サクッ、サクッ…
 誰も踏み固めていない今しがた降ったばかりの、そして今降っている雪の感触を確かに感じながら歩を進める。
 静かだな…まだ7時前だっていうのに。
 まあ当然か。
 こんな夜に雪の中を好き好んで歩き回ったり車を乗り回したりするやつはいるまい。
 おまけにここは通学路だしな。
「寒っ」
 吹き付ける風が足の裾から中に入ってきた。
 くそっ、長靴でも履いてこりゃよかった。
 寒さを紛らわすために足早に学校への道を歩く。
 香里のやつはどういうつもりで俺を呼び出したんだろうか?
 栞と仲直り、そうでなくても何らかの歩み寄りをする気になったんだろうか?
 それとも…理不尽の限りを尽くして俺達との関係を、栞との関係を全て滅茶苦茶にしてしまうつもりなのだろうか?
 今の香里なら、そういう破滅的選択肢も十分に考えられる。
 学校が近づけば近づくほど不安が増すばかりだった。


 雪が引いて、視界が開けたと思ったら校庭だった。
「…真っ暗だな」
 日が落ちている上に、空のぶ厚い真っ黒な雪雲で月明かりも星明りすらも全くなし。
 おまけにこの寒さと天気のため部活動の連中や、教師の方も早々に引き上げたらしい。
 校庭は深夜かと思えるくらいに暗く…しんと静まり返っていた。
 校庭の僅かな外灯と校舎から漏れている非常灯の緑の光は、闇を照らすどころか闇をより一層際立てているような印象を受ける。
 はっきり言って不気味だ。
 あゆなら校庭に入っただけで子犬のように尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
 俺もこの校舎に入れとか言われたらさすがに尻込みしそうだ。
 と、尻込みしてる場合じゃないな。香里を探さないと…
 とはいうものの…このただっぴろい学校のどこを探せばいいんだ?
 どこで待ち合わせかくらいはっきりしてから呼び出せよ、くそっ。

