12月12日(日曜日)


「名雪抜きで登校するのも久しぶりだな」
「そうだね」
 今日は文化祭の一般参加日。
 俺はあゆと余裕を持って家を出た。
 栞とは学校前で落ち合う予定だ。
 名雪がいないのは置いてきたからではなく、陸上部の手伝いで朝早くに出て行ったからである。
 名雪が部活を引退した今学期の半ばまでは、名雪が朝練で先に出ることはしばしばあった。
 本当は、ほぼ毎日朝練があったらしいが、部長名雪が朝に弱いため放課後の練習が主になってしまったらしい。
「しかし、あいつ昨日一日ほとんど寝てたんじゃないのか?」
「昨日は疲れていたんだよ」
 名雪は今日の朝に備えて、昨日夕飯を食べ終わったあとすぐに寝ている。
 下手をすると、起きている時間より寝ている時間が多い。
「ネコかあいつは……」
 北川に続いて、受験の心配をしてやりたくなるぞ。
「でも、名雪さんって本当によく寝るよね」
「本人曰く、『寝るのは好きだから』だそうだ」
「うぐぅ…祐一君気持ち悪いよ」
 名雪の声色を真似してみたのだが、不評だったらしい。
「名雪もすごいが、あゆはどうしてあんなに睡眠時間が短いんだ?」
「うーん、習慣だと思うよ。ボクは昔から6時間くらいの睡眠時間だよ」
 6時間というのはベストという意味だろう。実際は5時間でも平気のようだし。
「超人かお前は……。俺は8時間は寝たい」
「名雪さんは昔からあんなに寝ているの?」
「ああ、あいつは昔から……あれ?」


 ふいに脳内に昔の名雪の姿が浮かぶ。
 三つ編みの少女。
 休みには一緒に遊んだ……
 紅しょうがで脅迫してきた……
 商店街で拗ねていた少女。
 そういえば、今じゃしょっちゅう見ている名雪の寝ぼけまなこをあの頃は見た憶えがない。
 あいつに起こされたことも結構あったような…
 昔は早寝早起きだった?


「どうしたの、祐一君?」
「いや、なんでもない。昔からそうだったかもしれない」
 俺も子供の頃は10時間くらい寝ていたことがあったから、名雪と同じくらい寝ていて気付かなかったのだろう。
 寝る子は育つって言うし、子供はよく寝て当然だ。
 寝る子は育つ……?
「あゆ、お前昔から6時間くらいしか寝ていないのか?」
「うん。お母さんが『寝てくれないから困ったわ』って言ってたよ」
 一応、自分の睡眠時間が普通の人より短いという認識はあるらしい。
「だから色々と小さいんだ」
「どういうことだよっ」
 あゆが憤慨する。多分胸のことではなく、背の方を気にしているのだろう。
 小学校の頃から背の順では、先頭に並ばされていたらしい。
「いや、7年寝ててもその程度なんだから、所詮それがあゆの実力ということか」
「うぐぅ…なんだかすごい屈辱的だよ」
 返す言葉がないらしく、あゆは涙目になっていた。
「冗談だ。点滴じゃいくら寝てても、背はそんなに伸びないだろう」
「そうなの?」
 あゆがそれを聞いてすぐに立ち直る。切り替えの早い奴だ。
「多分な」
 本当のことを知ってるわけでもないので、一応ぼかしておく。


「……お母さん」
 と、そこであゆが悲しそうな顔をする。
「どうした、突然?」
「うん、ちょっとね」
 がすぐに普通の顔に戻る。
「隠さなくてもいいだろ」
「今日の夜にはわかると思うよ。だから、今は文化祭の方を楽しもうよ」
 あゆの表情から察するに、今は考えたくないことのようだ。
 それならば、そっとしておいてやろうと思ったが……俺は訊いてみた。
「……あゆ、一応聞いておくけど」
「何?」
「お前がいなくなるって話じゃないよな?」
 あゆの表情に、あの冬の別れの時のものと少し似たところがあったのでそれだけは気になったのだ。
「あはは……そんなのじゃないよ。お父さんと、ちょっとお出かけするだけだよ」
 あゆは照れ笑いを浮かべながらそう言う。そんな大げさなことじゃない、ということだろう。
「お父さんって…月宮さんが来るのか?」
「うん、今日の夜」
 昨夜、俺の勉強中に鳴っていた電話は月宮さんの電話だったのか。
「そうか。まあ、あゆがどこかに行ってしまうのじゃなければ別にいいけどな」
「ごめんね、変な心配させて。文化祭楽しもうねっ」
 あゆは笑顔でそう締めくくった。
「そうだな」
 俺がそれにそう答えた時、装飾された校門が見えてきた。










