そして当日。


 天気は快晴。
 絶好の対抗試合日和だ。

 俺はいつもと同じように着替え、いつもと同じように家を出て、いつもと同じよ
 うに学校前の坂を登る。


 ・・・・・・でもこんな気持ちで坂を登るのは初めてかもしれない。


 俺は今日を境に何か変わることが出来るかもしれない・・・・・・


             そう、この澄み切った青空のように




            「羽根に託す想い後編」



「全員ルールは覚えてきてもらえたかな?」

 若干不安げな表情を浮かべている彼女は智代。
 武闘派の生徒会長だ。


「みんな覚えたわよ」

 杏が代表して言う。


「そうか。良かった」

 とてもほっとしているようだ。


「バドミントンの対抗試合は何時なんだ?」

 俺は気になっていたことを聞く。


「バドミントンは午後からだな。
 午前中は校庭はサッカー、体育館はバスケとバレー。
 午後は校庭はラグビーと野球、体育館は卓球とバドミントンの予定になっている」


「午前中は私達はどうすればいいんですか?」

「他の試合の観戦やら応援をしていてくれ」

「練習は?」

「場所が無いから無理だな。学校から離れることは出来ないので、
 諦めて応援してくれ」


「他に質問は?」

 智代は周りを見渡したが、特に質問が無いようだ。

「では私は生徒会の方の準備に行くから。今日はよろしく頼む。」

「おう。任せとけっ」
「任せといて」

 春原も杏もやる気満々みたいだな。
 もちろん俺もやる気満々だ。


「じゃあ午前中は観戦に行きましょうか」

「椋はなにか観たい試合はあるの?」

「私は別に。お姉ちゃんの観たい試合で良いよ」

「そう。じゃあバスケでも観に行きましょう」

 杏と椋は体育館に行くようだ。


「風子はここにいます」

「私もここにいます」


 風子と渚はこの場に残って雑談するようだ。


「じゃあ俺はサッカーを観てくるよ。春原は?」

「僕もサッカーだね」

 全員の目的地を聞いたところで杏が号令を出す。

「それじゃあ1時にここにもう1度集合ね」

 杏の号令をきっかけに各自おのおのの目的地に向かう。


 俺と春原はサッカーを観戦した。

 互角の戦いを繰り広げ、2ー1で我が校が勝利した。


「良い勝負だったな。」

 素直な感想を口にする。

「そうだね。でも相手がゴール前に来たパスを決めてれば同点だったね。」
「あれを外すとはラッキーだったな。ただ当てるだけでも良いはずなのに、
 キーパーの股の間を通してワク外に外すとはな・・・・・・」

「あとPKもあったからね。あれはうちのキーパーがファインセーブしたね」

「なんにせよ良い試合を観戦することが出来たな。俺らもこんな試合をしないとな。」
「そうだね」

 そう言って春原は立ち上がる。

「じゃあそろそろ戻るか。」

 俺も続いて立ち上がる。

 部室に戻ってみると、既に他は全員戻っていた。


「バスケはどうだった?」

「相手チームの勝ちよ。でもなかなか楽しかったわ。」

「お姉ちゃん、大声出して応援してました。」

 少し恥ずかしそうに椋が付け加える。



「さて次は俺らの出番だ。」

 一呼吸置いて俺は続ける。


「オーダーを考えてみた。まずトップシングルは風子。宜しく。」
「わかりました。ヒトデさんの為にも頑張ります」

「トップダブルスは杏と智代。」
「わかったわ。私の実力を見せてやるわよ。」

 杏は自信満々の表情で腕を回している

「智代はまだ来てないから俺から言っとく。」

「で、セカンドダブルスは俺と春原。」
「任せとけ!」

「足を引っ張るなよ。」
「足手まといにならないでね。」
「うざいです」

「皆さん僕には厳しいんですね・・・・・・」

 春原は悲しげに俯いていた。

「智代がいないから言うけど、たぶんこの時点で3−0で負けて終わると思うんだが
 一応シングルスも決めとくか?」

「朋也は弱気ね。1勝ぐらいは出来てるんじゃない?」
「それでも十分弱気だと思うが・・・・・・」

「まぁ決めておきましょう。」
「分かった。候補として、俺と春原と杏と智代なんだが・・・・・・」
「私は無理よ。そんなに体力持たないわよ。
 練習しててわかったけど、このスポーツはかなり体力使うわ」

