「お疲れ様っしたー! お先に失礼しまーすっ!!」

「おう、お疲れ! ご苦労さん、明日も頼むぞー!」

「うぃー、むーっしゅ」


 着替えと挨拶を済ませ、バイト先である居酒屋の裏口をくぐる。

 暖房の効いた店内から外に出ると、身を切るような寒さに襲われた。

 吐息が真っ白に染まる。

 ふと、頬に触れた冷たい感触に空を見上げると、雨粒が落ち始めていた。

 幸い降り始めたばかりのようで、たいした降り方ではない。

 店の客が忘れていった傘を借りるという手もあるが、そこまでする必要も無いだろう。

 酷くなったらなったで、コンビニで買えばいいことだ。

 とは言え、のんびりとしていて濡れるのは嫌なので駆け足で帰る事にする。

 知り合いにチューンを頼んだバイクさえ戻ってきていれば、家まで5分と掛からないというのに。

 そんなことを考えながら通い慣れた道を駆け抜ける。

 このままのペースなら家まで後5分という所で、雨脚が強くなってきた。


「ち、こんな半端なところでっ!」


 毒づくが、それで雨が弱くなるということも無い。

 こんなに寒いのだから、雪になってくれれば濡れずに済むんだが。

 そんな考えを嘲笑うかのように、雨はどんどん激しくなっていく。

 此処からだったらコンビニよりも家のほうが近い。

 そう判断して、全力で走る。

 濡れ鼠になりながら走ること約3分、どうにかアパートが見えてきた。


「うし、ラストスパー……ト?」


 一気に駆け込むつもりで速度を上げようとしたところで、気付いた。

 街灯の下、傘もささずアパートの塀にもたれかかる様にして立っている人影がある。


「こんな雨の中、何をやって……って、あれはっ!?」


 雨で視界の悪い中、近づいたことではっきりと見えるようになった人影に、俺は見覚えがあった。

 俯き、ずぶ濡れの体を抱えるようにして震えている女の子。

 肩の辺りでそろえられた、少し赤みがかった髪が濡れて、白く華奢な首筋に絡み付いている。

 
「おい、天野っ!! こんなところで何やってんだっ!!!」


 その女の子は、2年前にあの北の街で出会った天野美汐だった。

 声をかけても全く反応しない。


「おい天野っ! 聞こえてるかっ!?」


 返事の無い天野の肩を掴んで、少し強めに揺すりながら更に声をかける。


「あ、相沢、さん……」

「びしょ濡れじゃないか! まさか、この雨の中突っ立ってたのかっ?!」

「私、は……私は……」


 呆、とした眼差しを俺に向けたまま、天野の口から生気の無い声が漏れる。


「ちっ、話は後だ。このままじゃ風邪を引いちまう。とりあえず俺の部屋に行くぞ!」

「ぁ……」


 あの街に居た頃の、凛とした天野からは想像がつかない程に弱々しい仕草。

 それに居た堪れなくなった俺は、とりあえず天野の腕を掴んで、自分の部屋へと連れて行った。












晴れた空に、願いよ届けと

      第一話 雨の中、再会と戸惑い ―――それは、陳腐な物語の始まり












