Guardian Angels
2.降るは雪、空は風にて晴れ渡る
七海、空がフランベルクと呼ばれる男と出会ってから一週間が過ぎた。その間、2人は出現したビシャスを倒しながらフランベルクへの対策を考えていた。
「…人間、なんだよね」
戦う者としての覚悟は決まっていても、守るべきものである人間への攻撃には躊躇してしまう。これが2人の現実だった。
実際に遭遇して躊躇してしまったら、フランベルクはその瞬間に迷わず2人を殺すだろう。
「「はぁ…」」
運が悪かった、とでも言うべきだろうか。だが、フランベルクに遭遇したことがあるのは2人だけではない。
それでも、戦うことを辞めたものは殆どいない。
「まぁ…遭遇したら、退かせればいいんだよね」
「…そう、ですね」
言って、2人は歩き出した。
今日は約束の日。
「待ってました。雪代さん、明野さん」
学園の第三サッカー部。その部長であり、エースストライカーの四方晴香から1つの依頼を受けていた。
「この前も話したけど、最近、地中からビシャス出るようになって…練習ができなくなったから、何とかしてほしいんだ。
勿論、あたしだって手伝うから」
2人は「何を」とは言わなかった。
晴香は学園内の有名人だったからだ。サッカー部を続けながら部員を守る戦士であると。
「…手伝うって事と、四方さんがいても排除できなかったってことは、複数かそれだけ強力な奴かってことだよね?」
七海が確認する。
「まぁ、そうなるね」
「…来る」
それぞれが確認を終えたところで、空がビシャスの気配を感じ取った。同時に、3人は駆け出し、目の前のグラウンドに入った亀裂の手前で止まる。
「じゃ、行こっか」
七海の言葉に全員が頷き、それぞれの戦闘態勢を取る。
直後、亀裂から2体のビシャスが飛び出した。1体は甲虫のような外郭を持ったビシャス。もう1対は木のように地面に根を張り巡らせ、大量の蔓のような触手を持ったビシャス。
「うわ…大物じゃん」
「だから応援を頼んだんだけど」
七海と晴香が能天気にそんなことを言う。
「じゃ、行きますか」
言葉と同時に晴香は自分の右太股に手を当てた。それを追うように、空も自分の胸元に手を当てた。
「キックオフ!!」
「アセンド…!」
晴香と空がコールをする。同時に、木のビシャスが晴香に向かって触手を伸ばした。
「あっ…」
直後、七海がその目前に飛び込んだ。
「ま〜いっ!!」
そのまま触手に向かって拳を叩き込んだ。
一見して、無茶としか思えない行動。だが、七海には勝算があった。
「サークルジュエルッ!」
叩き込んだ拳、右の拳にサークルジュエルが装着される。それは、聖痕の危機対応能力を利用したもの。
ここまで大きなビシャスがいる以上、こちらの変身中という大きな隙をついてくるということは容易に想像できた。本能で動くビシャスに『お約束』など存在しないのだから。
「いくよ…クリスタライズ!!」
そのまま右腕を起点に光が溢れ、その姿を戦う者の姿へと変転させる。
「ファーマメント…フォールアウト!」
「クリアップ、スタートアップ!!」
その後方では、青い戦闘衣に身を包んだファーマメントと、薄い黄色の戦闘衣に身を包んだ晴香――クリアップが戦闘準備を終えていた。
「クリスタルスノウ!トップギア、インッ!!」
着地と同時に右手を天に掲げ、高々と名乗りを上げる。
直後、甲虫のビシャスが翅を広げて飛翔した。
「あれは、任せてください」
それを目で追いながらファーマメントは言い切った。
「1人で大丈夫?」
心配そうにするクリスタルスノウだったが、ファーマメントは笑顔で言った。
「大丈夫です。あれは、私向きです」
ストリームガンドを横向きにして持ったまま、
「フロート」
1つ、ストリームガンドに命令を下した。ストリームガンドはフロート(浮く)という言葉の通り、宙に浮いた。その上に、ファーマメントが腰掛ける。
