Guardian Angels
3.光守る影
この日、七海は1人で歩いていた。
というのも、フランベルクに引き続き、業火と名乗る少女まで出てきてしまう始末。どちらにしてもやりにくい相手なのである。
そこで、晴香が提案したのが、
「じゃあ、経験豊富なベテランを連れてくるっていうのは?」
だった。
だが、これにも問題がある。経験豊富なベテランというのは、多くが既に何らかのグループに属していて、これ以上増やすつもりもなく、抜けるつもりもない者が多かったり、単独で戦い続けていて、仲間を必要としない者が多いからである。
では、七海はどこを目指しているのか。
実は、七海には1つだけ運さえ良ければ助けてくれそうな人に心当たりがあった。
「影崎先輩…ですか?」
そのことを言ったときの空の反応がこれだった。それは『知らない』という反応。それも当然だったのだが。
そもそも、影崎先輩なる人物がどういう人なのか空のように、学園に来てから1年も経過していない者は知っているわけがないのだ。
「それ、無茶じゃない?あの人…戦場から姿を消してからもう1年過ぎてるんだよ」
そう、空が現在15歳。まだ学園にやってきて1年目なのである。そして、影崎が戦いの場から姿を消したのが1年と3ヶ月前。今、学園で何をしているのかという話すらも入ってきていない。
「私はさ…憧れてたんだ。白く輝くあの人に」
そんなことを言う七海。今の七海がクリスタルスノウに変身できるのは彼女の影響もあったのである。
「まぁ…探せるんなら探してみるといいよ。あたし達はもうちょっと他を探してみるから」
そうして、七海は影崎を探し続けているのである。
もっとも、中々身のある話はなく、手詰まりだったりするのだが。
学園には、孤立している者もいる。時には、在籍しているはずなのに人前に一切姿を見せない者も存在する。
その中に、業火と名乗った少女もいる。
「…」
普段は一切姿を見せない彼女だが、学生証は持っている。この学生証、学園内での買い物の際に提示すると食料品などに関しては“支給”されることになるのだ。
そして、この日は食料品を支給してもらいに来ていた。
(…学園に反旗を翻したというのに。何故未だに学園の庇護下にあるんだ、私は)
内心、非常に不愉快ではあったが。
そんな時だった。
同じく食料品の支給を受けに来た七海と出会った。
お互い、相手が何なのか、何となくではあったものの想像がついていた。
(この人…)
(こいつ…)
((あの時の!!))
お互いが何らかの形で警戒する。業火も七海もこの往来の真ん中で事を起こすつもりはない。
だから、知らない振りをした。お互い、知らない振りをして食料品を受け取る。
業火は去り際に七海を睨み付けた。言外に『次はない』と伝えようとしていた。
しかし、七海は違った。次どころか、この瞬間すらない。やるならやってもかまわない、と。
実はこの1時間前のこと。七海は影崎に会うことができたのだ。だが、返ってきた返事は七海を怒らせるには十分すぎた。
「私は…もう戦わない。敗北した以上、もう戦えないから」
1年3ヶ月前。影崎こと影崎刹那は変身し、ビシャスと戦っていた。新進気鋭の有力派と呼ばれ、多くのビシャスを屠ってきた。
だが、ある日彼女は敗北した。
背中の聖痕にビシャスの触手を押し当てられ、変身が強制的に解除されてしまった。
それ以来、彼女は戦いの場から姿を消し、今でもそのままだったのだ。
だが、そんな簡単に諦める人が、七海は心底嫌いだった。
「…あなたは、何の為に戦ったんですか。一度負けて、それでもうお仕舞ですか?
生きてるんですよね?五体満足なんですよね?全部飾りですか?
