祐一と美汐の二人旅     第20話 〜嵐の前の騒がしさ〜

















 「うわー、見事に穴が空いてますねぇ」

 「ていうか大丈夫なのか? なんか大騒ぎ…………にはなってないけど」

 「ああ、問題ないですよ。真琴がこういうことするのはたまにあることですし」

 「いや、たまにあるのかよ」

 「まあ、お給料のカットは間違いないですね」



 穴の空いた屋根を見上げながら呟かれた香奈の言葉にビクッと肩を震わせる真琴。

 彼女は先ほどからひたすら道端にうずくまっている。

 何か地面に文字を書いているようなので祐一が覗いてみるとそこには食べ物の名前が並んでいた。

 おそらく給料カットで削らなければならないものを書いているのだろう。

 ちなみに肉まんがやたら多く書かれていたりする。

 涙を流しながら「肉まんが……」などと呟いている辺りが実に哀愁を誘う。



 「そういえば気になっていたんだが…………」

 「はい?」

 「なんでこいつ―――――真琴は俺を襲ってきたんだ? 美汐が話したのか?」

 「いえ、真琴は祐一さんのことは知りませんよ。多分、匂いで判断したんでしょうね」

 「匂い…………あ、もしかしてこいつって妖狐族?」



 最後の部分だけ小声になって真琴を指差す祐一。

 香奈はそれに少し驚いた様子を見せたが、小さく頷いて祐一の言葉を肯定した。



 「はい、おそらくは祐一さんから美汐の匂いがしたので祐一さんを誘拐犯かなにかと思ったんでしょうね」

 「ふうん、ヴァルハラは妖狐とは友好的だとは聞いてたけど…………」

 「真琴はその中でも特別なんですよ。ここだけの話ですが…………真琴は血縁上、美汐の従妹なんです」

 「…………は?」



 目を丸くする祐一。

 まさか目の前で肉まん肉まん呟いている少女までもが王族とは思わなかったらしい。

 そんな祐一の様子にくすくすと笑いながらも香奈は手を振って祐一の考えを否定する。



 「真琴は王族じゃないですよ? 美汐の母親と真琴の母親が姉妹なんです。

  一応美汐の母親は平民出身ということになっていますからね」

 「平民出身ということに…………なっている?」

 「はい、美汐の母親は妖狐族です。しかもこの地方の集落の長の娘だったらしいですよ」

 「おいおい、それって…………」

 「当時はもめたらしいですねー。いくらヴァルハラが他種族に寛容といってもお妃に妖狐族の女性というのは。

  妖狐の集落の方ももめにもめたそうです。なんせ集落の長の娘が人間の国の国王と結婚したいっていったんですから」

 「そりゃもめるだろ…………下手すりゃヴァルハラと妖狐の戦争だぞ」

 「私は当事者じゃないので詳しくは知りませんけど…………最終的には二人がそれぞれの親を説得したそうです。

  で、二人の親がそれぞれの有力者を黙らせたとか。いやー、愛は強いですねぇ♪」

 「愛の一言で片付けるお前も凄いと思うが」



 眼をキラキラと輝かせて語る香奈に冷や汗を流す祐一。

 真琴といい目の前の少女といい、ヴァルハラ大丈夫か? と本気で悩んでしまう。



 「ちなみに今は真琴の母親―――――美琴さんっていうんですけど、が集落の長なんですよ。

  美琴さんは人間に好意的だし頭も柔らかいほうだから」

 「でも娘をヴァルハラにおいといていいのか? 順序からすると真琴が次の長なんじゃ…………」

 「真琴には姉がいるんですよ。それに真琴は美汐や私に懐いてましたから」

 「なるほど…………」



 色々突っ込むところはあったがとりあえず納得する祐一。



 「ところで、今の話って思い切りやばいんじゃないか?」

 「ですねー、ほとんどが国家機密レベルです。バレたら私も祐一さんもただじゃなすまないですねっ」

 「おい」



 『きゃー、怖いっ』とぶりっ娘ポーズをする香奈にじと目を向ける祐一。

 周りに人はいないが事の重要性はかなりとんでもない。



 「今の話を知っているのはヴァルハラでも極一部ですからね、くれぐれも他の人には話さないよう」

 「いや、そりゃ話はしないが…………なんか勝手に話された気がするんだが気のせいか?」

 「綺麗さっぱり気のせいです」

 「いや、そんな『私の知ったこっちゃありません』って言葉が張り付いてるような笑顔で言われても」

 「それだけ祐一さんを信じてるんですよ、私は」

 「だけどな」

 「それに美汐関連のことなんですから祐一さんには知る権利があります」



 トドメの言葉。

 ここまで言われてしまっては祐一にはもはや何も言えなかった。

 上手く丸め込まれただけとも言うが。

 なんせ権利があっても話を聞く義務はないのだし。



 「じゃあ、行きましょうか」

 「行くってどこに」

