学園祭でざわついている大学の構内を、一人で歩く。
お祭り騒ぎに興じる連中を冷めた目で見ながら、ただ機械的に足を運ぶ。
「やきそば安いよー。買っていってー!!」
「お好み焼、お好み焼はいかがですかーっ!」
「はい、ビール一杯200円! 200円だよー!!」
飛び交う様々な客引きの声。
けれど、その中に一つも俺に興味を抱かせる物は無かった。
「ちっ、やっぱり来るの止めとけばよかったか……」
俺が興味も無い学園祭に顔を出している理由は単純だった。
友人がライブに参加するので、そのにぎやかしを頼まれたのだ。
とは言えライブのように人が集まり、尚且つ熱狂するような空間は俺の苦手にするところだ。
そんな理由から、学園祭に足を運んだことを早くも後悔しはじめていたのだった。
「……面倒だ、帰るか」
結局ライブに顔を出すのはやめ、家路につこうともと来たほうへと歩みを変えた、その時。
「天文サークル主催、手作りのプラネタリウムですっ! 次回上映は13:30から、是非見に来てください!」
「っ!」
思わず、足が止まった。
「ご来場の皆様に、『ロケット型ロケット鉛筆』を配布しておりますっ! 皆様のご来場をお待ちしておりますっ!!」
看板を掲げ、大声で叫んでいる天文サークルの部員。
気付けば、口元に僅かな笑みが浮かんでいた。
そして振り返り、客引きを続ける天文部員の方を向く。
それなりに興味がある人間もいるのか、時折立ち止まって話を聞いている人も見かけられた。
海中時計を懐から取り出し、時間を確認する。
「上映時間まであと三十分少々か……」
時計をしまい、少し考え込む。
すぐに考えはまとまり、俺は歩き出した。
校門の方へ、真っ直ぐと。
「何を今更、似合わない感傷になんて浸ってるんだか。もうとっくの昔に終わったことだっていうのに……」
小声で吐き捨て、歩みを速める。
喧騒に背を向け、俺は一人家路についた。
晴れた空に、願いよ届けと
外伝 星降る夜、遠い日の約束 前編
―――忘れ難き、素晴らしき日々
「……ね、敬君敬君。ここはどうやったらいいの?」
黙々と問題集に向かっていた南空(みそら)が、不意に尋ねてきた。
その声に俺は、自分の課題を解く手を止めて南空の方へと顔を向けた。
「こら南空、今は先生だろうが」
給料を受け取って勉強を教えている身なのだから、公私の区別をつけるために南空に注意する。
「どうでもいいよ、そんなこと。それよりもここの解き方教えてよ」
が、当の南空は全く意に介した風もなく、問題集を差し出しながらひっかかっている部分を指差している。
何度言っても聞きはしない南空に頭を抱えつつ、俺は問題集に目を移した。
「ったく、どうでもいいとか言うなよな。そこはな、先にこっちを解いてから、その答えを代入してやればいい」
「あ、そっか。だったら……こう?」
俺の出したヒントで解ったのか、すぐに問題を解く南空。
解答集のほうと照らし合わせるせ、合っているかどうか確認する。
「ん、正解だ」
「やたっ。敬君敬君、ごほーびに頭撫でてー」
「……お前は子供か」
「子供でもいいですよーだ。ほら、頭撫でてよー」
「ったく、しょーがねぇなあ」
苦笑しながら南空の頭を撫でる。
南空は心地よさそうに目を細め、されるがままになっている。
「やれやれ。こうして頭撫でられるのが好きな所とか、未だにロケット鉛筆愛用している所とか、ほんと南空は子供っぽいよな」
「むー、いいんだもん。それにこのロケット鉛筆は、私の宝物なんだから」
「んなちゃちな物を宝物にしなくてもいいだろうに……」
「ぶー、私の勝手でしょー」
「はいはい、そうだな」
呆れた口調で返しながら、がしがしと乱暴に頭を撫でてやる。
「ちょ、ちょっと敬君乱暴だよう」
「気にするな」
「や、髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃうよー」
口では文句を言っているが、南空は嬉しそうだ。
ひとしきり頭を撫でてやってから開放する。
南空は乱れきった髪の毛を手櫛で整えながら、俺のほうを睨んでいる。
「ホントに敬君は乱暴さんだね……もうちょっと幼馴染を大切にしようとか思わないのかな」
