「ただいま、っと」


 小さく呟き、玄関をくぐる。

 明かりはもう消えていた。

 天野は寝ているのだろう。

 なるべく音を立てないように、部屋に上がる。


「天野ー? 起きてるかー?」


 小声で話しかけてみるが、応えは無い。


「ふむ、やっぱり寝てるみたいだな」


 買ってきた物をコタツの上に置き、ラフな格好に着替えてコタツに潜り込んだ。

 座布団を丸めて枕代わりにする。

 天井を見つめながら、明日の行動予定を考える。

 夜はバイトがあるから、やはり昼のうちにあの人に相談に行くべきだろう。

 思い浮かぶのは、一人暮らしを始めてからお世話になりっぱなしの喫茶店のマスター。

 これぞ大人の男、と言った感じの人だ。

 それに確か、最近あの店でバイト募集をしてた筈だ。

 つい先日、見かけたバイト募集のチラシを思い出す。

 まだ、決まってなければいいんだが。

 後は一応北川にも話しておいた方がいいだろうな。

 あれであいつも結構頭が回る方だ、いざという時には頼りになるだろう。

 北の街で出会った、親友。

 同じ大学に行ってる以上、隠していたっていつかはばれるだろう。

 何よりあいつは“いいヤツ”だからきっと力になってくれる。

 とりあえずはこんなところだろう。

 いい加減辛くなってきた。

 明日も忙しくなりそうだしとっとと寝てしまうことにする。


「お休み、天野」


 呟き、目を閉じる。

 バイトの疲れとその後のドタバタとがあいまって、俺はいつもよりもずっと早く眠りへと落ちた。












晴れた空に、願いよ届けと

      第二話 雨上がり、おねーさん襲来 ―――或いは、天野 美汐の受難












 トントントントン……。

 コトコトコトコト……。


「……んぁ。何の音だ?」


 普段聞き慣れない音で、俺は目を覚ました。


「あ、相沢さん。お早う御座います」


 声の聞こえてきた方を向く。

 そこには朝食の準備をしているらしい、天野の姿があった。

 ちゃんとエプロンも着けている。

 ……ただ、昨夜と変わらず上しか着ていないが。

 まぁ、出来るだけそちらを見ないようにしよう。

 そんなことを考えつつも、とりあえず天野に挨拶を返した。


「お、おはよう」

「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いや、それはいいんだが」


 あー、何か台所がよく似合うなぁ……って、そうではなくて。


「あの、もうすぐご飯の支度ができますので、待ってて下さいね」

「あ、あぁ……スマンな、飯の用意なんてさせて」

「いいえ、これ位はさせてください。突然押しかけて、泊めていただいたんですから」


 天野が柔らかい笑みを浮かべる。

 その笑みを見た瞬間。

 どくん、と。

 俺の心臓が強く鼓動を刻んだ。


「相沢さん、どうかなさったんですか?」

「い、いや、なんでもない」


 流石に天野に見とれてた、だなんて言葉が言えるはずもなく。

 顔を背けながらそう言うのがやっとだった。


「……っ! あ、相沢さん、あの、あまりこちらを見ないで下さいね……?」

