祐一と美汐の二人旅 第14話 〜だから今だけは……〜
「…………ここは…………?」
気絶から目を覚ました美汐は周りを見回した。
そこは月明かりのみが光源となっている暗い部屋、つまり美汐と祐一にあてがわれた宿屋の一室だった。
「ええと…………あゆさんとお話をしていて…………それから…………」
起きたばかりで万全でない思考を必死に働かせながら状況把握に努めようとする美汐。
が、彼女はあゆとの会話のくだりからの記憶がそのときの過負荷のせいか抜け落ちていたりする。
そのためか同室にいる一人の少年の存在にはまるで気付く様子はなかった。
「思い出せません…………私は一体何を…………って?」
そこで美汐は気付いた。
何故か半開きになっている部屋の扉、そしてそこに存在する二対の瞳に。
「…………おかみさん、何をしていらっしゃるのですか…………?」
「いや、食事の用意が出来たんで呼びにきたんだけどね」
「何故、そんなこっそりと覗きをしているかのような体勢でいらっしゃるのですか?」
「若い男女が密室で二人きり。これは何かあってもおかしくない、否、何かあるべきだ! と思って様子を見ていたわけさ」
「え、祐一さんもこの部屋にいらっしゃるのですか?」
「…………反応を期待したのが間違いだったかねぇ。連れの少年ならあんたのすぐ横にいるよ」
からかいの言葉をあっさりとスルーされちょっぴりへこんでいるおかみさんの指差したその先には人影が一つ。
剣を横に立て掛け、壁に背を持たせて寝ている祐一の姿がそこにあった。
「…………何故、祐一さんは床で寝ているのでしょうか」
「あんたがベッドで寝てるからでしょ」
「というか一体この状況は」
「タイヤキ団の所に行っていたあんたをそこの少年が迎えに行って『あんたをおんぶして』連れて帰ってきた。
少年は今日は動きっぱなしだったからねぇ、『あんたを自分の手でベッドに寝かせたら』自分もすぐに寝ちまったのさ」
「成る程、祐一さんが目を覚まされたらきちんとお礼をしなければなりませんね」
「……………………」
意図的に部分部分を強調して言ったにも関わらず要点にしか反応しない美汐に頭痛を覚えるおかみ。
直接的表現でない限り、美汐に期待するリアクションを求めるのは無理だと悟り始めるのだった。
ただ今美汐さん食事中 (祐一は寝ております)
ただ今美汐さんおかみに尋問されてます (あゆとのやり取りと大して変わりがないため割愛)
ただ今美汐さん入浴中 (ご想像だけでお楽しみください)
「おや、お休みかい?」
「はい…………明日も早いですし」
「結局、少年は起きなかったねぇ」
「余程疲れていたんですね…………はぁ、私のせいですね」
「なんか台詞だけ聞くと怪しい…………」
「???」
「いや、なんでもないよ。まあ、そう思うのなら少年にしっかりお礼なり何なりしとくんだね」
「といわれましても…………私ができることなどたかが知れていますし」
「男ってのは古今東西、好きな女性に側にいてもらうだけで嬉しいもんだよ」
「…………祐一さんの好きな女性が誰かなんて私にはわかりませんが」
微妙にずれた回答をしながらも発する声が一段階落ちる美汐。
本人は自覚していないようではあるが表情も微かに不機嫌さを訴えている。
「いや、だから好きな人っていうのは…………ま、いいか。どうやら理解していないだけのようだしね」
「…………? どういうことですか?」
「あんた、男を好きになったことないね?」
「…………え?…………!!(////)」
たっぷり十秒間ほどおかみさんの言葉を吟味した後、口をパクパクさせる美汐。
思い切り図星を指された上に不意打ちだったためか上手く言葉を発することが出来ない模様。
「どうやら図星のようだねぇ」
「いや、その、それは、つまり」
「つまりあの少年が初恋のお相手というわけだね」
「…………え?」
「初恋は実らないって言うけど、あれは迷信のようなもんだから気にすることはないよ」
「…………ええ?」
「まあ、あの少年もあんたのことを好いてるんだろうからここは一発夜這いでもすれば喜ぶんじゃないかい?」
「……………………」
「あれ、固まっちまった…………ま、頑張りな。女は度胸と愛嬌だよ」
言うだけ言って笑いながら去っていくおかみ。
残された美汐はというとおかみの言葉を反復するだけの生ける屍と化していたのだった。
「…………初恋…………祐一さん…………好き…………私は…………」
頬を微かに赤らめながらぶつぶつ言うその姿は彼女を知るものが見れば目を疑うこと間違いなしだったと追記しておく。
一年前、エターナル院のとある一室の会話。
「美汐さん、夜這いです」
「は?」
美汐のエターナル院における数少ない友人であるリボンの少女(仮名)は、美汐を訪ねてくるなりそう言った。
「だから夜這いですよー。今日隣室の裏葉さんから聞いたんですが、殿方が女性の寝屋に忍び込むことをそういうそうです」
「それと今の発言に何の関連性が…………?」
「それがですね、夜這いとというのはその逆、つまり女性が男性の寝屋に忍び込む場合もありらしいんです」
「はあ…………ってそれは大胆というかなんというか…………(////)」
「さゆ…………じゃなかった私も一人の女性としていずれ夜這いを実践することになるかもしれないじゃないですか」
(そ、そうなのでしょうか?)