違うでしょう!!」
「…私は、あなたほど輝けない」
「っ…!!」
それがきっかけになった。完全な諦めの言葉。それを認められるほど七海は穏やかではなかった。
「もう知りません!!貴方なんかここで一生腐ってればいいんだ!!」
そして飛び出したものの、すぐに食料品をもらわないといけないことを思い出してしまったのだった。それから今の業火と鉢合わせるというこの現状に至ったのである。
(…ここで目的とあの男との繋がりを聞き出せれば)
そんなことを考えて、何とかここに繋ぎとめようとする七海。
だが、その意に反して業火は踵を返して立ち去ろうとする。そんな彼女を七海は追った。
ここでなければ何とかなる。話を聞きだすことができるかもしれない。そんな考えがあった。
暫く歩いて、辿り着いたのは学園の敷地内でも――寮のあるエリア、その更に外れのほうだった。ここに住んでいる者など基本的にはいない。
つまり、ここに来たのは業火がここに居を構えているのか、それとも、戦う為なのか。そのどちらかになる。
「…ブレイズアップ」
そして、すぐに答えが後者であったことが判明した。彼女の左腕から光が溢れ、すぐに鮮血の如き赤い戦闘衣に身を包んだ業火へと変身する。
「業火、推参」
静かに宣言し、いつでも走り出せる態勢になる。
「っ!」
そして、七海が変身するよりも先に駆け出した。
「この…!」
それを転がって避けて、片膝をついた状態になると、七海は右手の甲に手を添えた。
「クリスタライズ!!」
その叫びは力になる。白い光に包まれて、その姿を純白の戦士のそれへと変えていく。
「クリスタルスノウ!トップギア、インッ!!」
声高々に宣言、直後、駆け出す。
サークルジュエルと鉤爪がぶつかり合い、互いを弾きあう。
「何故私たちを襲った!!」
「邪魔だからに決まってる!!」
拳が、蹴りがぶつかり合い、そして、言葉すらもぶつけ合う。
「ビシャスを倒してもいいと言ったあの人って誰のこと!?フランベルク!?」
「答える必要などないっ!!」
ぶつかり合い、弾きあう。
時にはかわし、カウンターを狙うがこれもかわされてしまう。いつしか、戦いは膠着状態へと陥っていた。
「…今回、油断はない。貴様では私に勝てない」
業火は静かに言った。
「イフリート、起動」
その頃、七海に散々言われた刹那は帰路についていた。傷付く人たちを見て何も思わないわけではない。
だが、それを守るために戦っていた自分が敗北した。その事実を受け入れられなかったのだ。そして、戦いをやめた。
そんなことを思っていたときだった。
刹那の進行方向から人が飛ばされてきた。
「え…?」
それは、見覚えがあった。何故なら、
「雪代…?」
変身こそしているが、先ほどまで話をしていた雪代七海その人だったのだから。
そして、今度は飛ばされてきた七海を追って業火が突っ込んでくる。それを見て、刹那は思わず隠れてしまった。
(何で…隠れてるんだろう)
刹那が隠れた茂みの裏では、立ち上がろうとするクリスタルスノウに容赦なく追撃をかける業火の姿があった。それは一方的に嬲っているだけで、戦いですらなかった。
(…私は、あの子に必要とされた。敗者であっても)
敗北者を探し出し、それでも一緒に戦ってほしいと言っていた七海。それは正に光そのもと言える存在だった。
刹那は光にはなりきれなかった。
(私は影になって、光を守る)
だから、覚悟を決めた。決めてしまえば早かった。
コールが、嘗てのものとは違うコールが浮かんだ。
「ラメン、テイション」
それは祈りを捧げる少女の如く、しゃがみこんだ姿勢のままで戦士の姿へと変身した。
忍者のような姿。漆黒の衣装。両腕に装着された手甲。両足に装着された鋼のレガース。
全てがずっと使ってきたかのように馴染んでいる。
ゆっくりと立ち上がった。
「シェイド、be afloat」
そんなことをしていれば当然業火も気付く。
「…何者だ?」
確認こそしているが、既に敵と看做している。
シェイドと名乗った刹那はすぐに両腕を持ち上げ、前に翳した。
「シャドウスティンガー」
その言葉と共に、手甲から黒い針が伸びた。これが答えだった。
直後、シェイドの姿が掻き消えた。
ぞくりとした寒気に似た何かが業火の背に走った。そして、それすら遅かったことをその身をもって痛感することになる。
「がっ…!!」
背後から黒い針で貫かれていた。すぐにそれが引き抜かれる。
振り向きざまに一撃を繰り出すが、すでにそこにシェイドの姿はない。
業火は、ブースターを使って尚、知覚できないシェイドに苛立っていた。
「姿を…」
苛立ちと共に拳を正面に向かって放つ。直後、その拳が払われる。
「そこか」
もう一発、拳を放つが今度は違う感触があった。踏み台にされた感触。つまり、相手は上にいる。
それに気付くと慌てて後退した。だが、シェイドはそれを読んでいた。
下がる業火に対し、シェイドは下がる業火を追い、更に一歩踏み込んだ。
そこで前蹴りを加える。
踏鞴を踏んで後ろへ崩れる業火だったが、すぐに態勢を整えた。
「…やっぱり」
それを見ながらシェイドは呟いた。
「どうした?先ほどまでの戦いはどうした!!」
そんなシェイドに向かって業火は叫ぶ。
シェイド自身、何となくは気付いていたのだが、根本的に打撃力というものが欠如しているのだ。能力の殆どが、相手に自分の存在を気付かせない気配遮断、そして、それをより活かすためのスピードに偏っているのだ。
攻撃は、専らシャドウスティンガーによる刺突と、レガースを用いた蹴りになってしまうのである。先程までの戦闘はあくまでも能力の把握にすぎないのである。
