでまた『あんな事』言ったんだ?教えてくれよ」
「美坂家にはね、一つの家訓があるのよ」
「家訓?」
「そう。
『美坂の家に生まれたものは16歳になったら己の強さを示して美坂の一族である事を証明する』
という家訓がね」
「な!?」
「そうです。私は16歳になった今、自分の強さを証明して美坂の……自分が『美坂栞』であると
示さなくてはいけないんです!」
香里の持つ威圧感に気圧されているのか、自分を奮い立たせんと栞が叫んだ。
「でも、何故戦う相手が香里なんだ?」
「お姉ちゃんは、私の憧れーー目標ですから。ずっと背中を追い続けてきたんです。
病気でもう駄目かと思ってました……だけど私は助かって今こうしています。
だから私は……お姉ちゃん、いえ『HGUSJDパフェ』に挑戦します」
栞は、それだけ言うと決戦の舞台ーーリングに向かっていった。設置された階段を上り
リングのロープに手を掛けたところで、こちらを振り返って微笑む。そして
「祐一さん、見守っていて下さい」
と言った。
リング上で対峙する二人、お互いに会話は無い。俺はそんな様子を椅子に座って見つめていた。
……コーヒー飲みながら。
どれほどそうしていただろうか、香里が口を開いた。
「栞……最後に聞くわ。本当に戦うの?今ならまだ止められるわよ」
「もう、何度も話しあいました。私の気持ちは変わりません」
「美坂家の家訓の事だったらもういいのよ?あなたはあの病気から立ち直ったじゃない。
その事でもう十分にあなたの強さは証明されたわ。父さん達も、私も認めているわ。
それに、私と戦うというなら何も今で無くても、もっと力を付けてからでも遅くないでしょ?」
姉妹の会話は続いていた。香里は栞とは戦いたくないようだ。それはそうだろうな。
最愛の妹で、彼女が助かったことを誰よりも喜んでいた。
そんな栞が病み上がりから、どれほどの特訓をしたかは知らないがたった数ヶ月で
香里に追いつくはずもない。
香里の運動能力は低くない。名雪のように突出した才能は無いが
体育の授業で何をやっていてもクラスの平均を上回っていた。おまけに、ここでこんな事を
していた位だから戦闘能力だって……
「それだけじゃ……ないんです」
「どういうこと?」
さらに会話は続く
「お姉ちゃん……私……やっぱり祐一さんが好きです!諦めるなんてできません!!」
「栞……」
「祐一さんには、はっきりと断られました。でも私は、祐一さんの事が好きなんです。
だから今日は一緒に来てもらったんです。
祐一さんが見守ってくれて私のいつも以上の力がだせたら、祐一さんを想う気持ちが
お姉ちゃんより強ければ……目標のお姉ちゃんに追いつける。お姉ちゃんに勝てる。
そう思うんです。
……祐一さんへの気持ちでは、お姉ちゃんにも、誰にも負けません」
「そう……祐一への気持ちまで出されたら、私も引くわけにはいかない。本気で相手をして
あげる。私だって祐一への気持ちは誰にも負けない、祐一は誰にも渡さないわ。
たとえあなたでもね」
「お姉ちゃん……」
「『お姉ちゃん』じゃないわ。栞、忘れたの?家訓に挑む今のあなたは『美坂』栞じゃないのよ。
己の強さを示さない限り『美坂』を名乗るのは許されないのよ」
「そう……でしたね」
「だからあなたが……あなたが『美坂栞』を名乗るにふさわしい強さを示すまで……
『私に栞なんて、妹なんていないわ、いないのよ!』」
「バサッ!」それだけ言うと香里は自分の着ていたマントを掴んで脱ぎ捨てる。
中から現れたのは赤いリングコスチュームに包まれた肉体だった。
肩がむき出しでハイレグのレオタードスーツは身体にフィットしている為、香里の身体の
ラインを明確にしている。同色のオープングローブと膝上までのレガース付きブーツを身につけた
その姿は、戦う姿でありながらも美しかった。
「私も、あなたをお姉ちゃんとは呼びません。『HGUSJDパフェ』さん、勝負です!」
栞も身にまとっていたストールを掴むと一気に脱ぎ捨てた。その中から現れたのは
香里と同じデザインのリングコスチュームをまとった栞だった。但し香里の赤と対称に
白いレオタードスーツだった。ボディラインも対称的だったが……ゲフンゴフン
……なぜ制服も一緒に脱げているかって?ホラ、アニメなんかでもこういう時は不思議と脱げて
いたりするもんだろ?細かい事気にしたらダメのダメダメだぞ?