 ザザーッ

「だぁっ!?」
 やけになって傍にあった外灯を蹴飛ばしたら振動で雪の塊が落っこちてきた。
 馬鹿なことはするもんじゃない。かなり間抜けで恥ずかしい。

「待ってたわ」

 ……見られてるし。
 頭や肩の雪を払っていると後ろから冷たい無機質な声が闇に響いた。
 背中越しにもはっきり分かる。
 こないだの敵意を更に鋭くした殺気を香里は放っていた。
 俺も負けじと覚悟を決めて歯を食いしばりながら、睨みつけるように振り返った。
「…呼び出すんなら場所ぐらい指定しろ」
「会えれば別にどうでもいいでしょう、そんなこと」
 制服姿で現れた香里の足跡は校門に続いている。
 どうやら今やってきたようだ。
 いや…違うな。
 香里の制服や髪の所々に雪が積もっている。
 校門の付近の茂みあたりで俺を待ち伏せしていたのだろう。
 校門を背にすることで俺がこの場から逃げないよう威圧するために。
 制服姿ということは、学校から人がいなくなるまでここで待っていたにちがいない。
 確かに、誰もいない夜の学校は二人きりで話をするにはおあつらえ向きの場所だな。
 用もないのに来る奴はまずいないだろうし、そもそも夜の学校に用のある奴などまずいまい。
 言い換えれば…
 ここで俺達が殺し合いに及ぼうが邪魔をする者はいないということだ。
 退路を断つ形で殺気を撒き散らしながら立つ香里の物々しい雰囲気に、俺はそんな最悪の状況すら想像してしまった。
「寒いわね」
「そうだな」
 完全装備の俺でさえ寒いのだから、脚の露出が多い我が校の女子制服に身を包んだ香里はもっと寒いはずだ。
 もっとも、今は暑かろうが寒かろうがどうでもいいが。
「だから余計な手間は取らせないでちょうだい」
 香里のそっけない口調からは一分一秒すらも俺と話していたくないと言わんばかりの雰囲気が感じられる。
 上等だ、こっちだってお前とは一分一秒だって長く話しなんかしていたくない。
「用は何だ?」
 一言でも間違ったら暴発しそうな空気。
 まるで開戦直前の絶望的な外交交渉のようである。
「栞を返しなさい」
「返せ? 人を誘拐犯みたいに言うのはやめろ。栞は自分の意思で水瀬家にいるんだ」
 『お前から離れるためにな』と付け加えようとして、慌てて口をつぐむ。
 馬鹿か俺は…挑発して香里を暴発させてどうするんだ。
 俺が早まった発言をすれば栞、ひいてはあゆがどんな顔をするかよく考えろ。
 自分の直情的な性格が恨めしい。
「栞の意志なんてどうでもいいわ。あなたは黙って栞をあたしのところに連れてこればいいのよ」
 なん…だと?
 パキッと握り締めた拳の関節が乾いた音を立てる。
 こいつは自分が何を言っているのかわかっているのか?
 『栞の意志なんてどうでもいい』だって?
 もはや先ほどの自制なんか頭から飛んでいた。
 いや、明らかに香里の言ってることは人として黙って聞いていられるようなものではない。
「お前…何様だ? 栞はお前のモノなのか?」
 信じられない。
 こんな腐った奴を栞は、俺達は信じていたのか?
「何を言ってるのかしら? あたしは栞の『お姉ちゃん』なのよ、当然じゃない」
 睨みつける俺を、つまらないものでも見るかのように香里は薄ら笑いを浮かべてそう言い捨てた。
 パキッパキッ…握り締めた拳に更に力が入る。
 自分が情けない。これが香里の本性だったのか?
 自分の思い通りになるかわいい妹じゃなきゃいらないってわけだ。
 そういうわけか…
 こいつが死に怯える栞を無視したわけ…
 自分の目の前から消える妹なんていらないって思ったわけだ。
 で、それは俺達も同じわけか。
 うっとおしそうに俺を見つめる目。
 自分に従順じゃない友達もいらないってわけか。
 いや、妹とか友達とかじゃない。
 こいつにとって俺達は愛玩動物のようなものだったのだ。
 北川も名雪も俺もこいつにとっちゃ体のいい愛玩動物だったわけだろう。
 天然の名雪なんかはたまらなかっただろうな。
「ああ、勘違いしないでよ。あたしは栞のためを思って言っているのよ」
「何?」
 ふつふつと込み上げてくる俺の怒りを察したのか、香里はそれを否定するように少し慌てた口調で言う。
 だが、次の香里の言葉は一瞬おさまりかけた俺の怒りの炎を更に燃え上がせることになった。
「栞にあの子は相応しくないのよ。大丈夫、あたしの所に戻ってくれば栞も間違いに気付くわ」
 あの子? あの子って誰のことだよ?
 誰が相応しくないだって?
「間違いってなんだよ? 誰が間違ってるって?」
 怒鳴りそうになる自分を抑えるのが精一杯だ。
 栞とあゆが一緒にいるのが間違いなんて誰が決めたんだ?
 そんなの誰にも決められるわけないだろう。
 二人がどれだけ仲がいいか、そしてどんなに支え合っているか俺はよく知っている。
 それのどこが間違っているんだ、ふざけるんじゃない。
「あらあら、ごめんなさい。あれでも一応は相沢君の彼女さんだったわね」
 『あれでも』とことさらに強調して、癇に障る言葉遣いで謝る香里。
 もちろん謝罪の気持ちなんか微塵もこもっていない。
 そして、俺が必死に怒りを堪えているのを見ると香里は何を思ったか俺を嘲笑った。
「でもね、あの子うざったいのよ。何様のつもり? あたしになり代わって栞を慰めたりして」
「何だと?」
「まだ分からないの? あの子はあたしが本来出て行くべきところを奪ったのよ。つまり、いいとこ取りってわけね」
 癇に障る言葉が続く。
 もはや俺は言葉もなかった。
 ただ、はっきりしているのは…言葉にならないくらい頭に来るということだけだ。
 ギリギリ…強く握った拳の手のひらに爪が食い込む。
「そういうのを世の中では何て言うのかしら? 『泥棒ネコ』って言うのよ」
「…黙れ」
「本当はね、あたしは栞が本当に危なくなったら会いに行くつもりだったのよ?」
「黙れ!」
 これ以上、その癇に障る物の言い方はやめろ!
 お前の醜い面を見ていると胸糞が悪い。
「それで栞は涙を流してこう言って息を引き取るの。『お姉ちゃん、ありがとう』って」
「もう黙れ!」
「これはそんな姉妹の悲しく美しい物語だったはずなのよ? そこにあの子が存在していいわけが…」


