Guardian Angels

4.従属する者
















あれから幾度となくビシャスと戦い、時には業火とぶつかり合いながらも七海たちは戦い続けた。

「けど、1回もフランベルクには遭遇しないよね」

と、唐突な七海の言葉に全員が頷いた。

「寧ろ…こっちが徒党を組み始めたから」

それを追う空の言葉に刹那も首肯で同意した。

早い話、業火と違ってフランベルクはただの人間でしかない。そんな人間が不意打ちで1人を仕留めたところで、残りの3人に打ちのめされるのは目に見えている。

そんなリスクを犯してまで倒しにいくよりは本来の目的であるビシャス狩りを続けたほうがいいのだ。

「それにさ、なんていうか……業火も、今はフランベルクのために動いてるわけじゃ無さそうだよね」

これには全員が頷く。

幾度か戦う中で、業火は次第に感情を剥き出しにしていった。それは、いつまでたっても刹那に勝てないことが理由なのかどうかはよく分かってはいないが、どこか本来の目的からはずれてきていた。

「…そろそろ、人間同士の戦いは終わりにしてビシャスとの戦闘に集中したいな」

七海が溜息と共に言葉を吐き出した。

それは、あの頃…まだ戦い始めた頃のヒーローに憧れた頃に戻りたいという想い。ここにいる4人はそれぞれがその想いを抱いていた。

七海はただ誰かを守る為に戦いたかった。

空は自分の手にした力を役に立てたかった。

晴香はサッカーをしながら部員たちを守りながら時を過していたかった。

刹那は陰でひっそりと過していたかった。

それぞれがそれぞれに色々な想いを抱いていた。
















「奏…」

業火は久しぶりに呼ばれた本名に違和感を感じつつ、声の方向を向いた。

「もう、終わりだ。俺はもう少しで目的を達成できる。だから、後は好きにするといい」

声の主、直央は業火――奏から離れていった。

今までは、武器に発火能力を与え、他の戦士との戦闘を引き受けたりなど、協力していたのだがここに来て一方的な破棄を突きつけられた。その理由が何なのか、奏は知らない。そもそも、お互いに何故戦うのかを知らない。知っているのは名前と、ビシャスを激しく憎んでいることだけ。

これまではそれでよかった。

だが、奏はどこかで直央の存在を支えにしていた。彼の為にという意識の元で戦い続けてきたが故に、それを終わりにされたということで、彼女の中で何かが終わってしまった。壊れてしまった。

「…あいつらを殺せなかったから、捨てられたんだ」

勝手な解釈。だが、それは今の奏にとって唯一の救いだった。

七海たちを殺せば直央は帰ってくる。そう思い込んだ奏は早かった。

1人ずつなんて言わない。全員纏めて殺してやる。

そう決めて、2人で隠れていた小屋を後にした。
















それは唐突だった。

七海たち4人が集まっていたカフェテリアで爆発が起きた。

「…!?」

爆炎の向こう側にいるのは業火だった。

「こんなところで!!」

晴香が真っ先に右足の聖痕に手を当て、

「キックオフ!!」

変身した。

「アセンド…!」

それを追うようにして空も変身する。

「待ちなさ…!遅かった…」

止めようとした刹那も諦めたように聖痕に意識を集中させた。彼女に関しては聖痕に手を当てると非常に不自然な格好になってしまうから、自然と祈るような姿で変身することが多くなった。

