Guardian Angels

5.騎士
















撤退したそれぞれは、奏の案内で奏と直央が潜んでいた小屋にやって来ていた。

「ここで、暮らしてたんだ」

そう言って、奏は自分が使っていた以外の部屋…直央の部屋へと足を踏み入れた。

そこへは、一度として足を踏み入れたことはなかった。

「…ある種、怨念ね」

中を見た刹那はポツリと呟く。

そこにあるもの。それは、全面に渡って書かれた血文字。麻尋を求めるが故に溢れ出した感情。

全てが込められていた。

「…怖い、です」

「同感」

空と晴香が同様の反応を示す中、七海は血文字の1つを殴りつけた。

「七海?」

不審に思った刹那が問いかける。

「…出よう。ここにいると、こっちまで壊れそうだよ」

答えは返ってこず、ただここを後にしようという言葉だけが返ってくる。

刹那は、仕方ないと小さくかぶりをふって全員を外に出した。

歩きながら、七海は奏に問いかける。

「名前は?」

「赤井…奏」

奏は素直に答えた。今更、拒む理由などない。

「私は雪代七海。で、あっちの背の高い子が明野空で、隣の髪の短い方が四方晴香。それから、あの髪の長い人が影崎刹那さん」

そして、七海は自分を含めた全員を紹介した。

奏はその意図が理解できず、首を傾げた。

「えっと、氷狩直央さん、だったよね?このままでいいの?

 振り向いてくれなくても、ビシャスになっちゃったんだよ?せめて、取り戻したいって思わない?」

「取り…戻す」

「そう」

このとき、奏は理解した。

自分は今まで滅ぼす戦いしかしてこなかった。それは、ビシャスと同じだということ。

そして、直央は正真正銘のビシャスになってしまったということ。

「取り戻したい。こっちを向いてはくれないけど…でも、人間であってほしい」

だから、決められた。

ビシャスは認めない。それが、奏だけでなく、学園にいる者のほぼ全員の答え。聖痕はまだ許せた。

それは、誰かを守る力をくれることもある。そして、保有者も聖痕に嫌悪感を抱くことはなかった。

だが、ビシャスだけは違った。

あれは悪意そのもの。何故悪意が形を成すのかは誰も知らない。だが、それが悪意の塊で、害悪にしかならないことをそれぞれが知っている。

だから、奏は決めることができた。

「私は…戦う。あの人を、取り戻すために」

「そっか…じゃ、よろしくね」

奏の決意を聞き、七海は握手を求めて手を差し出した。一方の奏はそれが何を示すのかわからず、ただ首を傾げるばかりだった。

「だから、よろしく」

差し出した手はそのままに、七海は微笑んだ。

奏は顔を真っ赤に染めて、半ば条件反射で手を伸ばした。それをしっかりと掴んで満面の笑みを浮かべる七海。奏の顔は余計真っ赤に染まってしまった。

「…堕ちたわ」

そんな奏を離れて見ていた刹那が呟いた。今の奏の顔は恋する乙女そのものだった。

「ホントですねー。七海のあれも結構凶悪ですしねー」

「七海さん自身は、同性愛者でもないんですけどね」

晴香も空も口々にそんなことを言う。

ここにいるそれぞれが、七海には付いて行きたくなる何かが存在すると思っていた。

例えば、空。

一緒に戦う人を探していたのは事実だったが、七海が最初というわけでもなかった。七海と一緒に戦って、『この人とならいい』と、心の底から思えたから共に戦うことを選んだ。

晴香にしても、グラウンドに現れたビシャスを撃退してくれる人を探していただけで、自分が付いて行くことになるということは考えていなかった。

刹那は敗北以来、戦いの場から姿を消した。もう、戦うことはなく、静かに聖痕が消えるまでを過そうと思っていた。だが、あの日、七海は必死になって刹那の力を求めた。それがあったから今ともに戦っているのだ。