「はっ、十分大切にしてやってるさ。そら、残りの問題に取り掛かれ。お勉強の時間はまだ終わってないぞ」
「むー、敬君の意地悪……」
ぶつぶつと文句を言いながらも大人しく問題集を解き始める南空。
そんな南空を尻目に、俺も自分の課題に再び取り掛かる。
そうしていつもと変わらない、ずっと続くと思っていた穏やかな時間は過ぎていく。
そう、ずっと変わらないと、そう思っていたんだ……。
「……夢、か」
学園祭から帰ってきてベッドに身を投げ出した後、どうやらそのまま眠ってしまっていたらしい。
随分と懐かしい夢を見た。
〜〜♪
今しがた見ていた夢のことを思い出していると、携帯が着信を告げた。
体を起こし、携帯に手を伸ばす。
ディスプレイに表示されている名前は今日ライブをしていた友人だった。
出る気にもなれず、電源を切る。
「南空……か。お前が今の俺を見たら、何て言うだろうな?」
今はもう居ない恋人の名前を呟く。
虚空に投げかけた問いの答えは、当然帰ってこない。
いつの間にか降り出していたのか、雨粒が窓ガラスを叩く音が聞こえる。
その音を聞きながら、俺は再びベッドに身を横たえた。
雨音は嫌いだった。
それを聞かずに済むよう、枕元に置いてあるラジオのスイッチを入れて適当な音楽番組にチャンネルを合わせる。
ラジオから聞こえてくる明るいパーソナリティの声を聞き流しながら、ただ天井を見上げる。
そうしている内に、いつしか俺は再び眠りに落ちていた……。
「どうしよう敬君、私大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だろ、自己採点でも十分合格ラインは越えてたんだし」
「でもでも、名前書き忘れてたりしたら……」
「……ほら、さっさと行くぞ」
「あ、敬君待ってよー」
ちらほらと開花し始めた桜並木を、南空と二人で歩く。
いや、南空を引っ張って歩く、といった方が正しいかもしれない。
「うう、不安だよ……」
「やれやれ」
ぶつぶつと呟き続ける南空を無視して、人だかりが出来ている掲示板の前に向かう。
悲喜交々、それぞれ己の結果を見ている連中を横目に、南空が追いついてくるのを待つ。
「一人で行かないでよぉ……」
「お前がトロトロ歩いてるからだろ。しかし、さすがに人が多いな……」
「あう……ここからじゃあ見えないよ」
飛んだり跳ねたりしながら必死で掲示板を覗き込もうとしている南空。
とりあえず見苦しいので頭を軽くはたく。
「やめい、みっともない」
「いたいよぅ。叩かなくてもいいじゃない……」
叩かれた所を押さえながら、南空が俺を見る。
とりあえず無言の抗議は無視して、目的を果たすための行動をとることにする。
「恥ずかしいことをしてるからだ。とりあえず掲示板の前まで行くぞ」
「ど、どうやって?」
「無論、そこらの人間を押しのけて、だ。確りついて来いよ?」
南空の受験番号を確認して、掲示されているおおまかな位置にあたりをつける。
「よし、いくぞ」
「あ、あうー……」
そう宣言して、人ごみを掻き分けながら掲示板の方へと歩き始める。
南空も必死になりながら、俺のすぐ後ろをついている。
「さ、て……この辺だな」
「よ、ようやくだよ……」
掲示板の所にたどり着いたときには、南空はばててしまっていた。
やれやれ、もう少し体力をつけさせたほうがよさそうだ。
「さ、とっととお前の番号を探すぞ」
「う、うん……」
あいかわらず不安そうな顔をしている南空に促し、俺も南空の番号を探す。
「あ」
「お」
「「あった!」」
二人同じタイミングで見つけて、同じタイミングで叫ぶ。
「あはははっ、あった、あったよ敬君! 私、受かってる!!」
「こら、騒ぐな、抱きつくなッ」
はしゃいで抱きついてくる南空を押さえながら、とりあえず落ち着かせる。
南空はひとしきりはしゃぎまわった後、俺の胸に顔を埋めて肩を震わせ始めた。
「受かってた……受かってたよ。良かったよぉ……」
「よしよし、よく頑張ったな」
南空の頭を優しく撫でてやる。
「えへへ、嬉しいよぅ」
泣きながら笑う南空の顔は、見たことがないくらい綺麗だった。