 校門をくぐると、昨日は乱雑に並べられてた雪像がきれいに列をなしていた。
 今も中庭方面や、グラウンドの方から台車に乗せられた雪像が運ばれてきている。
 なるほど、名雪が朝から呼ばれていたのはこれのためか。
 一般客への開場前に校舎までの順路を雪像で飾ろうというわけだ。
 雪国の文化祭らしい演出と言える。


「ところで栞はどこだ?」
 校門前で待ち合わせのはずだったが……
「あゆ、本当に校門前って言ってたのか?」
「言ってたよ」
 電話で待ち合わせの約束をしたあゆがそういうのだから間違ってはいないだろう。
 こっちが早く来すぎただけのようだ。
「……名雪抜きで出れば余裕で間に合うんだなあ」
 俺はいつものハードな登校風景を思い浮かべながら、そんなことをつぶやいていた。
「なんてこと言うんだよ。名雪さんを置いていったらダメだよ」
 俺の独り言に、あゆがひどく憤慨した様子で注意してくる。
「何でお前が怒るんだ? 名雪を置いて先に出た方がのんびり二人っきりで登校できるんだぞ」
 だいたい俺たちだけ先に出て、名雪がそれに追いつくというほうが合理的だ。
 いや、因果応報だ。
 なぜわざわざ名雪に付き合って走っているのか、ということがそもそも不思議である。
 陸上部部長の名雪と俺たちじゃ体力が違いすぎるし、病み上がりのあゆにしたら、名雪と一緒に走ることは拷問にも近い。
 それに受験勉強でろくに二人っきりになれない俺たちにとって、登校時間は数少ない二人の時間のはずだ。
「それでもだよ。それにこの時間はボクが無理矢理邪魔をさせてもらっているんだから……」
「たしかにあゆがいると迷惑とは思ったことはあるが、邪魔だと思ったことはないぞ」
「うぐぅ…ひどいよ」
 涙目であゆがこっちを睨む。ちょっと言い過ぎたか?
「わけがわからない奴だな。なら俺だけ先に出るか……」
 こんなに楽に学校に来れるなら、名雪と一緒に朝からランニングと言うのも馬鹿らしい。
 前はそうでもなかったが、ここのところは寝不足で走るのが億劫になってきている。
 さっさと学校にいって、ホームルームまで寝ている方が気が楽だ。
「本気で怒るよ」
 と、思っていると、あゆがいつになく真剣な顔で怒っていた。
「お前…いったい何が言いたいんだ?」
 ここまで怒る理由がさっぱりわからないので訊いてみる。
「え、えっと……」
 するとあゆは突然うろたえ出した。ますます訳が分からない。
「と、とにかく、学校は名雪さんの時間なんだよ」
 あゆは照れ笑いを浮かべながらそう言った。
 かと思ったら、今度は下を向きながらもじもじとした様子で
「でも…ボクのこと嫌いにならないでね」
 と言う。
「心配するな。嫌いにはならない」
 何が言いたいのかわからなかったが、あゆが泣きそうになっていたので俺はあゆを抱き寄せながら耳元に囁いてやった。
「祐一君……人が見てるよ」
「駅前でキスをした奴に言われたくない」
「うぐぅ…あれは」
 しどろもどろした言葉から、あゆが顔を真っ赤にしていることは容易に想像できた。


