祐一と美汐の二人旅     第24話 〜決戦前のひととき〜

















 「あと、三十分……」



 廊下をトボトボと歩く一人の少女。

 整ったその顔立ちに似合わぬ暗く沈んだ表情を俯かせているのは、この国の王女様こと天野美汐だった。

 休憩時間ということで、気分転換がてら散歩をしようと思い立ち、こうして一人歩いているのである。

 もちろん十二単は脱いでおり、今の服装は白の法衣姿だった。



 「……はぁ」



 見る者までが沈んでしまいそうな哀愁が漂う溜息をつきながら美汐は歩いていた。

 何せ次の決勝戦で自分の結婚相手が決まるかもしれないのだ。

 溜息をつきたくなるのも当然といえる。

 幸いというべきか、服装とその暗い雰囲気のせいで彼女の素性に気がつく人間はいなかったのだが、どんよりとした空気を纏った少女の姿は目立っていた。



 (……あ、そういえば、ペンダント……)



 祐一と別れて以来、肌身はなさず身に付けていたペンダントを十二単と共に置いて来たことに気がつく。

 それほどまでに自分は気が散っていたのかと、改めて現在の問題の深刻さに沈む美汐。

 ペンダントを取りに戻ろうと顔をあげたその時。



 どんっ!



 「きゃっ」

 「うわっ!?」



 前方不注意というべきか。

 前をちゃんと見て歩いていなかった美汐は曲がり角で向かい側から出てきた誰かにぶつかってしまう。

 転んだのは美汐の方だったのだが、それでも不注意には違いない。

 美汐は慌ててぶつかった相手に謝罪しようと頭を下げた。



 「す、すみません、私の不注意で……」

 「いや、気にしなくていい。こっちも考え事をしてたしな。お互い……って、あ」

 「え?」



 相手の発した驚愕の声に、美汐はぶつかった相手を見上げた。

 見上げた視線の先にあったその顔は、美汐が結婚するかもしれない相手の片割れだったのである。















 一方、その頃。



 「や、やっぱり護衛は必要だったのでは……」

 「まあまあ、美汐ももう子供じゃないんですから一人でも大丈夫ですってば」

 「でも、もしも誘拐なんてされたりしたら……」

 「服も違うし気がつく人なんていませんって。全く心配性ですね」



 一国の王の威厳もくそもあったものではない醜態をさらしている誠林を見て、香奈は苦笑を禁じえなかった。

 何せ、席の後ろに控えている大臣達は香奈の態度すら気にならない様子でそんな王の言動に頭を痛めているくらいなのだから。



 「さて、と……真琴ー? いるー?」



 数分後、なんとか自分の仕える王をなだめた香奈はその足を医務室へと向けていた。

 前の試合で気絶した真琴のお見舞いである。



 「あ……香奈」

 「おおう、またこれはどんよりとした……」



 医務室に入った香奈は、自分を出迎えた真琴の表情にひきつった笑みをこぼす。

 真琴は余程負けたことがショックだったのか、この世の終わりとばかりに影を背負いまくっていた。



 「どうしよう、香奈。このままじゃ美汐がどこの狸の骨ともわからない男と結婚しちゃうよ……」

 「いや、私としては予定どお……げふげふ、大丈夫よ。本当に美汐が嫌がれば王様だって無理強いはしないだろうし。あと狸じゃなくて馬ね」

 「うん……」

 「それにあの寺岡って方ならともかく、ユウ選手は既婚者かも―――――」

