廊下に出て、二人して黙々と進む。
「おい、どこまで行く気だ。次の授業に間に合わないぞ」
 教室からどんどん離れて行く香里の背中に向かって言う。
 すると香里は振り返らずに答えた。
「別に構わないわ」
「俺は構わなくないって」
「じゃあ帰れば?」
「ちっ」
 帰れと言われて帰れる気分じゃないのをわかってて挑発してくる。
 仕方ない、授業は諦めよう。


 そして連れて行かれたのは、屋上前の階段踊り場だった。
 なるほど、ここなら人目につかないし、授業が始まっても誰にも見つからないだろう。
 香里は先に屋上への扉にもたれると腕を組んで口を開いた。
「単刀直入に訊くわ」
「ああ」
 俺は手近にあった手すりに腰掛けるような形で壁にもたれながら返事をした。
「栞、あなたの家にいるわね?」
「いや、いないぞ」
「相沢君、とぼけるなら少し痛い思いをしてもらうわよ」
「とぼけていない。何でわざわざ栞を俺が県外まで連れ出さなきゃいけないんだ」
「……あなたみたいな低能には言い方が悪かったわね」
「そうかもな」
 俺の挑発に香里の歯がギリッと鳴るのが聞こえた気がする。
 ……よし、今のところは俺の方が冷静だ。
 香里の雰囲気に飲まれるわけにはいかない。
 怯んだところを言いたいように言われるのは明白だ。
「で、水瀬家に栞はいるのかしら?」
「ああ、あゆの部屋に泊まっている」
「……ッ!」
 わざと『あゆの部屋』と限定して答えてやると、案の定、香里の目が一段と鋭くなった。
 予想通りの反応だ。
 だけど……
 らしくないな。香里が俺の手の内で踊らされてるなんて。
 ……まあ、今はこの方が好都合だ。
 香里が反撃できないようにしておく方が都合がいい。
「で、なんで水瀬家に栞が来てると思ったんだ? 栞はお前には教えるなと秋子さんに言ったんだが」
「あの子が部屋の荷物をまとめて出て行けるような所なんて限られてるわ」
 僅かに間を置いて香里がポツリと呟く。
「物心ついたころから病院暮らしだったあの子には……」
「そうか」
 物心ついたころから病院暮らしだったあの子には……
 その続きを予想するのは容易い。
 家族親戚以外の知り合いはほとんどいないということだろう。
 となると、栞が完全に行方を断てる場所は水瀬家くらいしかないということだ。
 もっともばれたところで問題はない。
 栞がうちにいることは、栞の両親には了承されていることだ。
「相当な嫌われようだな。お前のこと、『あんなのお姉ちゃんじゃありません』って言ってたぞ」
「……そう」
 予想に反してどうでもいいような投げ槍の返事が返ってくる。
 少しは取り乱すと思ったのだが……気が抜けるな。
「あのなあ、あゆの何が気に入らないんだよ? 栞が怒ってるのもそのことだけだぞ。あいつに街で食い逃げの共犯にでもされたか? それとも何かあいつに不愉快なことされたのか? もしそうだったら謝りに行かせ……」

 ガシャアアアアン!!

「黙って!」
 骨が砕けんばかりの勢いで、屋上への鉄扉に拳を叩きつける香里。
 校舎中に耳障りな鈍い金属の振動音が響く。
 そして次の瞬間、香里は俺の首筋を左手で掴み、力任せに俺の体を壁に押し付けた。
 ちょっと、というかかなり苦しい。
 首に食い込む指は普通の女の子の力とは思えないものがある。
「…その子の話を二度とあたしの前でしないで。それ以上喋るなら、このまま絞め殺すわよ」
「くっ」
 殺すとは穏やかじゃないな。
 だけど……
 俺は背後の手すりに両手をかけて体重を預ける。
 狙いは……
「っ!」
 俺が香里の体目掛けて蹴りを出そうとした瞬間に、反撃を察した香里が慌てて腕を引っこめて後ろに飛び退いた。
 そしてしばらく拳を握り締め、いつでも攻撃できる態勢をとりながら無言で睨み合う。
「やる気か? 手加減するつもりはないぜ」
 先に手を出してきたのは香里だ。
 まだ続けるっていうなら俺だって黙っている気はない。

