「あれ? 相沢君に北川君じゃないか。君たちも文化祭かい?」
講堂に入るなり、俺達は横から声をかけられた。
それにしても……ひどく派手な飾り付けだな。
絨毯にシャンデリア…いつも体育でバスケをやったりしている講堂とはとても思えない。
劇とかもやるらしいからこれでもいいのかもしれないが……
「なんだ、委員長か。いきなり声をかけるなよ、驚いたぞ」
「それは悪かった」
俺達に声をかけたのはクラスの委員長の久瀬という男だった。
特に親しい仲というわけでもないが、クラスの委員長としてクラスメートからはそれなりに尊敬されている。
委員長なんてあれこれ担任から雑務を頼まれる面倒な立場だけに、哀れみみたいなものかもしれないが。
まあ、何でも去年はこの馬鹿でかい学校の生徒会長やってたらしくてそういう役には慣れているらしい。
そんな面倒くさそうなことをやってた人間の考えていることはよくわからないが…
とりあえず自分がクラス委員にされるのは逃れられたので感謝だ。
転校生はそういう面倒な役を押し付けられることが多いからな。
「誰?」
「ああ、俺達のクラスの委員長だ」
「ん、その子は? ここの生徒じゃないみたいだけど」
あゆを目にとめた委員長が俺に聞いてくる。
「相沢の彼女のあゆちゃんだ」
「そうなのか。相沢君に恋人がいたとは初耳だな」
あくまで真面目に返す委員長。
こう素で返されると少し恥ずかしい。
この男の真面目臭そうなところはどうも苦手だ。
「月宮あゆです。よろしく」
ペコッとあゆは委員長に頭を下げた。
「こちらこそよろしく……え? 君はあの月宮あゆなのか!?」
「何の話だ?」
委員長の突飛な発言に首をかしげる俺達。
「美坂記念総合病院で7年間眠っていた噂の少女のことだよ」
「ボク噂になっていたんだ……」
あゆは感心したような様子をしていた。
「ということは本人か。まさか相沢君の恋人だったとは……世間は狭いな」
そして、委員長もまた感心していた。
「いまいち話が見えないんだが」
この真面目を絵に書いたような男が三面記事のチェックに余念がないほどのゴシップ好きとは思えない。
久瀬は、寸分の乱れもない制服を着こなし、四角い眼鏡をかけたいかにも委員長って雰囲気を出してる男だ。
「彼女、来年うちの高校を特例で受けるってことで生徒会で有名になっていたから」
なるほど、生徒会がらみか。
何でもこの学校は生徒会の力が強いとかなんとかで、俺が思っている以上に生徒会の地位は高いらしい。
まあ、ごく普通の一般生徒の俺にとってはどうでもいいことだが。
「たしか美坂さんの妹さんと友達なんだよね?」
「うん」
「待て、何でそこまで知っている?」
「…美坂栞さんも特例で来年復学することになっているから」
「普通それだけで人のプライベートな関係まで調べるのか?」
「いや、調べてないよ」
「だったらなんで?」
「たまたま本屋で彼女達の物語を見たんだ。特例がらみで気になっていたし。結構有名だよ?」
「あっ、それお父さんが書いた本だよ」
……つまり、あゆと栞の奇跡の話を書いた本を月宮さんが出していたというわけか。
ここのところ勉強ばっかりで、本屋のそんなコーナーには目もくれてなかった。
「それより委員長、栞ちゃんの居場所知らないか?」
「美坂栞さんかい? さっき写真部と映画研究会の人たちに連れて行かれていたようだけど」
北川の問いに委員長が連れて行かれたらしき方向を見ながら答える。
「なんで写真部と映画研究会が栞を?」
俺と北川が最初に考えた物とは違うようだが、それはそれで不気味な組み合わせだ。
「多分美人コンテストに参加してもらうためじゃないかな」
「は?」
「うぐぅ?」
「なるほど、そういう事か」
俺とあゆはさっぱり理解できなかったが、北川はわかったようだ。
というか、さっきからあゆは完全に置いていかれている。
「どういうことだ?」
「あそこに写真が飾られているだろ」
北川の指差す先には確かに写真が飾られていた。