「私…絶対、あの人を止めて見せます」

そう言った奏の表情に、嘗ての憎しみや、直央への届かない想いなどは一切なかった。

そこにあるのは、ただ純粋に七海の役に立ちたいと思う女の顔だった。















麻尋はあてもなく彷徨っていた。どこに行っても自分を慕うようにビシャスがやってきた。

だが、何かが違う。その裏に、何かがある。

そして、気付いた。

ビシャスは麻尋を取り込もうとしているのだ。そうすることで、直央と同じ存在にしようとしているのだ。

それが、直央の意思として。

「…私は……違う!!」

これは自分の望んだ世界ではない。

何故、あの時、守るという意志を持てなかった。何故。

そんなことばかりが麻尋の頭を支配する。だが、それは1つの答えだった。もう間違えたりしない。

それを、決める為の答えでもあった。

「オビーディエンス」

コール。

闇に包まれたそれであっても、根幹はビシャスとは全く違う力。

「私は、あなたたちと同じにはならない、絶対だ!!」

力強い叫びと共に、鎖が舞った。















七海たちは奏を加えた5人で直央と一体化したビシャスを捜索していた。

次は止める。

全員がその考えの元で動いていた。

そして、ソレは実際に現れた。

現れたというよりは、狙われたというほうが正しいかもしれない。林の中を歩く5人の背後を取るようにして空から降ってきたのだから。

「はぁあああっ!!」

七海がいつものように殴りかかる。そうすることで全員の変身する時間を作り出す。

「アセンド」

「キックオフ」

「ラメンテイション」

空が、晴香が、刹那が、それぞれ自分のもうひとつの姿を呼び覚ます。

「ファーマメント、フォールアウト」

「クリアップ、スタートアップ」

「シェイド、be afloat」

3人が変身を終え、ビシャスへと向かっていく。

「奏、行くよ」

「…うん」

右腕だけが変身した状態の七海とまだ変身していない奏が並ぶ。

そして、七海が右腕を掲げ、奏は左の二の腕にそっと手を当て、天高く左腕を突き上げる。

「クリスタライズ!!」

「ブレイズアップ!!」

白と赤。2つの光が彼女たちを包む。

「クリスタルスノウ、トップギア、インッ!!」

「パーガトリー、推して参る…」

奏は、自分の名を業火からパーガトリーに改めていた。意味は変わらない。だが、自分は変わるという意気込みを皆に見せることだけはできていた。

一斉に駆け出す2人。

一方、先に戦っていた3人は異変を感じていた。

複数のビシャスの気配である。先ほどまではなかったことを考えると、目の前の存在が呼び出したと見てもいいはずだった。

「…まさか、ビシャスの王様ってわけないよね?」

「どうだか…だけど、ここまで嫌になるくらいに赤いと、地獄の炎って気がしてくるわね」

「じゃあ、これからヘルファイアって呼びますか?」

異変を感じつつも、3人はどこか余裕を持っていた。七海がいるだけで、何故か不安に思う気持ちがなくなる。

それがどういうことかは分からないが、どんな試練も自分の力で超えてきた七海だからこそ、皆も信用できるのではないだろうか、と思っている。

「奏、皆は周りのビシャスを相手にするみたい。私達はあっちに専念しよう」

「うん」

3人の行動に気付き、クリスタルスノウはパーガトリーを伴ってヘルファイアへと向かっていく。

その鎧に包まれた巨体にクリスタルスノウは一撃、殴りつけた。

「…硬い」

直ぐに距離を取って、傷をつけられていないことを確認した。

「どこか、他のところは……」

パーガトリーは走りながらヘルファイアの周囲を見て、弱点となりうる場所を探す。

しかし、見つからない。

「ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

ヘルファイアが咆哮を上げ、虚空に向かって手を伸ばした。

一瞬後に掴んだのは巨大な諸刃の剣だった。

「武器を使う!?」

クリスタルスノウは振り下ろされた剣をサークルジュエルで受け止めた。

重い。体格差もあるが、純粋に力が違った。

パワーが自慢のクリスタルスノウではあったが、ヘルファイアは別格だった。強ち、ビシャスの王様という表現は間違っていないかもしれない。

「七海!!」

クリスタルスノウを助けようと、パーガトリーがサラマンダーを使ってヘルファイアに殴りかかる。

だが、ヘルファイアは空いた左腕でパーガトリーを薙ぎ払った。

「奏っ!!」

横跳びでその場から離れたクリスタルスノウは地面に倒れているパーガトリーに駆け寄った。

「大丈夫。問題ない」

パーガトリー自身、簡単に弾き飛ばされることぐらい予想できていたので、きちんと受身を取っていた。払われた瞬間にすらサラマンダーを利用して威力を軽減させていたのだから。