「お、おう」


 どうやら顔を背けた理由を誤解されたらしい。

 トレーナーの裾を引っ張りながら、顔を赤くした天野がそう言った。

 いや、あながち間違いでもないのだが。

 まぁ、せっかく食事の用意をしてくれていることだし、大人しく待つことにしよう。


「そういえば、相沢さんってちゃんと自炊なさってらっしゃるんですね」

「ん? あぁ、ま、そっちの方が安く上るしな」

「正直、意外でした。調味料などもきちんと揃えていらっしゃいますし」

「ま、どうせ食うなら美味いもの食いたいしな。それに幸いなことに、料理を教えてくれる人もいたし」

「……料理を教えてくださる方、ですか?」


 なにやら天野の声の質が変わった気がする。


「……やはり、女性なのでしょうか」


 小さな声で、ポツリと天野が漏らした。


「いや、男の人だけど?」

「き、聞こえてたんですかっ!?」


 どうやら独り言だったらしく、俺が返事をしたことに驚いているらしい。


「あー、その、すまん」

「いえ、聞こえてしまった物は仕方ないですし……」


 なんともいえない微妙な雰囲気になってしまった。

 沈黙の中、天野が朝食の支度をしている音だけが響いている。

 むぅ、何か話題はないものか。

 
「……お待たせしました」


 そんなことを考えている内に、朝食が出来上がったらしい。


「あ、手伝うよ」

「お願いします。えと、お茶碗と、吸い物椀を出していただけますか?」

「あいよ」


 返事をして、食器棚から吸い物椀を二つ取り出し、天野に手渡す。


「茶碗と箸は向こうに持って行っておくな?」

「あ、はい」


 言い置いて自分が普段使っている茶碗を取り出す。

 天野の分はどうするか、と少し迷ってから、来客用においてある茶碗の中から少し小ぶりの物を選んだ。

 箸立てからも自分の箸と天野用の箸を取り、コタツへ運ぶ。


「お待たせしました」


 ちょうど箸と茶碗をコタツの上に置いたところで、天野がお盆に味噌汁と焼き魚を乗せて運んできた。

 魚は鯵の干物だ。

 天野は手際よくお盆の上の物を並べると、ご飯をよそうべく茶碗を手に取った。


「ふふ」

「どうした、天野?」

「いえ、やっぱり男の人が使うお茶碗は大きいな、と思いまして」

「ああ。ま、結構食うからなぁ。それよりも、天野の茶碗、それで良かったか?」

「あ、はい。ありがとう御座います」


 そんなやり取りをしつつ、朝食の支度が全て整った。


「んじゃ、頂きます」

「頂きます」


 二人そろって手を合わせ、食べ始める。


「おお」

「あの、どうでしょうか……?」

「美味いぞ。ふーむ、天野って料理上手かったんだなぁ」


 不安気に聞いてきた天野に対して、きっぱりとそう答える。


「ありがとう御座います」

「ん、礼を言うのはこっちの方だよ。こんな美味い飯食わせてもらってるんだから」


 他愛の無いことを話しながら箸を進める。

 三十分程で残さず綺麗に食べ終えた。

 うむ、非常に美味であった。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした。はい、相沢さん。お茶をどうぞ」