「らぶらぶですね」


「おう、らぶらぶだぞ」
「えっ、わっ、栞ちゃん!?」
 慌てて俺から離れるあゆ。予想通り顔は真っ赤だった。
 校門の方を振り返ると、子悪魔のような笑みを浮かべた少女が立っていた。
 しかし…
「何で制服なんだ?」
「私はこの学校の生徒ですから」
「理由になってないぞ」
 休学中なんだから制服で来る必要なんかない。
「それより…あそこまで行ってて、キスはないんですか?」
 にこー。
「えっ、ええっ?」
 さらに顔を赤くするあゆ。
「早くしないとチャイムがなりますよ」
 にこにこ。
「そうだな」
「ええっ、祐一君本気なの?」
 あゆは完全に混乱していた。
「俺はいつだって本気だ。さてと、そういうわけで栞」
「あ、カメラですね。今出します」
 ……どこまで用意周到なんだ?
 しかもポケットから出してるし。
「いや、そうじゃない。たまには栞にもキスしてやろう」
「えっ?」
 栞の子悪魔のような笑顔が一瞬にして消えた。
「その年でキスの味を知らないのもかわいそうだし、俺が優し〜く」
 俺は両手を広げてゆっくりと栞ににじり寄る。
 栞が青ざめた表情をしているのは言うまでもない。
「そんなことする人、嫌いです」
「もちろん冗談だ」
 と、俺はあっさり引き下がった。今のは栞が調子に乗らないようにするための牽制で、十分目的は果たしたからだ。
「どう見ても本気でしたよ」
 思いっきり不服そうな目で俺を睨む栞。
「俺は栞の扱い方に関してレクチャーを受けているんだ」
「誰からですか……って、月宮さんですね」
「わかってるじゃないか」
 俺は月宮さんから、『栞ちゃんは調子に乗らすと怖いから、先手を打った方がいい』と教えてもらっていたのだ。
「うぅ、こういう展開つまらないです」
「俺は面白かったぞ」
「そんなこと言う人、大っ嫌いです」
 栞は完全につむじを曲げてしまった。
 ふう、しばらくは口をきいてくれそうにないな。
 機嫌が直るまであゆに任せよう。


「栞ちゃんおはよう」
 落ち着いたあゆが改めて、朝の挨拶をかわす。
「おはようございます、あゆさん。ところで、その格好どうしたんですか?」
 その格好とは以前の、羽リュックにダッフルコートという格好のことである。
「髪型を戻したら、秋子さんが用意してくれていたんだよ」
「そうなんですか」
「変かな?」
「そっちの方があゆさんらしいですよ」
「栞ちゃんもその制服似合っているよ。ボクも着たいなあ」
「来年ここの高校に受かっていれば、着られますよ」
「うん、頑張るよ。約束だもんね」
「見込みはどうなんですか?」
「この前過去問題やったら、合格点より20点上だったよ」
「じゃあ、かなり安心ですね」
「うん」
 笑顔で頷きあう二人に俺は突っ込みを入れた。
「ちょっと待て! あゆ、お前もうそんなところまで行っていたのか?」
 いくら地方の私立高校とはいえ、中学3年間を飛ばして入学できるほど甘くはない。
 俺の受けた編入試験だって、簡単とは言えないものだったはずだ。
 あゆの場合ぎりぎり合格点でも凄いのに……もう20点もオーバーしているとは。
「結構大変だったよ」
 笑顔でさらりと言うあゆ。
「ひょっとして、あゆって凄く頭がいいのか?」
 うぐぅは風邪をひかないなんて言っただけに、にわかには信じがたい事実だ。
「知らなかったんですか? 祐一さん」
 機嫌を直したらしい栞が、驚いたように言う。
「いや、だってうぐぅだぞ」
「どういう意味だよっ!」
 説明になってない暴言にあゆが怒る。
「あゆさんって、事故にあう前は受験科目オール5だったそうですよ」
「……マジか?」
 『うぐぅは風邪をひかない』じゃなくて、『うぐぅと天才は紙一重』の方だったのか。
「ってことは……事故にあわなかったら」
「お姉ちゃんよりも成績優秀だったかもしれませんね」
「うぐぅが香里よりも…ねえ」
「だから、どういう意味だよっ!」
 あゆが香里以上……しかし、今の話から考えてもありえないことでもなさそうだ。
 うーむ、紙一重か……。
「しかし、だったら何で今も猛勉強しているんだ?」
 高校にいけるのなら、別に今みたいに無理をする必要もないはずだ。
「英語と社会が穴だらけなんだよ」
「とりあえず入学することの方を優先したらしいですよ」
「つまり、今のままじゃ入学してからが大変ということか」
「うん」
 あゆは本当に困ってるんだよという表情でうなだれていた。
 でも、よく考えたら、英語と社会を除く他の科目だけで合格点を20点も越したのか……
 それはそれでとんでもない話だぞ。
 下手すると、入学から最初の中間試験のころには学年トップになっているかもしれない。
「栞、お前頑張らないと恥をかくぞ」
「大丈夫ですよ」
 何が大丈夫なのかわかっているのか怪しいが、笑顔で答える栞。
 ……いや、こいつはこいつで例のポケットのごとく底の知れない奴だからな。
 この何を考えているのかわからない笑顔で、学年10位以内を常にキープしていそうだ。
 香里もいることだし……。


