祐一と美汐の二人旅 第19話 〜子の思い、親知らず〜
「ははは、相変わらずですね祐馬」
「お前もまったく変わってないなー誠林。お前十七年前と全然変わってねーじゃねえか」
「貴方は老けましたね。春奈さんはお変わりないようですが…………」
「あらー、嬉しい」
「おい、人の嫁さんを口説くなよ」
和やかな雰囲気が満ちる一室で語らう三人。
一応一人は国王なのだがそれを全く気にせず話す彼らは竹馬の友という言葉が正に当てはまる。
コンコン
「父様、お呼びですか?」
「ああ、どうぞ。入ってください」
扉の先には呼び出しを受けていた美汐が立っていた。
国王としてではなく、私人として客人の前で振舞っている父親に軽い驚きをうける美汐。
しかし、それを表情に表すことなく入室するあたりは流石である。
一方、相沢夫婦も美汐の容姿に驚きをうけていたのだが。
「祐馬、春奈さん。この娘は私の娘で美汐っていうんだ」
「天野美汐です」
「こりゃご丁寧に…………俺は相沢祐馬。誠林とは昔馴染みでね、いわゆる親友という奴だ」
「相沢春奈。祐馬の妻です」
「え―――――?」
軽く挨拶をする祐馬と春奈に驚愕の表情を浮かべる美汐。
それは祐一の両親にいきなり会うことになった故の驚き。
しかし、三人は美汐が祐一と知人であることなど知るよしもないのでその態度を当然のように誤解する。
「驚きましたか? 三英雄が二人もここにいることに」
「え? あ、は、はい」
「うふふ、そんなに硬くならなくてもいいわよ? 三英雄っていっても知名度はあってないようなものだしー」
「そうそう、ちょっとダンディーなおじさまがいるなと思ってくれればいい」
「…………まあ、こんな人たちですから美汐さんも気を楽にしてください」
「は、はぁ…………」
「しかしまあ…………美汐ちゃんは渚さんにソックリだな」
「そうでしょうそうでしょう!」
自分のことについて盛り上がる三人を呆然と見つつ、美汐は混乱していた。
それはそうだろう。
祐一から両親は別ルートで旅をしていると聞いていたのにその二人が目の前にいるのだから。
「美汐ちゃんはおいくつ?」
「え、あ、明日で十六になります」
「ふむ、じゃあ祐一の一つ下か」
「ねえねえ美汐ちゃん。うちの息子の嫁にこない?」
「え」
ボッ、と顔を朱に染めて俯いてしまう美汐。
想い人の両親からそんなことを言われれば当然の反応だろう。
美汐は脳裏に相沢美汐となった自分の姿が思い浮かぶのを必死にかき消す。
「あらあら、真っ赤になっちゃって可愛いわねー。うんうん、純情なのはいいことよー」
「春奈さん、娘をからかわないで下さいよ。いくら貴方たちの息子といっても美汐さんはそう簡単にはあげません」
「簡単じゃなきゃくれるのか?」
「そういう問題じゃないですよ。そういえば息子さん…………祐一君でしたか、は今どこに?」
「さあ? どっかの荒野でのたれ死んでるんじゃないか?」
「あの子、方向音痴だからねー」
「恐ろしいことをさらっといいますね貴方達…………」
(わ、笑えない…………)
冷や汗を流す天野親子。
特に美汐は実際にそうなりかけた祐一を見ている。
「ちっ、やっぱ祐一も連れてくるべきだったな。美汐ちゃんのことを知っていれば…………」
「そうねー」
「だからそれはいいですってば…………」
「ま、今回は縁がなかったと思って諦めるさ。美汐ちゃんは近々結婚するんだろ?」
「お婿さんがうらやましいわー。こんな可愛い娘をもらえるなんて」
「え、ええ…………まあ」
口を濁す誠林。
決めたこととはいえ、押し付けるように結婚相手を決めるやり方が心苦しいらしい。
特に目の前の二人はこういうやり方が嫌いだと知っているので心苦しさに拍車がかかる。
「…………? どうした誠林?」
「父様、私は明日の衣装合わせがありますのでそろそろ…………」
祐馬の質問を遮るように席を立つ美汐。
言葉に詰まった父親を助ける、という意味合いもある。