「お、サンキュ」


 ズズ、と受け取ったお茶をすする。


「む」

「どうかしましたか?」

「いや、俺が普段使ってる茶の葉と同じはずなのに、いつもよりも美味い」

「そうなんですか?」

「ああ。ふむ、天野は料理だけじゃなくてお茶を入れるのも上手いんだな」

「ふふ、褒めて頂いても何も出ませんよ?」

「そうか、それは残念だ」


 二人で笑いながら、お茶を飲む。

 しかし本当に旨い、この味は秋子さんレベルではなかろうか。

 茶葉の質のことを考えると、お茶を淹れる腕は天野のほうが上かもしれないな。

 そんな事を考えながら飲んでいると、お茶はあっという間になくなってしまった。


「相沢さん、御代わりはいかがですか?」

「ああ、頼む」


 一息ついたところで、これからの予定について話すことにした。


「さて、今日は天野を連れて行きたい場所があるんだが」


 そう言いつつ干してある天野の服に視線を向ける、が。


「流石にまだ服は乾いてないよなぁ」

「そうですね」


 そこが問題だった。


「俺の服じゃサイズが違いすぎるのは昨夜はっきりしてるし」


 困った。

 アテがまったく無いわけでもないのだが、出来れば頼りたくは無い相手だ。


「ドライヤーを使えば、少しは早く乾かせるかな?」

「出来ないことは無いと思いますけれど……」

「……服の生地も傷みそうだな」

「そう、ですね」


 どうしたものか、と思いあぐねていると。


『ぴんぽーん』


 チャイムが鳴った。


「ん、誰だこんな朝っぱらから……」


 とりあえずチャイムに答えるべく立ち上がろうとしたところで。


『ぴんぽーん。ぴんぽんぴんぽんぴんぽん! ドンドンドン!』


 連打されるチャイムと、やかましいノックの音。

 なにやら非常に嫌な予感がした。

 こんな朝早くから、近所迷惑も考えずにチャイムの連打と思いっきりドアを叩く人物の顔が思い浮かぶ。

 頼りたくないなどと考えていた人物が、来たっぽい。


『こらー、さっさとあけなさいー。さっきからいい匂いがしてたから起きてるのはわかってんのよーっ』


 ……うわー、予感的中。

 声を聞いて確信する。


「あの……相沢さん?」

「あー、とりあえず出てくるよ」

「はぁ」

「まぁ、これで服のほうは何とかなるかな……」

「え?」


 げんなりとしながら立ち上がる。

 鳴り止まぬチャイムとドアを叩く音がやっぱり近所迷惑だよなぁ、とか思いながら。


「はいはい、今出ますよ……」


 ぼやきながらドアを開ける。

 ドアの向こうにいた人物は、残念ながら思ったとおりの女性だった。


「遅いよ、ゆうちゃん」

「何度も言ってますがゆうちゃんって呼ばないで下さい。あと、近所迷惑なんでドア叩いたりチャイム連打するのもやめてください」

「あーたがさっさと出てくればいいのよ」

「はぁ、言うだけ無駄なんだよな……」

「何か言った?」


 にこりと。

 凄く綺麗な顔で笑っている。

 ソレがこの上も無く恐ろしかった。

 世の男性を残さず魅了しそうな柔らかな笑顔なのに、目だけが笑っていない。

 ある意味非常に器用な笑い方だ。


「イイエナニモイッテオリマセン」

「宜しい」


 ダメだ、やっぱりこの女には敵わん。

 恐怖に硬直し、片言になりながら返事をしつつ、そう再認識させられた。


「……それで、こんな朝っぱらから何か用ですか?」

「ん、ゆうちゃんの美味しい朝ごはんに御呼ばれしようと」

「ゆうちゃんって呼ばないで下さい。朝飯ならもう終わりました」


 しれっと言ってくれた言葉をぴしゃりと叩き切る。

 非常に図々しいことを言っているはずなのに、そんな雰囲気を微塵も感じさせない。

 まるでそれが当たり前であるかのような振る舞い。

 きっと『傍若無人』という言葉はこういう人のためにあるんだろう。


「むぅ、そのようねぇ……で、キミは何時まで麗しいお姉さんを立ちっ放しにさせとくのカナ?」


 再びさっきと同じ笑み。

 やっぱり怖ぇ。

 あと、麗しいって自分で言いますか。

 いや、美人であることに関しては同意しますが。


「……散らかってますが、どうぞ」

「はい、お邪魔しますぅ」


 どうぞ、と言う前から上がり始めてたような気がするんですが。

 ……いつものことか。

 朝早くから非常に疲れた気分になる。

 その上、自称“麗しのお姉さん”は容赦がなかった。


「あー、ゆうちゃんが女の子連れ込んでるっ!?」

「誤解を招くような事叫ばんで下さいっ! 後ゆうちゃんって呼ぶなっ!」


 大声で叫んでくださりやがりました。

 ああ神様、私は何か悪いことをしましたか?

 思わず天を仰いでしまった。


「あの、相沢さん。こちらの方は……?」「で、この子は何処の子なのカナー?」


 戸惑いつつ尋ねる天野と、楽しくて仕方ないといった感じで聞いてくる女性。

 とりあえずお互いを紹介することにした。

 そうしないと話も進まないことだし。


「えっと、この子は天野美汐。俺の高校の後輩です。で、天野、こっちが」

「遊風(ゆか)、だよ。ゆうちゃんのこいびとー」


 背中に抱きつきつつ、人の言葉を遮って勝手なことのたまいやがりました。

 ……む、胸の感触げふんげふん。

 惑わされるな、俺!

 流されればきっととんでもないことになるぞッ!