 「私や真琴が住んでる寮です」

 「何故」

 「祐一さん、泊まる所まだ決まってないんでしょ?」

 「まあな」

 「だから泊まっていってください」

 「いやまて、それはまずいだろ。っていうか話に脈絡がないぞ」

 「美汐と二人きりで旅してても何もできなかったんでしょう? なら問題ないですよ♪」



 さわやかな顔でそう言い放つ香奈にぐうの音もでない祐一。

 『何もしなかった』ではなく『何もできなかった』と言われている辺りが祐一のヘタレさを物語る。

 まあ、祐一は幸いにもそれに気がつかなかったようだが。



 「さて、祐一さんの甲斐性なしが納得されたところで行きましょうか、ほら真琴いつまでもどんよりしないの」

 「…………うう、肉まん…………ってあれ? 香奈、どこ行くの?」

 「寮よ。祐一さんが今日泊まることになったから寮長に言いにいかないと」

 「なんですって!? 香奈、こいつを泊めるなんて何考えてるのよぅ!?」

 「いいじゃない、減るもんじゃないし」

 「真琴のてーそーが危ないのよっ!」

 「いや、お子様に興味はないから」

 「なんですってー!?」



 お子様発言に怒り再燃の真琴。

 だが、興味があっても何もできなかった祐一がその発言はどうかと香奈は思っていたりする。

 無論、口には出さないが。



 「もう許さないんだから!」

 「さっきから許されたためしがないんだが…………」

 「炎よ、渦となりて眼前の敵を討て―――――《フレアストライク》!!」



 祐一の抗議を無視して放たれる炎の術。

 自分へと一直線に伸びてくる炎の渦を祐一は溜息をつきつつあっさりと避ける。

 狙いも制御も大雑把なので避けることは祐一にとっては造作でもない。



 ―――――つまり、それは祐一でなければ大変なわけで。



 「ついに見つけ―――――ってぶわぁぁぁぁっ!!??」

 「あ」

 「え?」

 「あらら」



 通り過ぎた炎の渦は祐一の後ろの男―――――ちょうど祐一に話し掛けようとしていたらしい、に直撃するのだった。















 一方、城では。



 「…………また滅茶苦茶なことを言い出しましたね」

 「いいじゃねえか。この賭け、どう考えてもお前が有利だぞ?」

 「確かにそうですが…………貴方達はいいんですか? 下手すれば」

 「まあ、可愛い息子と未来の義娘候補のためだから」

 「面白そうだしー」



 ふざけているとしか思えない相沢夫婦の態度に疑惑の目を向ける誠林。

 が、どう見ても二人は本気にしか見えない。

 そんな二人を見て―――――誠林は決断した。



 「…………わかりました。その賭け、受けて立ちましょう」

 「おお、流石誠林。話がわかるな!」

 「どうせ断っても無理にやる気なんでしょう? なら状況が把握できる分賭けに乗った方がマシです」

 「じゃあ、決定ねー」



 ぽん、と手を叩いてニコニコと微笑む春奈。

 そして用事はこれまでだとばかりに立ち上がる祐馬。

 そんな二人の姿に誠林は明日のことを思うと胃が痛くなる思いなのだった。



 「じゃな、誠林。また明日会おうぜ」

 「ところで誠林さん、再婚しないのー?」

 「また明日。あと春奈さん、いきなり何を言いますか貴女は」

 「いえね、さっきの凪音さんだったっけー? あの人と怪しいなーと思って」

 「何、そうなのか誠林!? 式には呼べよ」

 「そんな話は今のところありませんっ!」

 「なるほど、今後ありうるということか…………」

 「祐馬さんっ!」

 「あっはっは、またなー」



 ニヤニヤと笑いながら退室する祐馬。

 それを真っ赤な顔で見送りながら誠林はソファーに腰をおろし、まだ見ぬ相沢祐一という少年に思いをはせるのだった。



 「…………似てないことを祈りましょう」















 ぶすぶす…………と肉の焦げる匂いが祐一の鼻腔を刺激する。

 目の前には真琴の炎術を正面からくらってヒクついている男が一人。



 「…………死んだか?」

 「真琴、殺人は流石にまずいわよ」

 「…………あぅ」



 冷や汗を流す三人。

 幸い周囲に人はいないため騒ぎにはならない。

 が、あの炎術の威力から察するに男は致命傷を受けていても不思議ではない。

 しかし



 「いきなり何をするかっ!?」



 がばっ! と勢いよく立ち上がる男。

 所々、例えば長髪の先などが焦げてはいるものの精々軽い火傷といったところで大事には至っていない。



 「え、あれに当たってその程度で済むなんて…………」

 「なんか今不穏なこと言わなかったかお前」

 「き、気のせいよ!」

 「とっさに風の魔術で防壁はったから良いようなものの、俺じゃなかったら死んでるぞ!

