ギャラクシーエンジェル 〜Little Lovers〜   『プロローグ』









「タクト・マイヤーズお呼びにつき参上しました。どういったご用件でしょうかシヴァ皇女」

「……丁寧語はやめろ。今ここには私しかおらん」

「あれ、シャトヤーン様はいらっしゃらないんですか?」

「あの方は花の手入れだ。いいから口調を元に戻せ」

「じゃあシヴァ様も砕けた口調にしてください。そんな堅苦しい口調じゃあ折角の可愛らしさが台無しです」

「かわっ……か、からかうな!」

「えー、本音ですよ?」



トランスバール皇国本星の上空に浮かぶ白き月。

その管理者である月の聖母シャトヤーンの住む宮殿の一室でタクト・マイヤーズはにこやかに笑う。

彼の目の前で顔を真っ赤にして照れ怒っているのはシヴァ・トランスバール。

トランスバール皇国の王であるジェラール・トランスバールと庶民の間に生まれた『娘』である。



「まったく……相変わらず口だけは上手いな。そうやって女を口説いているのか?」

「そんなことはないさ。口説く時はもっと情熱的にやるし」

「どうだかな。そなたは少女趣味だしな」

「異議あり! その発言は撤回してくれ。俺はダイナマイツボディの女性も大好きなんだ!」

「も、といっているということは否定はしていないということではないのか?」

「うっ!?」

「そういえば昨日ヴァニラ・Hもお前に会いたいと言っていたぞ? やはり……」

「やはりとか言わないでくれ。ってあれ? エンジェル隊は今白き月にいるの?」

「ああ、今は白き月の外周を見回っているだろうな。もう数刻もすれば戻ってくるだろうから顔をあわせてやるが良い」

「あのー、ヴァニラはともかくとして他のメンバーとは俺顔をあわせたことないんだけど」

「問題はあるまい?」

「ありすぎ。俺がこんなところにいるってばれたらトランスバールのお茶の間の話題は半年は独占できるって」

「大丈夫だ、他の四人。皆口は……堅い」

「その間は何!?」



気まずそうな顔をするシヴァにタクトは鋭い突っ込みをする。

一介の将校に過ぎないタクトが基本的に男子禁制となっている白き月

しかもシャトヤーンのすむ宮殿にいることが外部に知れれば一大スキャンダルである。

タクトの打ち首は確定として、マイヤーズ家も断絶とり潰しは間違いない。

まあ前者はともかく後者はタクトとしてはむしろ望むところではあるのだが……



「冗談だ。私としてもこの時間がなくなるのは惜しいからな」

「まったく、勘弁して……ん?」

「どうした?」

「いや、なーんか首の後ろのあたりがチリチリするって言うか……」

「虫の知らせというやつか?」

「そんな感じかな? こう、嫌な予感というか」

「た、た、たたたたた大変です!」



バタン!

叫び声と共に突如部屋のドアが勢いよく開いた。

現れたのは紫色のショートヘアの女性。

シヴァ御付の女官の一人であるアルモだった。



「騒々しいな。ノックくらいできんのか?」

「あ。も、申し訳ございません! ではなく! 大変です、大変なんです!」

「はいはい落ち着いて落ち着いて。深呼吸してひっひーふー」

「あ、はい……ってそれラマーズ法じゃないですか! こんな時にふざけないで下さいマイヤーズさん!」

「あはは、ごめんごめん。で、大変なことって?」

「は、反乱です! 反乱が起きたんです!」

「反乱……? 誰が、どこに?」

「エオニア皇子が! トランスバール皇国に!」

「な……馬鹿な! エオニアといえば五年前に!」

「追放されて皇族の地位も剥奪されているはず……ふむ、なんでまた今頃になって」

「お、落ち着いている場合ですかマイヤーズさん! 既に本星は制圧されたんですよ!」

「おお、そりゃ早い。電撃作戦だな」

「しかもジェラール陛下を初めとする皇族の方々もエオニア軍の攻撃にて……!」

「死んだのかい?」



コクコクコク!