「ひょっとして美人コンテストって、写真に投票するのか?」
「知らなかったのか?」
「聞いてないぞ。壇上で何かアピールでもするのかと思っていた」
「そんなのに美坂が出ると思うか?」
それもそうだ。
美人コンテストは俺の思っていたものに比べて、地味なもののようだ。
これでは一部の有名な生徒くらいしか候補に上がらないのも、もっともである。
「コンテストは基本的に写真部と一部のクラブのお楽しみ企画だからね」
久瀬はそう言って腕につけていた腕章を広げて見せた。
『生徒会』と書いてある。
「講堂のイベントを盛り上げるために生徒会も後押ししてるけれど」
手伝いで生徒会OBも駆り出されている…ということらしい。
「せっかくだし、栞ちゃんを探しながら投票でもしていくか?」
「それはいいが、何で栞が連れていかれたんだ?」
「さあ、それは僕にもわからないな」
久瀬が両手を広げて、お手上げのポーズを取る。
あゆの言う変な女生徒は栞のことを知っていたみたいだが、
委員長と同じ理由で知っていたとは考えにくい……
「とにかく探してみよう。写真撮影はとっくに終わっているだろうから」
「そうだな。じゃあな委員長。お勤めご苦労さん」
片手を挙げて、簡単に感謝の気持ちを伝えて委員長に背を向ける。
その様子を見て、あゆも委員長にペコリと頭を下げた。
「えっと、さようなら」
「うん、君達も文化祭楽しんでくれよ」
委員長と別れた俺達はとりあえず写真の並べられている方に行ってみることにした。
3年A組 水瀬名雪さん (県大会にて)
「なるほど、こういう風に紹介されるのか」
どこかのグラウンドで撮られた名雪の写真の下に、簡潔な紹介文が書かれている。
「ボク、名雪さんの体操服姿はじめて見たよ」
そういえばそうだったな。
というか、家で体操服着てたらおかしい。
まあ、俺も数えるほどしか部活中の名雪とは会ってないが。
隣にはどことなく無愛想な顔をした香里の写真があった。
……これ隠し撮りじゃないのか?
どう見ても授業中の香里の横顔だ。
今の香里は本当に近寄り難い雰囲気あるからなあ…写真部の奴も威圧されたのだろうか?
そこから先には知っている顔はなかった。
いや、名雪と一緒にいた陸上部の後輩の顔もあったような気もする。
待てよ、そういやあの一見地味そうなショートヘアの女の子、あれ今の生徒会長だっけか?
まあいいか、俺には関係ないし。
「……祐一君」
俺とあゆの目は一つの写真に釘付けになっていた。
祝! 来年復学 美坂栞さん(あのAngel Promiseの!)
映っているのは、真新しい制服に身を包んだ少女……栞だった。
「あゆ、栞が連れて行かれたのは何時間前だ?」
「講堂に着いてから10分くらい後には連れて行かれちゃったから、2時間ぐらい」
ということは2時間くらいでこの写真を仕上げたのか?
しかも撮ったところは中庭らしい。
栞の写真映りがいいのか、撮った奴の腕がいいのか、栞の写真はいい出来だった。
栞のやつ…しっかりカメラ目線になってるし。
「というか、Angel Promiseって何だ?」
「天使の約束?」
「いや、英語の意味はわかる」
全く聞き覚えもない単語も不可解だが、更に不可解なのが……
「なんで栞の紹介文だけ他のよりでかいんだ?」
急だったから手書きというのはわかる。
が、明らかに紹介文のアピール具合が違う。
『あの』とか『!』がついているのは栞だけである。
『あのイチゴ中毒眠り姫の!』とか『あのたい焼きイーターうぐぅの!』とかならわかるが……
栞にそんなむやみやたらと人の耳目をひくような特徴があるとは思えない。
「あっ、いた! おーい、美坂、栞ちゃん!」
俺達の背後で栞の姿を探していた北川が声をあげる。
どうやら香里も一緒のようだ。
ちなみに、北川は写真を全く見ずに投票用紙を受け取ると、即『美坂香里』に投票していた。
こんなのでいいのか? コンテストの投票?