「ぇ……恋、人……」


 呟きに反応して顔を上げると、なにやら愕然とした表情の天野。

 あーあー駄目だよ、こういう輩の言うこと真に受けちゃ……。

 適度にあしらっていかないと、きっと胃に穴が開くから。

 まぁ、ちょっと生真面目が過ぎる嫌いのある天野には難しいのかもしれないが。


「そういう冗談はやめて下さい、そこの本名不詳の人。後背中から降りてください」

「ぶーぶー、ゆうちゃんのいけずー」

「はいはい、いけずでも何でも結構ですよ。大体あなたにはちゃんと恋人がいるでしょうが。それにゆうちゃんって呼ぶな」


 ため息を付ながら遊風さんを背中から引き剥がす。

 ジト目で睨んでやったら、ちょこんと舌を出してウインクを一つ下さいました。

 くそ、こういうことされるとやっぱり憎めないじゃないか。


「恋人では、ないんですか?」


 恐る恐るといった感じで天野が尋ねてくる。

 なんと言うか、捨てられた子犬のような目をしている。

 ああもう、可愛いなぁチクショウッ!

 ……はっ、いかん、トリップしている場合じゃない。


「違う違う。俺の恋人になろうなんて酔狂な奴は居ないって」

「……これだから自分の魅力を理解してない朴念仁は。美汐ちゃんも大変ねぇ」

「ん、何か言いました?」

「いーえ、なーんにもー」


 遊風さんが何か言ったような気がしたが、はぐらかされてしまった。

 とりあえずまだ微妙な表情をしている天野に、遊風さんのことをちゃんと紹介しよう。


「んじゃ天野、改めて紹介するよ。この人は遊風さん。ウチの隣に住んでる。因みに遊風ってのは源氏名で、本名は不明」

「ん、謎が一杯の美女、遊風さんよ。美汐ちゃん、宜しくねぇー」


 自分で美女といいますか。

 まぁ、遊風さんらしいと言えば遊風さんらしいが。

 因みに源氏名ということから判るように、遊風さんは所謂ホステスさんだ。

 お店ではナンバーワンらしい。

 確かに美人だし、気さくだし、それも頷ける。

 いや、俺は遊風さんの仕事場に行ったことなんてないよ? ……一人では。

 しかし謎が一杯って、なんという自己紹介か。


「あ、はい……宜しくお願いします」


 ほら見ろ、天野が呆気に取られてるじゃないか。

 天野はどう反応したらいいのかわからないのだろう、きょときょとと視線を彷徨わせている。

 最終的には、俺に向けて縋る様な視線を送ってきた。

 済まない天野、俺も何て言ったらいいか解らないよ。


「ほらほらぁ、そんなに硬くならないの。誰も取って食べたりしないんだし、さ」

「あ、え? えと」


 硬直気味の天野に向けて、遊風さんが色気たっぷりのウィンクを飛ばす。

 ……女性相手じゃあまり効果ない気がするけどなぁ。

 天野は相変わらず混乱しっぱなしだし。


「で、ゆうちゃん。なんで美汐ちゃんがキミの部屋にいるのかなー?」


 物凄く唐突にこっちに話が飛んできた。

 相変わらずこの人と会話するのは疲れる……。

 話題が飛ぶのは、遊風さんの頭の回転が非常に速いからだろう。

 普段の言動からは非常に想像しづらいが。

 一方で、置いてけぼりを食らった天野が目を丸くしている。

 ふむ、ああいう天野も新鮮でいいな……って、俺は何を考えてるんだ。


「ゆうちゃん呼ぶな」

「いい加減疲れない?」


 笑いながら遊風さんが言う。

 やっぱり何度言っても無駄らしい。

 後、ホントにその笑顔は怖いです、勘弁してください。


「……で、天野がここにいる理由ですが、プライベートなことなので黙秘させてもらいます」