「とりあえずシャワーを浴びて来いよ。少しは暖まるだろ」


 部屋に連れて来たものの、相変わらず俯いて口を噤んでいる天野に、タオルを被せつつ言う。

 自分も適当に体を拭い、ざっと水気を取った後タオルを床に敷いて足拭きマット代わりにする。


「ほら、風呂場はそこだ」

「……」


 そう言って風呂場の方を示すが、全く反応がない。

 タオルで濡れた体を拭くでもなく、ただカタカタと震えている。


「……あー、もうっ!」


 痺れを切らした俺は、動こうとしない天野に近づいて、タオルで乱暴に天野の頭を拭う。


「早くしないと風邪引くだろうが」
 

 雫が垂れない程度に適当に拭って、天野の腕を引き脱衣所に押し込む。

 ……脱衣所のある風呂場でよかった、とどうでもいいようなことが頭を過ぎった。


「脱いだ服はそこの籠に放り込んどけ。バスタオルなんかはそこの棚だ。着替えは今から適当に用意する」


 未だにだんまり状態の天野だったが、気にせず畳み掛けるように言う。


「浴室は鍵もかかるし、覗くつもりもないから安心しろ」


 おどける様に言って、天野から離れる。


「とりあえず暖まれ。話は、それからだ」

「……は、い」


 脱衣所の扉の所で立ち止まりそう言うと、ようやく天野から返事が返ってきた。


「よし」


 天野の返事に一先ず満足し、脱衣所を出て扉を閉める。

 暖房のスイッチを入れて、設定温度を高めに上げる。

 コーヒーを淹れようと思い、フラスコに水を入れ、アルコールランプに火をつける。

 ロートにフィルタをセットしようとしたところで、脱衣所から微かに衣擦れの音が聞こえてきた。


「む……」


 思わず、小さく唸ってしまった。

 音だけが聞こえる、というのはなんとも想像力をかきたてられてしまう。

 これは……精神衛生上あまり宜しくないな。

 苦笑して、首を振る。

 やがて、服を脱ぎ終えたのか衣擦れの音は止み、パタン、というドアの音が聞こえてきた。

 それに少し遅れて、シャワーの水音が響き始める。

 その音につい聞き入ってしまいそうな自分を叱咤しながら、キッチンを離れて衣装ボックスに近づく。

 服を脱いで、バスタオルを引っ張り出すと、乱暴に体を拭う。

 次いで部屋着を取り出し、手早く着替える。

 濡れた服は、バスタオルで包んでおく。


「ふ、む……」


 衣装ケースの中をざっと見渡し、天野の着替えとなりそうなものを見繕う。


「とは言え……トレーナーにジャージ位しかないんだよなぁ」


 他に適当なものも思いつかないので、新品のTシャツと、適当なトレーナーにジャージを選ぶ。


「あ……」


 そこでふと思い当たる。

 下着をどうするべきか、と。

 買いに行くにしても、コンビニまでは往復で20分はかかる。

 と、なると買いに行くのはまず無理だ。

 今の天野を一人にしては置けない、というより一人にさせたくない。