 右拳に鈍い感触。


 何だかスカッとした。
 目の前から鬱陶しい女の声も顔も突然消えたのだ。




 ドサッ!




 何か重いものが地面に倒れる音で我に返る。
 そして…自分が何をしたのかを悟った。
 不自然に前に突き出された右拳。
 その先1メートル程のところに香里が首を大きくのぞけらせ仰向けに倒れている。
 そうだ、俺は衝動的に香里の横っ面を思いっきりぶん殴っていたのだ。
 香里はピクリとも動かない。
 さっきの音…頭から地面に落ちていた気もする。


「香里っ!」


 俺は慌てて香里に駆け寄った。
 雪の上に仰向けに倒れる香里の姿は…
 いつかのあゆの姿を連想させ、それがたまらなく恐ろしかった。
















 そんな俺の危惧とは裏腹に…
 いざ駆け寄って香里の顔を覗き込んでみると、香里は目をしっかり開いていた。
 しかも瞬きもしている。
 よかった…無事か。
 とりあえず大事に至らなかったことに安堵する。
 いくら頭に来たからとはいえ、女の子を本気でぶん殴ったのだ。
 かなり気まずい。
「……っ」
 俺の顔をじっと見つめながら口をもごもごさせていた香里が何かを吐き出した。
 雪の上に桜色の染みが広がる。
 その中心にあったのは……香里の欠けた奥歯だった。
「わ、悪い…俺」
「…いいザマよ」
 謝ろうとする俺の言葉を遮って香里がぽつりと呟く。
 俺から顔を背けて。
「はじめから分かってるわよ。あたしが間違ってることくらい」
「…香里」
 いつの間にかまた雪が降り始めていた。
 俺はとりあえず香里に手を差し出す。
「ほら、とりあえず立てって。こんなところで寝てるとまずいだろ」
「……ありがと」
 手に香里の全体重がかかる。
 香里自身にほとんど立つ力がないのだ。
 それは俺に殴られたことだけが原因ではない気がする。
 掴んだ香里の手が熱い。
 緊張が抜けたせいか一気に憔悴して見える顔から察するに、ここ数日ほとんど眠っていなかったのだろう。
 しかもそんな状態でこの寒い雪の中で学校が終わってから俺を数時間待っていたに違いない。
 引っぱり上げるように香里を立たせるが、足元が危なっかしい。
 どこかに座らせようかとあたりを見回していると、がくっと倒れこむように香里が俺のコートの正面を掴んだ。
「おい…」
「何で怒らないのよ!? あたしは栞にあんなに酷い事をしたのに!」
 香里が怒鳴る。
 その顔には涙が溢れていた。
「あたしはあの子が辛い思いをしている時、あの子を見ないようにしていた。なのに…」
 俺のコートを握る力が強くなる。香里の体が小刻みに震えていた。
「なんであの子はあたしに恨み言一つ言わないのよ!?」
 言われてみれば、香里が自分を見捨てたことについて恨み言を言っている栞なんて見たことがない。
 そもそも、今の栞には『恨み言』なんてネガティブな言葉自体が似合わないように思える。
「あの子が苦しんでいる時、あたしが支えになってあげたかった。でもあたしに出来たのは…白々しい励ましだけ」