問題は、攻撃が全く通らないことだった。それさえなければ、倒せる。

2人は、もう一度ヘルファイアに向かっていった。















ファーマメントは空から攻撃してくるビシャスを追った。

「ギャンブラーですね、私」

呟いてから、ぎりぎりまで接近、一瞬だけストリームガンドから降りた。

「ブルースパイラル」

回転させたストリームガンドがビシャスの体表を抉る。

すぐにストリームガンドの上に座ってその場を離れる。

ビシャスは悲鳴を上げながらその場で暴れている。あの場に留まっていれば、巻き添えを受けて地面に叩き落されていただろう。

「チャージ」

だが、ここでも敢えて接近する。

前に出る。それがファーマメントが自分に課した課題のひとつ。

だから、止まらない。

先ほど抉った部位にストリームガンドの先端が突き刺さる。

ビシャスが暴れるが、ファーマメントは慌てなかった。

「ストリームガンド、スローターレイ」

ビシャスの体を突き破って閃光が溢れた。前に出る、という想いが産んだ二重の攻撃。

「さて、次に行かなきゃ」

ファーマメントは、光となって分解されたビシャスの死骸の中を突き抜けた。

一方、クリアップは触手を伸ばしてくるビシャスに対して距離を空けていた。

「研究されてるね」

ビシャスの触手が伸びてくる距離は、クリアップのシュートが最大の威力を発揮できる距離よりも長い。

「けどさ」

だが、クリアップは迷わない。

意識を集中させる。

一筋の道が、自分とビシャスの間に見える。

届かないなら近付けばいい。

「嘗めちゃいけませんぜ、お兄さん」

ニヤリ、と笑うと足元に出現させたボールを上空に打ち上げた。

「いよぉぉぉぉおおっし!!」

雄叫びを上げ、駆け出した。

クリアップは、頭を使うことを課題にしていた。今までが勘やセンスに頼りきった戦いをしていたが故の課題だった。

そして、その成果を見せる瞬間こそが、自分のことを研究してきたであろうこのビシャスと相対している今なのである。

ビシャスは触手を伸ばし、クリアップを止めようとするが、逆に、クリアップは触手の上を走り出した。

振り落とそうとすれば跳んで次の触手へと飛び移る。

クリアップには進むべき道が見えていた。次にどこに行けばいいか、触手が出てきたとき、どう対処するか。全て分かっていた。

そして、

「チェックメイト!」

ビシャスの本体の位置まで到達した。

そのままビシャスの胴体を足場にして駆け上がり、跳躍。

同時に真上に来ていたボールを捉えた。

「この距離…防げるなら防いでみせて」

その言葉と同時に、クリアップは空中で回転した。

「シャイニングシュート!!」

オーバーヘッドキックの要領で、至近距離から叩き込まれたシュートは一撃でビシャスを光にした。

「日々進化する。だから、あの程度のラインじゃあたしは止められないよ」

雪のように降る光を身に纏いながら、クリアップは駆け出した。

まだ、何も終わっていないのだから。

そして、更に離れた位置で大量のビシャスを相手取っていたシェイドは増え続けるビシャスの対処に追われていた。

「…弱いけど、数がね」

一体一体の能力は低い。だが、それが増え続けているのだ。このままの戦いを続ければ、体力のなくなったシェイドが負けるのは確定だった。

だが、ここで気付いたことがある。

ビシャスが光に分解されることもなければ、爆発もしない。土になるだけだった。

「成る程。デッドコピーか」

劣化コピー。それがこのビシャスの群れの正体だった。

そして、ビシャスを作り出している何かがいるということになる。

シェイドも、自分に課題を出していた。

彼女の場合は自分の欠点を補うものではない。はっきり言って、彼女の場合は欠点を補うことなどできないのだから。

だから、彼女は自分の長所である隠密性をのばすことを選んだ。

そして、それはこのような状況で真価を発揮する。

「元々雪代の露払いをするって決めての戦いだったんだ。こんなもの、露のうちにも入らない」

ふっ、とシェイドの姿が掻き消える。

直後、土くれのデッドコピーが飛び飛びに消失していく。

そこがシェイドが通った道。だが、それは本当にランダムで、規則性などを見つけることができず、ビシャスは悪戯にデッドコピーを作り出すしかできない。