 …………。
 ……。

 時間にして一分か二分だろうか?
 実際には1時間か2時間にも感じられたが……
 香里が構えていた握り拳を解いて、手を下ろした。
「やめとくわ」
 そして、俺から顔を背けると、そのまま階段を降りてこの場を去ろうとする。
「おい!」
 緊張が抜けず、勢い余ってその背中に必要以上の大きな声で呼びかけてしまった。
 その声に香里は立ち止まって、振り返らずに答える。
「栞に伝えておいて。『あたしは寛大なお姉ちゃんだから、謝るなら今のうちよ』ってね」
「本当にそんなこと伝えていいのか!?」
「…………」
 香里はそれ以上何も言わずに去っていった。


 正気か?
 今の栞にそんなことを伝えたら……
 火に油を注ぐようなことになるのは明白だ。
 香里のやつ、栞と本気で喧嘩する気なのか?
「…………」
 首筋に手をやる。
 鷲掴みにされたところが少し痛い。
 あの瞬間の香里の目が頭に焼き付いている。
 怒っていると思った香里の目……
 あれは、怒ってるんじゃない。
 気圧されていた時は怒りと思っていたが……
 あれは激しい怯えの目だった。
 香里は……あゆの事が気に入らないのではなく
 香里はあゆの何かに怯えているのだろうか?
 しかし、今の俺にはあの『うぐぅうぐぅ』言ってるあゆのどこに怯える必要があるのか、皆目見当がつかなかった。
「さてと……それはともかく」
 一人取り残された踊り場で、あたりを見回しながら考える。
 授業はどうしよう?
 『トイレ行ってました』で通じるような時間じゃないし、
 ていうか、通じたとしても色んな意味で恥ずかしいし、
 おそらく赤くなってるであろう首筋について何か問いただされたりするのも面倒だ。
 …仕方ない。この時間が終わるまで待っていよう。
 後で訊かれても、北川に口裏を合わせてもらえばしらばっくれることは出来るだろう。
 ……多分。
 ということで、することもないので俺はチャイムまでここで階段に腰掛けて寝ることにした。
 おあつらえ向きに丸めたビニールシートが踊り場の端に立てかけられているので、それを敷く。
 しかし、なんでこんなところにカラフルなビニールシートがあるのだろう?
 誰かここでピクニックでもやってたんだろうか、謎だ。
 ……それにしても、暖房から遠いだけあってやっぱり寒い。














 そして何事もないかのように学校が終わる。
 あれから後、香里も教室に戻っていたが言葉を交わすことはなかった。
 話すことがないというか、話しても無駄とはっきりわかる雰囲気だったので、わざわざ声をかけるのも億劫だったからだ。
 香里の雰囲気が最近は悪くなってることはクラス中に伝わっているようで、いまや香里はクラスの中でもどんどん孤立していっている。
 もともと『完全無欠人間』というやっかみを買うに十分な要素を持っているだけに最近の香里の態度に対し、周りが敵視に満ちてくるのはさほどかからなかったように思える。
 妹にも嫌われて、クラスの人間からも疎まれて……
 一体お前は何がやりたいんだ?
 かつての孤高は色あせ、いまや香里は薄汚れた孤独な流刑者のようである。