顔が赤くなってきてるのが自分でも解る。
それを気付かれないために、南空の頭を乱暴に撫でながら口を開いた。
「さ、結果もわかったしさっさと帰るぞ。おばさんに早く教えてやらなきゃな」
「あ、そうだね。それに、ずっとここに居るとこれから結果を見に来る人の邪魔になるしね」
俺の言葉に頷いた南空を伴って、人ごみから抜け出す。
そして心持ちいつもよりも速いペースで、南空の家に向かう道を歩き出した。
「あー、ホントにほっとしたよ……」
「だから言ったろ、大丈夫だって」
「だって不安だったんだもん」
他愛の無い話をしながら、一年前まで自分も通っていた通学路を二人で歩く。
「あったかいねぇ……今日見たいな日を小春日和って言うんだよね?」
「んー、間違っちゃいないんだろうけど、暦の上ではもう春だしなぁ」
「あ、そっか」
「ま、暖かくて良い陽気ってのは確かだな」
春めいてきた穏やかな陽気が、心地よかった。
「あーあ、やっぱり敬君と一緒に通いたかったなぁ」
「ま、歳ばっかりはどうしようもないしな」
「敬君、留年してくれないかな? そしたら大学に一緒に通えるよ」
「フザケンナ」
そうしてしばらく歩いていると、自然と会話が途切れた。
かといって、気まずくなることもなく、心地よい日差しを受けながら歩き続ける。
いつもよりも少しだけ速かった歩みは、いつの間にか、いつもよりも少しだけゆっくりになっていた。
「……ね、敬君」
「ん、何だ?」
南空の声に答え、振り返る。
いつの間にか足を止めていた南空は、真剣な表情で俺を見ていた。
俺も足を止めて、体ごと南空の方を向く。
「どうした?」
「……あの、ね」
南空にしては珍しく、歯切れが悪い。
不審に思いながらも、再度尋ねる。
「何かあったのか?」
「け、敬君はっ! 敬君は、今……好きな人は、いますか?」
「……何?」
予想外の言葉に、思考停止状態に陥る。
「あの……あのねっ! 私……ずっと前から、敬君のこと……」
「み、そら……?」
真っ赤な顔をした南空が、必死で言葉を紡いでいる。
「敬君のこと、好きだったの!! だから……だから……」
参った。
全く気付かなかった。
南空がずっと前から、と言っている以上、昨日今日からではないわけで。
それなり以上に一緒に過ごした時間は長かったのに、南空の想いになんて、欠片も気が付かなかった。
「だから、ね。敬君がもし、もしよければ……」
そして、南空の告白を聞いて、初めて自覚した。
どうやら俺も、南空のことが好きだったらしい。
それも、それなりに昔から。
道理で彼女が出来ても熱くなったり出来ず、長続きもしないわけだ。
「私と……」
「ストップ」
肝心のことを言われてしまう前に、南空の言葉を遮る。
俺と南空の間の距離は、俺の脚で五歩ほど。
不安そうな顔で俺を見る南空の元へ、ゆっくりと歩み寄る。
「敬……君?」
南空のすぐ傍に立って、優しく頭を撫でてやる。
「アリガトな。南空の気持ち、すっごく嬉しいや」
「あ……」
ゆっくりゆっくり、頭を撫でながら言葉を紡いでいく。
「それにな。俺も、南空のこと好きだったらしい」
「……え? 嘘」
「俺も全然自覚なかったんだけどな。南空の告白聞いて、始めて思い至った位だし」
呆けた表情で言葉を無くしている南空。
我慢できなくなって、そっと抱き寄せて耳元で囁く。
「だから、さ。もし南空がよければ、俺の恋人になってくれないか?」
少しだけ腕の力を緩め、至近距離から南空の顔を覗き込む。
「……私で、いいの?」
「南空じゃなきゃ嫌だな」
「本当に?」
「本当に」
「夢じゃ、ないよね?」
「夢じゃないよ。その証拠に……」
迷子の子犬みたいな表情の南空が可愛くて、我慢できずにそっと口付ける。
「……え? え、今、嘘っ!?」
「わ、こら、暴れるな」
「敬君、今、私にっ!?」
混乱した南空が腕の中でもがく。
俺の言葉も聞こえてないようなので、落ち着かせるために実力行使に出ることにした。
「暴れるなって言ってるだろ?」
「んっ……ぅむ、ん……ちゅ……」
今度はただ軽く触れただけだったさっきよりも長く、深く。
