※このSSは栞END後、もし栞が死んでいたら、というものです。

作者は名雪ファンですが、名雪ファンは見ないほうがいいSSになってしまったかもしれません。

それでも見たければどうぞ。作者は責任を持ちません(ぉ

















































雪が、降っている。

ちらちらと舞い降りる粉雪が、世界を白く覆ってゆく。

雪を払いはしたが、冷たく湿っている駅前の木のベンチに座り、俺を呼び出した名雪の声に耳を傾ける。













 ―――8年前の再現。

     それはまさにそんな感じだった。













涙を流しながら俺に想いを告げる名雪。

しかし俺はそんな名雪に答えてやれるような言葉を持ってはいなかった。

俺はまだ、栞を忘れることができなかったから……。

































幸せな結末をあなたに


〜二度目の失恋〜


































『…だけど、君がそいつを想ってる以上に、俺は君を想ってる!

 だから…絶対! 絶対に幸せにするから!』

『そんな…そんなこと言われてもダメなのよ!

 たとえあなたが私を想ってくれていても、私のこの想いが消えるわけじゃないんだから!』







テレビに映るのは昔大人気だったドラマの再放送。

あの時の俺は、このドラマの最終回を見てハッピーエンドで終わってよかったと感動していた。





(お話の中でくらい、ハッピーエンドが見たいじゃないですか。

 幸せな結末を夢見て、物語が生まれたんだと、私は思っていますから)





