Guardian Angels

6.騎士と炎、舞う雪



















スノーフェアリーとリベレートがそれぞれのヴァリアブルツールを構えてヘルファイアと対峙する。

「さて…どうしようか。来るよ、雑魚の群れ、悪意の塊が」

スノーフェアリーが自身の周囲に起きつつある異変を感じ取っていた。リベレートも同時にそれを感じていて、ヴァリアブルツール、クルセイダルを正眼に構えた。

直後、ヘルファイアを囲むように大量のビシャスが発生した。

「七海さん。こいつらは無視してください。私たちで処理します」

スノーフェアリーの真上にいたファーマメントが宣言した。それに追従するかのようにクリアップが、シェイドが、パーガトリーが頷いた。それは、2人なら間違いなくヘルファイアを止められるという信頼の証。

そして、その為なら4人は頑張れた。

「行きます…!ストリームガンド!!」

「ウィンズッ!ボールッ!!」

「…シャドウスティンガー!」

「イフリート、起動!!」

それぞれが自分の戦場へ向けて動き出した。それを見送った2人は頷き合うと、走り出した。道は仲間達が開けてくれる。だったら、自分たちはそれを信じるのみ。

「ステアエクスプロージョンッ!!」

ストリームガンドから放たれた閃光が爆発を起こし、複数のビシャスを巻き込んで消滅させる。そこにできた空白を2人は駆け抜ける。

すぐにビシャスは空白を埋めて2人の追撃に移ろうとするが、そこにファーマメントが立ちはだかった。

「ここから先は絶対に通しません。何があっても」

確かな宣言とともに、突っ込んできたビシャスを串刺しにした。

その先、再びビシャスが溢れ出してきたところでクリアップが乱入してきた。

「止まるな!!」

その叫びとともに、クリアップは右足を振り上げた。

「シャイニングッ…!!シュートォッ!!」

振り抜いた足とともに放たれたボールがビシャスの群れを蹴散らす。モーゼの如く割れた道を2人は駆け抜ける。

「絶対行かせないよ」

その言葉とともにビシャスを蹴り飛ばすクリアップ。

2人が駆け抜けた方向は決して見ない。視線は群がるビシャスへと向けられる。

「絶対、行かせない。悪意は消えればいいんだ」

手元に戻ってきたボールをもう一度蹴り、自分もビシャスの群れの中へと飛び込んだ。

走り続ける2人の道を形作るかのように黒い針が地面に刺さっていた。その針を追っていくとシェイドがビシャスを追い詰めていた。

「あぁ、来たのね?ちょっと待ってて。すぐに空けるから」

言って目の前にいたビシャスの額に針を突き刺した。

次々と一直線上のビシャスに針を突き刺し消滅させていく。そうして残ったのが針の道だった。

「この先には奏がいるから。そこまでなら勢いでいけるでしょう?後は露払いしておくから」

針で作られた道を駆け抜けながら、2人は自分の武器を構えた。

身体能力で劣るシェイドがここまで道を作るのは並大抵の事ではなかった。だったらその先へは自分たちの力で突き進む。そう決めて、

「シュトルーデルボーゲン…ピュリフィカトリースター!!」

スノーフェアリーの左腕のブレードから螺旋状の閃光が放たれた。

その閃光は軸線上にいた全てのビシャスを巻き込んで霧散させた。リベレートはおろか、放った本人でさえも呆然とする威力。だが、それでもビシャスは消える事はなかった。

「折角の通路。無駄にはしない」

すぐに自分の成すべきことを思い出したリベレートがクルセイダルを構えて突撃した。振り抜いた一太刀で複数のビシャスを巻き込んで霧散させる。一撃一撃が必殺の一撃。

悪魔を討つ騎士の名を冠する剣は悪意の塊に対して有効だった。彼女が剣を振るう度に道が開いていく。そこをスノーフェアリーが駆け抜ける。

「こん、のぉぉぉぉおおおっ!!」

雄叫びとともに巨大なナックルでビシャスの群れの中央を穿つ。クレーターが生まれ、そこには何も残らない。

そして、スノーフェアリーは跳躍。そして、更に離れた位置のビシャスの群れの中央に降下し拳を叩き込んだ。落下点を中心として巨大なクレーターが発生し、その中心にはスノーフェアリーがしゃがみ込んでいただけだった。