きつつきのように高速で顔を縦に振るアルモ。

タクトはのほほんとした顔を崩さずに、心中で驚愕していた。

こりゃえらいことになったな―――――と。

瞬間、タクトの顔つきが変わった。



「シヴァ殿下」

「どうした? いや、殿下!?」

「皇族全滅―――――とはまだ決まってはいませんが、そうなるとシヴァ様が最後の皇族ということになるでしょう?」

「それくらいはわかる! 私が言いたいのはだ! そなたはそれで態度を変えようというのかということだ!」

「いやあ、やっぱ公私の区別はつけるべきだし」



へらっ。

タクトは数秒前のシリアスな顔は何処へ行ったのかというくらいのだらしのない顔でそう言う。

シヴァはそんなタクトの態度にほっとしつつ、自分の立場と状況を把握し、そして立ち上がった。



「タクト、私はこれからどうすればいい?」

「そうですね。エオニアはまず間違いなくこの白き月も狙ってくるでしょう。白き月にはエンジェル隊や近衛艦隊の一部がいますが」

「戦力としては心許ない」

「ですね。まあ防御に関してはシャトヤーン様がどうにかしてくれるでしょう、だろ?」

「はい、既にシャトヤーン様が白き月にシールドを張り巡らせていらっしゃいます」

「流石。しかし援軍のアテもないまま立てこもるってわけにもいかないだろうな、となると……」

「私は密かに白き月を脱出してエオニアに抵抗する戦力を集め、そしてエオニアを打倒する」



凛とした声でシヴァは宣言した。

十歳の小娘が何を、とはタクトもアルモも思わない。

シヴァにはそれだけの威厳と能力、そしてカリスマが既に備わっているのだ。

ただ、それは悲しいことでもある。

まだ親に甘え、友達と遊びたい盛りだろうに……とタクトは悲痛な心境を僅かに胸に抱いた。



「脱出となると、艦がいりますね」

「といっても一隻しかあるまい? この白き月にある艦といえば」

「エルシオールですか…あれ、本当に動くんですか?」

「失礼なことをいうな。確かにあれは皇族の儀式や式典などにしか動かさないが、能力自体は他の艦にも負けん」

「じゃあルフト先生を呼ばないと。あの人、近衛艦隊衛星防衛の統括司令でしょ?」

「いや、タクト……そなたがエルシオールの司令官だ」

「は!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺は一介の大佐にすぎないんですけど!?」

「今は非常事態だ、だから気にするな」

「気にしますって!?」

「アルモ、ルフトに衛星防衛艦隊を逃がすように伝えろ、今は確定的な戦力の消失は避けたい。後、ムーンエンジェル隊を呼び戻せ」

「わかりました!」



なれない敬礼をすると、アルモは一目散に駆け出し、退室した。

タクトはそれを呆然と見送り、そして一つ嘆息。



「はぁ……さらば、平穏な日々よ……か」

「そして、ようこそ、波乱万丈な日々よ……だな」

「人事みたいに」

「そういうな。うまく立ち回れば英雄になれる機会だぞ?」

「勘弁してください。そんな面倒な立場にはなりたくはありません」

「ふむ、それは困ったな……英雄となれば私とも立場的に釣り合いが取れると思ったんだが……」

「今何か言いました?」

「いや、何も? ふふ……まあいい、今はとにかく脱出を考えねばな」

「シャトヤーン様に挨拶していきます?」

「やめておこう、叱られそうだしな」

「確かに!」



二人は顔を見合わせて笑う。

危機は目前に迫っている。

それでも、シヴァには不安はなかった。

目の前にタクトの笑顔があるから。

この笑顔がある限り自分は大丈夫だと信じているから。



「それじゃあ、行きますか! 麗しきムーンエンジェル隊との顔合わせに!」

「おい」

「あっはっは、冗談、冗談ですって!」



シヴァ・トランスバールとタクト・マイヤーズ。

銀河を股にかけた壮大な物語は、この二人を中心にして―――――今始まった。