「むぅー、そういう風に言われたら聞けないじゃない……」

「だから言えんと言っとるでしょうが」

「良いモン、直接美汐ちゃんから聞くから。ね、美汐ちゃん。おねーさんに教えてー?」

「あ、あの。えっと、その。何ていうか……」


 本当に子供みたいな人だ。

 そして天野はまだ再起動できてないらしい。

 このままだと何時までも不毛な会話を続けることになりそうなので、さっき思いついたことを頼むことにする。


「それはそうと遊風さん、お願いがあるんですが」

「んー、そのお願いって美汐ちゃんがこんなステキな格好してることに関係あるのかなー?」


 ……こういう時だけ無駄に鋭い。

 いや、普段は鈍い振りをしてるだけと言うのは解っているつもりなんだが。

 それでも毎度、驚かされてしまう。

 俺が単純だってのもあるのだろうけど。


「まぁ、そうですね」

「所で美汐ちゃんのあの格好はゆうちゃんの趣味?」

「違います。あと話の腰を折らないで下さい」

「ぶーぶー」


 ホントに頭痛くなってきたなぁ。

 解ってて遊んでるんだからいっそう性質が悪いし。


「それで、これから天野と出かけたいんですが」

「美汐ちゃんの着る服がなくて困ってる?」


 先回りして答えられた。

 つーか、判ってるんだから無駄に引っ掻き回さないで……無理か、遊風さんだし。

 本日何度目になるのか解らない溜め息をつきつつ、諦めの境地に至る。

 何にせよ、解ってくれてるのなら話は早い。

 ……早かったはずなんだよなぁ。


「ま、そういうことです。で、天野に適当な服を貸してやって欲しいんですが」

「おっけーおっけー、可愛い女の子に可愛い服を着せる。これほど燃えることはないわよ」

「さいですか」


 何なんだろうなぁ、この人は。

 それよりも、ちょっと早まっちまったかもしれんなぁ。

 恐らく着せ替え人形よろしく扱われるであろう天野に対して、一抹の同情を覚える。


「じゃ、美汐ちゃん借りていくわね?」

「は? いや、その格好で外に出すわけには」


 さらっと無茶なことを言ってくださる。

 この人の脳内ってどうなってるんだろうか。

 本気で一度見てみた……いや、やっぱり知らない方が幸せそうだ。


「ダイジョブダイジョブ、隣の部屋までなんだし」


 聞く耳持たず、ってか。

 こうなった遊風さんを動かす方法を、生憎俺は知らない。

 つまりはお手上げ、と言うことさ。


「じゃ、ちょっと待っててね? かわいーく仕上げてくるから、さ」

「え? あの、えっと、わ、私の意志は!?」

「スマン、天野。諦めてくれ」

「そ、そんなっ!?」

「ほらほら、いっくわよー」

「あ、ちょっと待って下さい!? あ、相沢さーん!?」


 不甲斐ない俺を許してくれ、天野。

 連れ去られていく天野を見つめながら、俺は心の中で呟いた。

 俺の頭の中で流れている曲は勿論『ドナ○ナ』だ。


『んー、こんなのはどうかな?』

『や、こ、こんな恥ずかしい格好で外を歩けないです!』

『そう? かわいいのになぁ』

『そ、そんな酷な事は無いでしょうっ』

 
 隣の部屋から声が聞こえてくる。

 頑張れ、天野。

 俺には応援することくらいしか出来ないんだ。

 あと遊風さん、出来ればちょっとは加減してやってください。


『や、ちょっと待って下さい!? そんな服はっ』

『だーいじょーぶよ、絶対似合うからー』

『いえ、そういう問題では無くてですねっ!?』

『うふふふふー』


 が、頑張れっ、天野!

