祐一と美汐の二人旅     第12話 〜主人公のお約束条項その壱〜


















 「ごめん」

 「は?」



 買い物から戻ってくるなりいきなり謝られて祐一は戸惑った。



 「とにかくごめん」

 「いや、何がですか」

 「非常に言いにくいんだけど…………」

 「はあ」



 何故か勿体をつけるおかみさん。

 祐一としては美汐の姿が見えない方が気になったためおかみの態度は気にならなかったのだが、次の言葉を聞き驚愕する。



 「アンタの連れの女の子…………さらわれちゃった」

 「そうですか…………って、はぁ!?」















 「美汐がさらわれたってどういうことですか!?」



 荷物を置くことも忘れ、しばしのフリーズ状態から復活した祐一は開口一番そう叫んだ。

 よほどおかみさんの言葉がショックだったのか、何故か室内が全く荒らされていないことに気付かない祐一。



 「まあ落ち着きなって」

 「落ち着けるわけ!」

 「…………ちょっと言い方が大げさすぎたね、厳密に言うとさらわれたって言うより連れていかれたって方が正しいかな?」

 「…………どういうことですか…………?」



 おかみのあまり緊迫感のない口調から、多少落ち着いた祐一は取りあえず抱えていた荷物を置いて椅子に座る。

 そんな一連の様子を見たおかみさんは祐一の慌てようが楽しかったのだろう、

 客にトラブルが起きたにもかかわらず笑みを浮かべていたりする。



 「ちょっとこの部屋をみてごらん。どう思う?」

 「…………普通の宿屋のフロアですね」

 「おかしいと思わないかい、人さらいがここに来たのならあたしやあの娘だって少しは抵抗するんだから

  多少はこの部屋が荒らされていないといけないだろう?」

 「…………確かに」

 「納得してもらったんなら何が起こったのかを説明するけど…………大丈夫?」

 「はい、お願いします。だいぶ落ち着いてきましたので」

 「…………ほんとにあの娘が心配なんだねぇ」

 「そりゃそうですよ」

 「なんで?」

 「なんでって…………」















 そういえば何でなんだろうか

 危ないところを助けたから?

 世間知らず気味なところが心配だから?

 ボディーガードの約束をしたから?

 わからない

 ただ、何故か彼女のことを考えると心がざわめく

 これは一体…………















 「…………何でなんでしょう」

 「あたしに言われてもねえ」



 祐一の言葉に苦笑して答えるおかみさん。

 それはそうである、自分は彼ではないのだから。

 ただ、なんとなくはわかる。

 きっと目の前で悩んでいるこの少年はあの上品そうな娘を本当に大事に想っているのだろうということは。

 問題はそれをどういう感情なのか理解していないこと。

 それはあの娘の方にも言えること。

 けれどもそれを告げるのは自分でも、他の誰でもない、彼ら自身が気付くことなのだから。



 (ほんと、面白いねぇこの二人は。今時どこを探してもこんな初々しい二人はいないよ)