 「あ……そ、そうだよねっ! ユウが勝てば問題ないよねっ!」



 ぱあっと花が開くかのように真琴は笑みを浮かべる。

 良くも悪くも単純な真琴は香奈の言葉にすっかり安心してしまっていた。

 ユウが既婚者であるとはまだ決まったわけではないというのに。



 だからこそ真琴は気がつかなかった―――――否、思い出さなかった。

 自分がユウから嗅ぎ取った匂いがどんなものだったのかを。















 『選手控え室【寺岡久平様】』

 その部屋の扉にはそう書かれたプレートがはりつけられていた。

 室内には二人の人間がいる。

 部屋の主である長髪の男と、美汐だった。



 「どうぞ」

 「すまない……コーヒーのいれかたなんてサッパリなのでな」

 「いえ、お詫びですから……」



 コーヒーを受け取りつつ苦笑する男に美汐は軽く笑みをこぼす。

 彼は美汐の素性に気がついていないらしく、自然な対応だった。

 ただ、美汐が自分に石を投げつけてきたことは覚えていたのか少し苦笑いを浮かべてはいたのだが。



 美汐は「ぶつかってしまったお詫びをする」とそれを断ろうとする相手を押し切ってこの控え室へとやってきていた。

 もちろん、それだけが来訪の理由ではない。

 目の前の相手はひょっとすると自分の結婚相手になるかもしれないのである。

 となれば、どうしても聞いておかなければならないことがあったのだ。



 「あの……よろしいでしょうか?」

 「ん、なんだ?」

 「ぶしつけで失礼な質問なのですが……寺岡さんは将来を誓い合った方などは、いらっしゃいますか?」

 「は……? い、いや、そういう相手はいない、うん」



 僅かにどもりながら返されたその返事は、美汐の希望を打ち砕くものだった。

 久平に恋人ないしは伴侶がいなければ彼が優勝しても問題ないと思っていたのだから当然といえば当然である。

 やはり、という部分はあったものの、美汐は落ち込むことをおさえることが出来なかった。



 「ふむ……そういう質問をするということは、君はお、思い慕う男性でもいるのかね?」



 美汐の質問を勘違いしたのか、長髪の男はそんな質問を返してきた。

 何気に質問を発する際に、顔が赤くなっていたりする。

 この人は意外に純情な人なのかもしれない、と悪いとは思いながらも心の中で微笑む美汐。

 本人が気がつくことはなかったが、目の前の人物の意外な一面に、美汐は胸の痛みを僅かながらも忘れることができたのである。

 しかし、自分だけ質問に答えないというわけにもいかない。

 美汐は頬を赤く染めながらも自分の本音を吐露するために口を開いた。



 「はい……」

 「んなっ!?」

 「?」

 「……あ、いや、すまない。ふむ、君のような可愛らしい女性に慕ってもらえるとは、羨ましい男だなそいつは」



 こほん、と場を誤魔化すように取り繕う男の様子に訝しげな視線を向ける美汐。

 だが、こうして第三者に自分の想いを打ち上げると改めて自分の想いを自覚してしまい、美汐はなんだか恥ずかしくなってしまう。



 「とても、素敵な人なんです。私に優しくしてくれて、私を守ってくれて……」

 「凄い誉めようだな」

 「でも、言葉では足りないくらいなんです……この想いは」



 ほうっ、と胸を押さえるようにして頬を上気させる美汐。

 長髪の男はそんな美汐に見惚れたのか、コップを持ち上げたまま固まっていた。



 ガタン!!