あの栞の言葉に感化され、俺もドラマを見て幸せな結末を夢見るようになった。

まあ、栞が好きだったドラマを見ることで、栞を少しでも身近に感じたかったというのが本音だが。







『無理に忘れる必要なんてないんだ。俺はいつでも君の傍にいる。

 君が悲しいときには俺がなぐさめてやる。

 楽しいときには一緒に笑ってやる。

 白い雪に覆われる冬も…

 街中に桜の舞う春も…

 静かな夏も…

 目の覚めるような紅葉に囲まれた秋も…

 そして、また雪が降り始めても…俺はずっとここにいる。

 俺は……君のことが、本当に好きだから』







ドラマを演じる俳優のセリフに、俺は胸が張り裂けるような痛みを感じる。

もう、吹っ切れたと思っていたのに…どうやら俺は相当に女々しい奴だったらしい。

そしてヒロインの女性はその言葉に応え、ハッピーエンド。

まさしくこれは、幸せな結末だ。

だけど今の俺は、この結末がハッピーエンドだと認めることができなかった。

彼女を振った男にとって、これは悲しい結末だと思ってしまったから…。







両親を失い、たったひとりの肉親である妹の沙耶を世界の誰よりも大切に思う少年、高篠亮。

その少年を慕う幼馴染の少女、篠塚恵美。

妹は不治の病を患っていて、やがて妹は少年を残してこの世を去る。

悲しみに暮れる少年。その少年を支えようと努力する少女。

しかしそれは報われることはなく、少年は少女を拒絶する。

それでも少女は諦めず、少年に想いを打ち明けることを決意する。

だが、少女が告白と共に想いを込めて作ったクッキーを渡そうとするが、少年はクッキーごとその手を払いのけてしまう。

少女の想いは報われなかった。それでも少女は少年の傍を離れようとはしなかった…。


時は流れ…やがて少年は青年へ、少女は女性へと成長する。

しかし、ふたりの関係に変化はなかった。

どれだけ拒絶されても亮の傍を離れようとしない恵美。

しかしそこへ、恵美に想いを寄せる男、藤宮聡が現れる。

そしてその三角関係の結末はこのとおり。

恵美の二度目の告白は亮に拒絶され、そして聡の想いが恵美に通じてハッピーエンドだ。

このドラマは亮の冷酷さと恵美の一途さが目立ち、亮は最後まで悪役を貫き通した。

だが、俺は亮がそれほど酷い奴には思えなかった。

確かに恵美には冷たく当たっているが、恵美が本当に辛い時には気付かれないようにその手を差し伸べていたのだから。

それになにより、亮は俺によく似ている。

だからこそ、俺はこのドラマがハッピーエンドだとは認められなかった。




























5年前…高校を卒業した俺は、東京の大学に進学した。

名雪からの二度目の告白を断ってしまった俺は、名雪の傍にいることに罪悪感を感じるようになった。

だから、あの家から出て行くことができるなら、大学は別にどこでもよかった。

ただ、名雪の傍を離れることが出来さえすれば…。


大学生活は、酷くつまらないものだった。

生活費を稼ぐためにバイトに明け暮れ、日々を過ごす。

秋子さんは俺のことを心配して、夏季休業中や正月には戻ってくるように言ってくれていたが、

俺はバイトが忙しいことを理由にあの家に帰ろうとはしなかった。


そして大学を卒業後、俺はこの町に戻って仕事に就いた。

名雪のいる水瀬家には戻る気はなかったが、栞と過ごした思い出のあるこの町を忘れられなかった。

仕事に疲れ、家に帰るとすぐに寝る毎日。休日にもろくに外には出なかった。

栞を想い、ただひとり過ごす日々。

そして、世界が白に覆われていたあの日…積もり積もった雪を見て、俺は栞の最後を見届けたあの公園に行きたくなった。

白に覆われた公園。あの日からまったく変わらないこの公園に辿り着いたとき、そこには既に先客がいた。

公園にぽつりと立ち尽くす女性…水瀬名雪。あの日からずっと避け続けていた彼女。


「ゆう…いち…?」

「…ああ、久しぶりだな」

「…そう…だよね。本当に…久しぶりだよね」


名雪は顔を俯かせたままぽつりぽつりと呟く。

だから…俺はその言葉の意味にすぐには気付くことができなかった。



「祐一…わたし…結婚するんだよ」

「…ふうん…そっか」


ぽつりと囁かれた一言。

俺はその言葉の意味を認識することもできず、ただ軽く相槌を打つだけで終わってしまう。


「そっか…って…おめでとう、とは…言ってくれないんだね」

「いや、まあ…どうでもいいし…」


どうでもいいはずがない。

それでも俺はその言葉の意味を未だに理解することが出来ず、軽く流してしまう。


「…そっ…か…その…結婚式には、来てくれる…?」

「…悪い…けど、それは…無理だと思う…」

「そう…だよね…。ごめんね、祐一…」


名雪は俺に背を向ける。そのとき、名雪の頬に光るものが流れていることに気が付いてしまった。

俺はようやく、結婚、という言葉の意味を理解する…。


「お母さんがね、事故で…ひどい怪我で…もう助からないかもしれなかったんだよ。

 祐一に電話しても繋がらないし…わたしは本当にひとりぼっちになっちゃうんだって…怖かった。

 だけど…そのときお母さんの事故に居合わせて、救急車を呼んでくれた人が…ずっとわたしを励ましてくれてたの」

「秋子さんが…そんな……」


ショックだった。そんな肝心なときに俺はいなくて、名雪をひとりにして…。

どうして…俺は……。


「わたしね、もう何もかもが嫌になって、ずっと部屋に閉じこもっていたの。

だけど…ひょっとしたら、お母さんが助かったって連絡があったかもしれないって、留守電のメッセージを聞きに降りたの。

そしたら…彼の伝言があって…」


名雪はゆっくりとこちらに振り向き、顔を上げる。

やわらかい笑顔。そして何かを決心したような、はっきりとした言葉を奏でる。


「ちょっと前に流行った、ドラマのセリフそのもので、私の傍にずっといてくれるって。

 悲しいときには俺がなぐさめてやる。楽しいときには一緒に笑ってやるって。

 そう…言ってくれたの」

「…名雪……」

「わたしね、祐一のこと、好きだった。だからこそ、祐一におめでとうって言ってほしかったんだ。

 ここにいれば、きっと祐一に会えると思ったから。

 ここは、栞ちゃんの眠っている場所だから。

 だから…だから……」


再び名雪の頬に光るものが流れる。

しかし今度は名雪は涙を隠そうとはしなかった。

俺は胸に痛みを覚え、その涙から目を逸らす。




























ちらちらと、白い結晶が空から舞い降りる。

世界が白で覆われてゆく。

こんなとき、思い出すのは栞の笑顔。

しかし、俺が思い描いたのは栞ではなく、名雪のやわらかい笑顔だった。




























ああ、俺は…




























名雪のことが、好きだったんだ…




























恋を失う悲しみ。二度目の失恋。

名雪を振ったのは俺で、失恋したのも俺。

それはまるで、かつて見たドラマと同じで…




























(まるで、ドラマみたいだな)


 ぽつりと、心で呟いた。




























俺は名雪に背を向け、歩き出す。

俺の名を呼ぶ名雪に、おめでとう、と言い、俺は逃げるように公園を後にした。




























いつのまにかドラマは結末を迎え、エンディングが流れている。

幸せな結末。しかし俺はこの物語をハッピーエンドだと認めることができない。

想いを失ったのは自業自得。しかしそれでも、救いのない亮の結末には納得できない。

俺はテレビを消し、一枚のハガキを手にして窓際へと歩み寄る。

ハガキには見知らぬ男性と名雪の笑顔。

窓の外には、白く積もった雪景色。




























雪を見ると、思い出す。

失われてしまった恋人。失ってしまった想い。

そして心に強く思い描くのは、失われてしまった恋人ではなく、失ってしまった想い。

やわらかく微笑みかけてくる、彼女の笑顔。




























 『雪、つもってるよ』




























失われたものは、もう二度と戻らない…。