「ってことは3人から選ぶか」

 ちょうどその時扉が開いて智代がやってきた。

「もうみんな集まっていたか。あと30分後に体育館で始まるからよろしく頼む。」

「おう分かった。・・・・・・今、オーダーを決めてたんだが智代はシングルスも出来るか?」
「ああ任せろ。経験者だからな!」
「OK じゃあセカンドシングルスは智代で頼む。」
「分かった」
「最後のシングルスは春原が頼むな」

 俺は春原を見ながら言う。

「任せといてくれよ」

 春原の笑顔が輝いて見えた・・・・・・寒気がした。


「なんで身震いしてるんですかねっ」



     ・・・・・・・・・・・・



 体育館に到着した7人。
 俺は軽く体育館を見渡すと相手の選手達が既にストレッチを行っていた。
 パッと見、ムキムキはおらずみんなひ弱っぽく見えた。

「あんまり強そうには見えないわね」

 同じ感想を持ったらしく杏が口に呟く。

「見た目で判断するなよ」

 智代が呆れながら言う。
 それもそのはず。
 春原が相手選手を見たとたん、態度が大きくなってたからな。

「ちなみに資料によると、相手の主将がシングルスで県ベスト16だ。
 地区大会では優勝のようだな」

「えっ・・・・・・」

 春原の態度が元に戻った(笑)


 暫くして交代でのネットを使ったアップが始まった。
 智代曰く、これで相手のレベルが分かるらしい。
 見ていて分かったことは

 1:1人だけずば抜けて巧い人がいる。
 2:他はそこそこ巧いが智代とあまり変わらないように見える。
 3:女子部員はいない(工業高校だからね)のでこちらが不利
 4:アップをしてる6人のうち1人だけ風子並の奴がいた。

 結論:巧くオーダーが当たれば勝てる


 と智代が言ってました。

 もちろん全員のテンションが1割り増しです。

 俺達もアップ終え、いよいよ試合が始まる。



 1試合目:伊吹VS佐藤



 多少気になってた風子の相手について聞いてみることにした。

「あの風子の相手は智代が言ってた一番弱い人だろ?」

「そうだ。もしかしたら勝てるかもな。」


 そして試合が始まった。

 考えが甘かった。
 相手選手は確かに弱そうだったが風子はさらに下手だった。
 腐ってもバド部員ってとこか。

 ラリーがほとんど無く一方的な試合展開になってしまっていた。

「風子がボコボコにやられてるよ・・・・・・」

「ここまで一方的な展開になるとは予想外だった。」

 とても智代は残念そうだ。

「風子以外だったら勝てたかも知れないだけに順番に悔いが残る」
 

 結局、なすすべなく風子はストレート負け。
 特に凹んだ様子も無く相手選手にヒトデを渡しに行ってました。
 これでこちらの1敗。
 次のダブルスを落とすと後が無くなる。

「私達に任せなさい!」

 2人ともかなり強気だ。
 俺も真剣に応援することにしよう。


 第2試合 藤林&坂上 VS 佐々木&水口

 
 試合が始まるまで時間があったのでルールブックを読んでみた。

 クリアー:コートの奥から相手コートの奥まで飛ばす技
 ドロップ:コートの奥から相手コートのネット前に落とす技
 スマッシュ:コートの中間〜奥から叩きつけるように早いショットを打つ技
 プッシュ:コートの手前から相手コートに早いショットを打つ技
 ドライブ:相手コートに向けてライナーのように早いショットを打つ技
 ロブ  :コートの手前から相手コートの奥に羽根を上げる技
 ヘヤピン:コートのネット前から相手コートのネット前へ小さく落とす技


