Guardian Angels
1.雪・空VS狼
「変身」、「メタモルフォーゼ」などという単語がとある学園の敷地で叫ばれるようになってから10年。
12年前から確認されている「聖痕」を持った少女達が収容されている学園の中で、ビシャスと呼ばれる怪物が確認されたのも10年前。
そこでは変身能力を得た少女達がビシャスとの戦いを繰り広げていた。
雪代七海、明野空の2人も戦う者だった。
2週間前、七海は学園内に発生したビシャスに襲われた。生命の危機に、彼女は変身能力に目覚めた。右手の甲にあった聖痕が輝き、命を奪わんと迫っていた触手を宝石が受け止めていた。
「…クリスタライズ」
浮かんだ単語を呟くと、その姿は純白の衣装に包まれていた。
「サークルジュエルッ!!」
宝石が確かな形として、ナックルとなり、七海の両拳に装着された。網膜には目の前のビシャスの情報が映し出された。動作が緩慢に見えた。
迫る触手をナックル――サークルジュエルで捌き、懐に入り込む。
「こっ…のぉっ!!」
捌いたほうとは逆の拳をがら空きのボディに叩き込む。腐臭の漂う体液を撒き散らしながらビシャスは宙に舞った。
無言で跳躍、ビシャスより上を取ったと同時に地面に向かって蹴落とした。
“ドズゥン…!!”
音を立てて地面に減り込むビシャス。
一方の七海は自由落下とともに、サークルジュエルが輝きだしたことを認識した。
「…ぁ」
小さく、声が漏れた。
「ああああああああああああああああッ!!」
その小さな声はすぐに絶叫となり、一切の加減の効かない拳打をビシャスに叩き込んだ。だが、まだ倒れなかった。
もう片方の拳を叩き込む。倒れない。もう一撃。倒れない。もう一撃!!
“パァンッ!!”
瞬間、ビシャスが光の粒子となって弾けた。
すでに振りかぶっていたもう片方の拳がぶつける対象を見失い、勢いのまま七海を地面に引き摺り倒した。
同時に変身も解け、ビシャスによってボロボロにされていた服を更に泥だらけにしてしまっていた。
「私…変身、したんだ」
右手の甲の刻まれた聖痕が熱いと感じつつ、自分が変身したという現実を認識していた。
それにしても、と思う。
魔法のように炎などを操り、敵を討つ、所謂魔法少女に憧れていたのに、と。気づけばとんでもないくらいの肉体派。女の子としては遠慮しておきたいところだった。
「ま、いっか」
七海は密かに襲われている人の脇を颯爽と走り抜けて変身、ビシャスを止めるというのもしてみたいとも思っていた。
実際、そうされる側としては小さな背中でも頼もしく見えるものなのだ。
この後、「クリスタライズ」というコールに関連して、「クリスタルスノウ」と自分の名前を決め、学園に報告した。
クリスタルスノウ誕生から2週間後の今日、七海は狼型のビシャスと対峙していた。
「…速い!」
これまでのように触手を伸ばして緩慢に襲ってくるタイプではない。スピードを活かし、確実に致命傷を狙ってくる、パワーで押し切るクリスタルスノウとはまったく別のタイプ。
「見え…」
ビシャスが迫るのを視界の隅に捉えた。
「たッ!!」
サークルジュエルがビシャスの顔面に減り込んだ。その勢いのままに彼女は拳を振りぬく。
弾かれたように、いや、実際に弾かれたビシャスがクリスタルスノウの前方へと飛ばされる。それを追う彼女が前方に人がいることに気づく。
「避けて!!」
叫ぶが人影は首を横に振った。それを見たクリスタルスノウは更に加速しようとする。
「必要、ありません」
はっきりとした声がクリスタルスノウに届く。
「アセンド…!」
それは聖痕に宿った力を解放するための呼声――コール。青い光が人影、長身の少女を包み込み、
「ファーマメント…フォールアウト」
青い、杖を手にした戦士となった。
「ストリームガンド」
真っ直ぐに杖――ストリームガンドを構え、迫るビシャスを見据える。
だが、ここに来て初めてビシャスが触手を伸ばした。伸ばす先は上の木の枝。
「逃がさない」
少女――ファーマメントはストリームガンドを上へ向けた。
「スローターレイ」
放たれた一条の閃光がビシャスへと襲い掛かる。しかし、当のビシャスは絡めた触手を離すことで光をかわしてみせた。
「サークルジュエルッ!!」
ビシャスの真下、クリスタルスノウがサークルジュエルを地面に叩き付け、反動で宙に舞った。狙いは頭。頭を潰したからといって、それだけでは死なないのがビシャス。
しかし、思考を脳で行う以上、効果は見込めるのだ。
「こん…」
一直線。このままならば確実に極まる。
だからこそ、ビシャスも抵抗する。
「のオオオオッ!!」
叫びと共に繰り出した拳を頭部を反らすことでかわされ、逆に伸びてきた触手に拘束されてしまった。
「しまっ…」
言い終わるよりも先に地面に向かって叩きつけられるクリスタルスノウ。
「かはっ…」
肺の空気を全て吐き出し、体は酸素を求めた。その間に、ビシャスはスピードをつけてクリスタルスノウへ向けて降下していく。
「くぅっ!」
慌てて横に転がってかわすが、ビシャスは軽やかに着地するとそのままクリスタルスノウに追い縋る。触手は伸ばしていない。
「サークルジュエルッ!」
上半身だけ起こし、両手を突き出して迫るビシャスを受け止めようとする。
しかし、受け止めることは出来ず、衝撃で地面を滑るようにして弾かれるクリスタルスノウ。だが、これによってビシャスとの間に距離が生じた。
