祐一と美汐の二人旅     第16話 〜ヴァルハラの近衛騎士〜


















 「……………………(怒)」

 「……………………(汗)」



 奇妙な構図だった。

 立ち上がりかけのため中腰状態の祐一。

 黒のフードをかぶり黒のマントを全身に羽織っている見るからに怪しい少女。

 声質と体型からかろうじて女性と判断できるものの、こういう場合は性別は関係ないと言える。

 そんな二人が間数メートルで向き合っている。



 「…………俺?」



 一応確認のために自分を指差す祐一。

 黒少女(祐一命名)と固唾を飲んで成り行きを見守っていた野次馬が『うんうん』と頷く。



 「ええと…………何か俺に御用ですか?」



 何故か敬語で問い掛ける祐一。

 その気持ちはわかるのだが、その言葉遣いは黒少女にはお気に召さなかったらしくぷるぷると肩を震わせている。

 瞬間『ギンッ!!』と効果音が聞こえてくるかのような眼差しで黒少女は祐一を射抜いた。

 思わず半歩後ずさる祐一だったが後ろはベンチだったため、ベンチに腰をかけ直す羽目になってしまう。



 「やっと見つけた…………」



 先程と同じ台詞を口にする黒少女。

 一歩一歩、祐一へと踏み出す。



 「あんただけは…………」



 鋭い眼光を保ったまま祐一へと近づいていく黒少女。

 わけのわからない祐一と野次馬はそれを見続けることしか出来ない。

 と、黒少女が自分の黒衣装に手をかける。



 「あんただけは…………許さないんだからぁっ!!」



 怒りの叫び声と共に黒衣装をバッ!と取り去って祐一へと駆け出す少女。

 少女はいかにも拳闘士といった格好をしていた。

 栗色のツインテールを振り乱し右コブシを振り上げる少女。

 その狙いは明らかに祐一である。



 (なっ、何故!?)



 自分がこのような少女(結構可愛い)に恨まれる覚えのない祐一は困惑のままに防御体勢をとる。

 少女は勢いの割に単純すぎる動きだったので自分に向けられている右コブシを受け止めるべく左手を構える。



 ―――――ボオッ!!



 が、祐一の動作と同時に少女のコブシに炎が宿る!



 「げっ!?」

 「覚悟ぉぉっ!!」



 ズドォォンッ!!