 他にもいろいろあったが、
 そうこうしている内に試合が始まった。

 序盤から激しいラリーの攻防が続いている。
 相手のスマッシュは見たところ早くない。
 
 しかしこちらのスマッシュも簡単に相手選手に返されているので必然的にラリーが
 長くなってくる。

 だが、智代のスマッシュは別格だ。
 打ち込むコースが抜群で、ライン上に何本も決まっている。
 
 テクニックはやはり相手が上のようで、打つと見せかけてネット前に落としたり、
 ギリギリまで引き付けて打ってくるのでコースを読みにくい。逆を突かれることもある。

 なんとか1セット目は11−8で智代・杏ペアが勝利した。


 そして2セット目

 1発目のサーブ、杏の放ったサーブは若干浮いてしまい、ネット前に一気に詰めた相手選手に
 プッシュされて智代の横を抜けた。
 立ち上がりを狙われたようだ。

「ふふふ・・・・・・上等だわ」

 どうやら杏は気合を入れなおしたようだ。

 サーブ権は相手に移り、今度は杏がレシーブをする番だ。

 構えながら相手を睨みつけている。

 俺なら耐えられないな・・・・・・

 相手はプレッシャーに負けず、しっかりサーブをした。
 杏は手を出すことが出来ずしょうがなく高く上げる。
 攻撃に備えてすぐに構え、次の相手のショットを待った。

「はっ!」

 相手はスマッシュを智代めがけて放つ。
 智代は難なくもう一度高く上げる。相手は再びスマッシュを打ってきた。
 ストレートで飛んできたシャトルは智代の胸部へと鋭く飛び、
 バックハンドで打ち返したシャトルはふわりとネット前に上がる。

 それを待っていたかのように前衛がコートに叩きつける。

「うむ、やるな。これは面白くなりそうだな」

 智代が呟いた言葉通り、2セット目も一進一退の攻防が続く。

 ポイントは8−9。

 3セット目に入るとどうしても男女の差が出て来るので
 
 このセットで勝負を決めておきたいところだ。

 
 サーブは智代。
 智代のサーブは絶妙で、思わず相手選手は見送ってしまった。

「イン」

 審判の声が体育館に響く。

「よしっ!」

 智代は思わずガッツポーズを見せる。
 ・・・・・・カッコイイぜ。

 これで9−9

 次の智代のサーブは若干浮いたが、相手は無難に上げてきた。
 が杏は冷静にそのシャトルを見送る。

「アウト!」

 すげー、すげーよ。
 よくあそこで見送ることが出来たものだ。

 これでマッチポイント。
 次で決めることが出来るか。

 智代のサーブを相手はヘアピンで返す。
 そのシャトルはネットにふれてこちらのコートに落ちてくる・・・・・・
 流石にシャトルを返すことは出来ずシャトルは地面にふれる。

 これで次はセカンドサーバーの杏のサーブ。
 これを決めないと逆に苦しくなる。

 先ほどから杏のサーブは相手にプッシュを打たれていているのでやばい。

 
 杏は深呼吸をすると、ゆっくりとラケットを構える。



 瞬間!



 杏はロングサーブを放つ。
 このサーブを杏はずっと練習していた。
 しかしこの試合では1回も使っていなかった。
 そのサーブをこの土壇場で使ってくるとは・・・・・・

 相手はこの奇襲攻撃に引っかかったが必死にシャトルを追い、高く上げる。
 しかし、高さは十分だが距離が足りずコートの真ん中辺りまでしか飛んでいない。

 構えてタイミングをとる智代。

 そして智代は跳んだ。

 高く、高く跳んだ。

「はっ!」

 渾身のスマッシュ!!