「どれだけ破壊力があるのよ…あれ」

その光景を見ていたリベレートはその常識外れの威力に言葉を失っていた。

冗談ではない。クルセイダルはビシャスに対してのみ破格の威力を発揮する。だが、あれは違う。スノーフェアリーが持つヴァリアブルツール、アームドジェムスフィアは規格が違う。

ビシャスに対する有効性ではない。純粋に破壊力が高いのだ。ただ殴っただけでクレーターが発生し、落下の衝撃を利用するだけで広範囲に衝撃波が発生、更に巨大なクレーターが発生する。

これは、今までの少女たちの扱ってきたどのヴァリアブルツールとも違う。わけが違う。

そう、言うなればビシャスの王たるヘルファイアに対抗する為としか思えない。これは、圧倒的なまでの力を持つ存在に対抗するための、最強の悪意に対抗するための希望なのだ。

だが、

「やっぱり、こんな力技の雪女がいてたまるか」

納得ができないのが現状なのだ。

「いいじゃない。たまには拳で語り合う雪女だっているわよ」

あっけらかんと言うスノーフェアリー。

そういう問題ではないのだが、それでも会話は打ち切りになった。ビシャスは増え続けているのだから。

この先を一人きりで支えているパーガトリーの下へ到達しなければならない。突破だけはそれほど難しい問題ではない。

だから、

「見てなさい。必要最低限っていうものを見せてあげる」

リベレートはクルセイダルを構えた。

一瞬でトップスピードまで持っていくと、スピードを緩めることなく迫るビシャスを切り捨てていく。彼女の通った後には何も残らず、一条のラインが引かれたようになっていた。

「まぁ、それもありだけど」

一方で、スノーフェアリーは目の前に群がるビシャスを見やり、笑った。

「大は…」

左の拳を前方に突き出し、全速力で駆け出した。

前方にいたビシャスがその拳に押され、パーガトリーがいる位置まで一気に後退させられる。

「小を兼ねるッ!!」

叫ぶと同時にビシャスを突き飛ばし、右の拳を全力で振り抜いた。振り抜いた拳は衝撃波を生み出し、群がっていたビシャスを一気に薙ぎ払う。

一瞬にして生まれた何も無い空間に周囲のビシャスが殺到する。

「シュトルーデル、ボーゲン…」

左腕を突き出し、意識を集中させる。

「ピュリフィカトリースター!!」

放たれる閃光を、まるで剣でも振るうかのように横に一閃させる。それでも収まらない閃光を放ちながら、左腕を連撃のように振り回す。

その凶悪なまでの閃光は全てのビシャスを呑み込み、ヘルファイアを残すだけとしてしまった。

「どう?」

ふぅ、と溜息を吐いてからスノーフェアリーは後ろにいたパーガトリーの方へと振り向いた。

「凄い…としか言えない」

求められたパーガトリーは目の前で起きた光景が魔法のようだと思ってしまった。実際にはただの力技に過ぎないのだが、今まで自分が梃子摺っていた群れを一瞬にして殲滅させてしまった。それはまさに魔法だった。

