祐一と美汐の二人旅     第17話 〜二人、それぞれのお話〜

















 ぱくぱく、ぱくぱく



 「あぅー♪」

 「……………………」

 「……………………」



 ぱくぱく、ぱ―――――



 「あぅぐふっ!?」

 「ああっ!? ま、真琴大丈夫っ!?み、水よっ」

 「……………………(汗)」



 広場から少し離れた食事処の密集地の一角の、とある店。

 その中央テーブルに祐一はいた。

 対面には肉まんを喉に詰まらせて大騒ぎのツインテール娘(元黒少女)

 そしてそれを同じく大騒ぎで止めようとしているローブの少女。

 二人とも快活な感じの―――――いいかえれば騒がしいタイプであるが故に店内の注目の的である。



 「全く、あんたって娘は…………って、ああ、すみません。ウチの副長がお見苦しいトコを見せたようで」

 「いや、気にしないでいい…………って今なんと?」

 「は?」

 「その、肉まん娘が副長だのなんだのと聞こえたんだが」

 「誰が肉まん娘なのよぅ!」

 「ああ、それですか。実はこのコ、我がヴァルハラ公国の近衛騎士隊の副長だったりするんですよねー」

 「マ、マジで!?」

 「はい、ほんまもんのまじりっけなしの天然素材級にマジです。ほら真琴、挨拶する!」

 「ふん! こんなやつに名乗る名前なんて真琴にはないわよ!」

 「名乗ってるじゃん、真琴って」

 「あ、あうっ!? ち、違うわよ、真琴は真琴なんて名前じゃないんだから…………」



 ガタッ、と音を立てて立ち上がり焦り始める真琴。

 しかし両手には肉まんをがっちり掴んで離さない。

 中々に食い意地がはっているといえよう。



 「まあ落ち着けよ沢渡真琴」

 「な、なんであんた真琴のフルネームを知ってるのよ!? はっ、わかった! あんたはスパイなのね!」

 「いや、手甲に名前が彫ってあるし」

 「美汐はどこっ、今ならじょーじょーしゃくりょうの余地は―――――」

 「彼の者に深き眠りを―――――《スリーピン》」

 「ある、わ、よ…………すぅ…………」



 バタン!