「仕方ない、我慢してもらうか……」


 あまり長く時間をとってシャワーを終えた美汐と鉢合わせになるのは避けねばならない。

 とりあえず引っ張り出した着替えと、透明でないビニール袋を用意して脱衣所に行く。

 脱衣所の扉を開けると、水音が大きくなった。

 狭い浴室の中の天野のシルエットが、擦りガラスに映っている。

 ……結構クる物があるな、これは。

 音だけだから妄想してしまうんだ、と思っていたのだが。

 擦りガラス越しとは言え、体のラインが見えるのはかなり危険だった。

 伝えることを伝えて、さっさと出よう。

 そう心に決め、ドアの向こうの天野に声をかける。


「天野、取りあえずの着替え、置いておくぞ。それからビニール袋も置いとくから、濡れた下着はそれに入れとけ」


 ビクリ、といった感じに美汐の動きが一瞬止まる。

 ほんの少しの間があって、天野から返事が来た。


「ぁ……。あの、ありがとうございます……」

「ん、気にするな。それより、しっかり暖まってから出ろよ」


 そう言い置いて、脱衣所を後にする。

 ドアを閉め、流し台まで早足で歩く。

 蛇口を捻り、冷水で顔を洗う。


「くはぁー……。ヤバかった、な」


 濡れた顔をタオルで拭いつつ、大きく息を吐き出した。

 心臓が早鐘を打っている。

 顔が火照っているのを自覚する。


「いかんいかん、色即是空空即是色……!」


 頭を振って、脳裏に焼きついた肌色のシルエットを必死に振り払う。


「平常心、平常心だぞ、俺……!」


 天野は雨に打たれながら立ち尽くしていた。

 きっと大変なことがあったに違いないんだ。

 それなのに、そんな後輩に欲情してどうするんだ、サカリのついたガキじゃあるまいし。

 天野は俺を頼ってきてくれた。

 その気持ちを裏切るわけにはいかない。


「あ、あの……相沢さん?」


 決意を新たにした所で、天野から声が掛かった。 


「ん、上がったのか。ちゃんと暖まったんだろうな?」

「は、はい……」

「どうしたんだ。何時までも脱衣所にいたら、風邪引くぞ?」

「えと、解っては、いるんですけど……」


 どうも天野の返事が要領を得ない。

 暖房も無い脱衣所にいたら、すぐに湯冷めしてしまうだろうに。


「あ、あの……あまり、こちらを見ないで下さい。お願いします」

「は? 何を言って……」


 言いかけた所で、天野が出てきた。

 俺が用意した着替えを着て、髪に残る水気をバスタオルで丁寧に拭っている。

 俺の服は流石に大きかったようで、袖はだぶだぶだし、裾もふとももの半ばまで隠して……。

 ふともも?


「あ、天野? お前、下は……?」

「あの、サイズが大きくて、ずり落ちてしまうので……」

 
 どうやら俺のジャージだとウエストが余りすぎるので、履けなかったらしい。

 下着も当然無いわけだから、超ミニスカート状態のトレーナーの下は……。

 いや、考えるなっ!

 考えちゃ駄目だ、俺っ……!