「じゃ、奏は後ろをよろしくね。後ろから来る分は全部は倒してないから。私たちの邪魔をさせないようにお願いね」

「うん」

拳と拳をこつん、と合わせると、スノーフェアリーとパーガトリーはそれぞれ駆け出した。それぞれにそれぞれの戦場がある。

スノーフェアリーにはヘルファイアとの戦いが、パーガトリーには迫るビシャス群を抑えるという戦いが。

言葉はこれ以上は必要ない。

この場で戦い続ける少女たちは全て『守る者』なのだ。誰もが、自分に与えられた聖痕の意味に気付き始めていた。

そして、その戦いを傍から見つめ続ける未だ力の目覚めぬ少女たちは戦い続ける少女たちの姿を見て思う。

『何と美しい姿なのだろう』

と。

溢れる光と共にあるその姿は天使そのものだった。悪意から全てを守り抜く天使。

それは、希望の象徴だった。

「遅いわ」

「ごめん」

そして、開けた空間でスノーフェアリーとリベレートとヘルファイアが対峙する。

場が、弾けた。
























ヘルファイアが虚空に手を伸ばし、諸刃の双剣を掴む。それをつなぎ、1つの武器にしたところでスノーフェアリーに向かって突進した。

「ふっ…!」

向かってくるところを跳躍、ヘルファイアの直上を回転しながら通過する。その間にスノーフェアリーの後ろにいたリベレートが斬りかかる。

「グッ」

だが、ヘルファイアは諸刃の剣でその攻撃を受け止める。

「昔とは変わったわね」

呆れにも似た言葉をリベレートが吐くと同時に、ヘルファイアの体が木の葉のように宙を舞った。

「ついでにあんた、どんな馬鹿力してるのよ」

ヘルファイアの身長は女性としては高めの身長をしているリベレートの約1.7倍はある。そして、スノーフェアリーは女性としても非常に小柄だった。そんな少女が巨体を一撃で高く打ち上げるのだから呆れたくなるのも無理はない。

だが、スノーフェアリーの攻撃は時間稼ぎだった。

彼女は自分の攻撃が完全に『破壊』でしかないことを熟知している。

その上で、彼女の役目はリベレートが“本来の役目”を果たすその瞬間までにヘルファイアの戦闘能力を奪う事だった。

「イクシード…」

追撃をするスノーフェアリーは体を反り、両拳を腰だめに構えた。その拳に光が宿る。

「ディス!トラクションッ!!」

振り抜いた拳が諸刃の剣を捕らえ、完全に打ち砕く。さらに胸部装甲に一撃加え、その場で一回転。勢いの乗った踵をヘルファイアの背に叩き込み、地面に向かって撃ち落した。

拳の光はまだ消えてはいない。

「…その鎧、砕く!!」

落下と同時に、全身を光が包む。

「アブソリュート」

光となったスノーフェアリーが倒れ伏しているヘルファイアに向かって急降下する。

「ゼロッ!!」

衝突の瞬間、ヘルファイアのいた地点を中心として巨大な氷柱が出来上がった。氷柱の上に、スノーフェアリーが立っている。

「砕け…散れッ!!」

足元の氷に拳を叩き込み砕く。

中からはボロボロになったヘルファイアが出てきた。

「白銀!!」

飛び退いたスノーフェアリーがリベレートを呼ぶ。

リベレートはクルセイダルを抜刀するかのような姿勢で構えていた。その刃は強い光を纏っていた。

「これが…私の役割。本当の、役目」

呟いて、ゆっくりとクルセイダルを天高く掲げる。

「大丈夫。あなたは…直央は1人じゃない。1人じゃないから……私がいる」

タン、と静かに跳躍する。

「リレイション」

その言葉と同時に剣を振り、光を解き放った。

光はヘルファイアを包み込み、鎧を分解した。そして、中から取り込まれたままの直央を包み込んだ。そのまま光は彼をリベレートの元へと運ぶ。

「お帰りなさい…それから、ごめんなさい」

自分の元へとやって来た直央を抱き締めたリベレートはそのまま変身を解いた。

「1人にさせて…ごめんなさい」

そのまま抱き締めたまま涙を流しながら謝り続けた。
























全てのビシャスの動きが止まった。

そして、そのまま地面に潜っていった。

「終わり…でしょうか?」

肩で息をしながらファーマメントは呟いた。

「出来れば、そうあってほしいんだけど」

同じく肩で息をしながらクリアップが返した。

そして、視線はシェイドへと向けられる。

「多分、七海と白銀が終わりにしたんでしょう?だったら、今は取り敢えずお終いでしょうね。あれだけの悪意を集めてまで作った存在が敗北したんだから。暫くは、大人しくなるでしょうね」