だが、祐一の両親の前でその話題になるのがつらいというのが一番の理由だった。
一礼の後、足早に退出する美汐を怪訝に思う三人。
「どうしたのかしら美汐ちゃん…………なんか様子が変だったけどー」
「美汐さん…………」
気まずい空気が室内に漂う。
美汐と入れ替わるようにメイドがお茶とお菓子を運んでくるのを横目で見つつ祐馬が口を開く。
「…………なあ誠林」
「な、なんですか?」
「お前、なんか隠してないか?」
「…………う」
「多分、だけどな。美汐ちゃん、さっきまで泣いてたぞ」
「え!?」
「目が赤かったからな。終始俯き気味だったからお前は気づかなかったようだけど」
祐馬の言葉に動揺を隠せない誠林。
意に添わぬことだとはわかってはいたがまさか泣くほどのことだとは思っていなかったらしい。
あからさまにうろたえる誠林に疑惑の目を向ける相沢夫婦。
と、そこに横合いから思いもよらぬ人物が口を挟んだ。
「誠林様」
「…………凪音さん?」
「差し出がましいようですが、私がお話してもよろしいでしょうか?」
「え、いや、それは…………」
「こうなってしまっては隠し通すことは難しいかと。それに―――――」
誠林を目で黙らせるとちら、と相沢夫婦を見る。
微笑みを顔に浮かべると凪音―――――メイド長はゆっくりと話を始めた。
「お二方にも無関係ではないですから」
「で、だ。武闘大会に出るのはいいとして…………問題があるな」
「問題、ですか?」
「ああ、相沢祐一として馬鹿正直に出れないということだな」
「何故です? 祐一さんは美汐のこと知らないことになってるんですから問題ないと思いますけど」
「さっきも言ったがな、俺が出場してるってだけで多分美汐は苦しむぞ。
出場すれば嫌でも美汐の素性を知ることになるんだからな。それに―――――」
「それに?」
「俺は逆玉狙いで武闘大会に出るような奴だと思われたくない」
静寂。
言葉を放った祐一は顔を真っ赤にして明後日の方向を向いていた。
どうやら自分の台詞がかなり恥ずかしいことを自覚している模様。
香奈としてはそんな祐一を可愛いと思ったり美汐が羨ましいと思ったりと忙しかったが。
「…………あ、あははっ! た、確かにそれは嫌ですね」
「笑うなよ、結構恥ずかしかったのに」
「でも、大会に出場する以上はそれが当たり前なんですけど?」
「お、俺は別に美汐と…………その、け、結婚したいから出場するってわけじゃない」
「まあ、そうなんですけどねー。祐一さん、可愛いっ♪」
「う、うるさいなっ」
「あらら、拗ねないで下さいよー。でも、その心配はないですよ?」
「へ?」
「だって表向きはただの武闘大会ですから。優勝しても国王直々のお褒めの言葉があるくらいだし」
「そ、そうなのか?」
「そりゃそうですよー、じゃなきゃ私や真琴が出場OKなわけないですし」
拍子抜けした祐一に香奈は簡単な説明を始める。
表面上、ただの武闘大会な理由は簡単。
国王としては逆玉狙いの欲丸出しな男ではいくら強くても駄目なのだ。
だからこそ優勝しても賞品や賞金が出ない。
ただ、強さのみを求めて大会に出る男こそ美汐にふさわしい。
それが国王―――――誠林の考えなのだ。
「つまり、優勝した人がおめがねに叶うようなら後でこっそりと城に招いて美汐とご対面ってわけです」
「そりゃまた適当というか気の長いやり方だなぁ…………」
「ですねー、優勝した人が既婚者だったり私や真琴みたく女だったりしたら来年待ちですし」
「最悪、美汐って一生結婚できないんじゃ…………」
「ありえますね。まあ、私や真琴としてもどこの馬の骨ともわからぬ男に美汐をあげる気はないので
容赦なく相手を張り倒しますけど」
「去年と一昨年の出場者に同情するよ…………」
清々しいほどの笑顔を浮かべつつ平然と恐ろしいことを言い放つ香奈に畏怖を抱く祐一だった。
「あ、もちろん相手が祐一さんでも手加減はしませんよ?