「そろそろはじめますよー?」
「おわぁ!?」
突然、耳元で囁かれる声に思わずテーブルを蹴り上げつつ、椅子ごとひっくり返りそうになった。
なんとか踏みとどまって声のしたほうに向くとそこには、何がそんなに楽しいのか満面の笑みを
浮かべているウェイトレスさんがいた。
「お、驚かせないでくれ。何時の間に隣にいた!?」
「えー、先刻から隣にいましたよー」
「…………」
「えー、それではー、『百花屋ファイト』
『HGUSJDパフェ』vs『スペシャルプリティーバニラアイス(SPアイス)』
レディーーーーッゴォーーーーーーーーッ!!!」
カーーーーーーーーーーンッ!!
何処からか聞こえるゴングと共に今、姉妹の戦いが始まった……
試合開始の合図と共に半身に構える二人、いきなり接近する様子はなくお互いに相手の出方を
伺っているようだ。
「さぁー始まりました『百花屋ファイト』実況は、私ウェイトレスの『谷間』そして、
スペシャルゲストに皆様御馴染みの、相沢=ハーレム王=祐一さんを迎えてお送りしますー」
「ちょっと待てぃっ!!」
「なんですかー?」
「『ハーレム王』ってのを筆頭に、色々聞きたい事があるんだが」
「ハイ、何でしょーかー。私のスリーサイズですかー?それはですねー、上からきゅ……」
きゅ?『きゅ』から始まる数字っていったらアレだよな?…………ハッ!
「違う違う!ソレはソレで……じゃなくて!まず『SPアイス』って何だ?」
「『SPアイス』というのはですねー、挑戦者さんのリングネームですよー。先程のルール説明
の時に決めてもらったんですよー」
ああ、あの時か
「『谷間』というのは?」
「私の名前ですが、それがどうかしましたかー?」
名は体を表す、だな。
「何故俺のフルネームを知っている?」
「先程から、あちらのお二人がお名前で呼んでますし、それに『ハーレム王』として有名ですからー」
「それだよ!『ハーレム王』ってのはなんなんだよ!?」
「えー、言葉通りですよー。お客さん、来店なさるときは『いつも女性連れ』ですよねー?
