*** 姉妹の悲劇〜再び 第二話 ***
「???なんでお姉ちゃんが困るんですか?」
「だってそうでしょ。『未来の旦那様』を妹が嫌うなんて良い事とは言えないでしょ?
それに祐一にしても『未来の義妹』に嫌われるのはイヤでしょ?」
「!?」
どうやら香里さん、からかい成分のほかに本気も混じっているようです。
しかも何気に俺の方に視線を向けているし。これはあれか?俺にも将来の事を意識
させようとしているのか?まあ、香里にそんなこと言われたらうれしいよな、ウム。
「どうなの栞、祐一の事嫌いなの?」
「えぅ〜〜」
勝負あったようだ。
「香里、何言ってるの!」
今の台詞は名雪も看過できなかったらしい。
「香里のさっきの台詞は違うよ。『未来の旦那様』じゃなくて『親友の旦那様』だよ。それに
『未来の義妹』じゃなくって『妻の親友の妹』だよ」
「名雪。寝言は寝てから言いなさ……って、この場合はいいのかしら?」
「う〜〜酷いよ、香里〜ちゃんと起きてるよ〜」
名雪参戦、香里さん、連戦です。
そんな『名雪、栞連合vs香里』の戦いを俺は…………
無視して弁当を黙々と食べていた。
卑怯と言うなかれ、現実逃避と言うなかれ。朝は全力疾走でおまけに本日は体育まであったのだ。
加えてこの時期の俺の体は、未だ成長するべく更なる栄養を欲しているのだ!
……やっぱり現実逃避か?
だが、俺と香里の事は二人も承知しているし、いつもの事なので適当なところで切り上げるだろう。
そんな俺たちの様子を周りの連中はどう見ているやら……
「羨ましいな、水瀬さんたち。私も今からでも参戦しようかしら?」
「えー、あなたもなの?でも、美坂さんが相手だとやっぱ不利よねー」
とか、
「ぬぅ、なんて羨ましい」
「妬くなって。当人にしてみればあまり気分の良いものでもないかもしれんぞ?」
とか聞こえてくるなぁ。
「むぅ〜やっぱり羨ましいぞ!」
「だから妬くなって。嫉妬に狂って奴に何かしたところでどうなるわけでもないし、下手
したら皆から嫌われるぞ?」
「水瀬さんや美坂姉妹が羨ましい!」
「いやだからな、嫉妬は……え”っ?」
「お、俺も相沢に、『あ〜ん』ってしたい、されたい!」
……キコエナイ、キコエマセン。エェ、ワタクシニハナニモキコエマセンヨ。
閑話休題(それはさておき)
「祐一、何黙って食べているのよ?」
どうやら3人の戦いは一時休戦らしく、香里が声を掛けてきた。栞も名雪もこちらを
見つめている。ここは俺がもう一度自分の気持ちを言うべきだろうな。
「あー、名雪、栞。俺は香里の事が好きなんだ。
勿論、二人の事も好きだ。だがその気持ちは香里のとは違う。
名雪の事は『大事な家族として、従兄妹として』好きだし
栞はまぁ、『可愛い妹として』好きだ。そう俺の本音を言っただろ?」
「う〜っ、改めて言われるとやっぱり悲しいよ。でも、私達じゃなくて香里を選んだ祐一を祝福
する気持ちだって本当なんだよ」
「じゃあ何で?」
「だって、何の障害もない恋愛なんてつまらないじゃないですか。それにこれで壊れてしまうよう
な仲じゃ長続きしませんよ?でも、私的には壊れちゃって、私と祐一さんが結ばれれば
万々歳なんですが」
「あなた達…………。大丈夫よ、このくらいで壊れるようなことはないから。ね、祐一?」
「……あ、うん。そうだぞ」
「今の間は何よ?」
「ほら、香里が可愛いこと言うからな、ちょっと感動していただけだ」
「!!!」
真っ赤になる香里。
……しかし、二人とも強いよな、本当に。香里のこと大事にしてやらなくちゃいけないよな……
「ほ、ホラ祐一。今度は唐揚げ食べるんでしょ?はい!」
香里がそう言って箸でつまんだ唐揚げを俺に差し出してきた。が、しかし
「香里、『あ〜ん』はしてくれないのか?」
「!!!」
「あ、相沢〜、俺がしてやるぞぉ〜ッ。俺にヤらせてくれ〜ッッ!!」
イヤダカラ、ナニモキコエネーッテ。
「もぅしょうがないわね。はい、『あ、あ〜ん』」
一口サイズの唐揚げを照れながら差し出す香里。そこには皆が知っている
『学年主席、優等生』の美坂香里ではなく
『恋する乙女(相思相愛)』な美坂香里がいた。
まぁ、これ以上は、している方もされている方も恥ずかしいので香里の箸から唐揚げを頂く。
で、一口二口と咀嚼。モグモグ……ん、これは?