 そう思いつつも、天野の白くてほっそりとしたふとももから目が離せない。


「あの、相沢さんっ。そんなに、見ないで下さい……」


 涙目になった天野の声で、漸く我に返った。

 天野は髪を拭いていたバスタオルで足を隠して、しゃがみ込んでしまっている。

 その様を見た俺は、慌てて天野から目を逸らした。


「ス、スマンっ! と、とりあえずコタツに入っててくれ。今コーヒー淹れて来るから!」

「あ、あの、おかまいなくっ」


 天野から視線を剥がした勢いそのままに立ち上がり、キッチンへ駆け込む。

 お湯が完全に沸騰しているのを確認してから、一旦フラスコを火から下ろす。

 行きつけの店のオリジナルブレンドをいれたロートをセットし、しばし待つ。

 抽出の頃合を見計らって火から下ろし、フラスコにコーヒーが戻るのを待つ。

 いつも通りの手順をこなす内に、気分も落ち着いてきた。

 カップに注ぐ前に、ちょっとだけ味見をしてみる。


「うしっ、上出来」


 なかなかに良い感じだ。

 あらかじめ暖めておいたカップに、コーヒーを注ぐ。

 お盆にお茶請けのクッキーと、砂糖・ミルクを一緒に乗せて部屋に戻る。


「さて、おまっとさん」

「あ、ありがとう御座います……」


 天野の対面に座り、コタツの真ん中にクッキーを載せた皿を置く。

 天野にコーヒーを渡し、尋ねた。


「天野、砂糖とミルクは?」

「あ、頂きます……」

「ん、寒さで体力減ってるだろうから、少し多めに入れるといい」

「はい」


 そう答え、天野は角砂糖を2つと、少し多めのミルクを入れてコーヒーをかき混ぜる。


「……おいしい」


 ゆっくりとコーヒーを口に含んだ天野の言葉に、俺は内心でガッツポーズをとった。


「そりゃ良かった。行きつけの喫茶店のマスター直伝なんだ」

「本当に、美味しいです……」

「ん、クッキーも食ってくれ。そいつもそこのマスターが焼いてるんだ」


 コーヒーとクッキーを口にしながら僅かに微笑む天野を眺めつつ、俺もコーヒーを啜る。

 外から聞こえてくる僅かな雨音をBGMに、しばし、穏やかな時間が流れる。


「お代わりはいるか?」


 天野のカップが空いたのを見計らって、尋ねる。


「あ、はい。頂きます」

「うし、了解。ちょっと待ってろ」


 言い置いてキッチンへ。

 別のフラスコをアルコールランプにかけておいたので、お湯はもう沸いている。

 直ぐにお代わりを用意して、部屋に戻った。


「うぃ、どうぞ」

「ありがとう御座います」


 再び天野の対面に座り、コーヒーを一口啜る。

 一息ついて、本題を切り出すことにした。


「それで、だ。何があったのか、聞いても良いか?」

「……ぁ」


 天野の表情が強張った。

 言い難い事であるのは想像に難くない。

 ずぶ濡れになって立ち尽くしていた位だ、余程の事だろう。

 俺に出来る事なんて大したことは無いだろうが、それでも俺の所へ訪ねて来た後輩の力になってやりたかった。


「無理に、とは言わない。けど、話すだけでも楽になるってことも、あると思ってる」

「……」


 それだけ言って、天野の返事を待つ。

 先ほどまでとは質の違う、硬質な雰囲気を持った沈黙。

 変わることなく聞こえてくる雨音も、どこと無く重く感じてしまう。


「……相沢さんは」


 やがて、コーヒーも冷め切ってしまった頃、天野が静かに口を開いた。


「相沢さんは、私の家のことを、どれ位知っていますか?」

「天野の……?」

「はい。天野という家について、です」


 今ひとつ質問の意図が掴めない。


「それは一体……」

「特にはご存じないようですね」

「あ、あぁ……。天野の家に行った事も無いし、そういう話もした事なかったしな……」 

「それも、そうですね」
 

 冷めてしまったコーヒーを口に含み、天野が静かに息をつく。


「私の、天野の家というのは、所謂旧家と呼ばれるような家柄です」


 そうして、再びゆっくりと話し始めた。


「旧家と言っても、大した財産が残っている訳でもなく、没落した、名前だけの代物ですが。

 それでも、かつての名誉、という物のためか、私も幼い頃から厳しく躾けられてきました」

「ふむ、天野の落ち着いた振る舞いはその辺からだったのか……」


 やたらと大人びた振る舞いが、厳しい躾けの賜物と聞いて納得してしまった。


「天野がここに来た理由は、実家のほうが旧家ってのと、関係があるんだな?」

「はい。……昨夜、両親から写真を渡されたんです」

「写真?」

「所謂お見合い写真、という物です。高校を卒業したら、直ぐに結婚しろ、と」

「なっ」

「正に青天の霹靂、とでも言った感じでした。大学に行きたいと言っても、取り合ってもらえず、

 大学など行かずとも結婚すれば直ぐに幸せになれる、の一点張りで」


 全く想像の外側にあった天野の話に、一瞬思考が麻痺する。

 家が旧家で、見合いをして、高校を出たら直ぐに結婚?