「ラメンテイション」

「クリスタライズ!!」

刹那と同時に変身する七海。既に後衛2人が戦闘を開始している。それを確認すると、クリスタルスノウへと変身を終えた七海は業火の目の前に向かって飛び込んだ。

叩き込まれるサークルジュエル。

それを業火はサラマンダーを纏った拳で受け止めた。

「どうしてこんな…」

「五月蝿い!!あたしは…お前らを殺してあの人に戻ってきてもらうんだ!!だから死ね!!」

じりじりと押し込んでいく業火。それを無理矢理腕力だけで粘るクリスタルスノウ。

その状態を崩そうと業火は更に空いた拳を繰り出したが、クリスタルスノウも空いた拳でそれを受け止める。

この均衡は崩れない。

そして、ファーマメントも、クリアップもシェイドもこの戦いには手を出さなかった。シェイドに止められていた。

これは憎悪に囚われた者を照らせるだけの光があるかどうか、それを見極めたいと言ったシェイドが残りの2人を止めたからである。

そして、3人の手を空けたのは正解でもあった。

一方、クリスタルスノウと業火は動けないでいた。止まったまま、お互いに押し合い、潰しあい、均衡が崩せないまま今に至る。

「勝手なこと言わないでよ。そんな理屈通るわけないでしょ!!」

そう言って、業火に蹴りを入れて均衡を崩すクリスタルスノウ。すぐにブースターなどは使用させまいと一気に距離を詰めて矢継ぎ早に拳を繰り出す。

それを何とか捌きつつ、業火はサラマンダーを使用したままの拳が異常をきたし始めていることに気付いた。

元々、ブースターとは限界以上の力を一時的に引き出す為のもの。このように継続的に使い続けるものではない。

そして、壊れる前に強制的にブースターが解除された。

「しまっ…」

己の失策に気付くが遅かった。

あからさま過ぎる隙を見逃すほどクリスタルスノウも愚かではない。一撃、当てて距離を作ったかと思いきや、地面を転がって体を起こした直後にサークルジュエルを地面に叩きつけ、衝撃力で得た加速で持って業火の下腹部へと必殺と成り得る蹴りを繰り出した。

その威力は甚大で、変身していなければ間違いなく直撃した部位から体が引き千切られていただろう。

「く…げほっげほっ!!」

咳き込むと同時に、地面に少量の吐瀉物を吐き出す。この程度で済んでいること自体、生身の人間では考えられないことだった。

「嘗め…るなぁっ!!」

立ったまま、ただ無感情に業火を見つめるクリスタルスノウに向かって拳を繰り出すが、そこに以前のような力はない。

それを造作もなく受け止め、そのまま流すように地面に叩きつけた。

嘗てのクリスタルスノウであればここまで一方的な戦い方はできなかっただろう。だが、クリスタルスノウは他ではありえないほどの対人戦闘を繰り返してきた。

そして、その相手が殆ど業火だったこと。それら全てがクリスタルスノウの力となった。

次に業火が何をしてくるのかがわかる。だからそれに応じた戦いができるのだ。

「イフリート、サランマダー起動!!」

一方の業火はここまで一方的に叩かれている以上、相手に知覚できない攻撃でいくしかないと判断した。

だが、それは間違いだった。

2つのブースターを起動した状態では、確かに周りからしてみれば知覚できないほどの攻撃をされたというくらいにしか感じられないだろう。

しかし、イフリートは『推力増加』ブースターである。それは、基本的にイフリートを用いた超加速は一直線にしかできないということになる。更に、全力での起動である以上、速度の制御ができない。