 「さて、静かになったところで私の自己紹介といきたいのですが」

 「…………それはいいんだが、こいつは放って置いていいのか?」



 頬に一筋の冷や汗を流す祐一の指差した先には真琴が大の字にぶっ倒れていた。

 それでも両手の肉まんは手放していない。

 もうここまで来ると食い意地とは言えある意味尊敬の領域ではなかろうか。



 「ああ、大丈夫ですよ♪ この店じゃもう恒例ですから。ほら、その証拠に店員さんもお客さんもリアクションがないでしょ?」

 「俺には驚きのあまり動けないように見えるんだが気のせいか?」

 「綺麗さっぱり気のせいです」



 一点の曇りもない眩しい笑顔とはこの目の前にいる少女の表情を言うのだろうか、と祐一はふと思ってみた。



 「ではでは名乗らせていただきますね。

  私はヴァルハラ公国近衛騎士隊隊長にして齢は十六、姓は黒崎、名は香奈と申します。以後、よしなに」



 右手を胸に当ててぺこり、と一礼。

 その姿は凛々しく、今までの彼女の態度からは想像できないものであったが、これはこれで妙に似合っていたりする。



 「はー」

 「あはは、どうしたんですか?やっぱり女の身で近衛騎士の隊長っていうのが珍しいとかー?」

 「いや、そうじゃなくて…………流石に気品があるなぁ、と。一国の近衛ともなるとまるで違うんだな…………」

 「…………わお」



 顔は相変わらず笑っているがその目は何かを探るかのようだった香奈の顔が崩れた。

 破顔一笑、というやつである。



 「ん、なにか俺変なこと言ったか?」

 「いやそのー、変といえば変ですね…………ふむふむ」

 「いや、なんか頷かれても困るんだが」

 「あはは、いえですね。私に対して『気品』なんて単語が使用されるとは思わなかったんですよこれが。

  よく大臣様方から注意されちゃいますし」

 「へえ」

 「それにこの国って他の国と比べればまだマシなんですけど…………やっぱ男尊女卑ってあるじゃないですか、どこの業界も」

 「そうなのか」

 「そうなのか、って…………はー、これは想像以上でしたねー」

 「何がだ?」

 「いえいえ、親友の趣味の良さに乾杯ってやつですよ」

 「?」



 わけがわからない、といった祐一の顔を見ながら楽しそうな顔を崩さない香奈。

 それからひとしきり何かを納得するかのように頷いていた香奈だったが、ふと思い出したかのように祐一の目を覗き込む。

 まだまだ女の子にこういう風にされることはまるでなれていない祐一はドギマギである。



 「な、何だ?」

 「いえ、今から結構大事な話をしようと思うので…………そういうのは相手の目をちゃんと見ることにしてるんですよ私」

 「……………………」

 「目、そらさないんですね」

 「それが礼儀だろ?」

 「男らしいですね、思わず私、恋に落ちちゃいそうですよ〜」

 「へ? あ、あの俺は」

 「嘘です。可愛いですね、相沢祐一さん♪」

 「え、俺の名前…………」

 「ああ、美汐から聞いてましたから祐一さんのことは」

 「―――――な」



 香奈の口から出てきた名前に祐一の動きが止まる。

 香奈は悪戯が成功した子供のように微笑み、そして言葉を紡いだ。



 「私と真琴は幼なじみなんですよ。そう―――――ヴァルハラ公国国王の一人娘、天野美汐と」















 「ああ、美汐さん!本当の本当に心配したんですよ!?」

 「父様、私は無傷ですからお気になさらず」

 「美汐さんの乗っていた馬車が大破した状態で見つかったとの報を聞いたときは心臓が止まるかと!」

 「お元気そうで何よりです」

 「それにして綺麗になりましたね、若いころの渚さんを上回らんが勢いです!」

 「父様もお変わりのないようで」



 ヴァルハラ城内の王の部屋。

 そこで繰り広げられる王とその娘の会話に先程から苦笑しきりのメイド長。

 もちろん内心だけのことなので表面には全く出していないが。

 まるで噛み合っていない会話であるが何故か最終的には意思疎通できているから不思議である。



 ちなみにこの心配性丸出しの男が先程威厳を持って美汐を迎えたこの国の王こと天野誠林。

 特徴としては言葉遣いそのものが変わるその二面性とやたら若い容姿が挙げられる。

 公共の場では威厳ある名君と名高い誠林であるが、ひとたびそこから離れればただの心配性のお父さんだったりする。

 まあ、数年前に伴侶たる天野渚を亡くしているので残る唯一の家族である美汐を心配するのは当然ではあるのだが。



 「しかしどうやって戻ってきたのですか、まさか美汐さん一人でというわけではないでしょう?」

 「はい、とあるお方に助けてもらい、そしてそのまま護衛をしてもらい帰参した次第です」

 「なんと! それでそのお方はどこに?」

 「公国に入って私を馬車に乗せるとすぐに立ち去ってしまわれました。