「ふむ、いつもと味付けが違うな?甘くないし」
「えっ、そんな筈は無いです!」
栞が慌ててから揚げに箸を伸ばす。そして味を確かめるように食べ始める。
そう、栞が作った筈なのに甘くないのだ。俺好みの味付けだ。これは……
「えぅっ!これは私が作った物じゃないです。これは……お姉ちゃんですね?今朝早く何か
やっていると思ったら、私のものとこっそり取り替えていたんですね!?なんでこんなことを?」
「だって、甘いものばかりじゃ飽きるでしょ。それに私だって祐一にお弁当を作ってあげたいしね
栞、これが私の実力よ。どちらが祐一に気に入ってもらえるかしらね?」
「えう〜〜」
再戦も姉が勝利したようだ。香里の料理の腕前は実証済みだった。何故なら付き合い始めた頃から
何度かーー栞の弁当が無い日等ーー香里が俺に弁当を作ってくれるからだ。
初めて弁当を作って来てくれて、俺が食べているのを不安げに見つめていたなぁ。で、俺が
「うん、俺好みの味付けだぞ」と言ってやると
『そ、そう?単純に「美味しい」って言われるよりそっちのほうがうれしいわ』
と本当に嬉しそうに(但し顔は赤い)してたよな。
む、回想に浸っていたが……何か忘れているような?
?????あ、名雪!
……そんな名雪は
「く〜〜〜」
…………寝ていた。
「名雪ってば、よくもまあこんな時にも寝ていられるわね……」
「名雪さんってすごいですよね」
「名雪だしな」
食事中だというのに寝るのかコイツは?
3年になってからこいつの眠り癖は、益々磨きがかかったようだ。
「ほら名雪、起きなさい。食事中よ!」
「う〜〜〜わたし、ピーマンたべれるお〜〜」
むぅ、熟睡中か。ん、ピーマン?(キュピーン!)そうだ、たしか今日の弁当の中に……
フフフフフ、いつも寝起きの悪いアイツを必死に起こしているんだ。
これくらいのことは大目にみてくれるよな?て言うかみてくれ。
作戦開始!
まずは弁当の中にあった(おそらくは香里作)『ピーマンに挽肉を詰めて焼いた物』を数個
取り出して、ピーマンと挽肉を分ける。
そして、分けたピーマンのみを箸でつまんでそのまま名雪の方へ持っていき、
「ほら名雪、食べさせてやろう。『あ〜ん』だ」
「あ〜ん」
ふっ、これぞ『ピーマン食べられるのならピーマンのみ食べてみろ』作戦だ!
寝ぼけたまま(眠ったまま?)食べる名雪。作戦は成功!
だが、これって間接キスになるよな……?