「…行きます」
直後、ファーマメントもビシャスを追って飛翔した。
「…行ったね」
それを見送るクリスタルスノウとクリアップだったが、すぐに気を引き締めた。
「さて、私が突っ込むから」
言い切って、クリスタルスノウはサークルジュエルを地面に叩きつけ、ビシャスへと突っ込んでいく。
その動作に迷いはない。真っ直ぐ、ビシャスへと向かう。
だが、相手のビシャスもただでやられるわけにはいかない。触手を伸ばし、クリスタルスノウを止めようとする。その触手の一本一本を叩き潰し、次第にそのガードを緩めていく。
「今!!」
叫んだ。
「了解!!」
クリアップは満面の笑みで答えた。
「ウィンズボール!!」
その言葉と共に、足元に光り輝くボールが出現する。
「いっ…」
大きく後方に振り上げた細く、長い脚。
「けぇぇええええええええええええっ!!」
それを力強く、勢いよく、振り抜いた。
ビシャスはそれを止めようと触手を伸ばす。だが、クリスタルスノウによって減らされた触手はそのボールを止めることはできなかった。
「残念。でも、まだ終わらないよ」
言いながら、がら空きになったビシャスの足元を駆け抜けるクリアップ。
背後に回り、ボールを手元に戻す。
「タイミングはこっちで合わせるよ!!」
そこにクリスタルスノウの声が届く。当の本人は迫る触手を叩き潰し、反動で上へ上へと向かっていく。
それは、唯一の死角でもなんでもない。唯一全ての触手が一斉に自分に襲い掛かることのできる位置。
「…じゃ、行くよ」
それを確認したクリアップは、右足に力を込めた。
(大丈夫。今まで何度もやってきた。やれる)
想いを込め、蹴る。
「シャイニング、シュート!!」
ボールが炎を引いてビシャスへと向かっていく。同時に、
「届けぇぇえええええええっ!!」
右のサークルジュエルを突き出し、そのままビシャスの木の天頂に向かって突っ込んでいく。それは、宛ら流星の如く。
駆け抜ける雪は迫る触手を浄化し、雪のような光に分解し、地上に光の雪を降らせた。
そのまま、クリアップのボール、クリスタルスノウの拳はその障害をものともせず、一気にビシャスを貫いた。
「其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る……爆ぜろ!!」
「天に吹く風にて全ては晴れ渡る…爆散!!」
2人の声に呼応するかのように、ビシャスは大爆発を起こした。何故か、光の粒子ではないことに驚きつつも、こんな日もあるさ、と納得する2人だった。
「…足を止める」
ビシャスを追って空を飛ぶファーマメントは追いついたところで、更に追い越しに掛かった。
並ぶと同時に上昇、上を取った。そのまま一直線に真下のビシャスへと向かう。
「フレア、レイン」
ストリームガンドから光が溢れ、弾けた。弾けた光は雨のようにビシャスに降り注ぐ。
それによって、翅が穴だらけになるが、硬い外殻は貫けなかった。
だが、足を止めるだけで十分。
「ストリームガンド…スローターレイ」
今度は光の奔流がビシャスを呑みこんだ。情け容赦の欠片もなく、光線は発射され続け、ビシャスの外殻を剥ぎ取っていく。
それを見ながら、ファーマメントは何も言わずに光線に籠める力を増した。圧倒的なまでの光の奔流。それは容赦なくビシャスを痛めつけ、爆散させた。
「空は、汚すわけにはいかないから…」
その言葉を呟き、ふぅ、と溜息を吐いた。
直後、異変が起きた。
ファーマメントを掠めるように炎が飛んでいった。少なくとも、彼女の周りに炎を扱うものはいない。
「フランベルク…?」
言ってから、その答えが有り得ないと気付く。あれは炎を剣に宿すことからその名前を付けられたはず。では、この炎は。
「…フレア、レイン」
フランベルクではないにせよ、敵対するもの。自分の命、目的を脅かそうとするもの。