頬を撫でる春風を感じながら、南空をしっかりと抱きしめる。
ひとしきり南空の唇の感触を楽しんでから、ゆっくりと離れる。
潤んだ瞳で俺を見つめる南空の顔を見るているとまたキスをしたくなってきたが、必死で抑えて問いかける。
「さて、南空くん、頭は冷えたかな?」
「……敬、君」
「で、さっきの質問を繰り返すが。俺の恋人になってくれるかな?」
「……うんっ!」
「そうか、それはよかっ……んむっ!?」
とりあえずきちんと返事をもらえてほっと一息ついた瞬間、南空に唇を奪われてしまった。
先程よりもさらに長く、口付けは続く。
そしてどちらからともなく唇を離し、見詰め合う。
「……私、敬君の恋人になれたんだよね?」
「ああ、今日からお前が俺の彼女だよ」
「あはは……あははははは。敬君……大好きっ!!」
「俺も大好きだよ」
もう一度だけ、軽くキスして南空から離れる。
「さ、そろそろ帰るぞ。おばさんが首を長くして待ってるだろうしな」
「そ、そうだね」
二人で顔を見合わせて笑い、また歩き出す。
「ね、敬君」
「なんだ?」
「手、繋いでもいいかな?」
「聞くな。良いに決まってるだろ」
「あは」
おずおずと伸ばされた南空の手をとる。
南空の手は、小さくて柔らかかった。
南空の高校入学の日。
桜の花びらが舞う中、俺は校門に寄りかかって南空を待っていた。
少し来るのが早すぎたのか、どうやらまだ入学式は終わっていないらしい。
手持ち無沙汰になった俺は、とりあえず桜でも見て暇を潰すことにした。
穏やかな陽気と、柔らかな風。
そして辺りを包む桜の薫りが心地よかった。
どれくらいそうしていただろうか。
やがてざわめきが聞こえ始め、一人、二人と生徒の姿が見え始めた。
「ん、入学式は終わったか。さて、南空は……」
桜に向けていた意識を、校門から出てくる人波へと移す。
が、南空は同年代の人間に比べて小さいので探すのも一苦労だ。
「あ、敬君っ!」
俺が見つけないうちに、どうやら南空の方が俺を見つけたらしい。
声の聞こえた方へ振り向く。
そして目に映った光景は。
「来てくれてたんだっ!」
大喜びでこちらへ駆け寄ってくる南空の姿だった。
「うわっ!?」
「えへへー、敬君だー」
勢いそのままに、南空が飛びついてくる。
俺はよろめきながらも何とか受け止めた。
「こ、こら南空ッ! いきなり飛びついてくる奴があるかッ!」
「あ、あぅ……ゴメンナサイ」
とりあえず南空を叱る。
南空は上目遣いにこちらを見上げながら、ちょこんと舌を出して謝ってきた。
むぅ、可愛……じゃなくて。
「そんな顔をしても誤魔化されないからな?」
「うぅ、敬君がいぢわるだよ……」
「そんなことはない」
などといつものやり取りをしていると。
「あ、あのー……」
「ん?」
「あっ!」
恐る恐るといった感じで声をかけられた。
振り向くと、申し訳なさそうな顔をした女の子が立っていた。
「南空、私のこと忘れてたでしょ……」
「え、えへへ……ごめんしてね、明理(あかり)ちゃん」
ジト目で南空を睨む女の子。
南空は引きつった笑いを浮かべながら手を合わせて女の子に謝っていた。
「で、南空。この人は南空の彼氏なのカナ?」
「え、えっと、あの……ねぇ?」
返答に窮した南空が俺を見ながらあいまいな笑みを浮かべる。
やれやれ、だ。
「えっと、初めまして、だな。一応コイツの彼氏をしてる、星観 敬司だ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ、はいはい。はー、成る程。貴方が噂の“敬君”ですか……」
「ああ、どんな噂か激しく気になるな……」
「あ、あはは。どうかお気になさらずー。あ、私は秋篠 明理っていいます」
「ん、明理ちゃんだな。ま、これから宜しく」
「はいー」
「……私、無視されてる?」
なにやら南空が拗ねているようだが気にしない。
「それで、さっきまでは南空と一緒に帰るつもりだったんですけど……お邪魔ですよね、やっぱり」
「あ、明理ちゃん、変な気を使わなくていいよっ!」
明理ちゃんの言葉に南空が過剰反応。
こういう南空はわりと新鮮だったりする。
そしてどうやら明理ちゃんも同じようなことを感じているらしい。