「そういえば、香里は来てないのか?」
「あっ、お姉ちゃんなら、さっきまで一緒に登校してたんですけど…校門前で『裏から入るって』言って、別れちゃいました」
 それって、俺たちを避けたってことじゃないのか?
 そんなに妹と一緒のところを見られたくなかったのだろうか?
「私もついて行きたかったんですけど、あゆさんとの待ち合わせがありましたから」
「ごめんね、お姉さんとの最初で最後の登校だったのに」
 あゆは申し訳なさそうな顔をした。
「いいですよ。それにまだ帰りも残ってますから」
 そうか、栞が制服で来た理由……
 あゆが俺との最初で最後の登校をしているように、栞も今日が最初で最後の香里との登校だったわけだ。
「香里は楽しそうだったか?」
「はい。久しぶりに二人で笑いました」
「よかったね、栞ちゃん」
 嬉しそうに笑顔をかわす二人。
 あの香里が笑った…だめだ、想像できん。
 最近の香里の様子を考えると、香里が笑えるようには思えなかった。
 それだけ、香里にとって栞の存在が大きいということか?
 俺の想像以上に、香里の妹に対する想いは深いのかもしれない。


「ところで、俺は教室に行くが、お前らはどうするんだ?」
「もちろん一緒に教室に行くよ」
「却下」
「うぐぅ、即答」
 当たり前だろ。やっぱりこいつはうぐぅだ。
「それは無理ですよ、あゆさん。私たちは一応部外者なんですから」
「そうだぞ」
「ですからここで雪だるまを作りましょう」
 と、指を口に当てて言う栞。
 月宮さんの言うとおり、栞がろくでもないことを言い出すときは決まってこのポーズだ。
「あ、それいいね」
「いいわけあるかっ!」
 まったく、こいつらは……
「うぐぅ」
「そんなこと言う人、嫌いです」
「『うぐぅ』、も『嫌い』もあるかっ! そこで正座して開場を待ってろ」
 それはそれで無茶苦茶な要求だ。


「校門前で何騒いでんだ、お前ら?」


 呆れたような声の主は北川だった。
「ほう、彼女を二人連れとは…なかなかやるな」
 意味ありげな笑みを浮かべる北川。
「誤解するな。俺の彼女はこっちだけだ」
「うぐっ」
 俺はそう言うと同時にあゆを引き寄せる。
「だとすると、そっちは?」
 北川は栞の方に目をやる。
「俺の妹だ」
「えっ、そうだったの?」
 真に受けるなよ、あゆ……。
「初耳です」
 わざとらしいぞ栞。
「妹は妹でもお前の妹じゃないだろう。それとも、そういう趣味でもあるのか?」
「どういう趣味ですか?」
 こいつら、俺に恥をかかせて楽しもうとしているな。
 いや、北川はどうだかわからないが、栞は間違いなくそうだ。
「そう思いたければそれでもいい」
 下手に相手をするとやぶへびになりそうなので、流しておくことにした。
「そうか」
 真顔で納得するな北川。なんだか必要以上にむかつくぞ。
「つまらないです」
 ……やっぱり俺の慌てる姿を期待していたな。