ならば打ち砕け。でなければ自分は大切なものを守ると決めた誓いも、命すらも失ってしまう。それでいいわけがない。
「チャージッ!!」
全てを、打ち砕く。
その誓いの元、ファーマメントはもてる最大のスピードで自分に向かって炎を放った存在に向け突撃した。
ストリームガンドはその形状から、厳密には杖よりも、槍に近い。故に、それなりの近接戦闘はこなせるようになっている。だが、ビシャスの触手を全て捌けるほどの能力はないし、巧く扱う技量もない。
だが、それでも唯一、多くのビシャスに大して優位に立てるのがこの突撃なのだ。瞬間的な突進力に関してはクリスタルスノウを超える。その突進力を用いた突撃は、奇襲に適していると言える。
そう、奇襲に適しているのだ。
だが、ファーマメントはすでに奇襲を受けているのだ。その時点でファーマメント側の奇襲など成立しない。
「…サラマンダー。行け」
故に、読まれる。
ファーマメントの上から2つの固体が降下してくる。
それがスピードを上げてファーマメントに体当たりを仕掛けてくる。
「うあああああああああああああああああああああっ!!」
その体当たりを受け、ファーマメントがバランスを崩し、落下した。
「…次」
地上から爆発を確認したクリスタルスノウとクリアップは上での戦いが終わったことを確認する。
「終わりかな」
クリアップがはぁ、と息を吐いて空を見上げた。
そこで目に映るのは赤い人影と、落下してくるファーマメントだった。クリスタルスノウも気付いていたのか、ファーマメントを受け止めようと動いていた。
そして、赤い人影はクリアップめがけて拳を突き出した。その拳からは長い鉤爪が伸びている。相手は、殺すつもりでいる。
「くっ…!」
慌ててその場を飛び退くが、小さな何かが体当たりを仕掛けてきて弾き飛ばされた。
そのまま地面に叩きつけられる。
「く…げほっ」
吐き出してしまった空気を取り戻そうと肺がもがく。だが、そこに赤い人影――少女が追い縋ってくる。
「させないっ!」
そこでクリスタルスノウが赤い少女に向かって体当たりを仕掛けるが、一瞬でかわされてしまった。
「ここは私が何とかするから。だから晴香…空をお願い」
近接戦闘を仕掛けてくる相手とクリアップでは相性が悪い。だが、スピードのある相手とクリスタルスノウの相性も悪い。
さらに、パワーの面でもクリスタルスノウを上回る可能性もある。
だが、それでもクリアップが相手をするのは無謀で、まだクリスタルスノウのほうが可能性があった。
「…名前は?」
だから、時間を稼ぐ。
「……業火」
業火。少女はそう名乗った。
それだけに、その存在が禍々しいものであるということがクリスタルスノウは理解した。
「そう。何で空に攻撃をしたの?」
「…邪魔」
業火は静かに言った。そして続ける。
「奴らを殺していいのはあの人だけ。だから、私が邪魔なお前らを殺す」
その瞬間、理解した。
業火はフランベルクと繋がりがある。それも、近い存在として。
「だから」
瞬間、業火の姿が掻き消えた。
「死ね」
クリスタルスノウが気付いたときには背後を取られていた。爪がクリスタルスノウへと襲い掛かる。
「くっ!!」
それを地面に転がってかわすが、業火はそれに追撃を加えた。
だが、その追撃を何とかサークルジュエルで受け止めた。
「…サラマンダー、起動」
業火のその言葉に応えるようにして両肩の辺りを漂っていた物体が動き出し、腕に纏わりついた。
「っ!?」
直後、サークルジュエルを押す力が増し、元々無理な体勢で受けていたクリスタルスノウが姿勢を崩し始める。
「早く死ね。消えろ」
その言葉と共に、業火は更に力を込めた。
(やばいやばいやばいやばい)
クリスタルスノウは慌てだした。パワーでもスピードでも無理。そんな相手にどうしろというのだ。いつもの必殺の、あの力が維持できれば、と考えてしまう。
だが、それが切っ掛けだった。
(左…腕?)