 まるで、ベタなドラマか漫画じゃないか。


「それ、は……。それは、天野の望んでいることじゃ、無いんだよな?」

「はい。私は、私自身は、大学に進みたいと思っています。もっと、色々な事を学びたいと、思っています」

「うん」


 天野の言葉に、相槌を打つ。


「それに、今回の話はあまりにも急です。勿論、急な話で無ければいいという訳ではありませんけれど」

「確かに、な。進路もほぼ決まった12月に、突然切り出す話じゃない。これじゃまるで」

「まるで、断る暇を与えないように、ぎりぎりまで隠していたように思えます」

「……だな。まぁ、言い出す時期が多少早すぎる気がしないでもないが」


 天野の言葉に同意する。


「そうでもありません」

「どういうことだ?」

「高校を卒業したら直ぐに結婚、ということですから」

「?」


 意味が解らず首を傾げていると、天野が言葉を足した。


「お見合いをして、そのまま結婚、というわけには行かないのですよ」

「そうか」

「結婚自体は確定だとしても、お見合いからはそれなりに期間を置くものですし、結納などもありますしね」


 それを聞いて納得した。


「とにかく、天野は結婚なんてしたくない、だから家を飛び出してきた、と」

「はい。あの街にいては直ぐに見つかると思って……」

「俺のところに来たわけか」

「……はい。ご迷惑おかけして、申し訳ありません」


 天野が頭を下げる。


「あー、気にすんな。俺としても、可愛い後輩に頼ってもらえて嬉しいしな」

「ぁ」

「だから、気にするな」

「ありがとう、御座います……」


 天野が涙ぐみながら、微笑んでいる。

 あー、こういう表情は、やばいなぁ……。


「相沢さん?」


 黙りこんでしまった俺を訝しく思ったか、天野が声をかけてきた。


「ん、なんでもない」

「そう、ですか?」

「ああ。それよりも、だ。これからどうするつもりだ?」


 これまでの話は解った。

 だが、重要なのはこれからどうするか、だ。


「これから……ですか」

「そうだ」

「どうしたら、良いのでしょうか……」


 どうしたらいいか、か……。

 まぁ、確かに考えがあるのなら俺の所になんて来ないよな。


「ふぅ、ま、直に良い考えが浮かぶなんて都合の良いことは無いよな」

「そう、ですね……」


 二人そろってため息を吐く。

 どうしたものかと思案してると、ふいに重大なことに思い至った。


「あー、そうだ。天野、お前手持ちの金はどれ位あるんだ?」

「お金、ですか?」


 唐突な質問に、天野がきょとんとした顔で聞き返してきた。


「ああ。これからどうするにしろ、すぐに実家に帰る気はないんだろ?」

「……はい」


 俺の言葉に対して、若干顔を曇らせながらもはっきりと頷く天野。


「学校のこともあるから、そう長いことこの状況を続けるわけにはいかないがな。

 こっちにいる間の、最低限度の生活用品やら、着替えやらは必要だろう?」

「あ……そうです、ね……」


 どうやら全く考えていなかったようだ。


「そういうわけで、天野。今、手持ちの金はどれ位ある?」

「その……お恥ずかしい限りですけど、後一万円ほどしか……」


 頬を染め、俯きながら天野が答える。

 むぅ、可愛い……じゃなくて。


「あー、まぁ、ホントにそのまま飛び出してきました、って格好だったしな。そんなもんだろ」

「……すみません」

「いや、謝る所じゃないだろ」


 少々ずれた天野の反応に、思わず苦笑を漏らしてしまう。


「とは言え、貸してやろうにも流石に俺も金はそんなに無いしな……」

「あ、お気になさらないで下さい! ただでさえご迷惑をおかけしているというのに、この上お金までだなんて」

「天野こそ気にすんなよ。さっきも言ったが、こっちとしては可愛い後輩に頼ってもらえて嬉しいんだからさ」

「すみません……」

「だから気にするなって」


 謝る天野に対して、再び苦笑する。

 そして、恐縮しきっている天野をぼんやりと視界に収めながら、考えをまとめる。

 むぅ、金もそうだけど、まずは住む所だよなぁ。

 流石にこの部屋で一緒に、ってのは俺の理性がもたないし。

 天野と一つ屋根の下で。

 いかん、やっぱり耐えきる自信が無い。

 さて、それじゃあどうしたものか。

 幸い金ならバイト代貯めてた分がそれなりに……。


「ふむ、バイトか……」

「アルバイトがどうかなさったんですか?」


 とあることに思い至り、つい声が漏れた。


「ん、ああ、いや。何でもない」

「? そう、ですか」