「えっと、おはよう、北川…さん?」
「北川君でいい。潤君でもいいぞ」
 一応お互い面識はあるのだが、直に話をするのは今日が初めてだったような気がする。
 二人ともどこかぎこちない。
「じゃあ北川君で、ボクはあゆでいいよ」
「よろしくな、あゆちゃん」
 とりあえず、お互いに軽く頭を下げあう二人。
 やっぱり『ちゃん』付けなんだな…。
 どう考えても同年齢と思われてないあたりが哀れだ。
「おはようございます、北川さん」
 に対してこちらは、交流があったらしい。
 ごく普通に挨拶をしている。
「おはよう、栞ちゃん。栞ちゃんが来ているってことは美坂も来てるのか?」
「はい。もう教室に行っていると思いますよ」
 そう言って栞が校舎を見上げる。
 三階の3年生の教室以外には窓の外にまで看板や垂れ幕が出ていて華やかだった。
「なあ、北川。一般客ってどこで開場を待ってればいいんだ?」
「たしか講堂だったと思うぞ」
「そうか…というわけだ、あゆ、栞、講堂に行け」
 しかし、二人は動こうとしない。
「うぐぅ、場所がわからない」
「私もわかりません」
 無駄に広い学校というのも考え物だ。
「そこらに案内板が立っているだろう?」
 そう言ってあたりを見回す。
 しかし、よく見ればあっちこっちのクラスが適当に看板とか出しててわかりにくい。
 多分一番地味そうなのが装飾の必要のない案内板だとは思うが…
「オレが案内しようか?」
「いいの?」
「嬉しいです〜」
 ……しまった。やられた。
 埒が開きそうにないので、二人を連れて行こうと思った矢先に…
 意外に気のきく奴め。
 まあいいか、ここは北川に任せよう。
「北川、任せるわ。俺は教室に行って寝る。ホームルームが終わったら起こしてくれ」
 名雪に頼むのは不安なので、北川に頼んでおくことにする。
 何かと気難しい香里に頼むのは論外だ。
「おう、点呼のときは起こしてやるぞ」
「助かる」



 そして俺は北川達と別れて、教室に向かった。
 もう付き合いが長いのでよくわかってきたが、北川は本当に気のきくいい奴だ。
 あれでもう少し緊張感とかがあればいいのだが……
 妙に軽い性格に見えるのが困ったものだ。

















「おい、相沢起きろ!」
 乱暴に肩を揺すられる。
 俺は机から顔を上げた。
 げっ、文化祭のプログラムにクレーターができてる。
「起きたか…とりあえずこれを使え」
「すまん」
 俺は北川からティッシュを受け取って涎を拭った。
 周りは昨日のように誰もいなかった。
 全員出て行ったのだろう。
「相沢、お前今日文化祭回るのか?」
「そうでなかったらどうしてあゆと栞を連れてくるんだ?」
「それもそうだな」
「お前も来るか?」
「いいのか? 二股デートの邪魔をするようで悪いが……」

 ドスッ!

「ぐえっ!」
 間髪いれず俺の拳が北川の鳩尾に入った。
「喧嘩売ってるのか? さっきも言っただろう、栞と俺は何でもない」
「本気で殴ったな……まあいい、そういうことにしておいてやる」
 妙な含み笑いをする北川。
「ふう、まだ足りないようだな」
 俺はそんな北川に向かってゆっくり構える。
 次の狙いは肝臓だ。
 それで足らないなら今度は心臓を打ってやろう。
 名付けて、悶絶温泉巡り改めトロピカル人体急所攻めスペシャルX。
 最後にX(えっくす)をつけるのがネーミングセンスの光るところだ。
「ま、待て。話せばわかる」
 両手を前に出して大袈裟に後ずさる北川。
 俺の見定めている狙いに気付いたらしい。