地味な上に杜撰とは……まあそれなりには賑わっているようだが。
外部投票OKというのが魅力なのかもしれない。
あゆも投票用紙を一枚もらっている。
北川に呼ばれて、美坂姉妹が北川のほうに向かってくる。
「すみません北川さん。待ち合わせ場所で待っていなくて」
栞はそう言って俺達に軽く頭を下げる。
「栞が写真部の子に連れていかれるとは思わなかったわ」
「でも、何で美坂がここにいるんだ? 栞ちゃんと待ち合わせしてたなんて聞いてないぞ」
「栞のいそうなところを探していたら偶然ここで見つけただけよ」
「なるほど」
「……っ!」
北川の後ろから現われた俺達を見て香里の表情が歪んだ。
「どうした、美坂?」
香里の異変に気付いた北川が声をかける。
「何でもないわよ!」
ややヒステリー気味に香里が怒鳴る。
一体なんなんだ?
「…………」
無言で俺達を睨みつける香里。
「お、お姉ちゃん」
姉の異変を不安そうに見つめる栞。
「あたし、用事があるから。栞、昼に食堂でね」
「あっ、お姉ちゃん!」
香里はそれだけ言うとさっさと去っていった。
「……何だったんだ? 今の?」
さっぱりわからない。
「お前、美坂が怒るようなことをやったのか?」
「そんな覚えは全くないぞ?」
「お前を睨んでいたみたいだったけどな」
寿命が縮まるようなことを言わないでくれ。
「いつもなんだか厳しそうなお姉さんだね」
おどおどした様子で言うあゆ。
「さっきまでは二人で楽しく話していたんですけど…お姉ちゃんどうしちゃったんでしょう?」
栞も香里の豹変ぶりがさっぱりわからないらしい。
「ちょっと待て、あゆ。お前香里に会ったことがあるのか?」
今まであゆの口から香里のことを聞いたことはなかった。
「あるよ。栞ちゃんの家に行ったとき」
そういえば2、3度ほど遊びに行ってたな。
勉強が忙しいからそう頻繁には行けなくて寂しがっていたが……。
「いつもあんな感じなのか?」
「うん。なんだか怖くて挨拶したこともないんだよ」
やっぱりおどおどした様子で言うあゆ。
ひょっとして……香里が睨んでいたのは俺じゃなくて、あゆなのか?
でもなんであゆが香里に睨まれなきゃならないんだ?