「というわけで忍び込む練習です」
「成る程…………取りあえず理解は致しましたがその夜這いというのは忍び込んでそれで終わりなのですか?」
「あはは〜っ、裏葉さん、あまりその辺りは詳しくは教えてくださらなかったんですよ〜
あ、でも裏葉さん言ってました。『女性から夜這いすれば殿方は悦ぶ…………もとい、喜ぶのです』って」
「喜ぶ…………ですか?」
「『あとは流れの成すがままに致せばよろしいのですよ…………』だそうです」
「はぁ…………」
「勉強になりますよねーっ」
「いえ、私は別に…………」
「…………あの時、ちゃんと聞いておけば良かったですね…………」
そんなことを呟きながら美汐は部屋の前で黙考していた。
議題はもちろん『夜這い』についてである。
取りあえず祐一も男性なので喜ぶのでは、とは思うもののいかんせん彼女には詳しい知識がない。
仮に知識があったらあったで彼女にそれを実行できる勇気があるとは限らないところではあるが…………
コンコン
……………………
……………………
―――――ガチャ
いつまで悩んでいてもしょうがないので取りあえず部屋に入る美汐。
寝てはいるだろうと予測していても律儀にノックをして、少し経ってから入るあたりに彼女の生真面目さが窺える。
「やっぱりまだお休み中ですね…………」
祐一は暗闇の中、月明かりを浴びるかのように寝ていた。
月明かりを浴びる祐一の容姿と立て掛けられた剣というミスマッチかつ幻想的なその光景に美汐はしばし見とれてしまう。
そしてこの時点で美汐の頭からは夜這いのことなど消え去るのだった。
(本当に…………不思議な人ですね…………)
美汐は思い出す、彼と短いながらも過ごしてきた時を。
盗賊に襲われていた自分を助けてくれた
自分の作った料理を手放しでほめてくれた
ここまで自分を守ってくれた
自分に今まで知らなかった世界を見せてくれた
―――――自分に、自分でも理解できない気持ちを与えてくれた
(貴方には、本当に感謝しています…………けど)
明日には別れなければならない人。
おそらくはそれで二度と会えないであろう人。
それが、彼女の目の前にいる少年。
(貴方が私のことをどう思っているのかはわかりません、私にも貴方が自分にとってどんな存在なのかわかりません。
でも…………貴方は優しい人だから、このまま別れるのが凄く悲しくなるくらい優しい人だから…………)
美汐は祐一の隣に座る。
そしてまるでそれが自然なことであるかのように月明かりは二人を照らす。
「だから…………だから今だけは、嘘をつかなくてもいいですよね…………
私が天野美汐としてこうやって貴方の側にいても…………かまいませんよね…………?」
美汐の問いに、寝ている祐一は返事をしない。
ただ、その寝顔は安らかなものであった。
そして、美汐もそんな祐一につられるように眠りについていく。
「おやすみなさい、祐一さん…………良い夢を」
翌朝。
「…………ふぁ…………んぅ?」
「よ、よう、おはよう」
「おはようございます…………祐一さん…………?」
「お、おう、祐一さんだぞ」
「何で祐一さんのお顔がこんなに近くにあるんでしょう…………」
「あの…………ひょっとして寝ぼけてるとか?」
「…………はい?」
「その…………な、できれば現状を把握してくれると大いに助かるんだが…………」
美汐は祐一の言葉に従って状況を見つめる。
目の前には困ったような、それでいて嬉しそうな祐一の顔。
そして体全体で感じる暖かさ。
「……………………え?」
そこで意識が覚醒する。
胸板に押し付けている顔、背中に回された手、潤んだ瞳(寝起きのせい)で彼を見上げる視線。
要するに相沢祐一に思い切り熱い抱擁を実行しているのである。
―――――全て、それが自分の仕業であると理解したとき、宿屋『天下泰平』の一室は一人の少女の声によって揺れるのであった。
あとがき
どうも、連載十本目を画策しつつもぎりぎりのところで踏ん張っているtaiです。
今回は…………何も言わない、いえ、言えません。
穴があったら入りたいとはこのことでしょうか。まだ山場は先に控えているというのに…………
ちなみに回想に出てきたリボンの少女は第三部にて登場予定。
美汐のエターナル院時代の友達は彼女を含めあと二人いるのですが…………果たして出番はあるのだろうか。
次回はついに王都編突入、別れる二人に待つ出来事とは!?
感想・質問は大歓迎につきよろしくお願いします。