「明けましておめでとうございます、相沢さん」
「おう、あけおめ〜」
初詣とおみくじ
「…相沢さん、お正月というのは1年の始まりです。
そのような適当な挨拶はどうかと思いますが?」
「いやいや、みっしー。これは俺なりに――」
「あ・い・ざ・わ・さん?」
「…明けましておめでとうございます」
鋭い美汐の眼光に怯み、若干片言で言う祐一。
それを後ろで見ていた名雪から呆れた様子で見られていたが。
「美汐ちゃん、明けましておめでとう、だよ。その着物、似合ってるね〜」
「明けましておめでとうございます、水瀬先輩。ありがとうございます」
水瀬家へと来た美汐は、赤を基調にした振袖を着ていた。
赤といっても美汐の雰囲気のためか、落ち着いた感じをしている。
「ところで……その、真琴はいませんでしょうか?」
普段ならば美汐の声を聞いた瞬間に走ってくる真琴が来ないため、首を傾げる美汐。
祐一は起きてから1度も顔を見ていないため、名雪へと視線を送る。
「えっと、真琴だったら栞ちゃんが連れて行ったよ。
美汐ちゃんも誘って初詣って言ってたから、行き違いになっちゃったかも」
「…ああ、そうですか。それならば仕方ありませんね」
その時の状況が想像できたのか、苦笑する美汐。
栞と真琴と合わせて仲の良い3人だが、美汐以外は猪突猛進気味なのだ。
「……あっ!美汐ちゃん、もしかして暇してるかな?」
どうしたものかと考えていると、名雪が提案する。
それに一瞬驚くが、自分のスケジュールを脳内で確認する美汐。
「……そう、ですね。今日はお2人と合流するのは難しそうですし」
「あのね?暇だったら祐一のことお願いしてもいいかな?」
「えっ?」「はっ?」
名雪の言葉に驚く祐一と美汐。
2人はお互いに顔を見合わせると、名雪へと視線を向ける。
「わたしも香里と初詣行くんだけど、祐一1人になっちゃうから。
今日はお母さんも近所の人との付き合いで出ちゃってるから…」
「私が、ですか…?」
「おいおい、1人で留守番くらい出来るっての」
突然の申し出に困惑する美汐。
無論それは祐一も同じだが、名雪に気にした様子はない。
むしろ、ここぞとばかりに話を進める雰囲気すらある。
「祐一1人だと寝正月になりそうだから。
美汐ちゃんも初詣に行く予定だったと思ったんだけど…」
「…ああ、なるほど。わかりました、お引き受けします」
祐一はそっちのけで話を進める2人。
なにかと世話を焼く2人なため、意思疎通も簡単だ。
ようは――。
「相沢さんが自堕落にならないよう、このままお連れしますね」
「うん、ありがと〜。迷惑かけるようなら、途中で置いて行ってもいいからね」
「俺の意思は…?」
ほとんど相手にされず、若干落ち込む祐一。
そんな祐一を尻目に、名雪は祐一の部屋からコートとマフラー、財布などの貴重品を持って来る。
その目は笑っているが、家に残ることは許さないと言わんばかりだ。
それがわかっている祐一は渋々ならがも出かける準備をする。
「ったく、たまに強引だよな。名雪」
「えへへ〜。これでも部長さんなんだよ?」
「…まあ、今じゃ引退して若干たいじゅぶっ!」
「ゆういち〜?なにか、言った、かな〜?」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
自身の従姉妹で秋子の娘ということもあり、その怖さは想像できる。
具体的にいうと、その手に持っているスリッパ辺りか。
「デリカシーという言葉を知らないのですか?」
「よ、よし。さっさと初詣に行こうではないか。みっしー!」
「えっ、ちょ、相沢さん!?お、押さないでください!」
名雪のプレッシャーに耐えかね、美汐の背を押して出ていく祐一。
呆れたようにため息を吐く名雪だが、その表情は既に柔らかくなっていた。
「さてと、わたしも出かける準備しよっと」
「しかし、真琴たちと合流すればいいんじゃないか?
