*** 姉妹の悲劇〜再び 第一話 ***
数日前……
「キ〜〜〜〜ンコ〜〜〜〜ンカ〜〜〜〜ンコ〜〜〜〜ン」
4時間目終了のチャイムが鳴り、教師が退出すると教室は喧騒に包まれる。
昼休みーーーーー午前中の授業が終わり、学生達に訪れる僅かばかりの休息の時でもあり
昼食を摂る時間帯。もっとも、昼食を学食や購買で得ようとする者達にとってはある意味
戦いの時間となる訳だが。
そんな中、俺こと相沢祐一はと言うと……
「祐一、お昼休みよ」
「うむ。報告ご苦労……って香里?」
午前中の授業(&睡魔)という厳しい戦いから生還した俺を出迎えてくれたのは隣の席で
未だ眠りの園の住人である従兄妹の名雪ではなく、昨年度(今俺達は3年生)学年主席の
美坂香里嬢だった。
「珍しいな、香里が言うなんて」
「ふふっ、偶にはいいでしょ?新鮮で」
いつもなら隣の名雪が「祐一〜お昼休みだよ〜」と声を掛け俺が「何ィッ!!いつの間に!?」
と反応し、香里が「いつも飽きないわね。あなた達」とツッコむのが定番だったのだが
「まぁ、名雪がこんな状態だし、私が言ったっていいでしょ?祐一」
そう言って頬を赤らめて俯くかおりん。むぅ、可愛いではないか。
因みに香里が俺のことを「相沢君」ではなく「祐一」と呼んでいるのは、
まぁ……その、なんだ。所謂、彼氏と彼女の関係というやつになったからだ。
香里から告白されたのだ。
その後名雪との間にひと悶着あったようだが、それでも名雪とは親友の関係で続いているし、
俺が水瀬家にいて毎朝名雪を起こしている事も納得している。が、
『まあ従兄妹なんだし、その位の事は認めるわ。でもそれ以上の関係になったら、
それと……栞にも手をだしたら…………わかってるわよね?』
と仰ってクダサイマシタ(汗)。
笑顔だが目が笑ってないし、背後に見えるオーラは某世紀末覇者の御方も裸足で逃げ出しそうだった。
名雪も名雪でこちらは(何故か)パジャマのボタンを外して寝ていたり、更には「勝負下着か!?」
と思わせるような物を身につけていたりで、毎朝(色んな意味で)大変な訳だ。
閑話休題(それはさておき)
普段は今まで通りのクールビューティーな才女だが二人っきりになると途端に
恥ずかしがりながらも甘えまくる彼女。
俺のからかいに真っ赤になって反応してくれる初心な香里。
あの日、夜の学校で栞の事を聞かされて、俺の胸で泣く香里を抱きしめていた時俺は
『香里を護ってやりたい、香里を支えてやりたい』と思っていた。
だから、それから暫くして香里から
「『あなたが好きです。恋人として付き合って下さい』と告白された時、考えるよりも先に口が
『俺も香里の事が好きだ』と答えていた。もう、香里の事が好きになっていたから」
「ちょっ、ちょっと祐一!何思い出しているのよ!?」
「む、香里?どうした?」
「わ、私が告白した時の事、こんな時に喋らなくったって……」
「なぁ、もしかして?」
「えぇ……口に出していたわよ」
「……当然だ。生憎と俺には『思った事を無意識に口に出す癖』なんてないぞ。香里の事を
愛しているからな。言ってみたんだ」
「な!?……(顔真っ赤)」
酸欠の金魚さんよろしく口をパクパクさせる香里嬢。こーゆーところがかわいーんだよなー。
「も、もぅ!変な事言ってないでさっさと名雪を起こさないと!し、栞が来るわよ!」
真っ赤な顔をプイッと背けてしまう香里サン。うーん、こーゆーところが……って、以下エンドレス
になりそうなので切り上げて、いいかげんに名雪を起こすことにした。
なんか周りから妙な視線がするし。……気にしないけど。
「おーい、名雪ぃー、おきろぉー」
「……だお〜〜っ」
起こそうと声をかけたのだが……
「……名雪?」
「だお〜〜っ……だお〜〜っ……」
「……名雪サン?」
「だお〜〜っ……だお〜〜っ……」
「……なぁ、香里?」
「何かしら?」
「名雪のコレって、寝息か?」
「コレ?」
名雪を指差す俺、その先を見つめる香里、そこに寝ている名雪。そして……
「だお〜〜っ……だお〜〜っ……」
「…………」
「だお〜〜っ……だお〜〜っ……」
「…………」
「ゆ、祐一、あなたいつも名雪を起こしているんでしょ、聞いたことないの?」
「あ、あぁ。俺も初めて聞く」
「…………」
「…………」
「だお〜〜っ……だお〜〜っ……」
「…………」
「…………」
「「まあ、名雪だしな(ね)」」
二人の意見が一致したところで、我が従兄妹を起こすことにした。程なくして「うぅ〜」という
声と共に眠り姫は覚醒してくれた。まったく、朝もこれくらい素直に起きてくれれば