 ……それにしても
「何? 祐一」
「いや…なんでもない。早く帰ろうぜ。最近ますます寒くなってきてたまらない」
「うんっ」
 今日もう一つ気になったこと…
 それは、一緒に赤く染まった通学路を歩いている名雪のことだ。
 今日は名雪が授業中起きてるところを見たことがない。
 いや、ほぼ間違いなく全部寝ていただろう。
 昼休みと放課後はさすがにまずいので起こしたが、休み時間もぶっ通しで寝ていた。
 文化祭の時といい、最近ますます酷くなってきているような気がする。
 『まあ、名雪だし』なんてずっと済ましてたが……
 いい加減、少しおかしいのではないか? と思わずにはいられない。
「名雪、お前どこか体の調子が悪いとかないか?」
「え? わたしは元気いっぱいだよ〜」
「そうか、ならいいんだ」
「でも、何でそんなこと突然訊くの?」
「これからの時期体壊したら困るだろ? だから心配してやったんだ」
 呑気な表情を見る限り嘘は言ってないだろう。
 もともと栞みたいに器用に嘘つけるタイプでもないし……
 やっぱり、名雪は特に異常ないのだろうか?
「え、えっと…」
「ん?」
 なんだ? 何でそんな照れた顔してるんだ?
「祐一…熱とかないよね?」
「はあ!?」
 今の流れで何で俺がそんなこと訊かれなきゃならないんだ?
「だ、だって、祐一がわたしにそんな優しい言葉かけてくれるなんて……」
 ぐあ…しまった。
 よく考えれば名雪相手になんて恥ずかしい言葉かけてやってるんだ俺は。
 適当にごまかしで言った台詞がまずかったな。
「寝てろ」
 思い返すと思いっきり恥ずかしくなってきたので名雪を置いてさっさと歩きはじめる。
「わたし起きてるよ〜。それに置いていかないで」
 後ろで名雪がごちゃごちゃ言いながらついてくるが無視だ無視。
 あ〜、くそ。ここ最近の中で最大の失敗だ。
 心配して大損した。
 っと、危ない。
 失敗で思い出した。
 危うく忘れるところだったな。


「あっ、祐一どこ行くの?」
「あゆにたい焼き買う約束してた。商店街までひとっ走りしてくる」
「じゃあわたし……」
「お前は家に帰れ」
 わたしも行くよ、と言いかけた名雪の言葉を遮る。
「えー、何で?」
「何でもだ」
 今こいつと一緒にいるのは恥ずかしすぎる。
「うー」
「ああもう、わかったから。さっさと家に帰って全員分の茶でも用意しとけ」
「あ…うんっ」
 俺がヤケクソ気味にそう言い捨てると、名雪は嬉しそうに頷いて家へと駆けていった。
 まったくとんだ薮蛇だ。
 全員分たい焼き買って帰らないといけなくなってしまった。
 こないだ参考書買って小遣いがピンチだっていうのに…くそう。
 背中から差す夕日は俺を慰めるどころか、木枯しと一緒になって俺をますます滅入らせてくれた。

 …………。
 ……。

 でも、杞憂じゃなかったのだ。
 そのとき確かに、何かが狂い始めていた。
 いや、既に狂っていたのかもしれない。










 茶色い紙袋を持って家に帰ると、居間で全員が待っていた。
 全員で俺をお出迎え…
 なわけはなく、単に全員たい焼きの到着を待っていただけだった。
 居間に入ると同時に紙袋に注がれた視線がそれを物語っている。
「おかえりなさい、祐一さん」
「おかえりなさい、祐一さん」
「おかえり、祐一君」
「おかえり〜、祐一」
 ……なんか
 どんどん返事がぞんざいというかフランクになっていってるのは気のせいだろうか?
「祐一さん、お疲れ様です」
 そう言って俺に500円を渡してくれる秋子さん。
「あの、これは俺があゆに買ってくると約束したものなので…」
「いいのよ、今は色々必要な時期でしょう? それにわたしもここのたい焼きは好きですから」
「…助かります」
 こないだ参考書買いこんで帰ったところを見たからだろう。
 秋子さんは俺の懐具合をよくわかってくれていた。
「祐一、お茶も用意しておいたから早く食べようよ」
 見るとちゃんと皿とお茶が人数分机に用意されている。
「祐一君、はやく食べないと冷めちゃうよ」
「へいへい」
 甘味大好き姉妹に急かされて、俺は茶袋を机の中心に置いた。
 そして、袋を開けて自分の分を取ろうとすると…
 横からにゅっと白い手が出てきて袋の口を閉めた。
「…何の真似だ、栞」
「ダメですよ」
「何が?」
 笑顔で駄目とは俺にたい焼きを渡さないつもりか? 上等だ。
 そう思って栞を睨みつけてみる。

