祐一と美汐の二人旅 第18話 〜自覚と決意と〜
「…………すまん、もう一度言ってくれ」
本人には自覚のないドスの聞いた声が店内に響いた。
発信源は中央テーブルに座る俯いた少年―――――祐一である。
(うわぁ…………予想以上の反応)
そんな祐一の気を一身に受けるのはヴァルハラ公国の近衛騎士隊長の黒崎香奈。
親友のために一肌脱ごうと『あること』について話したのだが、思ったより効果があった様子。
というよりありすぎたらしい。
少しばかり後悔しつつ、彼女はもう一度その言葉を口にする。
「美汐は、明日に行われる武闘大会の優勝者と結婚します」
「なんで?」
「美汐の父親、つまり国王陛下が決めたからですよ。美汐の母親は九年前、魔物に襲われて死にました。
しかも、国王の目の前で。だから―――――」
「だから、強い奴でないと娘の相手は任せられないってか?」
「はい、そんなところです。国王はいつも私に愚痴をこぼしていましたから。
『香奈君、キミが男だったらどんなによかったか…………』って何度言われたことか」
「…………まあ、気持ちはわからんでもないな。けどそれなら貴族やどっかの国の王子でもいいんじゃないのか?」
「ああ、そういうのは駄目なんだそうです。あくまで自分一人の手で美汐を守れないと」
まあ、その点で言えば祐一さんは問題なさそうですけど。
その言葉を香奈は飲み込んだ。
そこまで口を出す必要はないと感じたからだ。
(けど、ここまで祐一さんが動揺するとは思わなかった。想われてるわねー、美汐)
こりゃ勝ち目はないか、と早々と失恋決定の確信をする香奈。
まあ、まだ出会ったばかりなので少々胸がちくんと痛むくらいなのは救いといえる。
ずっと一緒にいたら美汐みたいにかなり深いトコまでいってしまっただろうから。
「あれ? けど街で聞いた話だとその武闘大会って今までもあったんじゃないのか?」
「はい、去年と一昨年、二回ほどありましたよ」
「…………? わからないな。ならもう花婿は決まっているじゃないのか?」
「いえ、決まっていませんよ」
「?」
「だって、一昨年の優勝者は私ですし。去年の優勝者はここで転がってる真琴ですから」
「…………は?」
ぽかん、と今まで撒き散らしていたプレッシャーを四散させて呆然とする祐一。
どうやらこれを狙っていたらしく、香奈は会心の笑みを浮かべるのだった。
「女性は参加不可って条件はないですからね。近衛騎士が出場してもいいでしょ? なんでもありの大会ですし」
「それって…………やっぱ美汐のために?」
「です。まあ、国王としても強い男性を望む以上は私や真琴に負けるようじゃあ駄目ってことで」
「友情パワー恐るべし、だな」
「そうですね。真琴なんて対戦相手を容赦なくぶっ飛ばしていましたから。
去年の準決勝なんて凄かったですよー。相手が筋肉ダルマの髭親父だったから真っ黒焦げになるまで燃やしてたし」
ちら、と床に横たわる真琴に目を向ける香奈。
祐一も倣うようにして目を向ける。
確かに真琴は頭こそ悪そうだが腕っ節は十分だろう。
相手の実力を見抜くことに関しても鍛えられている祐一はそう判断した。
と、いうより実際に攻撃されたし。
「で、どうしますか?」
「どう、とは?」
いぶかしげな視線を香奈に向ける祐一。
香奈はその視線をがっちりと受け止める。
そして―――――真剣な表情で問いかけた。
「祐一さんは武闘大会に出る気はあるか、ということです」
「はぁ…………」
場所は代わって城の一室。
美汐は切なげな溜息をつきながらベッドに寝転がっていた。
『私はどうすればいいのでしょうか?』
『…………姫様』
『父様の気持ちはよくわかるんです。けど、私は…………』
『見ず知らずの男性に嫁ぐことになるのはお嫌だと?』
『…………はい』
『それは何故ですか?』
『何故…………?』
『はい、もちろん一般的に考えれば見ず知らずの男性に嫁ぐなどよくないことに決まっています。
ですが、姫様はそれだけがお悩みの原因には見えません。何故ならば姫様は既にこのことは承知の上だったはずですから』
『…………それ、は』
『これは私の勝手な推測ですが、姫様はお好きな方がいらっしゃるのではありませんか?』
『え?』
『今、姫様がお話になられた相沢祐一様。その方のことが好きだから姫様はお悩みになっていらっしゃるのではないですか?』
『好き…………私が、祐一さんを?』
『…………私が姫様に言えることは一つだけです。姫様、貴女様の心の中にいるのは誰ですか?』
「私の、心の中に―――――」
そっと胸に手を当てる美汐。
思い浮かぶのは祐一と過ごした旅の日々。
短くて、結局本名を名乗れなくて、それでも彼の傍は
楽しくて
嬉しくて
心地よくて
「あ…………」
そうだった。
大事なことはたった一つ。
あなたの傍にいたい、これだけだったのだ。
「好き…………私は、祐一さんが好き、だったんだ…………」
彼を想うと高鳴る胸の鼓動。
傍にいないと感じる寂しさ。
なんのことはない、それは「恋」と呼ばれる感情だった、それだけのこと。
「う、ぁ…………」
胸元のペンダントを握り締める。