 祐一と少女が出会う数刻前、ヴァルハラ王城謁見の間。



 ヴァルハラ国王、天野誠林(あまのせいりん)はそわそわしていた。

 そんな主の態度に思わず苦笑してしまう女性の近衛騎士。

 周囲の重役がそんな騎士の振る舞いに目で注意を促すが騎士はそしらぬ顔をしていた。



 ギィィ―――――



 と、謁見の間の扉が開く。

 瞬く間に整然とした雰囲気と化す室内。

 誠林は顔をほころばせ、重役は安堵の溜息をもらし、騎士は笑顔になる。

 彼らの視線の先には一人の少女。



 「よくぞ帰ってきた」



 少女は高級そうなドレスを着ていた。

 慣れていない者―――――例えば先程から笑顔全開の騎士あたりであればまず間違いなく二歩目で転ぶであろう裾の長いドレスを

 明らかに慣れた様子で着こなし、しずしずと中央へ向かって歩いていく少女。



 「心配しておったぞ―――――」



 少女が立ち止まる。

 その短い癖毛を僅かに揺らし、王へと一礼。

 それは父親への帰還の挨拶であった。



 「―――――美汐よ」















 数十分後、ヴァルハラ王城廊下。

 美汐は謁見も終わり、自分の部屋へと歩いていた。

 すると、タッタッタ…………と誰かが彼女に駆け寄ってくる。

 それは、王の横に控えていた近衛騎士だった。



 「美汐っ!」

 「…………香奈!」



 香奈と呼ばれた少女は満面の笑みで、美汐は微かな微笑みでお互いを確認しあう。

 香奈は素早く美汐の手を両手で握るとぶんぶんと上下に振り回す。



 「いやー、本当に久しぶりだねっ。元気だった?」

 「ええ、香奈こそ変わらないようで何よりです」

 「あはは、相変わらず固いわねー」

 「余計なお世話です」



 再会を喜び合う二人。

 実はこの二人、小さいころからの幼なじみで親友同士だったりする。

 今でこそ王女と近衛騎士という身分の差こそあれど、香奈と美汐とあともう一人の少女。

 彼女ら三人は今も昔も大の仲良しだった。



 「けど、本当に心配してたんだよ?突然美汐の乗ってたっていう馬車が襲われたって聞いていたから」

 「ごめんなさい。でも、この通り私は何ともありませんから」



 そう言うと穏やかな微笑みで親友を見つめる美汐。

 香奈はそんな美汐に微かな違和感を感じる。



 「…………ん?美汐、ちょっと変わった?」

 「え?」

 「いや、なんかさー明るくなったって言うか…………女の子らしく、可愛くなったって言うか…………」

 「そ、そうですか?(////)」

 「うん、絶対変わった。だって今までの美汐だったら今の私のセリフにそんな可愛いリアクション返さないし」

 「香奈?私のことを一体なんだと…………?」

 「おおこわっ、でも本当に一体何があったの?

  さっきの謁見のときは皆を上手く誤魔化してたみたいだけど私の目と耳は節穴じゃないよ?」

 「…………やっぱり、香奈には隠し事はできませんね」

 「ってことはやっぱり何かあったんだ?」

 「はい、でもここじゃ他の人に聞かれるかもしれませんから…………私の部屋でいいですか?」

 「ラジャ、いやー楽しみだねー♪」

 「あんまり楽しい話じゃないかもしれませんよ?」

 「それは聞いてのお楽しみ〜♪」

 「…………もう」















 「―――――で、私は馬車に乗って帰ってきたわけです」



 美汐の話が終わる。

 もちろんその内容は祐一との二人旅である。

 エターナル院の話でかわそうかと思っていた美汐であったが流石十年来の親友だけあって香奈の追及には耐えられなかった模様。



 「……………………」

 「…………香奈?」



 突然黙りこくってしまった親友にいぶかしげな視線を送る美汐。

 先程まで秒単位でツッコミを入れていた少女は美汐の話が終盤―――――別れに差し掛かってから沈黙を保っていた。



 「あの…………?」

 「みしおぉぉっ!!」

 「ひゃ、ひゃい!? どうしたのですか突然!?」



 いきなり美汐に飛び掛るがごとき勢いで美汐に迫る香奈。

 その表情は鬼気迫っているように見えつつも、瞳がキラキラしているため何を考えているか読みづらい。



 「なんでそのまま『私を連れて行ってください』の一つも言わなかったのー!?」

 「えっ?えっ?」

 「ああ〜、なんてもったいないことを…………私だったら国も名誉も地位もあっさり捨ててその人についていくのに」



 微妙にトリップしている香奈。

 が、美汐はそんな香奈の言葉にふっ、と自嘲の溜息をついて目を伏せる。



 「そう、ですね…………なんで…………そう言えなかったんでしょうね」

 「…………美汐?」



 美汐の様子に180度態度を変えて神妙な顔つきになる香奈。

 その表情は申し訳なさでいっぱいになっていた。



 「ゴメン…………ちょっと無神経だった」

 「いえ、いいんです…………」

 「……………………」

 「……………………」

 (き、気まずすぎ…………)



