夢。
夢を見ている。
毎日見る夢。
楽しい夢。
黒い雪。
黒い夕焼け。
黒一色の世界。
夢の終わりはいつも黒だった。
そして泣き声。
「どうして……」
だけど誰にも聞こえない。
夢の終わりはいつも悲しかった。
だから夢の中で願った。
夢が終わらなければいいのに……
あの冬からもうすぐ1年。
俺の知っているところでも、俺の知らない所でも色々なことがあった。
あゆとの再会。
水瀬家の家族になったあゆ。
秋子さんと月宮さんの苦悩。
月宮親子の和解。
栞と月宮さんの出会い。
親友になったあゆと栞。
それらは決して楽しいことばかりではなかった。
だけど今となっては暖かな思い出だった。
みんな今は幸せなのだから。
もう悔やむ必要はない。
といっても、性分なのだろうか?
俺は今医学部を目指している。
あの時何も出来ず、あゆを7年間眠らせてしまった自分。
栞の病気にまったく気付かなかった自分。
もちろん俺に責任があるわけではないのはわかっている。
だけど、俺には足掻く事すら出来なかった。
力も知恵も、もう少しあれば何かできたかもしれない。
見ているだけしかできないなんて、もうたくさんだ。
……なんて、なに熱血してるんだろうな俺は。
単にあゆが栞との約束とかで高校受験に向けて猛勉強してて他にすることがないからだけだが。
進路相談の話してたら香里も医学部目指すって言ってたし。
でも、あの日の悲劇を繰り返したくないって気持ちも嘘じゃない。
まあ、そうでもなきゃわざわざ不出来な頭引っ叩いてまで最高難度の学部なんか目指さないか。
ちなみに、香里が医学部を目指す理由ははっきりしている。
家が総合病院ということもあるだろうが、栞に対して何も出来ないばかりか、冷たく当たった自分が許せなかったのだろう。
栞の話だといまだにすれ違いが続いているらしい。
「お姉ちゃんが自分を許せるのは、私と同じような子を救ったときだと思います」
栞はそう言っていた。真面目すぎるのも考え物だ。
香里は今、栞に贖罪でもするかのように無理な勉強をしている。
その気迫は凄いもので、今や香里は全国模試の成績優秀者に名前を載せていた。
学年1位なんてのはもはや些細なことだ。
ただ、無理がたたって3年に入ってから、香里はよく体を壊して学校を休むようになった。
12月現在、香里の出席日数は相当危ないところまでいっているらしい。
しかし、俺も香里ほどではないががむしゃらに頑張っている。
気がついたら2学期の中間や、全国模試で学年10位になっていた。
まあ、地方高校の学年10位であるから国立の医学部はまだ厳しいところだ。
実際全国順位は香里には程遠い。
ていうか順位の桁が二桁も三桁も違ってくる。
校内では目と鼻ほどの差が、天と地ほどの差だ。
もっとも成績の成長だけなら俺は香里以上かもしれない。
転校時は授業に全然ついていけなかった男が、いまや学年10位。
石橋も驚いていたが、ある意味快挙だろう。
正直俺も『ここまで頭良かったっけ俺?』と内心誇らしかったりする。
だが、どうして俺はこんなに頑張っているんだろう?
たかがあゆと遊べないだけで頑張るなんてありえない。
そもそも、勉強が好きかなどと訊かれたら即答で『NO』だ。
気のせいか俺は何かの強迫観念にとらわれている気がする。
それは受験に失敗したら後がないというものとは違う。
7年前、あの木の下で無力だった自分……。
なぜだろう……。
それは俺が思っている以上に意味のあることのような気がする。
あの時無力だったために、俺はとんでもない過ちをおかした。
わけの分からない罪の意識。
俺も香里と同じなのかもしれない。
その罪の意識という強迫観念が俺をがむしゃらに勉強に駆り立てるのだ。
いや、その責めから逃れるための方便が勉強なんだろうか?
あゆは目覚めた。
今では辛い7年前の事故も暖かな思い出になっているはずだった。
だが、あの木の下の記憶はいまだに暖かな思い出とはならないでいる……。
"Kanon Trilogy"
3章 『現実』
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