気がつけば涙がこぼれていた。
それは、後悔の涙。
二度と会えないであろう、少年を想う涙。
「馬鹿…………私の、馬鹿…………」
もし、自分が王女だと言えていたら
もし、もうすぐ結婚することになるかもしれないと言えていたら
もし、自分の気持ちにもう少し早く気がつくことができていたら
もし―――――
数え切れない「IF」があった。
けれどそれはもうどうしようもないこと。
後悔の二文字が美汐の心を覆う。
「祐一さん…………もう一度。会いたい、です…………」
声が、悲しく響いた。
「ああ、その男の子なら見たよ」
「本当か!?」
祐一と真琴が遭遇した広場。
そこで目を輝かせつつ目の前のおばさんに詰め寄る男がいた。
おばさんは少しばかり腰を引かせつつ彼の問いに答える。
「さっきそこの広場で女の子に絡まれていたね。なんか別の女の子がやってきてどっかに行っちゃったけど」
「どこへいくか場所は言っていなかったか?」
「うーん、確か食事がどうとか言ってたからあっちの食事処のほうに行ったんじゃないかねぇ」
「そうか…………情報提供、感謝する」
一礼して、足早にその場を立ち去ろうとする男。
長髪が風になびき、おばさんはその光景に一瞬見とれる。
何故ならばその男は美形だったから。
「ねえ、その男の子とあんたはどんな関係なんだい? なんかえらく拘ってる感じだけど」
ピタリ、と彼の足が止まる。
「奴は父親の仇…………いや、ライバルだ!!」
ぐっと拳を握り締める男。
憤怒と決意に満ち溢れるこの男の名は寺岡久平。
何時の間にか祐一を仇からライバルへと昇格させている自分勝手な男である。
同時刻、祐一と美汐が別れた場所に二人の男女が辿りついた。
男の名は相沢祐馬。
女の名は相沢春奈。
実の息子に万年新婚夫婦呼わばりされている世界最強コンビである。
「やっと王都ねー。久しぶりだわー」
「そうだな、中々活気に溢れている。流石誠林ってとこか」
「祐馬さん、一応誠林さんは国王様なんだから」
「む、そうだな。そういえばあいつって娘がいたような気がするんだが」
「ああ、いるって聞いたわよ。聞いた話だと祐一の一つ下でちょうど今院から帰ってきてるそうよー」
「ふむ、ならアイツの顔を久しぶりに見にいくか? 確か…………十七年ぶりだよな?」
「魔王を倒した後が最後だからそうねー」
「よし、じゃあ行くか」
歩き出す二人。
彼ら二人が王都で嵐を巻き起こすことになることを知っているものはこの時点では誰もいない。
「どうなんですか?」
テーブルを挟んで睨み合う祐一と香奈。
ケンカをしているわけではないのだが、二人に漂う緊張感はそれ以上だった。
嘘は許さない、香奈の瞳はそう言っている。
数秒後、祐一は口を開いた。
「わからない」
「は? それはどういう…………」
「ああ、誤解するなよ。でたくないって意味じゃない。文字通りわからないだけだ」
「何がです?」
「自分の心が、だ。確かに好きでもない男と美汐が結婚するかもしれんというのはむかつく。
が、むかつくからって俺が大会に出ていいかがわからん」
「それは」
「無論、出場したからといって優勝できるとは限らない。
というより出場したら美汐が俺に気がついて嘘をついたことを苦しむかもしれない。
それを考えるとな…………理由が欲しいんだ。決定的な理由が」
「理由?」
「俺が剣を振るうべき理由。父さんが母さんを守るために剣を振るうみたいに」
「それは、美汐のためっていうのではいけないんですか?」
「いや、十分だ」
「なら…………」
「それでもまだ俺は迷ってる。自分でも何を言ってるかよくわからないんだけどな」
苦笑する祐一。
香奈はなんとなくわかった、彼の気持ちが。
きっと彼は美汐の気持ちが不安なのだろう。
自分は美汐のために剣を振るう決意がある、けど美汐はそれを望んでくれるのかという不安が。
両者の想いが手にとるようにわかる香奈としてはじれったいことこの上ない。
だが、言えない。
それは自分で気がつくべきことだと思うから。
けど、じれったい。
「なら、わかるためにっていうのはどうですか?」
だから、ちょっとだけアドバイスをすることにした。
「わかるため?」
「そうです。祐一さんは色々わからないんでしょう? なら、わかるべきです!」
「武闘大会に出場すればわかると?」
「はい!」
きっぱりと言い切る香奈。
祐一はその言葉をゆっくりと心の中で反芻して―――――そして、顔をあげた。
とびっきりの笑顔で。
「…………わかるため、か。うん、それはいいかもな」
あとがき
どうも、なんか作風変わってないか?と噂のtaiです。
数ヶ月ぶりに更新してみればなんかシリアスやらかしています。
でも、この話をやらないとこれからの展開の基盤が作れなくて(汗
今回は美汐は祐一への想いを自覚するシーンが苦労しました。背中がかゆいのなんの(笑
そして久平&相沢夫婦再登場、さあこれで役者は揃いました!
次回はようやく大会編に突入、といってもバトル描写はほとんどないでしょうが(苦笑
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