  って貴様は相沢祐一! そうか、お前の仕業か…………不意打ちとは卑怯なり!」

 「いや、俺のせいじゃないから。っていうかお前誰?」

 「この俺を忘れたとは言わせんぞ!」

 「忘れた」

 「うわ、即答ですね」

 「だって見覚えないし。っていうかすすだらけで顔の判別つかないぞお前」

 「なんとっ!? むう、俺の美顔が…………!」



 素早く手鏡を取り出すと顔を布で拭き始める男。

 祐一達は係わり合いになりたくないのかさり気なく移動を開始していたりする。



 「ふう、これでよし…………ってこらそこっ、立ち去ろうとするんじゃないっ!」



 「ところで大会の方だが…………どうやって素性を隠す?」

 「うーん、手っ取り早いのは変装ですね。でも美汐って結構鋭いからやるなら徹底的にやらないと」

 「ふん、どんな格好だろうと真琴に燃やされるのは変わらないけどね!」

 「おい、真琴。なんか呼んでるぞ。ちゃんと炎術ぶつけたお詫びしてこいよ」

 「あんたに真琴って呼ばれる筋合いなんてなんわよっ!」

 「話を聞けえぇぇぇぇっ!!」



 物凄いスピードで祐一達の前に回りこむ男。

 その必死な様子に流石に心が痛んだのか、祐一は男の相手をすることにした。



 「仕方ないな…………あ!」

 「ふ、ようやく俺のことを思い出したようだな」

 「その長髪は…………美汐に石ぶつけられて気絶した勘違い逆恨み男、寺岡久平!?」

 「変な覚え方するなっ!! というか長髪でわかるなら最初からわかれっ!!」



 喜んだり怒ったりと目まぐるしく表情を変える久平。

 怒鳴りっぱなしで喉は痛まないのだろうか?

 まあ、久々の登場でこの扱いというのが嫌だったのだろうが。



 「で、なんのようだ?」

 「知れたこと。ライバルが再会するということはすなわちそれは決闘の合図!」

 「で、香奈。寮までどれくらいかかるんだ?」

 「そうですね、歩きで二十分くらいでしょうか」

 「お腹空いたー」

 「おい、さらりと流すな!」

 「うるさいな、大体なんで俺がお前の相手をしなきゃならないんだよ」

 「それが我々に定められた運命だからだ! なに、今すぐというわけではない。

  都合のいいことに相応しい舞台が明日整うからな」



 久平の台詞に祐一の眉が僅かに動く。

 祐一の反応に気を良くしたのか久平は更に言葉を続けた。



 「どうやらその様子だと知っているようだな。そう、明日の武闘大会で決着をつけようではないか!」

 「ってことはお前も参加するのか…………」

 「無論!」



 胸をのけぞらせて祐一の言葉を肯定する久平。

 と、そこで香奈が何かを思いついたような表情になった。

 そう、悪戯を企む子供のような表情に。



 「あ、祐一さん。私ちょっと用事が出来たんで先に寮に行っててもらえませんか?」

 「え? まあ構わないけど」

 「じゃあ、真琴。案内お願いね」

 「えーっ! なんで真琴が」

 「三日前のアレ、寮長に言うわよ」

 「わかったわ、真琴に任せて! ほら、あんた着いて来なさいっ」

 「うわ、引っ張るなよ」



 香奈の言葉に冷や汗を額にびっしり浮かべつつ祐一を引っ張る真琴。

 引っ張られる祐一が角を曲がる前に見たのは久平に話し掛けている香奈の姿だった。















 そして翌日―――――様々な思惑が交錯する武闘大会、開幕。 





 あとがき

 どうも、ようやく20話の大台にのって嬉しいtaiです。
 今回は美汐が一切出なかったです、残念。
 なんか伏線貼りまくってます、バレバレな部分もありますが。
 結局大会入るって最後だけだし。
 次回から大会編、しつこいようですがバトル描写は多分ないです(マテ
 質問・感想は随時歓迎です。



 天野誠林 (36)   ジョブ〔???〕

 美汐の父親でヴァルハラ公国の現国王。
 かなりの過保護で亡き妻、渚に似ている美汐を猫可愛がりしている。
 普段こそ親馬鹿全開の優男だが政務の場では威厳を持った良王である。再婚の噂有り。



 妖狐族
 森を主な住処とする種族で人間との関係は基本的に良好。ただ、森からはあまり出てこないので交流はないに等しい。
 見た目や寿命は人間とほとんど変わらないが身体能力が高く鼻が利き、耳や尻尾がある
 真琴の場合は尻尾や耳をわざと隠している。理由は目立つのとみんなが触りたがるから。