そう、いつもは使っていない左腕。そこにあの光を籠めた一撃を放てるようにして、その上で右腕にも力を籠めれば…
「…反撃、するよ」
その言葉と共に、左腕に光が宿る。
静かに、頭の中をクリアにする。その光が真の力を発揮させる為に必要な、そう、イメージを固めるために必要な言葉が浮かぶ。
「マキシマム、ディストラクション…」
その言葉と共に、左腕を業火の右腕に叩きつける。
「かはっ…!」
折れてしまいそうになるほどの衝撃を受け、弾かれる業火。その瞳はクリスタルスノウを睨みつけている。
起き上がったクリスタルスノウの右腕に、光が宿った。2発目。
一瞬で距離を詰めた。振り抜いた右腕が業火のボディを捉える。
「…っ!!サラマンダー、イフリート、起動」
業火の背の突起物とサラマンダーが起動し、サラマンダーがエネルギーフィールドが形成された。
これで、勝ったと思った。だが、違った。
「…もう一発」
また左腕が光る。
「ちっ!!ケルベロスダイブ!!」
それでも、もうやめることはできない業火は自分のもてる最大の力でクリスタルスノウに突撃を開始した。
元々、二種類の能力強化ブースターを持っている業火だが、これはその2つを同時に起動し、限界を超えた力を引き出すものだった。
「はぁぁぁ…」
一方、クリスタルスノウは静かに拳を構え、迎え撃つ姿勢をとった。純粋な力と力のぶつかり合い。故に、お互いが最大の力を発揮できる状況でぶつかり合う。
「せいやぁっ!!」
一発目。フィールドに弾かれ、大きく後退することになるが、業火のスピードも大きく落ちた。
「まだ!!」
もう一度、右腕に力が宿った。
「たぁああっ!!」
もう一発。今度は逆に業火が弾き飛ばされた。だが、フィールドは破られてはいない。
「まだまだぁっ!!」
その叫びに呼応するかのように、紅蓮のフィールドが実際に炎を纏う。
それに対抗し、クリスタルスノウの左腕に再度光が宿った。いや、左腕だけではない。右腕の光はまだ消えていない。
「もらったぁ!!」
その瞬間、クリスタルスノウも飛び出した。
左、右、左、右。
順に次々と繰り出される拳が紅蓮のフィールドに少しずつ罅を入れていく。
「こんな…こんなぁ……」
不安げな声を上げる業火。それが切っ掛けだった。
「雪は…全てを凍りつかせる。だから、炎も消える!!」
フィールドを貫いた左腕を引き、体ごと接近、至近距離から右腕で業火を天高く打ち上げた。
「…はぁはぁ」
直後、全ての力を出し切ったのか、クリスタルスノウは膝から崩れ落ちた。
「はぁ…あはは。なーんにも残ってないなぁ」
明るくそう言うクリスタルスノウはすぐに変身を解いた。
「ホント。無茶しすぎよ」
言いながら、空を支えつつ晴香が歩み寄ってきた。
「無理無茶無謀は私の専売特許だから」
「…本当。七海さんらしい」
呟く空も気にせずに、七海は笑い続けた。
学園の外れにある森の中。ここには、小さな小屋がある。
その中で業火は目を覚ました。
「…ここは」
辺りを見回して、そこがどこであるかを自覚した。そうだ、ここは…
「起きたか」
声がした。
「…はい」
答えて起き上がろうとする業火だったが、すぐに自分が拘束されていることに気付いた。
「あの…師匠?」
師匠…そう呼ばれた男は静かに振り向いた。
「お前、骨が折れてるんだぞ?多分、聖痕の力で直に治るだろうが、それまでは動くな」
そうだ、と業火は気付いた。自分は、雪を名乗る女に敗北したのだ、と。
「暫くは俺は狩りに専念する。俺ではお前が相手にしたような化け物と戦うことなどできん」
言い切って、男は双剣と仮面を手に取った。
「師匠…」
「それから、俺はお前の師にはなってやれない。だから、氷狩直央と呼べ。呼び方は任せる」
男――直央は剣を腰に差し、仮面を被った。
紅蓮の剣鬼、フランベルクの姿が其処にはあった。
To be continued……
業火との戦いから数日が過ぎたある日のこと。
晴香が、業火みたいな存在と戦うのは苦しい、と言った。
確かに、私も無茶に無茶を重ねて漸く追い払ったようなものだったから。
そこで、一年前までは新進気鋭のエースとして名を馳せていた先輩を味方に引き入れることにした。
ある日を境に何故か戦場から姿を消したその先輩は私たちの話を聞くつもりもなくて…
第3話、光守る影
其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る…