目を見合わせ、お互いに笑みを浮かべる。
「ふむ、明理ちゃん。君とは良い友人になれそうだな」
「はい、星観さん。私も今そう思ってました」
「ああ、俺のことは敬司でいいよ」
「了解です、敬司さん」
「……やっぱり私無視されてる?」
南空がぼやいているのを尻目に、堅く握手を交わす。
うむ、これはかなりいい出会いのような気がする。
「ふむ、二人ともおなかは空いているかな?」
手を離した後、ふと思いついて話を振った。
かく言う俺も、朝飯を食べていないので結構腹が減っている。
「えっと、そうですね。もうお昼過ぎですし、それなりには」
「うん、私もおなか空いたよ」
「うし、それじゃあ入学祝も兼ねて、昼飯を奢ろう」
財布の中身を思い出しながら言う。
年下の女の子の手前、いい格好をしたいということもある。
もともと南空と食べに行くつもりだったし、それなりに余裕もあることだし。
「え、そんな、ご迷惑じゃ……」
「気にしなくていいよ。そう滅多にあることじゃないんだし、甘えといてくれよ」
「そだよ明理ちゃん。敬君が奢ってくれることなんて中々ないんだから、チャンスは逃しちゃ駄目なんだよ」
「……なんだか俺がケチな男みたいな言われ方だな」
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
南空を睨みつつ、溜め息を一つつく。
これは後でお仕置きモノだな……さて、どうしてくれよう。
顔に出たのか、南空と明理ちゃんが少々怯えている。
む、イカンイカン。
脱線していた思考を元に戻す。
「ま、いいさ。とりあえず、何か食べたいものとかあるかな?」
「あ、いいえ。あの、特にはっ」
「私はパスタがいいなっ」
「パスタか……サイジェリカでいいか」
「ぇー、せめてゼニーパスタにしようよー」
南空のリクエストに安さのみが取り得のファミレスの名前を挙げると、即駄目出しを喰らった。
いや、野郎連中と行くわけじゃないんだから流石に冗談だったんだが。
南空は本気で文句を言ってきた所を見ると、やはり俺の事をケチだと思っているようだ。
なんか納得がいかんな。
しょっちゅう俺に集る癖に。
「冗談だ。コンタットでいいな?」
「え、いいの?」
「ま、お祝いだしな。明理ちゃんはコンタットは知ってるかな?」
「いえ、知らないです」
「そか。かなり美味しい店だから期待しといていいよ。それに、隠れた名店って奴だから静かで良い」
とりあえず明理ちゃんにコンタットのことをざっと説明してやる。
コンタットは喫茶がメインだが、パスタやサンドイッチをメインとした軽食メニューも充実した店だ。
少々奥まった路地にあるせいか、知る人ぞ知る、といった感じでゆっくり出来る。
少々値段は高めだが、料理の質・量とも申し分無く、特にコーヒーと紅茶が絶品なのだ。
マスターが一人で切り盛りしている小さな店で、取材の類も一切断っているらしい。
紅茶が大好きで、自分で葉っぱを探し歩いている南空が見つけた店だ。
俺も南空に連れられて一度行って以来大変気に入って、ちょくちょくお世話になっている。
「へぇー、そんなお店があったなんて全然知りませんでしたよー」
「じゃ、何時までもここで話しててもしょうがないから行こうか」
「そだね」
「はい」
そして三人で連れ立って歩き出す。
明理ちゃんとはすぐに打ち解けて、二人で南空をからかって楽しんだ。
いつも美味いコンタットでの食事は、普段の三割り増しくらいに美味く感じた。
中書き
短編のつもりがなんか長くなってきたので、そこそこキリのよい場所でぶった切り。
なので現段階では書くことは特になかったり。
あ、拍手とかされてるととっても喜びます。感想とか掲示板に書き込まれるとさらに喜びます。
……何もお返しとかは出来ませんがっ。
続きは近いうちに更新されるよう頑張ります。
最後に、読んでくださった方、有難う御座いました。
二〇〇五年十月某日 禍津夜 葬月
中書き・改
ちょっと思うところがあって、中編の前半部分とくっつけました。それに伴い、サブタイトルを若干変更。それだけです。
二〇〇六年十月某日 禍津夜 葬月