俺の苦労も減るというのに……
「祐一、ひょっとして酷いこと考えてない?」
「ん?そんなことないぞ。今日の昼が楽しみだな〜と考えていただけだ」
「そうなんだ……わ、もうお昼休みなんだ、祐一、お昼休みだよ!」
あっさりと騙される名雪。
慌てていつもの挨拶(?)をかけてくる名雪だったが、
「もう私が祐一に教えたわよ」
「うぅ〜〜」
香里の言葉に、名雪敗北
「うぅ〜〜かおりぃー、祐一と仲良くしすぎだよー。わたしだってまだ祐一のこと諦めた
訳じゃないんだからねー」
「ハイハイ、それよりもうすぐ栞がくるから準備しましょ」
「そうだぞ、名雪。俺と香里は付き合っているんだから、仲良くて当然だろ?」
「ゆ、祐一……(真っ赤)」
「う〜〜」
名雪…………
7年前のあの時、想いを込めた雪うさぎを受け取ってやれなかった。
そんな事があっても未だに俺のことを好きでいてくれた。
7年たった後、再び気持ちを伝えられた時も俺は彼女の気持ちに答えられなかった。
もう俺の心の中には香里がいたから…………香里の事が好きだったから
『そっか、しょうがないよね。私がいくら祐一の事好きでも祐一の心が私に向いてなきゃ
駄目だもんね。』
『香里の事も好きだし、親友だし、二人の事、祝福するよ』
そう言って彼女は微笑った……目に涙を浮かべて。
『でもさ、祐一の事好きでいていいよね?それに、チャンスがあれば香里から奪っちゃうから!』
『そうだよ、一緒に住んでるからいくらでも機会はあるよ!』
『祐一がお風呂に入っている時に『背中を流してあげるよ〜』とか。
間違えたフリをしてお風呂に入っていって『わ、びっくり』とか出来るよね!』
『『今まで意識していなかった身内の従兄妹に異性を感じてドッキドキ』なんて萌えだよね!』
…………
名雪はまだう〜う〜唸っていたが、観念したのか俺達にならって席を並べはじめる。
因みに席は2年の時とおなじで通称『美坂チーム』が窓側最後尾を陣取っていた。
クラス変えもなく、3年に進級した時これまた引き続き担任の石橋の一言
「あー面倒だから、席はそのままでよし!」の一言で現在に至っている。
なお、あと一人の美坂チームである北川はというと学食に挑む戦士となってすでに
ここにはいない。戦友である斉藤あたりと共に激闘を繰り広げているだろう……
閑話休題(それはさておき)
ガラガラガラーー
「祐一さーん、お昼ですよー、一緒に食べましょうー」
そう元気よく言って教室に入ってきたのは、美坂栞ーー香里の妹だった
俺達がなぜ戦場(学食)に行かなかったかというと、時々こうして栞が弁当を
作ってきてくれるからだった。
この冬の誕生日まで生きられないはずだった栞
姉のことを躊躇い無く『大好きなお姉ちゃん』という栞
その姉に、愛されるが故にーー姉が妹を喪う悲しみに耐えられないからーー
『妹なんていない』と存在を否定された栞
だが奇跡は起こり、栞は今こうして俺達の前にいる。
病も完治し、姉妹の仲も良くなり、無事2年に進級して、『大好きな姉』と学校に通っている。
まぁ元気になった(なりすぎた?)栞が
『祐一さんは、私の運命の人です!あの時は1週間限定の恋人でしたが、
期間延長してください!無期限に!病から立ち直ったヒロインが恋人と結ばれるなんて
ドラマみたいですぅ。という訳で祐一さん、再び恋人になって下さい!!』
などと言ってくるので、それを聞いた香里が拗ねたり、それを宥めるのに苦労することもあるが。
栞…………
彼女の事は好きだ。でなければ1週間限定とはいえ恋人関係になったりはしない。
だがその気持ちは、”Love”ではなく”Like”の感情だということに気づいた。
同情もあったのかもしれない。
だから問題が解決した後、栞に自分の気持ちを伝えた。
俺は香里が好きだという事を……
『仕方ないですね。お姉ちゃんの事頼みますよ。お姉ちゃん、ああ見えて弱い所ありますから
祐一さんがしっかりと支えてあげてくださいね?』
『私も、祐一さんの事は、恋人というより”優しいお兄さん”と思っていたのかもしれません』
彼女も微笑んでそう言った……やはりその目に涙を浮かべて。
『あ、でもお姉ちゃんと結婚すれば祐一さんは”お義兄(にい)ちゃん”になるわけですよね?』
『”お義兄ちゃん”って呼ばれるのは『萌え』ですよね?』
『私の事は”義妹(いもうと)”になるわけですよ!』
『血の繋がらない義兄妹の関係ですよ!萌え萌えですよ!!どうですか?『姉の恋人だった男性が
真実の愛に目覚めて妹と結ばれる』なんてドラマみたいじゃないですか!』