さっぱりわからなかった。
「まあ神経質になる時期だしなあ」
俺は首をかしげながらそう言った。
名雪やあゆ・北川を見ているとあまり想像できないが、神経質な受験生の話は珍しいことでもない。
深く追求しないほうがいいだろう。
なんともいえない沈黙を破ったのはあゆだった。
「ね、栞ちゃん、Angel Promiseって何?」
あゆがさっきから気になっていたことを訊く。
「え……」
に対して、栞の方はまだ上の空だった。
「あ、俺も気になっていたんだ。何なんだ?」
とりあえず、この重い空気を取り払おうと、俺も栞に訊いてみる。
すると、栞もいつもの表情に戻って
「テレビ番組ですよ」
と、平然とした顔で答えた。
「は?」
「テレビ?」
間抜けな声をあげる俺とあゆ。声こそあげてないが北川もポカンと口を開けている。
「どうかしましたか?」
「いや、どうかしたも何も……テレビってどういうことだ? 栞、テレビに出たのか?」
隣ではあゆがうんうんと頷いていた。
「はい。特別出演ということで」
「…どんな番組だったんだ?」
「よくある、奇跡の生還とかのドキュメンタリードラマですよ」
「というと、栞の生還ドラマか?」
「正確には私とあゆさんです」
確かに、あゆと栞の話はテレビとかではウケがいいかもしれない。
「で、なんで栞だけがテレビに出ているんだ?あゆにそんな誘いは来ていない筈だぞ」
『来てないよ』と頷くあゆ。
「テレビ局からお誘いがあったのは2学期の初めだったんです。あゆさんは勉強で忙しそうでしたし……」
「確かに、俺達はここのところろくにテレビも見てなかったくらいだしな。栞の判断は間違ってないぞ」
「オレはテレビ見てたけれど知らないぞ」
「お前な…少しは勉強しろよ。で、何を見てたんだ?」
「深夜のプロレスを」
そんなものに栞がでてくるわけがないだろう……。
単に話に入りたかっただけらしい。
しかし、どんな生活しているんだ北川は…
「で、そのドラマって好評だったのか?」
「11月の始めに放送されて、3回ほど再放送されてますから、多分好評だったんだと思いますよ」
にっこりと微笑んで言う栞……少し自慢げに聞こえる。
あゆと北川は口を開けてただ感心していた。
「…………」
俺は微笑んでる栞をじーっと眺めた。
「…………」
まあ、栞は笑顔ならかわいいし、言葉も綺麗だからテレビだったら文句なしの美少女だよな。
あゆと栞の話も、決して悪くないはずだし……
となると、そのドキュメンタリードラマが好評だったのもわかる。
「で、この学校のドラマ好きの生徒に呼び止められたということか?」
「売れっ子アイドルになったみたいで楽しかったです」
にっこり。
「ボクも出てみたかったな」
嬉しそうな栞を見て羨ましがるあゆ。
「お前ならとっくに銀幕デビューしてるだろ」
「えっ、いつ?」
「たい焼き食い逃げ犯、『少女A』ってことで」
もちろん目ベタつきだ。
「ボク捕まってないよ!」
「あゆさん、食い逃げをしたことは認めるんですか?」
栞が苦笑しながら、あゆを見つめる。
「ついに犯行を認めたな」
「う、うぐっ……」
完全に自爆してしまったあゆは、涙目で俺達を睨んでいた。
「でも、あゆはテレビに向いてないよな」
「私もそう思います」
「どうして?」
「『うぐぅ』だし」
「そんなエッチな言葉をお茶の間に流したら、テレビ局に抗議が殺到しますね」
「二人揃ってなんてこと言うんだよ!」
またも説明になってない暴言にあゆが憤慨する。
「まあ、冗談は置いておいて、あゆはイメージじゃないな」
「うぐぅ、意味がわからないよ」