 「まあ、いずれわかるんじゃないかい?」

 「そうなんですか?」

 「そんなもんだよ」



 おかみの考えていることなど露知らず、思考がわき道にそれ始める祐一。

 そんな祐一を見て、流石に本題に入らないとまずいと感じたおかみは咳をついて話を戻す。



 「ゴホン。で、まずは誰があの娘を連れて行ったかなんだけど…………」

 「はい」

 「実は―――――」















 ―――――同時刻、街から少し離れた場所にあるタイヤキ団アジトの一室。



 「ごめんね美汐ちゃん、うちの人たちがわがまま言って」

 「いえ、あゆさんがお気になさることはないですよ」

 「まあ、何もないところだけど祐一君がくるまでお茶でも飲んでいてよ」

 「頂きます……………………美味しいですね、このお茶はひょっとしてこれはオネ地方産ですか?」

 「わかるの?」

 「ええ、お茶は好きですから」

 「ボクはそんなに詳しくはないんだけど…………このお茶が一番鯛焼きに合うんだよ〜♪」

 「成る程…………そう言う風にお菓子との相性を考えるのも一つの楽しみ方なのですね、勉強になります」



 盗賊団のアジトの一室という割にはやたらカラフルで女の子らしい部屋。

 そう、タイヤキ柄の装飾がメインにされているこの部屋こそタイヤキ団のボスこと月宮あゆの私室である。

 部屋に入るドアに『あゆあゆのお部屋♪勝手に入ったらうぐぅだよっ』と札が張ってあるのがどことなくチャーミングだったり。

 そんな普段は部屋の主であるあゆ以外は誰も入れないこの部屋に美汐がいる理由、それは…………



 コンコン



 「はーい、何?」

 「鯛焼きが焼けましたー」

 「入り口に置いといて、あ、わかってるとは思うけど一歩でもこの部屋に入ったらバージョンアップした

 『碁石クッキーU』の試食をしてもらうからね」

 「わ、わかってるっす」

 「あと、祐一君がきてもあんまりうるさくしたり暴れすぎて物を壊さないようにねっ」

 「そ、それは流石に無理なんじゃ…………」

 「あのね、美汐ちゃんにはボクが無理言ってここに来てもらってるんだからね。

  これ以上の迷惑はかけたら駄目に決まってるでしょ?」



 そう、ここに美汐を連れてきたのはあゆだったのである。



 「そう言われても俺とアズキ以外のメンバーは気合はいりまくってるっす」

 「少しは落ち着くように言っといてシロアン君。全く…………もとはといえば自分たちが悪いのに困った人たちだねっ」

 「じゃあなんでカシラはそこのお嬢さんを連れてくるのを引き受けたんですか?」

 「それはもちろん『やられっぱなしは情けない、せめて男の意地を見せたいんです』っていう皆の心意気を買ってだね」

 「確かそのときなんか鯛焼き十個とか聞こえた気がするんすけど…………」

 「き、気のせいだよっ。べ、別に鯛焼きに釣られて引き受けたわけじゃないからねっ」

 「じゃあこの鯛焼きは別にお下げしてもいいっすよね」

 「だめっ!!……………………はっ」















 「…………ええと…………」

 「じー」

 「う、うぐぅ…………」



 墓穴を掘りまくるあゆだった。















 ―――――場所は戻って宿屋『天下泰平』へ。



 「あゆですか…………」

 「そうなんだよ、あの娘のあの瞳で上目遣いをされてお願いされたんじゃあねぇ」

 「つまり美汐はあゆの一味に連れて行かれたということですね」

 「ま、そういうこと。確かに心配といえば心配だけどあゆちゃんがついてるから危険は無いと思うよ」

 「ギルドでもそうでしたがあゆは随分この街の人に愛されてますね…………」



 取りあえず美汐は無事であることは保証されたようなものなので一息つく祐一。



 「まあね、たまに手下の方は度を越えた悪事を働く場合があるけどあゆちゃんは食い逃げしかしないから」

 「でも、食い逃げも一応犯罪といえば犯罪でしょう?」

 「でも、あれはこの街の名物と化してるし。それにこの街の観光案内の本にも載ってるくらいだし」

 「…………マジですか…………」

 「ほら、ここ」



 おかみさんが一冊の観光案内の本を開いて祐一に見せる。

 確かにおかみさんの言うとおりその本の一部に『食い逃げをしてまで鯛焼きを愛するこの街のマスコット少女、月宮あゆ』

 と、取り上げられている。

 何故かその記事についている写真に写るあゆはピースサインをしつつ鯛焼きをくわえていたりする。

 それを見て思わず頭を抱える祐一、どうやらこれからの旅というものの認識を大幅に変更しなければと考えている模様である。



 「で、アンタあてに伝言が三つあるんだけど」

 「伝言?」

 「そう。あの娘とあゆちゃんとその手下から」

 「はあ…………」

 「それじゃ言うね。まずはあの娘からの伝言、

 『祐一さん、そう言うわけですので行って来ます。お手数ですが迎えに来てください』だって」

 「あいつは自分がどういう状況かわかってるのか…………」



 祐一は頭を抱えるどころか頭痛すら感じ始める。



 「まあまあ…………で、次はあゆちゃんからの伝言、

 『ごめんね祐一君。来てくれたらお茶ぐらいは出すから…………うぐぅっ!!』だそうよ」

 「最後の『うぐぅっ!!』ってなんですか一体」

 「こけたのよ」

 「…………さいですか」

 「で、最後が手下さん一同からの伝言、

 『テメエの女は預かった。返して欲しかったら我々のアジトまで来てもらおう。もちろん一人で来い。

  来なかった時は女の命はどうなっても知らんぞ』

 「ベタですねー」

 「あの人たちも根はちょっと悪い人なだけなんだけど…………」

 「あんまりフォローになってないです。それに美汐とあゆの伝言のあとじゃ緊迫感や危機感の欠片も感じられませんねー」

 「まあ、あの人たちはあゆちゃんが出て行った後にこっそりとこの伝言を残したから」

 「なんだかなあ…………でも俺アジトの場所なんて知らないんですけど」

 「この観光案内に書いてあるわよ」

 「あるんですかい」

 「流石に賞金稼ぎさん以外は誰も近づいたりはしないけどね」

 「当然でしょう」

 「あ、たまに鯛焼き屋さんが配達にはいくわね」



 ポン、と手を叩くおかみ。















 「…………だんだんやる気がなくなってきました」

 「駄目よ!囚われのヒロインを助けに行くのは主人公の使命なんだから!」



 何故か祐一よりノリノリのおかみさんだった。





 あとがき

 どうも、梅雨でじめじめしていても心は萌え一色のtaiです。
 というわけで美汐誘拐事件発生です、いつになったら夜になるんでしょう(笑)
 しかしおかみがやたら個性化してます、どうして私はこう脇役に個性をつけたがるのでしょうか…………
 Kanonヒロインなんて美汐とあゆしかでてないというのに。
 さて、次回は美汐奪還編です。多分一話で終わるはず…………
 感想・質問は大歓迎につきよろしくお願いします。