しかも『複数の女性』とですからねー。
それに今も『あなたをめぐって仲の良い姉妹が骨肉の争い』をしてるじゃないですかー。
コレって『修羅場』っていうやつですよねー?」
「オネガイデスカラ、コレイジョウボクヲイヂメナイデクダサイ……」
姉妹の決着より先に、俺が秒殺されていた…………
そんな放送席の戦いとは別に、リング上ではいまだ対峙が続いていた。
「今はまだ、お互いに相手を観察していますねー。しかし30分という時間制限がありますから
挑戦者もいつまでもじっとしていられませんよねー。しかも『HGUSJDパフェ』さんは
反対に全ての挑戦者を30分以内に倒してきていますからねー」
「無敗の王者、イヤ女王ってことか。誰も勝った者はいないって噂があったものな」
「ハイそうなんですよー。対して『SPアイス』さんの実力はどの位だとみていますかー、
お二人をよく知る『ハーレム王』さん」
「オネガイデスカラ、ソノヨビカタヤメテクダサイ」
2回戦も敗北です(涙
「仕方ないですねー。で、どうですかー、相沢さん」
なんとか立ち直った俺の出した答えは…………
「そうだな、香里の妹だけあって才能はあると思う。だが栞は病人だったわけだし、体力的に
不利なのは間違いない。それに、スピード、パワー、テクニック。これらがこの数ヶ月で
何処まで伸ばせているかがカギだろうな」
「見事なコメントですねー。ノリノリですねー」
う、ついその場の勢いで言ってしまった。ごまかすようにして少し冷めたコーヒーを飲む。
その時、リングでは初めて動きがあった。
「いつまでそうしているつもり?『SPアイス』。こうしている間にも時間は過ぎていくのよ?」
「そんな挑発にはのりません。と言いたいところですが、そうもいきませんね。……いきます!」
栞が動くと同時に、迎え撃つかのように香里もリング中央まで動き出す。
栞は一気に間合いを詰めると、その勢いにのせて右の掌底を香里の顔面に放つ。
左を前に半身に構えていた香里は、その攻撃を前に出していた左手でーー香里から見て右側ーー
にはじく。勢いが付いていただけにそのまま受け流されていく栞。
そしてカウンターを狙って香里が右のボディーブローを打つが
「甘いです!」
ガシィッ!
栞は流された勢いを自分で更に加速させて回転し、左肘で香里の攻撃を迎え撃った。
「やるわね、『SPアイス』」
香里が離れて間合いをとった。再び対峙する。
「えー、初手合わせは互角でしたねー」
「ああ」
正直、栞がここまでやるとは思わなかった。最初の踏み込みからの一連の動作は中々の速さだった
再び栞から仕掛ける。右のボディを打つがこれはあっさりとはじかれる、がこれはフェイク
だった。意識がそちらに逸らされた香里に、今度は左のアッパー!これを香里は栞の左拳を
掴んで防いでいた。が、これもフェイクで本命は……右のボディか!?今度はきまったか?
「甘いわよ」
栞の攻撃は三度防がれていた。
「この程度の攻撃で私を倒せると思っているの?だったらその甘さ、自分の敗北をもって
知りなさい!」
至近距離から、今度は香里の膝が放たれる。
「くっ」
栞はなんとかブロックしたものの僅かだが体勢を崩される。その瞬間を狙って香里は
左拳を掴んでいた腕に力を込めて、栞を放り投げた!
リングの上を転がっていく栞。だが香里は追い討ちをかけようとはせず、その場から
動かなかった、いや動けなかった。
「あの状況から攻撃してくるなんてね」
放り投げられる際、栞は香里を蹴っていた。その為にただ放り投げられるよりも遠くまで
転がっていった。しかし無理な体勢での攻撃だったので、それほどのダメージは無いようだ。
「甘くみていたのは、あなたの方じゃないんですか?『HGUSJDパフェ』さん」
「ふ……」
その後も幾度か、栞が攻撃していった。栞の攻撃スピードが上がっていく。
それを香里が防ぐかかわすかしていた。
「おーっと、これは意外な展開でしょうかー?挑戦者、『HGUSJDパフェ』を圧していますよー
『HGUSJDパフェ』は防御に手一杯のようですねー」
たしかに。香里は、栞の攻めを防御するばかりで手を出せないでいる。一見栞が圧しているか
のように見える。だが圧されている筈の香里に焦りの表情は無い。逆に栞のほうが焦っている
ようだ。
「香里は手を『出せない』んじゃない。『出さない』んだ」
栞にはパワーと、なにより長時間戦えるだけの体力(スタミナ)が無い。そんな栞がとるのは
短期決戦。だが相手はあの香里だ。そんな栞の策くらい最初から分かっているだろう。
やがて栞の攻撃のスピードが落ちてきた。今度は香里もカウンターを放ち、栞がなんとか回避
する、という状況に変わってきた。そして……栞のパンチを回避して背後に回った香里が
栞の背中に掌底、そのまま数歩たたらを踏んだ後、リングの上に倒れてしまう。
「おーっとぉ!『SPアイス』選手、ダウンですかー?この試合、10カウントはありませんから
負けを認める場合、ちゃっちゃとギブアップしちゃってくださいねー。でないとダウン攻撃を
受けちゃいますよー」
「レフェリーストップとかは無いのか!?」
「ありませんよー。レフェリーいませんからー」
栞はなんとか立ち上がった。だが立っているのがやっと、という程に疲労していた。
「あなたが速攻で勝負してくることぐらいお見通しよ。でもね、いくら短期決戦といっても
そんなに連続で攻撃ばかりしていたら、ただでさえ少ない体力を浪費するだけよ」
「ハァ……ハァ……」
肩で息をする栞。一方の香里は未だ余裕が見受けられる。このまま栞のスタミナ切れを待てば
香里の勝利はだ。普段の香里ならそうするだろう……だが、
「ここまでよく戦ったわね『SPアイス』。でももう終わりにしましょう。この一撃で
終わりにしてあげるわ!」
この戦いで初めて香里から攻撃をしかけた。栞のトップスピード以上に素早く間合いを詰めていく。
栞は反応できない。そして香里が右のストレートを放つ!