 …………。
 ……。

 にこー
 ぜ、全然効いてない。俺の眼力ってまったく迫力なしか!?
「レディーファーストですよ」
 口に指を当てて、さも当然の権利ですと言わんばかりに胸を張る栞。
 ヤロウ…いつもならそこで引き下がるところだが…
 いつもいつもお前の思い通りになると思うなよ。
「悪いな、由緒正しき相沢家は家長制でな。長男の俺が全てに優先するんだよ」
「ここは水瀬家ですけど?」
「甘いな栞、秋子さんも元は相沢家の一員。つまりここは俺の支配下というわけだ」
 ああ、自分の舌が恐ろしい。
 俺は今とんでもない大ぼらをでっち上げていた。
 さあ、どうする栞。
 これでも俺のたい焼き一番乗りをお前は拒めるのか!?
「祐一さん、変なこと言ってないで手を洗ってきてください」
「…はい」
 俺のハッタリは秋子さんの一声で、一瞬にして打ち砕かれた。


 すごすごと洗面所に向かう。
 くうう、だが、今回は栞には屈しなかったぞ。
「あゆさん、ああいう風に変な意地を張ると余計に情けない思いをするんですよ」
「そうなんだ」
「あと、人の言葉は良心的に聞き取らないとダメです」
 …屈しなかったんだよな?
 ていうか、さっきのレディーファーストって、つまりは俺に手を洗って来いと遠まわしに言いたかっただけだったとか?
 いや、しかしそこで素直に従ったら俺は栞に屈したも同然なわけで……
 従わなければ従わないで品のない人間になってしまうし……
 ていうか、今の俺って結局品のない上に、滅茶苦茶情けなくないか?
 ぐがああああああ!!
 頭がこんがらがってきた。
 どうやら俺は栞に二重にハメられてしまったらしい。
 背中越しに聞こえる栞の声が俺をいっそう惨めにしてくれた。
 ていうか、別に栞にそこまで悪意はないんだよな…
 裏を返せば俺に紳士の対応を求めているだけで、むしろ悪いのは子供っぽい反応をしている俺のほうか。
 しかし、妙に釈然としないものがある…魂的にというかなんというか。



 洗面所から帰ってくると、全員俺が戻るまで食べずに待ってくれていた。
「さあ、祐一さんも揃ったところで頂きましょう」
 秋子さんの合図に全員で『いただきます』をして、めいめいたい焼きを食べ始める。
 少し、いや、かなり遅めのおやつの時間だ。
「でも、なんだか久しぶりだね。みんなでこうしておやつ食べるのも」
「うん、最近あゆちゃんも祐一も忙しいからね」
「お前も忙しくなければいけないはずなんだけどな…」
「わたしも忙しいよ〜」
「どう考えても陸上部の時のほうが忙しく見えたぞ」
「うー」
 もっとも単に帰ってくるのが遅いというだけで『忙しい』といっていいものかは疑問ではあるが…。
 そもそも陸上部のミーティングは、部長の名雪が居眠りしたせいで何度も最終下校時刻を超過した経歴があるらしい。
 こんなのに部長を任せた陸上部の先輩方の顔が見てみたい。
「ああ、そういやたい焼き屋のおやじがお前のこと心配してたぞ」
「え、おじさんが?」
「『最近見ないけど元気かい?』だと」
「うぐぅ、前に買いに行ったのいつだったっけ?」
「私と一緒に行った2週間前じゃないですか?」
「うん、多分そうだと思う」
 たい焼き屋にほぼ毎日通ってたそれ以前の方がある意味凄いと思う。
「最近は秋子さんと祐一君に買ってきてもらってるもんね」
 最近のあゆは朝俺達について学校に行く時以外は、勉強か家事手伝いが多いらしく商店街に足を運ぶことは稀だ。
「たまにはお前が行ってやれよ。あのおやじ『おまけする』って言ってたぞ」
「えっ、ほんと?」
 おまけと聞いて目の色を変えるあゆ。
 現金なやつめ…
「あのおやじ、相当にあゆのことお気に入りみたいだからな」
 常連だからお気に入りなのか…それともやっぱりやばい趣味があるのか…
 願わくば前者であって欲しい。