それは、欠点となる。

「ケルベロスダイブ!!」

突撃。

だが、クリスタルスノウは待ってましたと言わんばかりに光を宿した両の拳を構えた。

「マキシマム…」

タイミングを計る。距離、速度…それを総合して。

「ディストラクション!!」

瞬間、業火の動きが止まった。

この機を逃すほど、クリスタルスノウも愚かではない。

最初に叩き込んだ右での一撃を追うようにして左。

更に右。

交互に繰り出されていく拳は情け容赦なく業火のフィールドを剥ぎ取り、その身にダメージを蓄積させていく。

「オーバー!!」

その叫びと共に、最後に残った光が右の拳に集まる。

そして、振りぬいた拳が業火の体を天高く打ち上げた。
















「あはは…」

クリスタルスノウと業火の戦いを見ていた3人の耳に笑い声が聞こえた。

見るとそこには1人の少女が立っていた。纏う衣服は襤褸のようで、衣服としての機能など欠片ほども果たしていないように見える。

「白…銀?」

そして、その少女を知っていたと思われる言葉を吐くシェイド。

「ん…あぁ、影崎じゃない。もう戦いなんかやめたと思ってたのに。あんな屈辱的なことまでしてあげたのに」

白銀と呼ばれた少女は刹那が戦場から去った切っ掛けを口にした。その現場には刹那以外誰もいなかったというにも拘らず、だ。そのことは七海たちにも話していない。

「聖痕に触手を押し当てて…無理矢理変身を解いて…

 犯されるかと思った?あの時の顔は…可愛かったわよ」

そう言って、白銀は妖しく笑みを浮かべた。その表情に、全員が背筋に何か冷たいものが走ったのを感じた。

この女は危険すぎる。

それが総意だった。

「ストリームガンド…フレアレイン」

先制攻撃はファーマメントだった。それに続くようにしてシェイドが姿を消し、クリアップがボールを蹴る。

だが、白銀はそれらに構うことなく、襤褸のようになった服から露出している下腹部にそっと手を添えた。

そこに刻まれたのは聖痕。そして、

「オビーディエンス」

コール。それは禍々しいまでの闇を噴出し、白銀を包んだ。

更に闇はファーマメントの放ったフレアレインを吸収し、クリアップのボールを弾き飛ばした。背後を取ったシェイドも手が出せずに闇から離れていく。

3人の頭の中に危険信号が過ぎるが、それを理性で無理矢理押し込んだ。

「それが、答えなの?…白銀」

呟いたシェイドの言葉に反応するかのように闇が晴れた。

そこには白銀のライトアーマーに身を包んだ少女が立っていた。

両手首、両足首にはそれぞれ手枷と足枷が付けられ、そこから鎖が伸びている。

体を守るはずの鎧は大部分が省略され、体の露出を増長している。

何より、周囲を見る目が違う。全てが敵。そんな目をしている。

「ふふ…影崎。あなた、影って名乗ってるみたいだけど。あんたみたいなのにはほんとにお似合いだよね?

