祐一と美汐の二人旅     第23話 〜二つの準決勝〜

















 『準決勝第一試合、両選手の入場です!』



 闘技場に対峙する二人。

 一方は涼やかな笑顔、もう一方は―――――嬉々とした笑顔だった。



 「まさかあなたがここまで来るとはねー」

 「ふん、たきつけたのはお前だろう? 俺はただ負けなかったからここまで来たに過ぎない」

 「負けなかったから……か。その自信は私に通用するかな?」

 「通用する、じゃなくて『させる』。俺はまだここでは負けられないんでな」

 「それはこっちも同じ。こうなったのも奇妙な縁だけど……私も美汐のためだからね、そう簡単には負けてあげないよ?」

 「上等!」



 『準決勝第一試合―――――ファイッ!』















 「なるほどね……」



 控え室から続く通路に佇む黒い影。

 『黒騎士』ユウは開始された試合を静かに観戦していた。



 「決まりだな、決勝の相手は…………アイツか。ま、予定通りだな」














 「えっ……」

 「香奈っ!?」



 美汐と真琴、二人の驚愕の声が沈黙の会場に響く。

 つい数秒前まで行われていた準決勝。

 誰もが香奈の勝利を疑わなかった一戦だったのだが……



 『じゅ、準決勝第一試合……勝者は、寺岡久平選手っ!』



 戸惑いを含んだアナウンサーの声と共にちらほらと沸き上がる歓声。

 だが、大半の観客には何が起きたのかさっぱりだったらしく、皆不思議そうな表情ばかりだった。



 試合は割合あっけなく終了した。

 試合開始と同時に『目を瞑った』長髪の剣士が一気に香奈へ肉薄。

 香奈は驚きながらも距離をとりつつ光線を連打する―――――が、相手はその全てを避け続ける。

 最後は長髪の剣士が香奈の背後をとり、剣の柄を首筋に叩き込んで香奈が気絶したのだ。



 「……んあ? あれ、私……」

 「あ、だ、大丈夫ですか黒崎さん?」

 「うん、大丈夫大丈夫。あ、そっかぁ……私、負けたんだね」



 救護班の心配そうな声に笑顔を返し元気な様子で実況席に向かう香奈。

 その様子にほっとする美汐と真琴だったが、やはり香奈が負けたのがショックだったのかその表情は優れなかった。



 「あー、ごめん。負けちゃった」

 「いえ、その……大丈夫ですか、香奈?」

 「うん、へーきへーき。一瞬だったから全然痛くなかったし」

 「……かなぁ」

 「真琴、そういうわけなんで……私の分まで頑張って」

 「うん……アイツ、強い?」

 「強い、間違いなく……ね。まさか私のトリックマスターをああいう風に破ってくるとはねぇ。やっぱさっきの試合で見せたのがまずかったかな」

 「仕方ありませんよ。あれを今まで見破った人はいませんでしたし……」



 マントをひるがえして優雅に去って行く長髪の剣士を見る美汐。

 確かに、強い。

 トリックマスターを一回見ただけで見破ったこともそうだが、スピード、技、回避力。

 どれをとっても桁外れであることは戦いの素人である自分にもわかる。