「栞!」
「(祐一さん、私に力を!)」
だが栞は香里の右ストレートをかわして、自分の右手でつかむ。そのまま体を回転させて
背中を香里の胸に預ける。その際に左肘を香里の左わき腹に打ちつけた。
そこからさらに背負い投げのように香里を投げ飛ばす!自分も飛び込みながら。
ズダァァァーーーーン!!
折り重なった少女の体がマットに叩きつけられる。
「ガハッ!」
ただ叩きつけられるだけでなく栞の体重まで加わった衝撃は、香里の肺から酸素を追い出して
いた。
香里のダメージはそうとうのものだろう。動く事ができないでいる。栞も体力を使い果たしたのか
倒れたままだった。
やがて栞がマウントポジションをとろうとするが、香里はこれをブリッジで防ぐ。
バランスを崩した栞は香里の上から転がりおちた。
「今ので決まってもおかしくなかったですねー。んー?二人とも倒れたままですねー。
ダブルKOですかー?……いや、両選手起き上がりましたー。しかし、ダメージと疲労の所為
か、両者うごきませんー!」
栞が口を開く。
「ハァ……ハァ……。私だって……あなたの考えぐらい、分かり……ますよ。ずっと、あなたの
事……見て、きたんですから。私が、疲れれば……きっと、攻撃を……しかけて、くるって」
「それを、狙って……いたのね」
「体力が、無いのは、自分が一番……知ってますけど……こうでも、しないと……あなたから、
隙を……引き出せません、から」
香里が栞をよく知るように、栞も香里のことを知っているということか。
普段の香里なら、栞が疲労しているからといって無理に勝負を急ぐことはしなかっただろう。
しかし、全ての挑戦者を倒してきた『HGUSJDパフェ』としてのプライドが、
香里から冷静な判断をうばっていたのかもしれない。栞はそこまで読んでいたのか。
だけど……
早く終わらせて『妹』を楽にしてあげたいと願う『姉』の気持ちもあったのだろうな。
「流石ね……けど、勝つのは私よ!」
「負けません!」
栞がしかけた左ハイキックを両腕をクロスして防ぐ香里。
「おーっと、『SPアイス』の左ハイが防がれましたー、続いての右のストレート!」
さらに放たれた栞の右ストレートをかわして香里がタックルをしかけるが、栞は膝で迎え撃つ!
ガッ!