「俺は一向に構わんっ! ヤらせろ!」
「オレが構うわっ! 一人でシろ!」

 ……二人っきりの教室で何やってんだ俺達。
 廊下から外来らしきギャラリーの視線も感じるし。
「もういい。おいていくぞ」
 溜息をついて俺は席を立った。
「ついていっていいのか?」
「好きにしろ」
 帰れって言ってほしいのか、まったく。

 …………。
 ……。


「なあ、北川」
「どうした?」
「あゆと栞はどこで待ち合わせだ?」
 開場までは講堂で待っているということだが、開場してからはどこで待ち合わせるか約束していなかった。
「お前、オレがいなかったらどこに行く気だったんだ?」
 『人のふり見て我がふり直せ』……俺も北川のことを言えたものでもなかった。
「心配するな、講堂の裏を待ち合わせ場所にしておいた。講堂は例のイベントとか劇で混雑しているからな」
「気がきくな」
「オレは美坂チームの幹事だからな。それくらい当然だ」
 いつから美坂チームはそんな大層な物になったのやら……
「で、隊長の香里はどこに行ったんだ?」
「さあ? ホームルームが終わるといなくなっていたが……」
「栞のところに行ったのかな?」
「場所も知らないのにか? いや、適当に探してるかもしれないな」
「まあいいか。行くか、北川」
「おうよ、案内は任せておけ。楽しめそうな出し物はチェック済みだ!」
 そんなことをしている暇があったら勉強をしろ。
 ……と言いたくもなるが、せっかくだしここは好意に甘えよう。
「頼むぞ」





 こうして、俺は北川に先導されて講堂に向かったのだった。
 あゆは北川に言われたとおり講堂の裏で待っていた。
 しかし……
「栞はどうした?」
 栞はそこにいなかった。
「うぐぅ、まだ講堂の中だよ」
 なんだかうろたえた様子のあゆが俺の問いに答える。
「何かあったのか?」
「栞ちゃんと一緒に講堂で待っていたら、変な女の子に声をかけられたんだよ」
「お前以上に変な女の子がいるのか?」
 変なあゆに『変』と言われるとは…どんな奴だ?
「どういう意味だよっ!」
 で、案の定怒るあゆ。
「まあまあ、それでどうしたんだ?」
「う、うん。その子が『ひょっとして美坂栞さんですか!?』って目を輝かせながら言ったんだよ」
「……………」
「……………」
 無言で北川と見つめ合う。
 なんだそれは!?
「なあ、相沢、これって噂の……」
「言うな! 女同士なだけまだ見苦しくない」
「……そうだな」
 これが俺と北川だったら吐き気がする……って俺は何を想像してるんだ!?
「……うげっ」
 ……こいつも想像したのか?
「?」
 何もわかってないあゆは、青ざめている俺達を見て?マークを浮かべていた。
「で、そのあとどうしたんだ?」
 邪魔するのも悪いが、とりあえず栞を放っていくわけにもいかない。
「そのあと、その子が何人かの人たちと話していて、それで栞ちゃんは壇上に連れて行かれちゃったんだよ」
 壇上!? って一体どういうことだ?
「それで?」
「う、うん。そのままその人たちに、壇上の幕の中に連れていかれちゃった」
「……………」
「……………」
 再び無言で顔を見合わせる俺と北川。
「この学校では文化祭の裏でそういうイベントがあるのか?」
「オレが知るか! 知ってたら参加し……いや、なんでもない」
「…捕まる前にやめとけよ」
「……………」
「参加…捕まる?」
 またもあゆは話に置いていかれていた。
「とにかく、栞が拉致されたことには変わりない。助けに行くぞ」
「えっ!? 栞ちゃんさらわれたの!?」
 お互いの合意の上ならともかく、何も知らない栞を巧みに騙して連れていったということも考えられる。
 というか、合意の上でもこんなところでそんな行為に及ぶのはまずいだろう。
「何かの勘違いだったらいいけど」
「オレもそう思う」
 『参加したい』とか言いかけていた奴が何を言うのやら。
「あゆ、栞の連れて行かれたところに案内しろ」
「う、うん。こっちだよ」
 俺達はあゆの後を追って講堂内に入った。







感想いただけると嬉しいです(完全匿名・全角1000文字まで)