 「けど、何故……? どこかで……」



 一人呟く美汐に返事を返すものはいなかった。















 『さあ、大番狂わせの興奮もさめやらぬまま、第二試合開始の時間が近づいています』

 『あはは、どもー。負けちゃいましたー♪』

 『あ、これは黒崎選手。先程は……』

 『いやー、完敗でした。トリックマスターを見破られたこともそうですが、まさかいきなりああいうことをしてくるとは思いませんでしたよ』

 『ああいうこと……といいますと、目を瞑ったあれですか?』

 『はい、単純にして最も難しい選択ですけど、あれがトリックマスター破りですね』



 トリックマスター。

 それは魔術というものの盲点をついた香奈得意の光魔術である。

 通常、魔術というのは魔力を込めた詠唱―――すなわち『力ある言葉』が必須となる。

 故に視界が封じられていない限りは相手の口元を見ていれば魔術の発動はある程度読めるわけである。

 しかし、香奈の場合は口を閉じたまま詠唱から発動が可能なのだ。

 あとは自分の周囲の光を魔術で屈折させて周りの者の視界を誤認させる。

 これで相手は勝手に自爆していくわけである。

 解除しようにも自分が魔術にかかったとわからないのだから解除のしようがない。



 『なるほど、そういうカラクリだったわけですね』

 『ええ、だから寺岡選手は目を瞑ったわけです。目を開いていなければ魔術が発動していても意味が無いですからね』

 『しかしそれでは……』

 『もちろん、目を瞑るということは視界が消えるわけですから……おそらく、私の気配を読んだか……

  もしくは空気の微妙な変化を読んで私の位置を捉え、光線をかわしたんでしょうね』

 『はぁぁ〜、寺岡選手、物凄いことをやっていたんですねぇ』

 『全くですよ、いくら今の仮説が当たっていたとしても、動き回る私を逐一追いかけ、しかも光線魔術をかわし続けるなんて冗談じゃないです』

 『いやはや、実際は高レベルの戦いだったんですね。しかし黒埼選手、ネタばらしして大丈夫なのですか?』

 『ああ、大丈夫ですよ。ばれたところでそう簡単に破られるもんじゃないですし……何より』

 『何より?』

 『私、もうこの大会に出るつもりないですから』

 『え!? そ、そうなんですか!?』

 『ええ、出る必要がないとわかっちゃいましたし……ね?』



 最後の言葉と共にウインクをVIP席に飛ばす香奈。

 そのウインクの先は誰だったのか。

 ただ、VIP席にいた三人がそれぞれ表情を変えたことは確かである。















 『さあ、いよいよ第二試合です! 両選手、入場!』



 アナウンサーのコールと共に闘技場へと姿を現す二つの影。

 一人は意気揚々とした表情、もう一人はその表情を黒の仮面に隠したままだった。



 「「…………」」



 無言で視線を交錯させる両者。

 甲冑の騎士の思考はまるで読めないが、真琴の思考はわかりやすすぎるほどに表面に現れていた。

 負けない、負けられない、香奈に美汐を託されたのだから!