ガードはしたものの、その威力は香里の上体を浮き上がらせた。いや、自分から飛んだか。
香里はさらにバックステップで栞の追撃をかわす。
「あなた、まだそれだけ動けたのね」
「騙されましたか?」
「……何処でそんな演技をおぼえたのかしら?」
「病院ですよ……入院していた私は、TVや本を見ることぐらいしか、出来ませんでしたから。
でもね、恋愛ドラマばかり見ていたわけじゃ、無いんですよ……格闘技の漫画や番組だって
見ていたんです……そこで戦い方や、駆け引きを、学んできたんです」
「そう……でもね、いくら頭で覚えても、それを活かせる体の動きがなければ意味がないわ!」
「くっ!」
香里が左フックから右のローをだす。先程のダメージのせいか、今までより速さは無かったが
それでも栞は防ぐのに必死だった。
「さっきの動きは最後の体力をつかっていたんだな」
次に倒れたら、栞はもう立ち上がる事はできないだろう。香里もそう確信しているのか
攻撃を休めることはしない。徐々に攻撃が当たり始め、ついには……
「コレで!」
香里が栞の懐に飛び込む。栞が放ったカウンターの左フックは、体勢を低くした香里にかわされる。
そのまま両手で肩をつかみ、反動をつけて飛び上がる。
「終わりよ!」
栞の肩を支点に前方宙返り。栞の背後に回って……
ガシィッ!!
「あーーーっと!『HGUSJDパフェ』のチョークスリーパーですー!これは完全に
極まっちゃってますねー!」
香里の腕は栞の頚動脈を完全に捕らえていた。今の、イヤ完全な状態の栞でもこのチョーク
スリーパーを外す事はできないだろう。あと少し締めあげれば栞は落ちるだろう
「ここまでね。あなたにもう逆転の余地は無いわ」
「…………残念です。私の……負けですね」
栞が負けを認めた。
「おーっと『SPアイス』選手、ギブアップですー!百花屋ファイト
『HGUSJDパフェ』vs『SPアイス』は『HGUSJDパフェ』の勝利ですー!!」
カンカンカーーーーン!!
谷間さんの宣言と、何処からか聞こえてきたゴングが試合の終了を告げた。
「大体、人の恋人に「力を貸して」なんていうのがおかしいのよ」
「ぅ……聞こえてたんですか」
「でも……あなたはよく戦ったわ」
「私……最後まで戦えましたか?」
「えぇ……あなたの強さ、認めるわ。意思の強さもね。よく頑張ったわね……『栞』」
「えっ?」
香里はチョークスリーパーを解いてそのまま栞を背後から抱きしめる。
「あなたの強さを認める、って言ったのよ。だからもうあなたは『美坂栞』………私の妹よ」
「お姉ちゃん……また、お姉ちゃんって呼んでもいいんですよね?」
「当たり前よ」
「お姉ちゃん!」
「栞!」
ふたりは正面から抱き合い、共に涙をながしていた。
「うぅー、よかったですねー。感動ですねー。姉妹愛ですねー。美しいですねー」
谷間さんは、二人の様子にもらい泣きしていた。俺は既に二人のもとへ走っていた。
「香里!栞!」
「祐一」
「祐一さん」
「二人とも……」
「祐一さん。私、負けちゃいました……」
「ああ……栞、俺に奇跡は……」
「いいえ。祐一さんが居てくれなかったら、私はここまで戦えませんでした。きっとお姉ちゃんも
私の事を認めなかったと思います……だから、ありがとうございました」
香里から離れた栞が頭を下げる。その時一瞬だが栞の目に涙が光っているのが見えた。
「私の事を『美坂栞』って認めてもらえましたけど……負けたという事は
『祐一さんへの想い』もお姉ちゃんに……」
「栞……」
「でも…………リベンジしますから!覚悟してくださいね。祐一さん、お姉ちゃん!」
顔をあげて宣言する栞の表情には一片の暗さもなく、栞本来の明るさと純粋な想いだけがあった。
「いいわよ。いつでも受けてたつわ。でもね栞?あなたが再挑戦する頃には私達、
今よりもっと深い絆で結ばれてるから勝ち目は無いわよ?」
「う、そんな事言うお姉ちゃん嫌いです!」
「ハハハハハ……(汗」
「おやおやおやーー?まだ『修羅場』が治まっていませんねー。大変ですねー『ハーレム王』さん」
「ううう……」
騒がしくも楽しい日々が…………幸せが……返ってきた
続く