「俺にもよくわからないけど、とにかく、なんだかイメージに合ってないんだよ」
「なんというか、あゆさんの良さって、テレビじゃ分からないと思うんですよ」
「?」
栞の言葉に首をかしげるあゆ。
「そんな感じだな。栞の言うとおりだと思う」
「よくわからないけど、ボク褒められているの?」
「少なくともけなされてはいないぞ」
「どちらかと言うと、褒めているほうですよね」
「うーん、まあいいか。ありがと、栞ちゃん、祐一君」
やや釈然としてないようだったが、あゆは笑顔でそう言った。
相変わらず切り替えの早い奴だ。
というか、これがあゆの良さなんだろうな。
確かに、目の前で見てないと分かりにくいことだろう。
「それにな、あゆ」
「何?」
「テレビっていうのは、栞みたいに人を騙すのがうまい奴の方が向いているんだ」
「あっ、それわかりやすい」
ぽんっと手を叩くあゆ。
「祐一さん、あゆさん……」
最上級の笑顔で俺達に見せる栞……だが、
声は笑っていなかった。
やばい、角と尻尾と牙まで見える。
「じょ、冗談だ、栞」
「そ、そうだよっ」
「そうですよね。私は策略家じゃないです」
ま、マジで怖かった。
懐から何かを取り出そうとしていたのが、俺たちの恐怖を更に助長させたのは言うまでもない。
「栞、お前、『硫酸』とか『筋弛緩剤』とかを持ち歩いてないだろうな?」
病院経営者の娘だし、手に入れるのは簡単そうだ。
「どうしてそんな物騒な物を持ち歩かないといけないんですか?」
と、笑顔で答える栞。
……これ以上つっこむのはやめとこう。薮蛇になりそうだ。
「文化祭回らなくていいのか?」
と、ちょうどいいところで北川が助け舟を出してくれた。
「そのとおりだ、北川。さあ行こう」
「……何張り切ってるんだ?」
俺は北川の肩を叩き講堂から、いやこの雰囲気からの脱出を試みた。
「あっ、待って、祐一君」
が、あゆに手を引っ張られる。
「な、何だ?」
まだ不気味なオーラを出している栞から早く逃げたいのに、というかお前も栞にロックオンされているんだぞ!
「せっかくだし、ボク栞ちゃんに投票しておくよ」
「え?」
「あゆさん?」
「名雪さんに入れようと思っていたんだけど、栞ちゃんなんだかかわいいし」
「え、ええっ!?」
あゆにかわいいと言われたのがよっぽど意外だったのか、栞は顔を真っ赤にしている。
そして俺があっけにとられている間に、あゆはとてててて、と小走りに投票箱に向かっていった。
「相沢、お前も行ってこいよ」
「あ、ああ」
北川の言葉で我にかえったのはいいものの、さて誰に入れたものか……
順当に名雪にでも入れておくか、出場してないあゆに入れるわけにもいかないし。
「決めたか?」
「ああ、なゆ……」
ゾクッ!
と言いかけたところで、身を貫かれるような視線を感じた。
「…………」
にこにこ
「うっ」
「どうかしましたか、祐一さん? 私何も言ってませんよ」
にこー
……その目は十分にものを言っている。
写真の作り笑顔もそうだが、こいつ以前より表情だけで語るのうまくなってないか?
テレビ局が素人の栞を使ってみるのもわかる気がする。
「どうしたんだ、相沢?」
「い、いや、もう一度写真をじっくり見て決める」
今はとりあえず栞の視線から逃げたい。
「……水瀬に入れるんじゃないのか?」
無神経なのか、鈍感なのか、それとも豪放磊落なのか、北川は栞の視線にまったく気付いていない。
俺はとりあえず逃げるように栞と北川から離れた。
写真を見て決めるとは言ったが、結局栞に投票することになった。
背中に刺さる栞の視線が怖かったからだ。
名雪、すまん。自力で頑張ってくれ。
というか、これは脅迫だろ!