……これくらくらいのことは大目にみてくれ、て言うか見てください。香里様(ガクガク)
コワクテ香里サンノヨウスヲミラレマセンデシタ……
「だおっ!?」
一気に目が覚める名雪。だが吐き出す事はしないでキチンと飲み込んだ。ウム、エライぞ。
「う〜〜コレ祐一が食べさせたの?」
「おう、そうだぞ。お前「ピーマンたべれるよ〜」って言ったじゃないか」
「たしかにピーマン嫌いじゃないけど、ピーマンだけ食べたいとは思わないよ〜」
「まあ、そう言うな。折角香里と栞が作ってくれたんだぞ。感謝しないといけないぞ?」
俺は必死だった。名雪を宥めるのに。否、隣からの殺気をかわすのに。
本能と理性が訴えていた「アレは危険だ。ヤバイ」と。
だが、回避は不可能だ。徐々に迫ってくる……
えーい、ままよ!俺は香里を抱き寄せて耳元で
「大丈夫。俺が愛しているのは香里だから」
と囁いてやった。途端に殺気が消えて、二人きりの時の『照れ照れ甘えっ娘』なかおりんになる。
俯いて「え……あの、その……」とか言ってるし。
ふう、やれやれ。
「じ〜〜〜〜っ」対面から突き刺さる二人の視線……
またか、またこのパターンなのか?香里は……まだ、意識が帰還していないようだ。
「う〜〜〜〜ゆういち〜〜〜〜見せ付けるなんて極悪だよ〜〜〜〜」
「えう〜〜〜〜そんな事する人酷いです〜〜〜〜極悪です〜〜〜〜」
「「こうなったら……」」
ぬぅ、アレか、アレがでるか?だがしかしコッチも負けてはいられん。二人の言葉を遮って
俺が先に言ってやった。
「分かった。二人にはそれぞれイチゴサンデーとバニラアイスを『奢らせて』やろう」
「「わ〜〜い、嬉しいよ(です)……って、えぇ〜っ!?」」
「でも俺は甘いものは苦手だからな。香里に奢ってやってくれ」
「「なんでそうなるの(んですか)!?」」
などと言い合っていると、香里の意識も戻ってきたのか俺の援護に回ってくれる。
「そんな風に奢りを強要したって祐一の心が離れていくだけよ。まあ、私はソッチの方が
都合いいけど?」
「「……!!」」
流石は香里だ。一言で二人を鎮めた。
「じゃ、じゃあ割り勘でいいですから『ジャンボデラックスパフェ』を食べにいきましょう!」
栞さん、混乱するあまりとんでもない事を仰った。
ジャンボDX(デラックス)パフェーーー
それは、俺達御用達の喫茶店『百花屋』のメニューの中でも最高の値段を誇る逸品。
3500円という価格と『ジャンボDX』という名に恥じぬ巨大なパフェだ。
バケツサイズの容器に生クリーム、チョコ、各種フルーツ類etcが
「これでもか、これでもか!オラオラオラオラオラオラーーーーッ!!」というほど盛り付けられた
甘い物が苦手な俺には、もう「見ているだけで糖尿病になりそうな」凶器、イヤ兵器である。
以前一度だけ美坂チーム+栞で挑戦したのだが……
「し、栞……何バカな事いってるの!前に挑戦して、あっけなく敗北したのを忘れたの!?」
「駄目ですか?」
「いいんじゃない?みんなで挑戦すれば今度こそ勝てるよ。私だって頑張るし」
「名雪、アナタこの前はイチゴしか食べなかったでしょ……たしかにアレにはイチゴが大量に
入っているから、アナタには良いかもしれないけどね」
「う〜〜だってイチゴだよ。美味しいんだよ?」
「とにかく駄目よ!」
「う〜〜〜〜」
「えぅ〜〜〜〜」
まだなにやら争いは続いているが俺は参加しなかった。否、できなかった。
……あの時の惨劇を思い出してしまったから。
あれは、皆で百花屋に行った時だった。折角だからと栞が注文したのである。
戦果は酷い有り様だった。アレの前に、俺達がいかに無力かを思い知らされた。
俺はその日の夕食&次の日の朝食が食べられなかったし、最後まで奮闘した北川は学校を休んだ。
なんでも
『生クリームとチョコの風呂に漬けられて練乳と蜂蜜を一気飲みさせられる』
悪夢まで見たらしい……
「分かりました。でもみんなで百花屋に行くのは良いですよね?」
「そうだよ。イチゴサンデーだよ〜」
「はあ……いいけどね。祐一も行くでしょ?あなたが来ないと駄目だろうし」
「ん……あぁ、いいぞ。奢らんけどな」
「そ、そんな事言いませんよ。ね、名雪さん?」
「え?う、うん。当然だよね、栞ちゃん」
「「ハハハ……」」
……こんな騒がしくも楽しい日々も、あの冬の奇跡があったからこそだよな。
もし栞が死んでいたらこんな日は来なかっただろうから。
こんな日常が続いていけばいい。俺はそう願っていたし、みんなだってそうだろう。
だが…………そんな幸せには既に傷が入っていた。
最初は本当に小さな傷だった。だがたしかに傷だった。
あれから昼食を進めていた俺たちだったが、
栞の様子がおかしかった。さっきまでは気づかなかったが手を伸ばす動作がどこかぎこちない。
おかずを取ろうと手を伸ばした栞の袖から白い物が見えた。あれは……包帯?