 そしてその夜、突然私の部屋の扉が乱暴に開かれた。
 私はそこに立っていた人物を見て驚いた。
 それはお姉ちゃんだった……
「お、お姉ちゃん……?」
 夢でも見ているのだろうか?
 私を見捨てたお姉ちゃんがどうして私に会いに来たんだろう?
 お姉ちゃんは肩で息をしながら無言で私に近づいてきた。
 そして……
「え……?」
 私は言葉を失った。
 お姉ちゃんは突然私を強く抱きしめたのだ。
「栞の馬鹿! どうして今の今まで決意しなかったのよ」
 お姉ちゃんはこの土壇場まで治療の決意をしなかった私を責めているようだった。
「もっと早ければ、成功の可能性だってもう少しはあったのに」
 とは言うもののそれは些細な違いでしかない。
「もっと早ければ…一緒に学校にだって通えたかもしれないのに」
 それが本心だったのだろう、お姉ちゃんが泣いているのがわかる。
「ごめんねお姉ちゃん。私馬鹿だし、弱虫だったから」
 お姉ちゃんはそこで私の体から離れ、私を見つめた。
「謝るのはあたしの方よ。最後まで栞を見ないつもりでいた薄情な……」
 お姉ちゃんの体が小刻みに震えている。
「仕方ないよ」
 私はできる限り笑顔で言った。
「私がお姉ちゃんと同じ立場だったら、同じことしていたかもしれないし。でも大丈夫。奇跡は起きるんだよ」
 私はそう言ってあの天使の人形の絵を見る。
「絵、上手くなってたわね」
 お姉ちゃんは私が前にメモ用紙に描いた似顔絵を手にとりながら言った。
「えへへ……」
 ずっと忘れていた、この感情。
 お姉ちゃんに褒めてもらうと、なんだかとてもこそばゆい。
 お姉ちゃんは身内にも平気でシビアな態度を取る人だから。
 だから、お姉ちゃんに褒めてもらえるのはとても嬉しかった。
「今度はあたしの似顔絵を描いてね」
「う、うん。描いていいの?」
「こんな風に描いてくれるならね」
 お姉ちゃんはそう言ってメモ用紙を叩く。
 と、そこまで和やかな顔を見せていたお姉ちゃんが、目を伏せた。
 ここからは……現実の話。
 私が避けることの出来ない、今、目を向けなければならないことを言おうとしているのがなんとなく分かった。
「お父さんと、お母さんからの伝言よ。手術してから薬物治療をするって」
「やってくれるんだ」
「今の栞の精神力なら耐えきれるかもしれないって言ってたわ」
 もちろん精神力だけでどうにかなるものでもないが、それは家族からの精一杯の励ましだったのだろう。
「じゃあね。肝心な時に力になってあげられないふがいない姉でごめんね……」
 お姉ちゃんはそれだけ言うと病室を出ていった。