ここだけの話、俺は美坂姉妹には頭が上がらない。
何故かというと……
将来俺を雇ってくれる病院の経営者一族様だからだ。
開業医なんて無理だし、かといって適当な総合病院に入るのも嫌だし、我慢するしかないか……
午前中は、俺、あゆ、栞、北川に加えて、途中で合流した名雪の5人で文化祭を見て回った。
やはりテスト終了後ということもあってか、気合の入った出し物が多い。
「大体の出し物は見たな」
「まだ、クラブ関係と模擬店はまわってないけどな」
「模擬店は、昼時のお楽しみだからいいとして、クラブの出し物って面白いのか?」
「年によるな。去年の数理研究部のは面白かったぞ」
数理研究部とはコンピューター関係のクラブのことである。
「何があったんだ?」
「KOTのファイナルエディションだ」
「……なんだ、それ?」
「キングオブティーチャーズ、略してKOT。この学校の教師を使った格闘ゲームだ」
「そんなものがあったのか?」
「何気に石橋が強い」
「凄まじいな、それ……」
「まあ、校長の3ゲージ技『チミ退学ね』を出されたら終わりだが」
「……校長までダシにされているのか?」
そんな教師全体をおちょくっているようなゲームを出し物にするとは、……恐るべし数理研究部。
話のタネにはなりそうだし回ってみるか。
「あゆちゃん、もう泣きやんでよ〜」
後ろから情けない声が上がる。
「えぐっ、うぐぅ〜」
……まだ泣いているのか、あゆの奴。
「出口の釣瓶(つるべ)落しには驚きましたね」
「うぐぅ〜〜〜〜っ!」
……こいつのせいか。
「おい栞、いい加減やめてやれ。名雪も栞を注意しろよ」
「どうして?」
「お前な…俺が同じことをあゆにしたら絶対に何か言うだろ」
「するよ。あゆちゃんがかわいそうだもん」
「じゃあ栞があゆをいじめるのはいいのか?」
「栞ちゃんがあゆちゃんをいついじめたの?」
「……もういい」
俺の言いたいことはさっぱり伝わっていないらしい。
いつものことなので、適当にはぐらかしておくことにした。
「だいたい、あゆもずっとコートかぶって俺にしがみついていて何も見ていなかっただろうが」
「怖いものは怖いよっ」
この前の一件以来、あゆをお化け屋敷に連れて行くのはやめておこうと思っていたのだが……
栞が『行きたいです〜』と頑固に言い張ったために、お化け屋敷をやっているクラスに行くことになったのだ。
まあ俺も、北川が『あのクラスは担任も力入れているから見ないと損だ』と言うので行きたくなってしまったのだが。
「出口付近に妖怪釣瓶落しなんていなかったぞ」
「だ、駄目だよ。お化けは、お化けの話をしていると寄ってくるんだよ」
そんなに怖がるなら、お化け屋敷の外で待っていればいいのに、律儀について来たところがあゆらしい。
「あ、あゆさん。頭の上……」
栞がそう言ってあゆの頭上を指差す。
「うぐぅ〜〜〜〜〜!!」
声にもならない悲鳴が校舎中に木霊した。
言うまでもなく俺達一行は廊下の耳目を完全に集めている。
「栞、お前なあ」
「何ですか? 私は『カチューシャがずれている』って言おうとしただけですよ」
にっこり
濃縮400%の笑顔…絶対確信犯だ。
こいつ、俺と同じくらいあゆをからかうのを楽しんでいるんじゃ……
ホラー映画の最中あゆをからかったことを思い出す。
「フードをかぶってたからだね」
名雪は一度カチューシャをのけて、あゆの髪を軽く整えてからあゆにカチューシャを綺麗にかぶせてやった。
横に並ぶと二人の身長差10センチは目立つ。
「はい、できたよ、あゆちゃん」
にっこりと微笑んであゆの頭から手を離す名雪。
「うんっ、ありがとう名雪さん」
あゆは感触を確かめるようにカチューシャを2、3度ポンポンと叩きながら、名雪に笑顔でお礼を言った。
「…………」
栞はその二人の様子を寂しそうに見つめていた。
「どうした、栞?」
「名雪さんとあゆさんって、本当の姉妹みたいですね」
「まあな、実際あの二人もお互いそういう風に思っているし」
ちなみに、二人は2週間くらいしか年は離れていない。
一応年の上でも名雪が姉ということになる。
