祐一と美汐の二人旅     第6話 〜二人のドキドキな夜(中編)〜


















 「…………確かに俺は甘酸っぱい青春を体験してみたいと願ったよ、それは認める。

  だけどな…………これはいくらなんでも青春ビギナーの俺にはハイレベルすぎる試練だと思うんだ母さん」



 今はどこかで父親とラブラブ旅を楽しんでいるであろう母親に向かって小声で呟く祐一。

 そう、呟く声は『小声』なのである。何故なら…………



 「…………すぅ」



 祐一の隣には―――――距離にして数センチ、背を向け合っているものの同じ毛布に包まって寝ている美汐がいるのだから。

 

 (母さん、そして父さん…………俺、あなたたちに鍛えられてきたおかげでどんな奴にも負けない自信はあると思ってました。

  けれど…………女の子が隣に寝ているってだけで男はどこまでも弱くなれるのですね…………

  嗚呼…………父さん、前に父さんが言っていたことは本当でした。女の子の涙は…………世界で最強の武器です)

    

 何故か敬語で葛藤思考する祐一。

 美汐は相変わらず安らかに寝ている模様。

 背を向け合っているので祐一からはもちろん見えないが、その顔は安心に満ち溢れていた。よほど祐一を信頼しているのだろう。



 「邪夢が1さじ…………邪夢が2さじ…………邪夢が3さじ…………邪夢が…………いかん、余計に眠れん」



 そんな美汐とは対照的に、中々眠りにつけない祐一。

 生まれてこのかた同年代の女の子と至近距離で一緒に寝るなど想像の世界ですらありえなかった彼。

 眠れないのは当たり前…………むしろこういう場合男なら悶々とした思考をしてもおかしくないぐらいである。

 祐一の場合はそういった知識の引出しはあっても、その引出しを開ける鍵がないタイプの人間なのでそういう邪な考えは

 全くと言っていいほど浮かばない。この場合はそれが良いことなのか悪いことなのかは天のみぞ知ることだが。



 「はあ…………なんでこんなことになったんだろう…………」



 事の発端は数時間前にさかのぼる。

 顔を真っ赤にして気絶した祐一が目を覚まし、美汐が作った夕食を二人で食べ始めた時から語ってみたいと思う。















 「この肉じゃが美味いな」

 「そう仰っていただけると嬉しいです」



 結局、あの後美汐の作った料理の匂いに反応して目を覚ました祐一。

 祐一が目を覚ました際、目が合った二人はお互いに水辺でのことを瞬間的に思い出し顔を真っ赤にさせてしばらく沈黙していたが、

 祐一の腹が発した音により緊張のほぐれた二人はこうして少し遅めの夕食をとっていた。



 「はっきり言って俺の母さんより美味いと思うぞ俺は。まさか母さんより料理の上手な人間がいるとは思わなかった。

  やっぱり世界は広いな…………」

 「褒めすぎですよ祐一さん。祐一さんのお母様の腕がいかほどかは存じませんが私はまだまだ修行中の身です」



 謙遜しながらも祐一にべた褒めされて満更でもない美汐、彼女にしては珍しく顔がほころんでいたりする。

 ちなみに祐一母こと相沢春奈の料理の腕前は世界でも五指に入るほどである。

 では、何故美汐の料理を母親以上に美味しいと祐一は判断したのか?

 答えは簡単、『料理は愛情』だからである。

 春奈の料理に愛情がないわけではない、ただ、春奈の愛情は祐馬に向けられて使用されている。

 今回、美汐は祐一のためだけに心を込めて料理を作った、その愛情という隠し味が祐一の評価に影響したのだ。

 とは言っても初恋を経験したばかりの彼女は、意識してそれを行ったわけではないのだが…………



 「美汐は誰に料理を教わったんだ?やっぱり母親からか?」

 「…………そうですね、料理を初めて教えてくれたのは私の母様でした。

  いつか、私の作った料理を母様に美味しいと言って食べてもらうのが目標でした…………今となっては叶わないことですが」



 声のトーンが落ちる美汐。



 「…………美汐の母さんは、その…………」

 「死にました。私が六歳の時、魔物に襲われて」

 「…………そうか、すまない。思い出させちまって」

 「いえ、お気になさらないで下さい。昔の話ですから…………」



 気まずい空気が二人を包み込む。

 しかし…………



 パクパクパク、ガツガツガツ!



 「ゆ、祐一さん?」



 猛然と美汐の料理を食べ始める祐一に、困惑する美汐。



 「おかわりっ!」

 「は、はい…………どうぞ」

 「サンキュッ」



 そしてまた祐一は猛然と料理を食べ始める。



 「あ、あの?」

 「やっぱり美味いっ!」

 「え、え、えっ?祐一さん、一体どうしたと言うのですか?」

 「何年先になるかはわからないが…………俺が死んで美汐の母さんに会ったときに

  『あなたの娘さんの料理は美味しかったです』って言いたい。

  だから、いっぱい食う!美汐の母さんの分までな!!」

 「…………え」



 祐一の支離滅裂な言い分に呆気に取られる美汐。

 けれど、彼女はすぐに満面の笑みを顔に浮かべて…………目じりに涙を少し溜めて、そして頬を赤く染めて



 「くすくす…………そういうことなら、沢山食べてくださいね。まだまだありますから…………」



 そう、明るい声で言ったのだった。 















 「…………ふう、ごちそうさま」

 「御粗末さまでした」



 食事を終える二人、もちろん鍋の中は綺麗に空っぽにされていた。



 「さすがに男の方は違いますね…………まさか全部食べてしまうとは思いませんでした」

 「まあ、さすがにこれ以上は食えないけどな…………」



 苦笑しながらお腹をさする祐一、その表情は満足気なものである。



 「もう…………無理をしてまで食べることはなかったじゃありませんか」



 口ではそんなことを言いつつも、そんな祐一の様子を見て嬉しそうに微笑んでいる美汐なのだった。

 