 と、その時。

 ロッカーから大きな音が聞こえ、二人はビクッと動きを解凍した。



 「あ、ああ、すまない。どうやら入れていた荷物が落ちたようだな」

 「いえ、こちらこそすみません……つまらない話を」

 「いや、なかなか興味深い話だった……ところで、その男の名前を聞いてもいいかね? もし会う機会でもあればひがみの一つでも聞かせてやりたい」

 「あ、はい……その、寺岡さんも知っていらっしゃる方です」

 「へ?」

 「その…あの……相沢祐一さんです」

 「ふむ、相沢祐一……って………………相沢祐一ぃぃぃぃぃぃぃ!!??」



 蚊の鳴くような美汐の告白とは正反対の驚愕の声が控え室に響き渡った。

 余程驚いたのか、長髪の男は驚愕のポーズのまま固まってしまう。



 「お会いしたことありますよね?」

 「お、お会いしたことも何も……って、そ、そうだったのか……そうか……相沢祐一か……」



 フリーズが解けるなり俯いてしまった男を心配し、美汐は声をかけようとする。

 しかし、長髪のせいで男の表情はまるで見えない。

 そのため、美汐はどう声をかけていいものか迷ってしまう。



 「……余計に負けられないな」

 「は?」

 「いや、なんでもない。む、もうそろそろ時間か」



 数秒後、聞こえてきた呟きに対し美汐は訝しげな表情を浮かべた。

 しかし、次の瞬間。

 つられるように時計を見た美汐はサッと顔を青褪めさせた。

 時間は決勝戦開始十分前だったのである。



 「あ、あの……それではおいとまさせて頂きますね」

 「ああ」

 「私、応援してますから頑張ってください」

 「……ありがとう」



 わたわたと部屋を出て行く美汐の頭には、呟きへの疑問は残っていなかった。















 『皆様、長らくお待たせいたしましたっ! いよいよ本年度の決勝戦を行いたいと思います!』



 アナウンサーの宣言に大いに盛り上がりを見せる会場。

 例年を超える高レベルな戦い。

 それを勝ち抜いてきた二人の強者の激突。

 これが盛り上がらないはずがない。



 『さて、両選手入場です!』



 アナウンサーの声とともに二つの影が闘技場へと姿を現す。

 一人は手に剣を持ち、背中に布で巻かれた何かを背負っている長髪の男。

 もう一人は漆黒の鎧と兜を身に纏い、その素性を一切明らかにしない謎の人物。

 二人が闘技場の中央にて対峙する。



 「良い試合をしよう」

 「……できるものならな」



 紳士的な発言に対し、黒騎士の発言は挑発のそれだった。

 しかし、お互いとも相手の発言を気にするようなそぶりは見せず、ただ静かに相手を睨みつけるだけ。

 穏やかで、それでいて濃密な闘気が場に充満していく。



 『おーっと! 試合開始前から物凄い睨み合いだっ! 両者の殺気がここまで届くかのようです!』

 『これはどっちが勝つにしろただではすみそうにありませんねー』

 『黒崎選手はどっちが勝つと?』

 『うーん、心情的には私に勝った寺岡選手を応援したいんですけど……ユウ選手も相当なようですし』

 『確かに、両者ともに優勝候補を破っての決勝進出でしたからね』

 『けど、勝者は決まってますよ』

 『え? それはどういう……』

 『うふふっ、秘密です。それよりも時間ですよ?』



 香奈の発言にアナウンサーが訝しげな表情をしたその時、審判が闘技場へと上がった。















 「いよいよですね……緊張します」

 「父様が緊張してどうするのですか」

 「いや、これで美汐さんの……いえ、なんでもありません」



 失言を悟ったのか、誠林は気まずそうに娘から視線をそらす。

 視線をそらされた美汐は僅かに顔を伏せると、この試合の後のことに思いを巡らせた。

 どっちが勝つのか。

 正直なところ美汐にはもうそんなことは関係なかったのだ。



 (私は……)



 思い浮かべたのは想い慕う一人の少年のこと。

 そして敬愛する自分の父のこと。

 どちらの思いを優先するべきか。

 どちらを切り捨てなければならないのか。

 美汐の葛藤は最高潮に達していた。















 審判が睨み合う二人から距離をとり、手を空へと上げた。

 構える両者。

 静寂を迎える周囲。

 面白そうに両者を見守る香奈。

 真剣な表情の誠林。

 睨みつけるような顔の真琴。

 俯いたままの美汐。 



 そして―――――審判の手は振り下ろされた。





 あとがき

 久々なのでなんかぐだぐだのtaiです。
 いよいよ決勝戦開始です。
 さてさて、意外に出番がある長髪の人(笑)
 勝者は? 美汐のお婿さんは? 今まで散々頑張ってはってきた伏線の行方は?
 次回、大波乱の決勝戦です!(w