「それでも、暫く…なんですね」

シェイドの言葉にファーマメントが悲しそうに返す。

「何言ってんの!その為にあたしたちがいるんでしょ?」

だが、そんな気分を振り払うかのようにクリアップは笑顔で言い切った。

そして、そこにパーガトリーが歩み寄ってくる。その表情はどこか吹っ切ったような、そんな表情だった。

「お疲れ様、奏」

「はい、お疲れです」

シェイドに声をかけられて、彼女は笑顔で応えた。

「取り敢えず…終わりですね」

「えぇ。これから、どうするの?」

「さぁ?多分、復学するだけだと思いますけどね」

「そう…」

それから、4人は七海が戻ってくるのを待ってから帰った。
























あの戦いから2ヵ月後。麻尋は聖痕がなくなっていることに気付き、直央と共に学園を去った。

更に5年後。23歳になった刹那が学園を去り、その1年後に奏が学園を去っていった。

それから1年。今度は晴香と七海が学園を去った。

最後まで残った空もその1年後には学園を去った。

そして、空が本土に帰ってきた日、4年の月日を経て七海、空、晴香、奏、刹那が再会する事になっていた。

「あ、七海さーん!」

空港で飛行機から降り立った空が七海の姿に気付き手を振った。

それを見ながら後ろに控えていた刹那が口を開いた。

「随分、明るくなったわね」

「それはもう。あたしの取り柄を取られた感じですよ」

それに対し晴香が皮肉で返した。

その間に空は七海のもとへと辿り着き、久々の再会を喜んでいた。

「あ、刹那さん。聞きましたよ。結婚、おめでとうございます」

そう。あれから大きな変化があった。

刹那はその足を生かし、陸上の世界へと足を踏み入れた。そして、専属のコーチと晴れて結婚したのだった。

「ふふ。ありがとう。空もこれからが人生の本番だからね、しっかりと頑張りなさい」

「はい」

刹那が結婚し、晴香が女子サッカーの日本代表となり、奏は普通のOLになった。奏に至っては彼氏すらいる。

「七海さんは、今はどうしているんですか?」

空が当然の質問を向けた。

「私は今でも戦ってるよ。ビシャスは学園にだけいるわけじゃないからね。人を守るっていう役目はまだ終われないみたいだから」

七海だけは聖痕が消えなかった。だが、学園も23を過ぎても一人だけ残しておくわけにもいかず、外のビシャスの対応員として卒業させたのだった。

「皆、自分の道にいる。私はこうして戦い続けることが自分の道なんだと思う」

「そうですか。やっぱり、七海さんは出会ったあの頃から変わってませんね」

空は微笑んだ。

皆変わってしまった。でも、根っこの部分は誰一人として変わっていない。七海に至っては何一つとして変わっていない。

「そういえば、気になるんですけど。聖痕って、結局なんだったんでしょうね?」

空の質問に、誰も答えられなかった。誰一人として、明確な答えなど持っていなかった。

「さあ?でも、きっと、いつかビシャスが来るってことはわかってたんだと思う。だから、それを抑えるための存在を作りたかったんじゃない?誰かが」

その誰かが誰なのかは分からないけど。そう続けて七海は窓の外に視線を向けた。

「ごめん。仕事みたい。行ってくるね」

そのまま発着ゲートの方へ向けて走り出していった。

皆がその後姿を見送った。

「多分、ああいう人が存在し続けるから希望が生まれて、希望を摘もうとする悪意を打ち倒すんだろうね」

晴香の言葉に全員が首肯した。

「じゃ、再会を祝してどこか行こう」

「え…?七海さんは」

「いいの。七海は…あの頃のまま走り続けてる。私たちは、新しい道を歩む事になる空を引っ張っていくの。七海とも、そう話したから」

遠くで、爆発音が聞こえた。

七海は、今でも戦い続けている。

それは、人の希望を守るため。

そんな人がいるから、今の自分がある。

だったら、自分はその人の望む道を進もう。

それが、新しい戦いになるのだから。








FIN