 だって、一度は逃げ出したくせに図々しくこんな所にいるんだから。だったら、陰でこそこそやるのがお似合いよねぇ?」

その言葉は背後に立っていたシェイドに向けられていた。あからさまな挑発。

だが、彼女はこの程度の挑発には乗らない。この手の挑発は業火との戦いで幾度となくなく浴びてきた。

「そっちの2人なんて…前衛がいないと何も出来ない半端者。

 ふふ…本当。あんたたちって歪ね」

その言葉が合図だったのだろうか。白銀の手首の鎖が伸びた。

「それから教えてあげる。あたしはボンデージ。ビシャスに服従し、ビシャスと共にある者よ」

白銀――ボンデージの鎖が周囲へと襲い掛かる。

クリアップとシェイドはそれをかわし、ファーマメントは最近の訓練の成果である、ストリームガンドの槍としての扱いで鎖を捌いてみせた。

「へぇ…多少はやれるみたいね。じゃ、ハードル上げようか」

その言葉と同時に、今度は足首の鎖も伸びる。

一番の脅威と認識されたのか、4本のうち、2本がシェイドへと襲い掛かる。

だが、彼女たちとて防戦一方ではない。

ストリームガンドで捌きながら、ファーマメントは攻撃の準備を終えていた。

「ライトブリッド」

ストリームガンドの周囲に光の球体が6個生成された。

「リボルバーショット」

ストリームガンドの周囲を回転しながら、1つずつ高速で射出されていく。

「ディスパイアー」

同時に、ボンデージは鎖を戻し、光弾を全て鎖で叩き落していた。

しかし、それはチャンスでもある。

「ウィンズボール!!」

クリアップが跳躍、鎖がカバーできていない上空からボールを蹴り落とした。

「ち…」

舌打ちしてボンデージは光弾を受けている鎖の1つに指令を送った。

「爆鎖」

鎖が爆発を引き起こし、残りの光弾とボールを呑み込んだ。

本来は攻撃に使用する技だが、今回はそれを防御に使用した。だが、発生した爆炎はボンデージの視界を奪った。

それだけで十分だった。

「覚悟…!」

煙の中から漆黒が飛び出してきた。紛れもなくシェイドだった。

だが、それを確認すると同時にボンデージは妖しい笑みを浮かべた。まるで、待っていたとでも言わんばかりの笑みだった。

「縛鎖」

「…!」

爆発が起きるかと思い、一瞬加速を緩めるシェイド。それが仇となった。

今度は爆発など起こさず、鎖はシェイドの体を縛り上げたのだ。

「く…かはっ」

他の面々よりもパワーで劣るシェイドに脱出する術はなかった。

「あははっ…馬鹿じゃない?」

そんなシェイドを空中に持ち上げ、ボンデージは笑った。同時に、他の2人は一切の手出しができなくなった。

図らずも、シェイドは人質になってしまったのである。

待っていても状況は好転しない。しかし、動いても状況は好転しない。最悪の状況だった。

だが、暫く経ってから異変は起きた。

不意に、シェイドを縛る鎖が解かれたのだ。

「やっと来てくれた…直央」

そして、ボンデージの視線を追うとそこに立っていたのはフランベルクだった。そして、フランベルクはゆっくりと仮面を外した。

「あぁ…やっぱり直央。来てくれた」

フランベルク――直央を見るボンデージの目は恋焦がれた男を待つ女の目だった。

「あぁ…麻尋。迎えに来た」

直央がボンデージに向かって手を伸ばした。

「迎え…」

そこまで恍惚の表情を浮かべていたボンデージが表情を曇らせる。そして、地面から泥人形のようにしてビシャスが生えてきた。

「駄目。直央を迎えに来たのはこっち。直央はビシャスになって、ずっと麻尋といるの」

ビシャスが直央に向かって触手を伸ばした。それを直央は手にした剣で切り裂く。

「それ、あっちでのびてる女の力ね?」

そう言って、ボンデージは決着がついたのか、地面に倒れ伏している業火を見た。その傍らではクリスタルスノウが荒い息で立っていた。

「…奏?」

何故ここに、と言わんばかりの表情だった。

「駄目よ、直央。浮気なんてしたら」

ボンデージの声。

「浮気した挙句に、再会の場にこんなに女連れてくるなんて…」

少しずつ、声の質が変わってくる。それは、圧倒的なまでの殺意。そして、憎しみ。

「そんな直央には、お仕置きしなきゃね」

ビシャスが再び触手を伸ばし、ボンデージも鎖を伸ばした。

如何に直央自身の身体能力が高かろうが、生身の人間では限界が来る。そして、触手と鎖の迫る速度はその限界を超えていた。

「ブルースパイラル!」

そんな直央を守るようにファーマメントがストリームガンドを回転させながら割り込んだ。

以前はチャージだけだった近接攻撃だが、あれから自分の欠点を減らす為に特訓をしていたのだ。その成果の1つが、先程のブルースパイラルだった。

「貴様…何故?」

「どんな人でも、ビシャスに襲われる人は見捨てたりしない」

ファーマメントが直央の言葉に答える。

「それが、あたしたちの答え」

それに続くようにクリアップがビシャスに向かってボールを蹴った。

「そして、あなたが白銀を救いたいなら協力する」

シェイドがキックでビシャスを弾き飛ばす。

それぞれが再び戦いを始めた。

それを見ながら直央は考えた。

今まで、随分と遠回りをしたものだ、と。

「お前たち…もういい。俺は、あいつの傍にいる為なら手段は選ばん」

そして、答えを出した。

迷いなく、ビシャスの方へと歩き出す。理由など言うまでもなかった。

ある日、白銀麻尋の体に聖痕が浮かんだ。それが発覚し、麻尋は学園へと移送されていった。その船に忍び込み、密かに学園内部に潜入した直央。

ずっと密会を繰り返していたのだが、ある日、2人の前にビシャスが出現し、直央に怪我を負わせてしまった。

それに負い目を感じたのか、麻尋は直央の前から姿を消した。

一度だけ、姿を見せたことがあるのだが、その時にはビシャスに従属していた。

だから、取り戻すと誓ったのだ。

だが、今は…

「これで…一緒だ」

ビシャスが開けた大きな口の中に飛び込んだ。

それは、守ろうとしていた3人からしてみれば絶望的な光景。どうしてこんなことになってしまったのか。

しかし、次の瞬間、異変は起きた。

ただの異形でしかなかったビシャスが人の形を作り始めた。

それは甲冑を纏った騎士のようでいながら、どこか禍々しさを感じさせる姿だった。

3人は一様に感じていた。

これは、拙い、と。

一方で、ボンデージも現状を理解しきれていなかった。

彼女は、直央に傍にいてほしかっただけ。だというのに、直央はビシャスと同化することを選んでしまった。

「違う…こんなの違う!!」

泣き出して、彼女はそのまま走り去っていった。

「…抑えきれる自信は、ないなぁ」

クリアップが弱音を吐いてしまう。だが、誰もそれを咎めない。

誰もがそうなのだ。これを抑えきる自信などない。

ましてや、中にいるのは人間そのものなのだから。

「…あっちの2人を連れて1回退こう。対策を考えなきゃ」

シェイドがそう提案し、直央を取り込んだビシャスを油断なく観察しながら後退する。

次第に形を固めていくビシャスは深紅の体に、鮮血の如き赤の剣を持っていた。

「地獄の炎と言ったところかしら…」

それを最後にその場にいた全員は撤退した。
















To be continued…













あのフランベルクがビシャスになった。

それはさっきまで戦っていたはずの業火にまで影響を与えていた。

だけど、私達はあれを止めなきゃいけない。

再びヘルファイアと名付けたビシャスと相対する私たち。

そこにボンデージがやってきた。

もう、誰にも邪魔はさせない。

第5話、騎士

其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る…