無論、着地点を見つけられない以上、増やしたところで意味を成さない。

「デッド、エンド」

声の直後、デッドコピーを作り出していたビシャスの全身に針が突き刺さっていた。

黒い針が一本、また一本と抜け落ちていく。

そして、抜け落ちた箇所から光が溢れてくる。

「Dust to dust」

その言葉と同時に針が全て抜け落ちる。そして、光となって弾けた。

「さて、露払いに行きますか」















パーガトリーが距離を詰めて、その陰からクリスタルスノウが飛び出す。

割と無防備な間接部分を狙うが、元々のパワーが違いすぎた。距離を詰めてきたパーガトリーを片手であしらい、空いた腕でクリスタルスノウの攻撃を受け止める。

だが、このような行動をとること自体がそこを狙われると危険であると証明している。だから2人は何度も狙い続けている。

「奏、次は空中からイフリート使って体当たりかキックで狙える?」

「やってみる」

今度はクリスタルスノウが距離を詰め、その後ろでパーガトリーがイフリートを起動させた。

「こんのぉぉおおおおっ!!」

クリスタルスノウも全力で攻撃し、パーガトリーのチャンスを広げようとする。

「縛鎖」

だが、クリスタルスノウとパーガトリーを鎖が絡めとり、後方へと投げ飛ばした。

「お、お前は…」

いち早く姿勢を立て直したパーガトリーが口を開く。

「直央は殺させない。絶対。誰にも殺させない…」

鎖を自分の元へと戻した声の主、ボンデージははっきりとした口調で言った。

「殺すわ、この手で」

その言葉を口にした瞬間、彼女の両手両足から鎖が落ちた。それまで、彼女という存在を縛りつけ、そして、武器としてきた鎖が壊れた。

いや、違う。

「サルベイション」

新たなコール。オビーディエンス(従属)ではなく、サルベイション(救済)。

それは、彼女自身の救済であり、直央への救済でもある。

闇が消え、光が彼女を包んだ。

鎧を形作り、スカートの下からマントのように繊維が広がった。肩には大きな装甲が装着され、右手には幅広の剣が握られる。

「リベレート、Fly high」

リベレート。

元はボンデージだった彼女はそう名乗った。これが、本来の姿。忘れていた姿。

「…あれ?」

その姿を見ていたクリスタルスノウは、自身の体を襲う違和感に気付いた。

その違和感は直ぐに現実として彼女を襲った。

サークルジュエルが肥大化し、彼女の腕以上に長く、大きなナックルガードを形成した。更に、左腕には弓状の大型のブレードも装着される。

全身の衣装、装甲が新しくなっていく。

何故こんなことが起きるのかは彼女自身分かっていなかった。

だが、これはヘルファイアを止めるためにずっと隠しておいたんじゃないかとも思えた。

変化が収まると同時に、

「スノーフェアリー、マックスギア、インッ!!」

クリスタルスノウ改め、スノーフェアリーは高々と名乗りを上げた。

「スノー、フェアリー?そんな雪女がいてたまるか」

その横で、リベレートが冷静に呟いていたのだが。

「凄い…」

一方で、パーガトリーは自分がどうして勝てなかったのかを、こんなに惹かれるのかを理解した。

こんなにも、進化できるほどの光を持った人など、他にはいなかったのだ。だからこそ、輝いて見えていたのだ。

「七海。私は空たちと周りを片付けてくる。だから、七海はそっちの騎士と…彼を、止めて」

そして、ここでヘルファイアと戦うのが自分の役目ではないと気付いた。だから、願いを託してその場を去った。

「…わかったよ、奏」

すっ、と左腕を持ち上げる。

「行くよ。白銀麻尋。私は皆を守りたいから戦う。あなたは彼を助ける為に戦う。

 それで、いいでしょ?」

「…わかった」

スノーフェアリーとリベレートが並んでヘルファイアと対峙する。

雪女と騎士は、地獄の炎を消し止める為に、ここに立った。














To be continued…















次回予告


ヘルファイアを囲むように大量のビシャスが出現した。

皆が私たちを助けてくれる。

分かってる。

私が助けたいのは、人だから。

人の想いを守る為に。

私は、往く。

第6話、騎士と炎、舞う雪

其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る…