2人が家を出てから、あんまり時間経ってないと思うぞ?」
「あの人混みを、ですか?」
「あー…」
お正月に見る神社の人混みを思い出したのか、渋い表情をする祐一。
ムードメーカーな祐一だが、あの人混みに入るのは嫌そうだ。
「それに、私は携帯電話を持っていないので。
連絡をしようにも、栞さんの番号を知りませんし」
「そういや、俺も栞の番号知らないな。…ま、今度聞くか。
これから必要になるだろうし、契約してきたらどうだ?」
「要検討、ですね。近いうちに伺ってもいいですか?」
「まあ、俺にわかることならな」
などと雑談をしつつ、最寄りの神社へと向かう2人。
その道中にも、着物を着た女性をよく見かける。
さすがはお正月、といったところだろうか。
「……相沢さん?」
「うん?」
「ああ、いえ。先程から周りを気にしていたので」
「あー、着物着てる人が多いなぁ、って」
確かに、と頷く美汐。
普段着る機会がないため、余計に着たがる人が多いのだろう。
――ふと、あることに気付く。
「あ、あの。…この着物、どうでしょう?」
「へっ?」
突然の言葉に、間の抜けた返事をする祐一。
そのまま美汐をまじまじと見つめ――。
「…まあ、いいんじゃないか?」
――などと、答えた。
一瞬呆然としたが、呆れたのか頭痛がしたのか頭を押さえる。
「いえ、そうではなく――」
「お、あそこだよな?向かってる神社って」
「……ええ、そうですよ」
出店を見た瞬間、瞳を輝かせる祐一を見て呆れる美汐。
水瀬家を出るときとは明らかにテンションが違う。
――まあ、別にいいでしょう。
言いたいことを飲み込み、出店に向かう祐一を追いかける美汐。
花より団子気味な祐一に求めるのも、間違っているように思ったのだった。
「いやー、なかなか楽しかったな」
「そうですね。……まさか、金魚すくいであんなに時間を取るとは思いませんでしたが」
夕暮れ時――。
夕日を背に、家へと帰る2人。
美汐の手には、金魚すくいで取った金魚を入れた袋があった。
「というか、さすがに取りすぎですよ。あれは」
「いやー、店番のおっちゃん涙目だったな」
祐一が無駄に本領発揮したため、1人で金魚を入れる器を2つも使っていた。
その光景に周りからは拍手が起こり、店主は冷や汗をかいていた。
あまりに取りすぎたため、模様の綺麗な2匹だけ持ち帰ることにしたのだ。
「ポイが丈夫だったから、ついな」
「今度来るときは金魚すくいには近寄らないようにしましょう」
それが店のためになる、と真剣に考えてしまう美汐。
さすがに全部を持って帰りはしないだろうが、店の人が気の毒だ。
「そういや、天野はおみくじどうだったんだ?」
「私、ですか?末吉でしたよ」
「いつも思うんだが……それは悪いのか?」
「あそこの神社では下から2番目ですね」
おみくじを見せながら答える美汐。
一応、大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶となっている、などと解説を入れていく。
そんな解説を聞きながら、美汐のおみくじを眺める祐一。
「学業とか金運とか、ほとんど去年と変わらないってことじゃないか?これ」
「去年と同じようにがんばりなさい、ということですよ」
祐一の差し出してきたおみくじを受け取りながら、良い方へと修正する。
受け取ったおみくじには吉と書かれ、内容も悪くはない。
「結んできた方が良かったんじゃないか?」
「とらえ方は人それぞれですよ。…それでは、私はこっちですので」
「おう、またな〜」
喋りながら歩いていると、分かれ道に着いていた。
おみくじを互いに返し、それぞれ帰る家へと向かう。
「……天野ーっ!」
ある程度進んだところで祐一が呼ぶ。
美汐が振り返った先で――。
「その着物、似合ってるぞーっ!」
――今日、最も欲しかった言葉。
しばらく呆然としたが、意味を理解した瞬間に顔が赤くなる。
それを見届けると、悪戯が成功したときのような笑みを浮かべ、走る。
その場に残された美汐は――。
「……ばか」
赤くなった顔を隠しながら、しばらく動けずにいた。
美汐が大事に握りしめたおみくじには――。
『恋愛:叶う。但し、恋敵多し』
Fin