「突出し過ぎ、です」
一人と一匹の間にファーマメントが割って入る。
「でも、いい時間稼ぎにはなりました」
言いながら構えるストリームガンドには溢れんばかりの光が宿っていた。
「ステア、エクスプロージョン…!」
光が球となって解き放たれる。
絶対といえるほどの破壊力を内包した光がビシャスへと襲い掛かる。同時に、クリスタルスノウもサークルジュエルを地面に叩きつけ、天に舞った。
着弾と同時に、光は大きなドームとなって閉じ込めたビシャスを破壊力でもって浄化し始める。
そのドームの真上より、白い光が降った。ファーマメントはそれがクリスタルスノウであると気づいた。
「え…」
ファーマメントの表情が驚愕に変わるのと同時に、クリスタルスノウは迷うことなくドームの中に飛び込んだ。
彼女たちの攻撃によって傷つくのはビシャスだけではない。彼女達だって傷つくのだ。
「うあああああああああああああっ!!」
それでも、クリスタルスノウは迷わずにビシャスへと向かい、突き進んだ。知らなかったわけではない。彼女自身が止まることを良しとしなかったのだ。
「サークル…ジュエル」
右のサークルジュエルが輝いた。
そのまま無造作にビシャスを貫く。
「其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る……爆ぜろ!!」
跳んでドームから脱出、着地と同時に発せられた言葉。直後、ドーム内のビシャスが光の粒子となって弾けた。
「ふぅ…結構効いたなぁ」
体中に出来た傷を見ながら、変身を解いた。同時にファーマメントも変身を解く。
「無茶、するんですね」
「え?あはは。無理無茶無謀を実践するのが私の専売特許だからね」
七海が笑いながら少女を見上げる。凡そ20cmくらいだろうか?
「でも、そんな人を探していました」
少女は七海に手を差し出した。
「明野、空です。私は見ての通りの魔砲使いタイプなので一緒に戦っていただけないでしょうか?」
「うん、いいよ」
七海は迷うことなくその手を取った。共闘の証として、何よりも、新しい友として。
学園は通常の学校と同じように時間割が組まれている。
ビシャスは聖痕を持つ少女たちの前に現れる。これは定説であり、因果関係などは判明してはいないものの、当の本人たちが感覚でそれを理解していた。故に、学園は隔離施設として創られ、少女たちはそこに収容されていった。
15歳から22歳くらいまでの女性だけで構成される隔離空間、それが学園なのである。
そして、七海と空が出会ってから3日後の昼休みのこと。
2人は連れ立って学食へ向かっていた。
「何ていうか、いつまでもクリスタルスノウとファーマメントって名乗りもねぇ」
「…売れない芸人みたい」
空が七海の言葉を繋いだ。考えていたことは同じだったらしい。
「何かこう…チーム名みたいなの欲しいよね」
コク、と頷く空。考えていたからといってそうそういいものが浮かぶわけではない。
2人組だからといってプリ○○アなどは論外だ。
「…あ」
ふと、2人が同じ方向を見た。
「お昼、まだなのに」
「…諦めましょう」
言いながら、空は廊下を駆け出した。だが、七海は"3階”の窓から外を見つめた。
感じるのはビシャスの気配。
「行きますか」
窓を開け放ち、距離を取ってから跳んだ。
「クリスタライズ!!」
七海の右手の甲から光が溢れ、光が純白の戦闘衣へと変換される。
姿勢を整え、静かに着地すると右の拳を高々と掲げた。
「クリスタルスノウ!トップギア、インッ!!」
名乗を上げると同時にファーマメントが来た。その目はあからさまな非難の色を示していた。
身体能力が高く、近接格闘戦を主体とするクリスタルスノウとは違い、ストリームガンドを用いた光線技を駆使して戦う、俗に言う「魔砲少女」タイプのファーマメント。
クリスタルスノウと比べてファーマメントの身体能力は低い。故に、ファーマメントにはクリスタルスノウのように3階から飛び出すなどという真似は出来ないのである。やったら膝が壊れることは間違いがない。
「さて、来るかな」
油断なく構える2人。
そこにビシャスがやってくるが、直後、上から人が降ってきた。
「逃しはしない」
その人は、仮面を被り、深紅のコート身に纏っていた。その両手にはビシャスの体液に塗れた双剣を握っている。
「炎舞――火車」
回転し、ビシャスを切り刻むと発火した。
2人は見ているだけしか出来なかった。そんな中、クリスタルスノウはあることに気付く。
「…男?」
男は、この学園にはいないはずなのだ。
「そうか。フランベルク」
そこでファーマメントが1つの例外に気付いた。
「・・・ビシャスと戦うのは勝手にしろ。だが、俺の邪魔はするならお前達も殺す」
フランベルクと呼ばれた男が背を向けて歩き出した。
「全てのビシャスは、俺が殺す」
To be continued……
フランベルクと呼ばれる男との出会いから一週間、私達はフランベルクと会うことなく戦っていた。
ある時、サッカー部を守って欲しいって、部員の1人、四方晴香に頼まれる。
快諾した私達だけど、実はこの話、四方さんが一緒に戦ってくれる人を探してるだけで。
けど、まさか、こんなことになるなんて思ってなかったんだ。
第2話、降るは雪、空は風にて晴れ渡る
其は降り積もる雪の如く、地に降り天に還る…