 
 「さてと…………腹も膨れたことだし、そろそろ寝るか?」

 「そ、そうですね」



 祐一の言葉に心臓を大きく鳴らす美汐。

 祐一のことはもちろん信じてはいるのだが、美汐とて年頃の少女であった。

 男性と共に一夜を過ごすなど初めてのことである、しかも相手は会った時から気になる存在になっている祐一なのだ。

 極度の緊張と微かな期待感が美汐の心を覆っていた。 



 しかし、次に祐一の発した言葉は美汐のそんな気持ちを吹き飛ばしてしまうものだった。 



 「はい毛布、俺は火の番をしてるからゆっくり休んでくれ」

 「…………は?」

 「どっちかが起きてないと、またさっきみたいにモンスターが襲ってきたときに危ないだろう?」

 「し、しかし」

 「それにな…………毛布は一つしかないんだ。どっちにしろ一人しか寝れないさ」

 「ならば私が起きて…………」

 「駄目だ。美汐は今日いろんなことがあって疲れているだろう?

  俺は一日ぐらい寝なくても平気だから大丈夫だよ」

 「……………………」

 「明日も結構早いんだし」

 「……な………………ん」

 「それにこういう時は女性が優先だって母さんも言ってたし」 



 祐一の言葉を聞きながらも俯いて何かを呟くようにしている美汐。

 しかし、何かを決意したらしく、顔を勢い良く上げると……………………



 「そんなのいけませんっ!!」

 「うわわっ!?」



 突然の美汐の大声に目を白黒させる祐一。

 それもそうだろう、美汐は大声を上げるタイプには見えない。



 「祐一さんが一晩中起きて番をすると言うのに、私だけが睡眠を取るわけには参りません。

  どうしても私に休んで欲しいと仰られるのならば祐一さんもどうかお休みになって下さい」

 「そ、そうはいっても毛布は一つしかないんだからどうしようも…………」



 もっともな正論を述べる祐一。しかし、次に美汐から発せられた言葉はとんでもないものだった。



 「ならば一緒の毛布で寝ればいいではありませんか!」

 「えええええええっ!!??」



 あまりの大胆発言に祐一は固まってしまう。

 美汐はというと耳まで真っ赤にして「い、言えました………」などと呟いていたりする、どうやら先程の決意はこういうことらしい。

 固まっていた祐一には呟きは聞こえていなかったが…………



 「な、な、な、なななな、何を自分が言ってるのかわかってんのかーーーーーーーーーーーー!?

  うら若き乙女がそんなはしたないことをいうもんじゃないっ!

  そ、そんなうれし…………じゃない、ふしだらなことが許されるわけないだろーーーーーーーーーー!?」



 フリーズから復活した祐一は一部本音の混じった説得を開始する。

 …………説得の仕方がやたら古臭かったりするが。



 「だいたい俺たちは今日知り合ったばかりじゃないか、こういうことはもっとお互いのことを知ってからだな…………」



 しかも微妙に説得の論点がずれていたりもする。

 これでは祐一の混乱ぶりが非常にわかりやすいというものである。

 だが、混乱の元となる発言をした美汐はというと…………



 「…………ぐす……ひっく」



 何故か泣いていたりする。



 「だから…………って何で泣いてるんだよ美汐ーーーーー!?」

 「……だ…………だって…………祐一さんが凄く嫌がって……ぐす…………らっしゃるので、

  私…………祐一さんに、嫌われてるんじゃないかと…………そう思うと…………ぐす………悲しくて…………」    

 「そ、そんなことはあるわけないだろ!?」

 「では…………祐一さんもちゃんと寝てくれますか…………?」

 「ぐっ!?」



 Question!!

 @「いや、駄目だ!」ときっぱり美汐の申し出を断る
 A「…………わかったよ」とあきらめて美汐の申し出を受ける
 


 ある意味究極の選択を迫られる祐一、彼の選択は…………



 「…………わかったよ」



 Aだった。

 どうやら、剣を持たせれば最強の少年も少女の涙には勝てなかった模様。















 「うう…………あの顔は反則…………」



 そして、冒頭のシチュエーションへと至ったわけである。

 しかし、祐一の受難はこれからが本番だったりする。





 あとがき

 どうも、三日で四本ギャルゲをクリアするぞ計画実行中のSS作家taiです。
 今回でこの湖の夜編は終わる予定でしたが急遽書きたいことが増えたため一話追加です。
 それにしても美汐がちょっとハイになりすぎたかもしれません…………反省。
 次回で今度こそ湖での話は終わる予定です、祐一君の苦悩をお楽しみください(笑)
 ってこれじゃ二人じゃなくて祐一君だけがドキドキしてますね。まあ、美汐は今回頑張ったので良いとしておきましょう。
 しかし全然ストーリー自体は進んでないな…………でも感想は欲しいです(ぇ