 シャトルは吸い込まれるように相手選手の間に決まる。

 バシィィィ

「よしっ!!」


 智代の声が体育館に響く。
 そして審判のコール。

「ゲームセット」

 歓声が体育館に響き渡る。
 生徒会の面々がいつのまにか駆けつけていた。

 コートの中では杏と智代がハイタッチをしている。
 

 2人は最高に輝いていた。
 俺はそんな2人が最高に羨ましかった。

「よし、春原。俺達も続くぞ」
「あの2人にだけ良い格好させられないね」


 コートのモップ掛けが終わり審判にコールされる。



 岡崎&春原VS三浦&柳澤

 俺は緊張していた。

 先ほどまではまったく緊張などしていなかったのだが、
 急に心臓の鼓動が早まった。

「リラックスしていけ」

 どうやら智代にはバレバレのようだ。

 相手選手と握手を交わしセンターラインに行く。
 ジャンケンに勝ったのでこちらからのサーブだ。

「最初のサーブ、春原頼む」
「まかせとけっ」

 ファーストサーバーの位置、中央から区切られたコートの右側に春原が立った。

「ファーストゲーム、ラブオールプレイ」

 試合が始まる。

「うわっ」

 そっこーで打ち込まれた・・・・・・これは厳しい試合になりそうだな・・・・・・

 悪い予感は当たるもので、一方的な展開が続く。
 テンションも下がってきた。

 1セット目は攻略の糸口が掴めないまま4−11で落とす。

 2セット目も序盤から相手ペース。
 
 早い展開に翻弄され、スマッシュを返していても押し切られる。
 攻撃力も防御力も明らかに相手が上だった。

 どうすれば隙が作れるか……このまま終わるのは嫌過ぎる。

 まずは自分たちのリズムに持ち込むこと。
 そのためにまずタイムを取った。

 汗を拭きながら春原と相談する。

「相手は小さいサーブしか打ってこないからヤマを張って突っ込むぞ」
「わかった」

 シャトルに意識を集中する。
 自然と周りの音が聞こえなくなってきた。
 自分の呼吸音だけが聞こえる。

 ゆっくりと相手のラケットが動く。
 ラケットがシャトルに当たり、弾かれた瞬間に俺は前へと飛び出した。

 思い切り前に踏み込み、俺は相手コートにシャトルを叩き込んでいた。
 その速さに反応できず、相手はどちらも立ったまま。

 とりあえずニヤニヤしておく。

 相手の表情が歪む。
 よし作戦は成功だ(なんのだ!)

 春原もプッシュを決める。
 もちろんニヤニヤするのは忘れない。

 そこからリズムが変わった。
 相手がミスり出したのだ。


「あべしっ」

 
 残念なことに春原は顔面にシャトルをくらっていたが・・・・・・。

  ポイントは8−8

 こちらの連続ポイントで追いついた形だ。
 追いついたものの、再び相手サーブになってしまった。

 俺はもう一度得点を取るべく、ラインギリギリに構えて打つ気マンマンの姿勢をみせた。

 案の定、相手はロングサーブを打ってきた。
 作戦通りである。

 俺はロングサーブを待っていたので相手が打つと同時に下がり
 スマッシュを放った。

 鋭い角度でシャトルは相手コートに突き刺さる。

 相手は相当イライラしていたようで、次の春原へのサーブの時には構えると同時に
 ロングサーブを打ってきた。

 春原もとっさに返すだけで精一杯だ。
 浅く高く上がったシャトルは春原の顔面目掛けて飛んでくる。

「うわっ」

 春原は顔を守るようにラケットを出した。
 シャトルはラケットに当たったが弱弱しく自分たちのコートに落ちた。


「大丈夫か?」

 シャトルを拾いながら俺は尋ねる。

「ビックリしただけだよ」
「確かにあのスマッシュはビックリするな」
「顔面だからね。しかも避ければアウトだから悔しい」

 スマッシュの軌道から考えて、触らなければアウトだった。

「ドンマイドンマイ。切り替えて次のポイントを取ろう」
「そうだねっ」

 気合いの入った声で頷く春原。

 俺はシャトルを相手に返しながら思った。



 何故こんなにも真剣に試合をしているのだろう。

 最初はただの数合わせで・・・・・・

 智代に頼まれてなかったらバドミントンに出会ってはいなかっただろう。

 それが今は本気で勝ちたいと思っている。

 応援してくれる仲間がいる・・・・・・


 
 
 生まれ変わる条件は整った。

 今まではきっかけが無かった。

 今回、バドミントンという名のきっかけを得た

 今日から俺は生まれ変わることが出来ると思う。

 これからの長い人生で悔いを残さないためにも・・・・・・

 まずはこの試合で新しい俺を見せようじゃないか・・・・・・

 仲間に俺が変わった姿を見せようじゃないか!!


 
 ゆっくりと俺は構える。

 この試合に勝利するために。

 人生という名の試合に勝利するために。



「ストップ!」


 自然と声が出た。

 仲間の驚きの顔が見える。

「よし、ストップだ!」

 相棒から声がした。

 相棒も俺の気持ちを分かってくれたのだろうか・・・・・・


 相手がサーブを打つために構える。

 ひとまずはこの試合に集中することにしよう。



「パァン」

 シャトルの打つ音がした。



 そして俺は走り出した・・・・・・・・・・・・




       〜  完  〜







あとがき:無事完結しました。
     強引な完結に見えなくもないですが、
     あれ以上試合を引っ張るのは厳しかった。
     バドミントンを文章で表現する難しさを感じた。
     こんなしょうもないSSを最後まで読んでくれた人

     ありがとう!!