 そして、遊風さんの楽しそうな声と天野の悲鳴を聞きながら待つこと30分。

 ずいぶん待たされた気がするなぁ。


「おまたせー」


 非常に生き生きした遊風さんが入ってきた。

 なぜかさっきまでより肌の張りなんかもいい気がする。

 ……きっと気のせいだろう、うん、そうに違いない。

 やりきれない思いを抱えつつ、玄関に目を向ける。

 が、一向に天野が入ってくる様子がない。


「あれ? 遊風さん、天野は」

「んー? あぁ、ほら、美汐ちゃん。恥ずかしがってないで早くおいでってば」


 どうやら天野は恥ずかしがっているらしい。

 まさかとんでもない格好させてるんじゃないだろうな。

 相手が遊風さんであるだけに、そんな不安を否定しきれない。

 仕方ないので直接本人に聞いてみることにした。


「いったいどんな格好をさせたんですか、遊風さん」

「やーだ、そんな目で見ないでよぅ。普通の格好よ? いたってふつー。ほら、美汐ちゃんおいでよー」

 
 そう言って遊風さんが天野を呼ぶ。

 が、相変わらず反応はなし。

 待てども天野は入ってこない。


「もー、しょーがないなー」


 どうやら遊風さんが痺れを切らせてしまったらしい。

 玄関へと大またで歩み寄り、ドアの向こうにいた天野を引きずり出した。


「お、お待たせしました」

「おお、天、野……?」


 恐る恐るといった様子で入ってきた天野。

 一方の俺は、天野の姿を見て言葉をなくしてしまっていた。

 天野が着てきたのは、黒を基調としたノースリーブのワンピースだった。
 
 所々控えめに純白のレースが施され、アクセントを加えている。

 ほっそりとした両手を包むのは、レースのリボンのついた白の長手袋。

 膝丈より少し短いスカートから伸びる足は、黒のニーソックスで彩られていた。

 首には黒いレースのチョーカーに銀のロザリオが揺れている。

 そして髪の毛は左耳の上辺りで纏められて、大きな白いレースリボンで飾られていた。

 この格好は普通とは言わない気がするんですが……。

 ただ、前から思ってはいたが、遊風さんのセンスはやはり一級品のようだ。

 恐ろしく似合っている。

 そして、天野の容姿も……。


「あ、あの、やっぱり、変、ですか?」

「い、いや、とんでもないっ。むしろ」

「似合いすぎてて見とれてた、かなぁ?」

「うぐぅ」


 遊風さんにずばりと言い当てられて思わず呻いてしまった。

 言い当てた遊風さんはといえば、非常に楽しそうだ。

 天野も真っ赤になっている。

 遊風さんはチェシャ猫のような笑みを浮かべて俺たちを見ながら、得意げに言った。


「ふっふーん、どうだ。参ったかー」


 ちょっと、いやかなり悔しい。

 このままだと、ますます遊風さんに頭が上がらなくなってしまう。

 何とかやり返せないものか……そうだっ。


「しかし遊風さん」

「んー、何だねゆうちゃん?」

「いえ、よくこんな可愛い感じの服を持っていらっしゃいましたね?」


 思いっきり皮肉を込めていってやる。

 なんと言っても遊風さんに可愛らしい少女チックな格好なんて、イメージ違うしな。

 ……実際に着てると多分似合うんだろうが。


「どーいう意味かなぁ?」

「言葉通りです」


 遊風さんからプレッシャーを感じながらも、高校時代の友人の口癖で返す。

 しかし何と言うプレッシャー。

 彼女の背後から“ゴゴゴゴゴゴ……”なんて感じの効果音が聞こえてきそうだ。

 が、本人も思うところがあるのか、そのプレッシャーも急速にしぼんだ。


「むぅ」

「ま、なんにせよ助かりました。ありがとう御座います」

「んーん、いいってことよ。私とゆうちゃんの仲じゃない」

「そうですね、日頃被ってる迷惑を考えれば軽い物でしたね」

「……ゆうちゃんのいぢわる」


 何やら遊風さんが拗ねているがスルーして、天野に話しかける。

 いちいちこの人に構っていたら、時間が幾らあっても足りはしない。

 わかってても巻き込まれる辺り、この人のマイペースっぷりも堂に入ったものだが。


「さて、それじゃあ時間もいい感じだしそろそろ行くか」

「え、行くって何処へですか?」


 唐突な俺の言葉に対し、天野が当然の質問を返してきた。

 ふむ、いちいち説明するのもちょっと面倒だな。

 いや、大した内容でもないのだが、どうせ行けば解ることだし。