 最初は親友を励ますつもりだった。

 それが見事に裏目に出たことを後悔するものの、どうしようもなくなってしまう。

 自分ならまだしも美汐は一国の姫なのだ。

 しかも二日後には『あれ』が控えている彼女にはつらいことだっただろう。

 自己嫌悪を始めようとする香奈だったが部屋の外から聞こえてくる足音に反応し、立ち上がる。



 コンコン



 「香奈さん、いらっしゃいますか!?」



 慌てた様子の女性の声。

 それが普段仲良くしているメイド長の声だと気付いた香奈は脳裏に嫌な予感を感じる。



 「何?」

 「真琴さんがいませんっ!!」

 「ええっ!?」



 香奈はメイド長の報告に狼狽する。



 「(よりによってこんなときにぃっ!)わかった、すぐに出るわ!ごめん美汐、帰ったら他の話聞かせてねっ!」



 そう言うと香奈は美汐の返事を待たずして部屋を飛び出した。

 その頭の中で、真琴へのお仕置きメニューを考えながら。















 プスプス…………



 焦げた匂いを周囲に感じさせるように真っ二つに破壊され燃えている元ベンチであったもの。

 そこから僅か一メートル先の場所で祐一は顔を青くさせていた。

 痴話喧嘩かと成り行きを見ていた周囲の野次馬も流石にこれは予想外の出来事だったのか目を丸くして少女と祐一を見る。



 「―――――よけるなぁっ!!」

 「避けるわぁぁっ!!」



 怒りの形相で紅く染まった表情の少女と冷や汗ものの体験で青く染まった表情の祐一が互いに怒鳴りあう。

 無茶なことを言っているのは明らかに少女の方だが、あのタイミングで少女の攻撃をかわした祐一も只者ではないといえる。



 「そのままじっとしていなさいよぅ!今度はきっちりめーちゅーさせてあげるからっ!!」

 「当たったら痛いだろうがぁぁっ!?」



 いや、死ぬだろ。当たったら。

 周囲の野次馬、魂のユニゾンツッコミであった。



 「大丈夫よっ!聞きたいことがあるんだから口だけは無事に残してあげるっ!」

 「だ、だけって…………」



 じりじりと祐一に迫る少女。

 祐一としては女の子に手は出せないので攻撃は出来ないし、かと言って逃げ出せる状況でもない模様。



 「ま、待った! 聞きたいことってなんなんだ!?」

 「しらばっくれる気!? 美汐のことに決まってるじゃない!」

 「え!?」



 突如謎の少女の口から出てきた名前に驚愕する祐一。

 しかし、それがまずかった。

 そんな祐一の様子を隙だらけだと見て取った少女は再び炎をそのコブシにまとわせると祐一めがけて振り下ろす!



 「はっ!? しまったぁぁ!?」



 ようやく少女のコブシを知覚できたときには時すでに遅し。

 もはや防御も回避も不可能なほどに迫った炎に心の中で十字を切る祐一。



 ……………………

 ……………………

 ……………………



 「…………あれ?」



 が、祐一に炎の鉄槌は訪れなかった。

 少女のコブシは止まっている。

 よく見ると少女は頭を押さえられていた。

 少女の頭を押さえていたのは魔術士の証明であるローブを着た一人の少女。



 「…………か、香奈?」

 「何を…………してるのかな、真琴?」



 ローブの少女とツインテールの少女がそれぞれ呟く。

 最もそれは怒気と恐怖という対極的なものではあったが。

 ローブの少女―――――香奈が少女の頭から手を離し、大きく手を振り上げる。















 その日、ヴァルハラのある広場の一角で小気味よいゲンコツの音が鳴り響いたそうな。





 あとがき

 どうも、台風って変換するとtai封になるパソコン持ちのtaiです。
 ついに美汐の正体判明、正解は『お姫様』でしたっ!
 …………まあ、大半の人が予想してたと思いますけどね〜(笑)
 そして何とcamelさんのオリキャラである香奈嬢が出演です(許可はとってありますよ?)
 少し(?)ばかりcamelさんの香奈嬢とは違うかもしれませんがご了承を。
 香奈嬢の紹介は真琴とともに次回掲載予定です。
 次回は美汐の事情が明かされる予定です、二人の再会はもう少しお待ちを〜
 感想・質問は大歓迎につきよろしくお願いします。