  私としては城に招いて是非にお礼をとお誘いしたのですが…………」

 「ふむ、それはまた欲のない…………」

 「…………ええ、不思議な方でした」



 聞こえないくらいの小さな声でどこか嬉しそうな、それでいて悲しそうな目をしてそう呟く美汐。

 誠林は娘のその様子には気付かなかったがメイド長は気付いたらしい、僅かに眉をひそめた。



 「しかし私としては是非ともそのお方にお礼をしたいですね。騎士数名に探させましょうか」

 「いえ、もはやこの国にはいないと思います。その方はあてのない旅をしているそうなので」

 「そうですか? いや、残念ですね…………」

 「…………はい、本当に私も残念です」



 美汐はそう呟くとそっと目を伏せた。

 今度は誠林も気がついたのか心配顔を再びもたげてしまう。



 「…………美汐さん、どうかしたんですか?」

 「いえ…………そうですね、ちょっと長旅から帰ってきたばかりなので疲れているのかもしれません」

 「ああ、少しばかり無神経でしたね。では私は仕事に戻るのでゆっくりと休んでくださいね美汐さん」

 「父様、心配をおかけしてすみません」

 「いやいや、それではまた後で」















 ―――――ガチャ、バタン



 「…………ふぅ」

 「……………………」

 「本当に嘘つきですね、私は…………」

 「姫様…………」

 「話、聞いてくれませんか。凄くつまらないかもしれないですけど」

 「香奈さんには」

 「もう、話しました。けど…………話したい。そう、ただ聞いて欲しいのです。迷惑、でしょうか?」

 「いえ、そんなことはありません。謹んで聞かせていただきます」

 「…………ありがとう」















 「…………は?」

 「だ、か、ら。美汐はこの国のお姫様なんですよ。びっくりしました?」

 「そ、そんな…………」

 「まあ、驚くのもわかりますよ。まさか旅の相手がお姫様だなんて―――――」



 「あいつ、友達いたのかっ!?」

 「そっちですかっ!?」



 ずるっ、と見事に椅子からずり落ちる香奈。

 近衛騎士隊長とは思えないナイスリアクションである。



 「冗談だ」

 「な、中々やりますね…………」

 「お前さんもな」

 「香奈でいいです」

 「じゃあ俺も祐一でいいぞ、香奈」



 にかっと笑う祐一に思わず見惚れてしまう香奈。

 が、素早く頭を振って席に戻る。



 (…………美汐って、意外と男を見る目あったのね…………)



 「どうした?」

 「い、いえ。っていうか驚かないんですか?美汐がお姫様だってこと」

 「別に。なんとなく予想してたしな、美汐の身分が高いことくらい」

 「え?」

 「俺の両親を知る人間は限られてるからな。追求はしなかったけどそのことを話したときの美汐の様子はどこかおかしかったし」

 「はー…………」

 「ま、お姫様ってのは流石に予想外だったけどな」



 あっはっは、と笑う祐一を見て香奈は呆然としていた。

 この少年からは自分や美汐に対しての敬意とか畏怖というものが全く感じられないのだ。

 普通、近衛騎士隊長だのお姫様だのと関わればもう少し驚きがあってしかるべきなのだが。

 同時に、香奈は相沢祐一という少年が少しわかった気がした。

 そして、何故美汐があそこまでこの少年に対して感情をあらわにしたかも。



 (応援にまわるの、やめよっかなー♪)

 (駄目よ、あなたは美汐の親友でしょ!?)



 …………小悪魔香奈ちゃんと小天使香奈ちゃんが発生した。















 「むにゃむにゃ…………肉まん人生万歳」





 あとがき

 どうも、ようやく改訂版の執筆も終わり、続きを書ける状態になったtaiです。
 今回は閑話っぽいです。ひょっとしたら今までの話で一番つまらなかったかも。
 ていうか美汐の事情が明かされるのはどうした私…………
 次回こそ事情が明かされます。
 今更気付いたんですが…………どうにも二人旅は美汐と祐一が同じ場所にいないと盛り上がらない…………
 早く再会させたい(笑)
 感想・質問は大歓迎につきよろしくお願いします。



 黒崎香奈 (16)   ジョブ〔光術士〕

 美汐の幼なじみにしてヴァルハラ公国近衛騎士隊の隊長。
 明るい性格だが礼儀作法などが苦手でよく大臣方に睨まれている。
 光魔術にかけてはピカイチで、その応用性・汎用性の高さは公国に並ぶものはいないと言われている。

 沢渡真琴 (14)   ジョブ〔火術士&拳闘士〕

 香奈と同じく美汐の幼なじみ。真琴の母親が美汐の母親の妹なので美汐と真琴は従姉妹ということになる。
 近衛騎士隊の副長だが、子供っぽい性格ゆえに香奈によく迷惑をかけていたりする。
 体に炎を纏って戦うことを得意とし、攻撃力でいえば公国でもナンバー1。