「んー、着いてからのお楽しみ、だな」

「はぁ」

「変なところじゃないから安心しとけ」


 要領を得ないようだが、まぁいいだろう。

 なんとかなるなる。


「で、遊風さんはこれからどうするんですか?」


 未だ拗ねたフリを続けている遊風さんに尋ねる。

 俯いて頬を膨らませ、上目遣いにこちらを睨むその姿はかなり幼く見えた。

 何て言うか、自分の魅力の引き出し方をよく知ってる人だよなぁ。

 そんな事を考えていると、拗ねたフリにも飽きたのか遊風さんがいつもの表情に戻って答えてくれた。


「んー、ゆうちゃんが居ないんなら面白くないし、お仕事の時間まで寝るよー」

「さいですか」

「さいですよぉー」


 のんびりとしたお答えだ。

 それに眠たいのだろう、言葉遣いも気だるげなものに変わってきている。


「んじゃ、こっちも出かけますんでとっとと部屋に帰ってください」

「うわ、酷っ」


 などと言いつつもちゃんと立ち上がる遊風さん。

 こういったところでこの人は判断を誤らない。

 きちんと踏み込んでも大丈夫なラインを見極める人だ。

 そして明るい笑顔をこちらに向けて口を開いた。


「ま、いいや。んじゃお休みなさーい」


 遊風さんはひらひらと手を振りながら玄関から出て行く。

 どうやらかなり眠かったらしく、若干ふらふらしている。


「ん、お休みなさいです」


 こっちもひらひらと手を振って、言葉にせず感謝しながら遊風さんを見送る。

 言えば調子に乗るからな、この人は。


「あ、あのっ」


 と、天野が遊風さんを呼び止めた。

 呼ばれた遊風さんは、ゆるい動作で振り向いた。


「ん、なんでしょか、美汐ちゃん?」

「あの……有難う御座いました」

「気にしなーい気にしない。私も楽しませてもらったしね」


 にしし、と子供っぽい笑みを浮かべながら遊風さんが言う。

 艶然とした笑顔は勿論だが、こういう笑顔もこの人にはよく似合う。


「んじゃ、ほんとにばいばいー」

「ん、お疲れ様でした。良い夢を」

「アリガトー」


 そう言って遊風さんは隣の部屋に帰っていった。

 正直、ほっとしている俺がいる。

 世話になっておきながら失礼だとは思うが、彼女の性格を考えれば誰も責めはしないだろう。


「さーて、それじゃこっちも出ようと思うけど、いいかな」

「あ、はい」

「んじゃ行こうか」


 こっちも出かけるために立ち上がる。

 軽く戸締りやらガスの元栓やらをチェックして玄関へ。


「さて、行きますよっと」

「それで、何処に行くんですか?」

「んー、さっきも言った通り着いてからのお楽しみだ」


 靴を履きながら言う。

 天野の靴はまだ乾いていなかったが、遊風さんが服に合わせたものを貸してくれたらしい。

 幸い靴のサイズは天野と遊風さん、ほとんど同じだったらしい。

 違ったらやばかったな、靴のことまで頭回らなかったし。


「うし、行くべ行くべ」


 外に出て玄関の鍵をかける。

 空を見上げてみると、昨夜の雨の気配はもうほとんど残っていなかった。


「んー、いい天気になりそうだな」

「そうですね」

「じゃ、出発だ」

「はいっ」


 何やら天野のテンションも高めのようだ。

 ま、昨夜みたいに沈んだ顔をしているよりもずっといい。

 そんなことを考えながら、とりあえず最初の目的地へと歩き始めた。





後書き


 ども、美汐さんのことが大好きな葬月です。皆様お元気ですか?

 私は風邪がなかなか完治してくれなくて困ってます。ぐっすん。

 さて、今回のお話なんですがー。

 当初の予定とは全く違う物になってしまいました、てへり(ぉ

 予定ではもっと先まで行くつもりだったのですが、思いつきで生まれた遊風さんがやたらと動き回ってくださりまして。

 てか、美汐さんよりセリフ多くない……? むぅ、反省。

 とりあえず遊風さんは私好みなキャラになってくださいました。

 遊風さんの名前考えてくれたS龍さん、ありがとー。

 そんなこんなで次も頑張って書きたいと思います。お付き合いいただければ幸い。

 最後に、読んでくださった皆様、並びに文章構成を手伝ってくださった方々へ、深く感謝を。

 それではまた、お会いいたしましょう



                           二〇〇五年 二月某日 禍津夜 葬月