「ん……栞、腕どうかしたのか?」
「あ、こ、これですか?えっと、その、今日の料理つくっていたら火傷しちゃって、エヘヘ。
あ、でもでも、大した事ないですよ、ホントに。ちょっと赤くなっちゃっただけですから」
取り繕うように弁解を始める栞。いかにもな態度に納得出来る訳でもない俺は隣の香里に聞いたが
「えぇ、本当よ。…………まったく未熟なんだから、栞は」
「えぅ、そんなことないです。きっとお姉ちゃんに私の事を認めさせて見せます!」
「そう……」
なんか香里の様子もおかしかったが、まあ「火傷をした妹を心配」しての事かと思い、
それ以上突っ込んだ事を聞くのは避けた。
傷は……少しづつ、だが確実に広がり始めていた……
次の日……
「栞、その足の包帯はどうしたんだ?」
「え、これですか?そ、その、昨日ちょっと転んじゃいまして、エヘヘ」
「栞……」
また次の日も……
「栞、なんだその壊れたロボットのような動きは?」
「え?ホ、ホラ私って今まで病気でしたから、ちょっと体力つけようと思って運動したんですよ
そ、そしたら筋肉痛になってしまって、エヘヘ。で、でもそのうちに慣れますから。
体力つけて祐一さんとの長時間のデートにそなえるんです!そして二人は夜を一緒に……」
「そ、そうか。まあ頑張ってくれ……体力だけじゃなく『胸』もつくといいな」
「そんな事言う人嫌いで……イタタ」
「栞?」
「だ、大丈夫ですよ」
「……」
……傷は広がり続ける。
「香里、今日は栞は来ないのか?」
「ええ、今日はあの娘……病院だから」
「えっ!?」
病院……そこはかつて栞が日々の大半を過ごしていた場所。病気で仕方なかったとはいえ
小さい頃から何度もそこのベッドの上にいた栞には、良い思い出などそうない場所。
病院と栞を結びつけるモノといえば俺には一つしか思い浮かばなかった。
「香里!まさか、栞は……また……」
だが香里はそんな俺を安心させるように言った
「大丈夫よ、心配しないで。栞の病気は完治しているわ」
「じゃあ、なんで?」
「いくら治ったといっても、数ヶ月前までは重病人だったのよ?あれ以来病後の経過を見る為に
時々通院して検査してるのは、祐一も知っているでしょ?」
「ああ、そうだったな」
「今まで特に問題も出てないないんだから平気よ。ただ、医者は別の意味で深刻な顔をしていたわ。
「何故急にここまで回復できるんだ?」ってね。だから心配しないでいいわよ。
大体、もし栞の病気が再発していたら、私がこんな風にしていると思う?」
「そうか、そうだよな」
「ねぇ、やけに栞の事を心配するのね?やっぱり栞の事……」
む、かおりん『ヤキモチモード』か?でも栞の事が心配なのは間違いないので
からかい50%の真面目50%で答えてやる。
「そりゃ心配さ。なんたって『愛する香里』の大事な妹だ。だから俺にとっても『大切な妹』さ。
それでなくても知り合いが病院にいったと聞けば心配するだろ?」
「そ、そうね。私ったら……ゴメンね、祐一」
慌てて謝ってくる香里。
「それにな、栞のやつは実際病気だったわけだし。……なあ香里、最近の栞の様子って
何処かおかしくないか?」
俺よりずっと長いこと栞の事を見てきた香里だ。何か知っているかもしれない。
「……そうかしら?」
「だって、あちこち怪我していたり、急に「運動始めました」なんて言って。おかしいだろ?」
「そうね……あの娘ったら、何考えているのかしらね。そんなこと……」
香里が最後に呟いた言葉は聞こえなかった。それから香里は何か考え込むように黙ってしまった。
そんな香里の様子も変だった。
そうこれは、かつて栞の事を否定していた時のような……
「香里?」
「え、あ、何でもないわ。それより祐一、今日は栞が来ないんだから学食に行きましょ。
今日は栞の病院のこととか色々あって、私もお弁当つくれなかったのよ。さ、行くわよ」
さっさと教室を出て行く香里。釈然としない俺。何だ、二人に何があったんだ?
俺には何も出来ないのか、何の力にもなれないのか!?
そう言いたかった。
翌日、栞はまた学校を休んだ……
次の日も
そして俺は…………
再び『あの言葉』を聞いた。
同じ少女の口から…………
「私に……栞なんて、妹なんていないわ」
と…………
傷は広がり続け…………
ついに…………
幸せは壊れた
続く