 そんな感情が真琴の思考を一色に染め上げる。

 先程の香奈の発言とウインクを勝手に解釈した真琴の決意だった。



 『おーっと、試合開始前から凄い睨み合い(?)だーっ!』

 『真琴、気合はいってますね。というか入れ込み気味かも』

 『入れ込みって……馬じゃないんですから。さて、黒崎選手はこの試合をどう見ますか?』

 『ま、普通に考えれば真琴の勝ちでしょうね、だけどさっきの私の例もありますし……何より、ユウ選手はまだ本気じゃない』

 『なるほど、好勝負が期待できそうですね。さあ、準決勝第二試合の開始です!』















 「《スーパーファイア》っ!!」



 先手必勝とばかりに、真琴の爆炎魔術が炸裂。

 闘技場の半分以上に煙が巻き起こり、視界が塞がれる。

 が、そこから現れた黒の騎士の姿は―――――無傷。



 「まだまだっ!」



 しかし、それは予測済みだったのか真琴は動じることなく魔術を連打。

 爆音と共に闘技場が、否、その周りを包み込む結界が揺れる。



 『すごいすごい! ダウニー選手のそれとは比較にならない威力の爆炎魔術の連打だっ!』

 『あー、結界術士のみなさん、大丈夫でしょうかね?』



 興奮するアナウンサーとのん気な香奈の声が場違いに響く。

 もはや闘技場は煙に包まれて中の様子を窺うことすらできない。

 しかし、数秒後に煙が晴れたとき、全ての観客が驚愕した。

 黒の騎士―――――ユウは微動だにしていなかったのだから。



 『なんとぉっ!? ユウ選手なおも無傷!? 一体あの甲冑はどれほどの防御力があるというのか!』

 『……あ、まずいですね』

 『確かに、このままでは真琴選手までよもやの敗退ということに……!?』

 『いえ、そうじゃなくって……まずいのは私たちです』

 『へ?』

 『真琴、攻撃がこどごとく防がれて相当カッカきてます。次―――――多分、アレが来ます』

 『アレ? っておおっと! 沢渡選手の体から炎が巻き起こったーっ!?』



 アナウンサーの言葉通り、真琴の体から炎が巻き起こり、その炎はまるで狐のしっぽのように真琴の体に絡みつく。

 絡みついた炎はやがて真琴の両手に集まり、狐の頭を形作った。



 『あ、あれは!?』

 『真琴の必殺技です。ちなみに……アレぶっ放した場合、下手したらこの会場の四分の一が結界ごと吹っ飛びますね♪』

 『吹っ飛びますね♪ ってあんたそんな人事みたいにっ!? ここ直撃ルートですよ!?』

 『まあまあ、どーせもう逃げられないんですし、大人しく観戦の続きをしましょう』

 『いやだーっ!? 死にたくねーっ!?』



 香奈の言葉に騒然となる会場。

 が、時は既に遅し。

 詠唱が、完了する。



 「ぶっとべぇっ! 《レッドフォックス》!!」



 ―――――ごぅんっ!!!



 尋常ではないエネルギーを秘めた狐型の火球が解き放たれた。















 シュゥゥゥゥ…………



 もうもうと立ち込める湯気が、闘技場を包んでいた。

 逃げ腰の観客、涙目のアナウンサー、半泣きで結界維持に努めていた結界術士。

 一筋の冷や汗を垂らしつつも何故か余裕そうな表情の香奈。

 娘を庇うために美汐の前に立っていた誠林と、呆然とした様子の美汐。

 湯気が、晴れる。



 「な、んで……」

 「その様子ではもう戦うための力は残っていないだろう。お前の、負けだ」



 絶望の声を発する真琴を他所に、黒の騎士は変わらない姿でどっしりと立っていた。

 全力で放った術を無傷で防がれてはもはや打つ手は無い。

 しかも、今の術で真琴の魔力は底をついていた。

 途端、真琴は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 が、その体は黒の騎士に受け止められていた。



 「こ、の匂い……は……え、まさか、あんた―――――!?」

 「はい、そこまで」



 何事かを囁く黒の騎士。

 すると、何かを喚きかけた真琴はあっさりと気絶をするのだった。



 「アナウンサー、コールを」

 『……っあ? しょ、しょ、しょ、勝者、ユウ選手っ!!』



 わぁぁぁぁぁぁっ!!



 歓声が、爆発した。















 「お膳立ては整った……か」



 実況席を離れ、香奈は一人壁にもたれかかって闘技場を見つめていた。

 そこには、担架で運ばれる真琴とこちらに向かって歩いてくる黒の騎士の姿があった。



 「けどどういうこと? ……あれは間違いなく水蒸気。ということは水の魔術で防いだということよね」



 香奈は見た。

 真琴の術を防いだのは鎧ではない、間違いなく魔術だ。

 しかし、ユウではそれは無理なはずである。

 何故なら、ユウは『魔術士ではない』はずなのだから。



 ざっ



 対峙する黒の騎士と香奈。

 だが、次の瞬間、黒の騎士は香奈に耳を寄せると何事かを囁いて去っていった。



 「……そういうことか……真琴、あんたやっぱ凄いわ」



 黒の騎士が去っていった方向を見ながら、香奈はにこりと微笑んだ。















 『一時間の休憩を挟みまして、次はいよいよ決勝戦! 対戦カードは……寺岡久平選手 VS ユウ選手です!』





 あとがき

 この段階でオチが読めた人は凄いと思うtaiです。
 もう何がなにやらわからず謎が謎を呼ぶ展開、伏線を張ったり張らなかったりと大忙しです。
 しかし未だに名前すらでてこない主人公、彼は一体どこに……(だからバレバレだと)
 ていうか今の展開ってタイトルに偽りありまくりですね(笑
 次回はいよいよ決勝戦ですが……?
 質問・感想は私のやる気が促進されるので随時歓迎(w