 栞から貰った本『Angel Promise』の最後のあたりの会話が思い出される。
 正直に言うと、俺はここを読んだとき香里の行動を少し白々しいと思った。
 もちろん、最後まで妹と会わないで済ませる奴だったらさすがに軽蔑しただろう。
 だが、辛い現実に目を向けるのはとても大変なことなのだ。
 俺もその気持ちはよく知っている。
 だから俺は香里の言い訳がましい栞との面会に白々しいものを感じながらも、反面香里の勇気に感心もした。
 俺は自分からその現実に目を向けることが出来なかったから…
 心の奥底にそれを閉じ込めて、忘れたふりどころか、本当に忘れていたのだ。
「あたしが支えてあげなくちゃいけないのに…あの子の力になったのは別の人達だった」
「お前があゆを嫌ってたのはそれでか?」
 香里は俺にしがみつきながら首を横に振る。
「違うわ。嫌ってたのは…嫌だったのは…彼女を見ていると何もできなかった自分に虫唾が走ったから」
 そうか、香里にとってあゆは…
 無力な自分を映す鏡だったのか。
「あたしだって…栞と学校に行きたかったわ。でも、あの子のそんなささやかな願いもあたしは叶えられない」
 俺があゆと学校に通えないように、香里も栞と同じ学校で同じ時を過ごすことが出来ない。
 香里の気持ちが痛いほどよく分かった。
 俺もそのあゆのささやかな願いをかなえてやれずに卒業していくのだから。
「あの子の力になってあげたのも彼女、あの子のささやかな願いを叶えてあげるのも彼女…」
「おいおい、それじゃまるで嫉妬じゃないか」
「…あたしがあの子と彼女が仲良くしているのを見て悔しかったのも事実よ」
「…………」
 無力感・自己嫌悪・嫉妬…香里の中では様々な感情が渦巻いていたようだ。
 そして、それを全て香里に叩きつけるのがあゆの存在だったのか。
「悪い」
「なんで相沢君が謝るのよ?」
「香里の気持ちも考えず今までかなり無神経なことをしてきた」
 歪んでいるのは分かる。
 だが、言われてみて香里の今までの不可解な行動も理解できた。
 そして、今日に至るまで俺達の何気ない言葉が香里を余計に追い込んだこともあったに違いない。
「相沢君は……優しすぎるわ。栞も」
 香里の声は嗚咽混じりで、聞き取るのがやっとになってきていた。
 この約1年溜め込んでいたものが、一気に吹き出たのだろう。
 完璧主義者の香里が他人にこんな弱いところを見せるなんていまだに夢のように思える。
「栞は…退院してからあたしに今までどおりに接してくれたわ。それどころかいつもあたしを励ましてくれていた」
「…………」
「『お姉ちゃん、あんまり悩まないでね』、『お姉ちゃん、あんまり無理したらだめだよ』って」
「いい妹じゃないか」
「違うわ! 昔は何をやってもあたしの後について来るだけの子だったのに。いつも励ましてあげるのはあたしだった」
 確かに、栞は変わった。
 最初出会った時の栞はそんな感じの、どこか守ってあげたくなる大人しい子だったのを覚えている。
 だが、あゆとの出会いが栞を変えた。
 時には神経が図太いと人を苦笑いさせるほどに強い女の子に。
「いつも励ましてあげるのはあたしだったのに。なのに…なのに…なのに…」
 上ずった声でしばらく同じ言葉を繰り返した後、香里は俺の胸に顔を埋めて叫んだ。
「一体……どっちがお姉ちゃんなのよ!?」
 あとはもう言葉にならなかった。
 子供のように俺の胸の中で泣きじゃくる香里。
 自分が守ってあげるはずだった妹はもう既に自分より大人になっていて…
 取り残されていたのは自分だけだった。
 なんだか俺と似ているな。
 香里ほど大それたものじゃないが、俺も最近あゆにそんな感情を持っているので、何となく香里の気持ちが分かった。



 手術に入る前にお姉ちゃんと話ができたのは嬉しかった。
 だけど……去り際に見せた、お姉ちゃんの後悔の表情が目に焼きついて離れない。
 お姉ちゃんとの溝が埋まるには、まだ時間がかかりそうだ。
 でも、生きていればいつかは昔のように二人で笑えるよね? お姉ちゃん。
 そう思うと、私の生きたいという気持ちはますます強くなっていった。



 俺の胸で泣き続ける香里を見ていると、ふとあの一節の続きが浮かんだ。
 そうだ、今からだって遅くない。
 俺達はできることだけやればいいじゃないか。
 俺はそう思って香里に諭すように言った。
「香里、これ以上栞の期待を裏切るんじゃない。栞はお前と二人で笑える日を待っているんだぞ」


 しばらく静寂が流れた。
 聞こえるのは香里の嗚咽のみ。
 そして…再び降り始めた雪が止み、空に星が見え始めた頃
 香里がゆっくりと、だがしっかりした口調で口を開いた。
「相沢君に言われなくてもわかっているわよ、そんなこと」
 俺の胸から顔を上げた香里の顔は…
 間違いなく姉の顔をしていた。








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