 うん、何とかなるかも知れないな。

 思いついたことは、明日にでも確かめることにする。

 内心でそんなことを決めて、ふと時計を見ると、もう良い時間になっていた。


「とりあえず、今日はもう遅い。ベッドは使って良いから、寝ちまえ。考えるのは明日に回そう」


 天野も疲れていることだろうし、そう言ったのだが。


「そ、そんな。ここは相沢さんのお宅なんですから、相沢さんがベッドを使ってください!」


 なんて言うか、予想通りの反応が返ってきた。


「あー、生憎この部屋には予備の寝具なんて気の利いたモンは無くてな。俺はコタツで寝るから、天野はベッドを使え」

「駄目です! それでしたら、私が炬燵で」

「ストップ。お客様を、それも年下の女の子を、コタツなんかで寝かすわけにはいかんよ」


 ゆっくりと天野に言い含める。


「それに、俺はコタツで寝るのにもそれなりに慣れてるからな」

「でも……」

「いいからベッド使えって。言い合ってても仕方ないだろ? とりあえず先輩に甘えてくれや」

「……はい」

「それでいい」


 漸く頷いた天野に笑いかける。


「さて、と。天野、俺はこれから小一時間ほど家を空けるから。その間に服の洗濯やら済ませて、風呂場に干しとけ」

「あ、はい。……あの、どちらに行かれるんですか?」

「コンビニ。歯ブラシやら買ってくるよ。何かいるもの、あるか?」

「あ……」


 尋ねると、天野が言いにくそうに俯く。

 心持ち、頬が赤くなってるような気がする。

 なんとなく、思い当たった。


「あー、一応、女物の下着、も、買ってくる……」

「あの、すみません……」

「……気にするな」


 少々気まずくなってしまったが、まぁ仕方ないだろう。


「それじゃ、行って来る。先に寝てても構わないからな。

 あぁ、洗面台の横の棚に使い捨ての歯ブラシがあるから、今日の所はそれ使っといてくれ」

「あ、はい。ご迷惑おかけします」

「何度も言ってるけど、気にするなよ」


 そう言って、玄関から外に出た。

 いつの間にか雨は上がり、空には真ん丸な月が浮かんでいる。


「ん、明日は良い天気になりそうだな……」


 空を見ながら、そう呟く。


「ま、何とかなるだろうさ。せっかく俺を頼ってくれてるんだ、できる限りの事はしてやらないとな」

 
 柔らかな月の光を浴びながら、至極楽観的なことを、わざと口に出して言う。

 そうだ、何とかして見せるさ。

 自分を頼ってくれた女の子一人、助けられないなんてみっともないじゃないか。

 必ず天野の助けになってやろう。

 そう決心して、少々遠くのコンビニへと向かって歩き出した。

 雨の上がった夜の街を歩きながら、これから先のことを考える。

 見通しなんて立派なものはさっぱり立たなかったが、綺麗な月を見ていると、不思議と上手く行く気がした。











 追記。

 やはり女物の下着を買うのにはかなりの勇気が必要だった。

 普段まったく行かないコンビニにしておいて正解だった。















後書き(もしくは言い訳)


 多分殆どの方は始めまして、素人SS書きの葬月と申します。

 読んで下さった方、どうもありがとう御座います。

 楽しんで頂けたならば幸い、そうでなかったならお目汚し申し訳ありませんでした。

 この作品、最初は短編のつもりで書いていたのですが、気がついたら何故か続き物に。

 本当はこのまま無理やり終わらせるつもりだったのですが、諸事情により続きを書くことになりました。

 まぁ、私としてもこのまま終わるのは不完全燃焼も良い所なので、いつか続きを書こうとは思ってたのですが。

 とりあえず次が何時になるかわかりませんが、できる限り早いうちに書きたいとは思っています。

 その時は読んで頂ければ、そして楽しんでいただければなぁ、と、思っております。

 それから、文章校正を手伝ってくれたU氏、どうもありがとう。非常に助かりました。

 これからも頼むと思いますので、見捨てないでやって下さい。

 最後に、読んで下さった皆様方にもう一度お礼申し上げます。

 それでは、この辺で失礼させていただきたいと思います。

 また、お会いできることを祈りつつ……




                          二○○五年 二月某日 禍津夜 葬月






P.S.

 本文中、『ふともも』云々のあたりは全部某丘管理人のTさんが原因です。

 Tさんが、『風呂上りのみっしーは裸ワイじゃなきゃ嫌だ』とかいったせいです。

 そのせいで何度祐一君が暴走して、違うジャンルになりかけたことか……。