「香里のことか?」
「あゆさんが羨ましいです。お姉ちゃんはまだ私の目を見てお話してくれません」
「……………」
「大丈夫だって、栞ちゃん。美坂は馬鹿じゃないし、気持ちの整理に時間がかかっているだけだって」
俺が黙っていると、北川が代わりに栞を励ましてやった。
「北川さん」
「ま、オレも美坂が病死寸前の妹を無視していたなんて知った時にはショックだったけどな」
「お前にショックなんて言葉があったのか?」
「黙れ相沢」
1秒とおかず突っ込みが返ってきた。
むう、今の発言は予想されていたか……
「とにかく、なるようになるさ。美坂は妹が好きなのは間違いないし」
「はい」
北川の励ましに少しは安堵したのだろう。栞は笑顔で返事した。
これは作り笑顔の方じゃない。
「…むしろ香里に必要なのは、北川みたいな単純さだろ」
「オレみたいなは余計だ」
事実を言ったまでだ。
「そうですね、『あゆさんみたいな』ですね」
「……………」
「相沢、自分の彼女を『単純』と言われる気分はどうだ?」
勝ち誇ったような笑顔で俺の肩を叩く北川。
悔しいがこれも事実なので言い返しようがない。
が、北川と同じじゃなんだか癪だ。
「北川、残念だが、あゆは『うぐぅ』だが文字通りの単細胞じゃない」
「どういうことだ?」
「まあ、知らない方が身のためだ」
「おい、なぜそんな哀れみの目で見るんだ?」
北川が尚もわめき続けるがここは無視しておこう。
「さーて、模擬店回りして昼飯を済ませるか」
メンバー全員に聞こえるように俺はそう宣言した。
「あ、祐一、ちょっと待って」
「どうした名雪?」
「な、名雪さん、やっぱりそんなの悪いよっ」
名雪の後ろであゆが『やめて、やめて』とばかりに名雪の袖を引っ張っている。
なんなんだ?
「あのね、今からは祐一とあゆちゃんだけで回ってよ」
「は?」
「せっかくのあゆちゃんとの文化祭…なんだからね」
そういうことか。
ようは俺とあゆを二人っきりにしてくれるということだな。
「それはそれで嬉しいが、栞はどうするんだ?」
栞はあゆについてきているわけだし、あゆがいなかったらつまらないだろう。
「私は構いませんよ。お姉ちゃんとの待ち合わせもありますし」
「そういえば、食堂で…だったな」
「はい」
その会話を聞いて、名雪が小声で北川に話し掛ける。
「香里、文化祭に残ってたんだ」
「意外だろ」
「うん、びっくり」
お前ら二人の顔は全然『意外』にも『驚いてる』ようにも見えないんだが…
そんな二人に栞が笑顔で問いかける。
「名雪さんと北川さんも一緒に食堂に行きませんか?」
「いいの?」
「はい。お姉ちゃんも名雪さんたちがいたほうが喜ぶでしょうし」
「じゃあ、遠慮なく」
お前は少し遠慮しろ、北川。
「そういうわけです。文化祭が終わったら校門前でまた会いましょう」
栞はそう締めくくると、名雪と北川を連れてさっさと食堂へと去っていった。
「……………」
なんというか、展開が早すぎてつっこむ暇がなかったぞ。
いや、あえてつっこむ間を与えないように振舞われたのかもしれないが……
「祐一君、どうするの?」
「そうだな、せっかくのデートだしな」
「で、デートって……」
ボッと顔を真っ赤にするあゆ。これだからからかうと面白いんだよなあ。
当人はそんなことわかってないだろうが……
「たい焼き食べに行くか」
べちっ!
あゆが盛大にずっこけた。
「なんでいきなりたい焼きが出て来るんだよっ!」
デートの雰囲気も何もない俗な単語が出てきたことに怒るあゆ。
「何言ってるんだ? 約束だったろ」
「え? やくそく?」
きょとんとするあゆ。
「忘れたのか? ここは学校なんだぞ」
「あっ……うん、それじゃたい焼きだね」
合点がいき、にっこりと微笑んで頷くあゆ。
そう、俺達の学校では給食はたい焼きなのだ。
…………
……
一日だけの学校でよかった。
毎日だと胸ヤケしかねん。
ちなみに、たい焼きとはあゆの犯行現場となった屋台ではなく、ここの模擬店のことだ。
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