そして何より、シェイドの本当の武器はまた別である。
「さっきまで?違う。ここからが本番」
瞬間、シェイドは真正面に向かって駆け出した。
「ふんっ…!」
それを受け、業火は笑うとすぐに拳を突き出した。
だが、シェイドは姿勢を低くするだけでかわしてしまう。そこで腹部に拳を叩き込もうとする。
それを確認した業火は防がずに無防備な背中に一撃を入れようとするが、すぐにそれが間違いだったと気付かされる。
「シャドウスティンガー」
伸びた針が腹部に突き刺さる。
狙いは、自分の本来の攻撃に気付かせないこと。そして、油断とこの攻撃を受けて痛みに顔を歪ませている今がチャンスなのだ。
「はぁあああああああっ!!」
持ち前のスピードを活かし、針による連撃を加える。業火はそれを何とかいなすが、反撃のチャンスを得るどころか、少しずつ防御をすり抜け、かすり傷ではあったが、傷が増えてきている。
このまま押し切られると思っていたが、すぐに業火が視界から消えた。直後、ぐらりと体が倒れた。
覚えているのは頭を何かに蹴られる感覚。
遠くでシェイドが着地する姿が見えた。
(…何、これ……手も足も出ない)
シェイドの何よりの武器は『経験』だった。
過去に戦ったビシャスの攻撃パターン、この攻撃のとき、自分ならどうするか、それを考えるだけである程度の相手の行動は読める。
そして、後はそれに対抗できる行動を実行に移す度胸である。読みが外れる瞬間もある。それでも、覚悟して実行に移す度胸があるからこその戦いなのである。
「何者かって、訊いたっけ」
「…?」
地面に倒れ伏している業火に対し、シェイドは口を開いた。
「私は影。光と共にあり、光を守る影」
それは、戦い続ける決意を固めた言葉。七海は昔の自分を見ているようであまりに眩しくて目を背けそうになった。それでも刹那はそんな眩しい存在を守ろうと決めた。
戦う者として、彼女は業火に容赦はしない。人を攻撃することに躊躇してしまう七海たちでは業火にここまではできない。だから影となることを決めた。
「ついでに、私は負けない戦いをしただけ」
負けない戦い。それは勝たない戦いとも言える。
それをする理由は1つ。
「私は、人を殺さないから」
人殺しはしない。
変身し、多くのビシャスを屠って尚、それは暗黙の了解として存在する。変身能力はビシャスを倒すこと以外には利用しない。それが暗黙の了解だった。
だが、ここでそのルールを破った存在こそが業火なのだ。
「でも、それなりの目には遭ってもらう」
違反者には罰を。それを下すのは影の役目。
「…デッド、エンド」
行き止まり。そんな名前の技。これが、シェイドの持てる最高であり、終わりを告げるものだった。
それを聞いた瞬間、立っていた筈のシェイドの姿が一切見えなくなる。業火は慌てて立ち上がり、周囲を警戒する。
だが、周りからは気配どころか、音も何も感じられなかった。
「…1つ」
声と同時に側頭部を何か硬いもので殴られた。直後、視界に細く長い足を振り抜いた姿が映った。
(蹴られた…?)
蹴られる瞬間まで何も知覚できなかった。それが何を意味するのか。
すぐに、ガードを固める業火。もうシェイドの姿は見えていない。
一方のシェイドは普通に歩いているだけだった。歩いて、ガードの穴を見つけると、そこに拳を叩き込む。
「シャドウスティンガー」
一瞬で突き刺し、それを引き抜いた。血が流れ出し、業火の左腕がだらりと下がった。狙ったのは肩の付け根。そんな場所を狙うシェイドもそうだが、そこを刺されても悲鳴を上げない業火も業火である。
だが、終わりではない。業火は未だにシェイドを知覚できていないのだから。
「…終わり」
その言葉と共に、業火は天に打ち上げられた。蹴り上げたシェイドはそれを追って跳躍する。
最高点に達し、そこまで上がってきた業火を踵で蹴り落とした。
「今日はこれまで」
そう言って、倒れているクリスタルスノウを背負って歩き始めた。
殺しはしないが、それ相応の報いを受けてもらう。それがシェイドの行ったことだった。
翌日。
七海の隣には刹那の姿があった。
「あんた…本当に連れてきたんだ」
そして、それを見た晴香は呆れ半分で言った。それはそうだ。
無理だと思っていたのだから。そんな人物が目の前にいる。一体、何をやったのやら。
「…影崎刹那。昔とは、かなり違うけど……よろしく」
そう言って、刹那は小さく微笑んだ。暫く笑っていなかったが、それでも自然に笑みが零れた。
自分の隣にいる七海。後ろで微笑みながら歓迎してくれている空。呆れつつも素直に歓迎している晴香。
このメンバーなら、うまくやっていけるだろう。そして、あの日刹那が犯した『諦める』という過ちも犯すことはないだろう。
願わくば…
(あの子にも、気付いてほしい)
自分が戦った、打ちのめした赤い少女――業火にも気付いてほしい。戦いは、他者を打ちのめすことではなく、大切なものを守るためにするものだと。
それは、もう一度戦いを始めた彼女なりの結論。
もう、間違えたりしないという決意の証。
そして、今笑っている可愛い後輩たちを守っていくという誓いの為に。
To be continued……
戦いの日々は続いていく。
けど、終わりは見えない。
あれから何度も業火との戦いを続けてきた。
ある日、私たちの戦いの場にビシャスと一緒に1人の女の子がやってきた。
第4話、従属する者
其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る…