私としては美汐のためにも勝たせてあげたいですがやっぱりズルはよくないですし♪」
「ま、お手柔らかに頼むよ」
「香奈が手を下す必要なんてないわよぅ! 真琴が炭にしてあげるんだからっ!」
突然むくりと起き上がった真琴がテーブルの上によじ登り宣言する。
なんとかと煙は高いところを好むというが彼女は正にそれの様子。
得意げに腕を組んで祐一を見下ろす様はある意味凛々しい光景ではある。
現在は場所が場所だけにマヌケ以外の何者でもないが。
「なあ、本当にこいつが前回の優勝者なのか? どーも信じられないんだが」
「お気持ちはわかるんですが、事実です。
まあ、試合開始直後に大規模の炎術を相手に叩き込めば大概の相手は瞬殺でしたから…………」
「え、えげつないな…………」
盛り上がりも情緒もないであろう試合光景に冷や汗を流す祐一。
それだけ美汐を思っていると言えば聞こえはいいが、真琴の対戦相手にはもはや哀れみすら浮かぶ。
「ふふふ、どう? 真琴の恐ろしさがわかった?」
「ああ、十分わかった。でもな…………」
「なに? 命乞いなら聞いてあげるわよ?」
「パンツ見えてるぞ」
なおも自分を見下ろしている真琴きっぱりと言い放つ祐一。
真琴の格好は拳闘士、すなわち動きやすさを重視した服であるため下に身に付けているスカートは短い。
そんな格好でテーブルの上に乗って座っている人間を見下ろす体勢をとればスカートの中が見えるのは当然だった。
ぶっ、と吹き出す香奈。どうやら気がついていて黙っていたらしい。
「な…………な、な…………ななななななな」
「とりあえず降りたらどうだ? 年頃の女の子がはしたないぞ」
意外に冷静な祐一。
どうやら真琴は守備範囲外らしい。
が、指摘された真琴のほうはどんどん首から上が真っ赤になっていく。
香奈は真琴の右手が燃え盛っていく気配に気がつき、さり気なく退避を始める。
これってお店の修理費は国から出るのかしら、とか考えつつ。
―――――十秒後、ある食事処から炎の柱が天に向かって燃え盛るのを多数の住人が目撃するのだった。
場所は戻って城の一室。
凪音はすでに話を終えて退出している。
が、その内容は三人の想像を越えるものであり、故に誰も言葉を発することができなかった。
「いやはや…………事実は小説よりも奇なりとはよくいったもんだな」
「まさか祐一が美汐ちゃんをここまで連れてきていたとはねー…………」
流石の相沢夫婦も息子の縁に驚愕するばかりだった。
先程縁がなかったと言ったが、実際のところは縁がありまくりだったのだから。
「…………祐馬」
「なんだ?」
「私は、間違っているのでしょうか?」
「お前は間違っているといって欲しいのか?」
「…………それは」
「違うだろう? お前は自分が正しいと思って、美汐ちゃんのためだと思って今までやってきたんだろう?
なら、後悔なんかするんじゃねえよ」
「しかし!」
「あー、もうウジウジ言うなって。辛気臭くなっちまう」
「では、どうしろと言うんですか!」
「お前と美汐ちゃんの両方が望むようにすればいいんじゃねえの?」
「簡単に言ってくれますね…………人事じゃないというのに」
「人事じゃないから簡単にいうんだよ。まあ、お前の気持ちもわからんではないがな」
お茶菓子をパクつきながらのほほんと言う祐馬を恨めしそうに見やる誠林。
娘を悲しませている原因の半分に目の前の男の息子が関わっているのでそれは仕方ないといえる。
まあ、残り半分が自分のせいなので恨むに恨みきれないのだが。
「で、だ。誠林。一つ提案があるんだが」
「提案? こんなときになんですか?」
いぶかしげに祐馬を見る誠林。
祐馬の横では春奈がニコニコと微笑んでいる。
祐馬もやはり笑顔だった。
ふと、嫌な予感が誠林の背にはしった。
「賭けをしないか? 前途ある二人の若人の未来を賭けて、な」
あとがき
どうも、最近不眠症気味なtaiです。
今回は美汐の出番があまりなかったのでちょっと不満。
主役達そっちのけで話が進んでいます、大会に入ってないしー!?(汗
ようやく説明というか事情があらかた明かされました。まだいくつかありますけどね。
さー、次回こそ大会編……のはず!
祐馬の持ち出した賭けとはなんなのか?祐一と美汐は無事再会できるのか?というか収集はつくのか?(笑
感想・質問は大歓迎につきよろしくお願いします、待ってます〜。