…………
「もう、恥ずかしいから大声で呼ぶのは止めなさいって言ってるでしょ!」
そういう香里も言葉では怒っているが表情をみれば嬉しそうなのはすぐわかる。
そんな様子は俺達のクラスでは日常となっていて誰も栞が教室に来ることを否定するやつはいない
それどころか、一部の男子生徒(&女子生徒)の間では密かに人気があるらしい。(北川談)
「さぁ祐一さん。今日も私の愛情たっぷりのお弁当を食べて私への愛を再確認して下さい!」
そう言って「ドンッ!」と机に置かれたのは『ザ・タワー』(祐一命名)と呼ばれるほどに巨大な
超重箱弁当……ではなく、数人で食べきれる程にまとめられたごく常識的な大きさの重箱だった
以前はそれこそ、『ザ・タワー』だったが美坂家族の懸命なる説得+αによって現在の大きさに
縮小されている。
この弁当、名雪の分も含まれていたりする。名雪は最初遠慮していたが、栞に
「みんなで食べるほうが美味しいですから」と言われ、お相伴にあずかることになった。
微笑ましいものだ、と思っていたのだが真相、というか裏話を香里から聞けた。
「あの娘、『私の料理の腕前を名雪さんに見せつけて、私の方が祐一さんにふさわしいと教えて
あげるんです!あ、勿論お姉ちゃんにもですよ』て言ってたわ」
美坂栞ーーー色々と考えているようである。
……ついでに言うと、お相伴云々に北川は含まれていない。当然だがな。
頑張れ北川、学食戦士として。
「さて、じゃあ食べるか」
そういって席につく俺。俺と名雪の机を後ろの北川と香里の机に向かい合わせてくっつけている。
で、自分の席に俺、隣は香里、俺の向かいに栞でその隣が名雪となっていた。
どうやら座る場所は3人でじゃんけんしているらしく、先日と違った席になっていた。
「えぅ〜、今日は負けましたが今度こそ祐一さんの隣をゲットするんです!お姉ちゃんや
名雪さんには負けません!!」
「う〜、何言ってるんだお〜。祐一の隣には私こそがふさわしいんだお〜、香里や栞ちゃんには
譲れないんだお〜」
「二人とも何言ってるのよ。祐一は私の恋人なんだから、私が隣にいるのが当然なのよ!」
3人の言葉に、周りからの視線が一層キツクなる。何故だ?俺、なんかしたか?
「鈍感です……」
「鈍感だお〜……」
「鈍感ね……」
「う〜、なんか、3人とも酷いこと言ってない?」
「「「そんなことないわ(です、お〜)」」」
どこかでやったような(あったような)やりとりをしつつ、食事は進んでいく。
それにしても名雪よ。「だお〜」ってまだ目覚めてなかったのか?
「祐一さん、この玉子焼きを食べてみて下さい。さぁ『あ〜ん』しちゃってください」
栞がそんな事を言いつつ箸でつまんだ玉子焼きを差し出してくる。当然左手を添えて。
条件反射でつい『あ〜ん』と食べてしまった。そうすると当然、隣や斜め前方からの
拗ねるような、嫉妬の混じったような視線を受けるわけで…………
「「…………」」
「……(もぐもぐ、ごっくん)」
む、無視してた訳じゃないぞっ!?食べてる最中に喋るなって言われるだろ?な?(汗)
それにだ、女の子による『あ〜ん』攻撃は男、イヤ漢にとってはガード不可なんだよ!
だが、この状況をどうにかしないとな。香里も名雪も拗ねると色々と大変だからな……
特に香里は後がコワイし(汗)
「あ〜香里、そこの唐揚げが食べたいな、取ってくれ。名雪、そっちのきんぴらは味どうだ?」
こう言えば二人のことだ、当然、
「「あ、私が食べさせてあげるわ(よ)」」
一転して嬉しそうな顔をする二人。(あくまで俺の恋人は香里だぞ、みんな?)
重箱に視線を向けている。ふう、どうやら嵐は去ってくれたようだ。
「祐一さん、どうですか、お味のほうは?」
「うむ。焼き加減は申し分ない。だがやはり味付けが……砂糖を使いすぎだろ、これは?」
重箱弁当の規模は縮小されたものの、味付けは相変わらず甘かった。
真冬でも外でバニラアイスを食する程の甘党の栞だ。量が減った今、(俺的には)唯一の欠点
ともいうのが、この甘さだった。
「あ、甘くない食べ物なんて人類の敵です!」
「そうは言ってもなぁ。俺が甘いもの苦手だって知ってるだろ?」
「そんな事言う人嫌いです!」
一難去ってまた一難か?半ばお決まりとはいえ、今度は栞の機嫌が悪くなってしまったようだ。
が、
「あら、栞は祐一の事が嫌いなの?それは困るわね。私も祐一も」
隣から香里の声がかかる。表情から察するに現在の香里は栞をからかうつもりらしい。
なにやら思いついたようだ。
続く