「でも、本当に久しぶりですね。ここでこうしてたくさんの人でお茶にするのも」
 お茶を膝の上に置いて秋子さんが懐かしそうに目をつぶる。
「お客さんも一緒なのは香里ちゃんが来た時以来かしら」
 俺とあゆは秋子さんの中では家族扱いのようだ。
 でも、考えてみれば不思議なものだ。
 俺も秋子さんを本当の母親のように頼りに思うことがよくあるし、
 あゆに至っては本当に母親同然のように感じているようにも思える。
 名雪もいとこと言うよりは妹…いや、双子の姉か妹みたいな感じだし…
 両親と別居してるのに全然寂しくもならない。
 むしろ、水瀬家の方が居心地がいいように思えるくらいだ。
 学力レベルとか、そういうのも当然あるけれども
 俺がこの街から近い大学に行こうとしてるのは、水瀬家にいたいという気持ちが強いからかもしれない。
 一度は深い悲しみで思い出すことすら拒絶したこの街…
 でも、昔の俺はここに来ることを休みの度に楽しみにしていた。
 本当に、秋子さんと名雪には感謝しないといけないな。
 俺が今、日々を愉快に過ごせるのは水瀬家があってのことなのだから。


「栞ちゃんどうしたの?」
 たい焼きを口にくわえて、しんみりと物思いにふけっているとあゆの不安げな声が聞こえた。
 栞がどうかしたのか?
「あ…えと…」
 栞はたい焼きを持った手を膝の上に乗せて憂かない顔をしていた。
「ごめんなさいね。栞ちゃんはいたくてここにいるわけじゃないのに」
 穏やかに目を閉じながら謝る秋子さん。
「いえ…その、そんなことないです。私、このおうち好きです。いたくないなんて…」
「そう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
 そうか、これがただのお泊りとかなら素直に喜んでいいんだろうが…
 栞は形式的には居場所をなくして水瀬家に転がり込んでるって状態なんだよな。
 さっき秋子さんが香里のことを口に出したために思い出してしまったんだろう。
「そういえば……香里に今日、栞への伝言を頼まれたんだが…」
 少し言うのが躊躇われる。
 栞にとってそれは聞きたくない伝言であるのは間違いない。
 言っていいのか同意を求めるために栞の顔を伺う。
 すると、栞は意外にも笑顔を見せて、首を横に振った。
「言わなくてもいいですよ」
「そうか」
「お姉ちゃん本人がここに来ていないってことだけで、祐一さんに何を言ったか十分わかりますから」
 栞はただひたすら笑顔だった。
 でも、それは悲しい笑顔だ。本心からのものじゃない。
 香里は妹にこんな顔をさせて満足なのだろうか?
 俺が香里なら、栞にこんな顔などさせたくないと思うのに。



「え、えーっと」
 あゆが重くなった雰囲気の中、小さい声で全員の顔を伺う。
「たい焼き冷めちゃ……」

 ぐぅ〜

 開き直りかとも思えるくらいに馬鹿でかくあゆの腹が鳴った。

「………」
「………」
「………」

 あまりの場違いぶりに全員が沈黙する。
 そしてしばらくした後…
「ぷっ」
 3人同時に俺達は大爆笑した。
「うぐぅ、笑わないでよ〜」
 お腹を押さえ、俺達から視線をそらし恥ずかしそうに俯くあゆ。
 俺達はそれが余計におかしくて笑った。
 当人は空気が重くなってるのを、口を開くことで打開しようとしたのだろうが…
 本当に絶妙なところで緊張をぶち壊しにしてくれる奴だ。
「あらあら、これが終わったらすぐに夕飯にしないとダメね」
 そんな俺達の様子を秋子さんはいつもの笑顔で、のんびりと楽しそうに眺めていたのだった。



 そして、夜が更けていく…

 …………。
 ……。






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