「今日は綺麗な星空ですね…………」



 窓から満天の星空を見上げる一人の少女。

 はーっ、と白い息を空に吹きかけるその姿は気品と共に愛らしさを感じさせるものがあった。

 彼女の名は天野美汐、本日を持って十五になったヴァルハラ公国の姫君である。





















祐一と美汐の二人旅     外伝その@ 〜この星の下の貴方へ〜























 鍵拓歴七百五十九年十二月六日―――――午後六時。

 キータクティクス大陸カノン地方南西部に位置する通称『ご令嬢専門学校』ことエターナル院の学生寮の一室。

 そこには部屋の主である天野美汐の他に、彼女の友人である少女達が美汐の誕生日を祝うために集っていた。

 メンバーは美汐の親友とも言える三人。



 オネ地方ノクターン王国の現王の一人娘、柚木詩子。

 同じくノクターン王国の上位貴族令嬢、里村茜。

 そしてゼーク帝国の上位貴族筆頭倉田家の長女、倉田佐祐理。



 あと一人、いつもなら彼女達のお姉さん的存在としてエアー地方サーマ皇国下位貴族令嬢、漣 裏葉がいるのだが

 彼女は母国に帰国しているためにこの場にはいない。

 さりげなく誕生日プレゼントとして彼女の母国の勝負服である十二単を置いていくあたりは流石といえる。

 エターナル院最強の世話焼きお姉さんの称号は伊達ではない。

 問題は勝負服の意味をよくわかってない美汐だったりするのだが。



 「美汐さん、誕生日おめでとうございますっ」

 「おめでとー♪」

 「おめでとうございます」



 ふうっ…………



 お祝いの言葉と同時にケーキのロウソクの火を吹き消す美汐。

 佐祐理の手作り特製ケーキはウエディングケーキもかくやの豪華三段重ねのため立って吹き消さなければならない。

 こんな豪華かつ巨大なケーキを四人がかりといえど消費できるわけはないのだがそこは他の皆にお裾分けする予定なので問題はない。

 ちなみに当初このケーキの調理には茜が手伝いを申し出ていたのだが、詩子の稀に見る必死の説得で断念。

 結局佐祐理一人でこのケーキを作り、プレゼント兼用の一品となったわけである。



 「これで美汐ちゃんもまた一つ歳をとったんだねー」

 「…………何かその言い回しが気になるのは気のせいですか…………?」

 「気のせいじゃないですよ、多分」

 「あははっ、気にしない気にしない♪ほらほら茜、プレゼントがあるんでしょ?」

 「…………そうですね、まあ詩子を追求するのは後でもできますし」

 「後でも追求しないで欲しいんだけど…………」

 「手作りでなんですが…………どうぞ」



 詩子のツッコミを鮮やかにスルーしつつ茜が取り出したるは手編みの鍋掴み。

 柄は網目のうす茶色。

 俗に言わなくてもワッフルを意識したデザインであることは明らかだったりする。



 「有難うございます、茜さん」

 「いえ、佐祐理先輩に比べたらたいしたものではないですし…………」

 「そんなことはないですよ」

 「二人とも手作りかぁ…………これはあたしにプレッシャーがかかるなぁ」

 「そんな、もらえるだけで十分ですから…………」

 「…………そういえば、詩子のプレゼントって何なのですか?ここに来るときから手ぶらのようでしたけど」

 「そういえばそうですね」



 手ぶらの詩子を訝しげに見る茜。

 幼なじみである詩子がうっかりものであることは彼女が一番よく知っているが忘れたにしては様子がおかしい。

 何故か一寸の穢れもない笑顔を浮かべているのだから………今日の主役である美汐ではなく自分に。

 その笑顔がとある男性の何かを企んでいる表情と被っていると茜が気がついたとき、詩子は赤色の水晶を懐から取り出す。



 「じゃじゃーん!詩子さんのプレゼントはすっごいよー」

 「ふえ?その水晶は何なんですか?」

 「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたっ!この水晶はー…………」

 「この水晶は?」

 「まあ、百聞は一見にしかずってね。よーく見ててよー…………この水晶に魔力を込めて、と。

  あ、危ないかもしれないからあたしの近くから離れてね♪」

 「何か、凄く嫌な予感がします…………」



 詩子の注意の言葉と共に光りだす水晶。

 すると詩子の前に小型の魔方陣が浮かび上がり光の柱が形成され始める。



 「はぇー…………」

 「これは一体…………」

 「…………」



 目の前で起こっている不思議な光景に目を奪われるばかりの三人。

 詩子のすることなので危険はないと『思われる』が嫌な予感が消えてくれないためしかめ顔の茜。



 「よし、仕上げっ!」



 詩子は水晶を魔方陣へと投げる。

 すると…………















 ぼぼんっ!!















 煙が魔方陣から湧き上がる。

 そこから現れたのは…………



 「けほっ、けほっ…………せ、成功したの…………?」

 「そのようだな」

 「こ…………こ…………こ、ここここ」

 「なんだ茜、人を指差して行儀が悪いぞ。それでも貴族の令嬢かお前は」

 「そうだねー」

 「あ、里村さん、詩子さん、こんばんわー」



 突如現れた少年&少女。

 しかし、その二人には思い切り見覚えがあった。

 驚愕に声が裏返ってしまう茜。



 「浩平っ!? それに………長森さん?」



 少年の名は折原浩平、ノクターン王国の上位貴族の長男でありながら家督を妹に譲って(押し付けて)冒険者になった変わり者。

 少女の名は長森瑞佳、ノクターン王国の宮廷魔術師兼浩平の幼なじみである。



 「ども、必殺配達人こと折原浩平です。荷物をお届けにあがりましたー」

 「あっ、あの、私、ノクターン王国の宮廷魔術師をやっている長森瑞佳ですっ。

  天野美汐様に倉田佐祐理様ですよねっ!は、はじめましてっ」



 呆然とする詩子以外の三人をよそに自己紹介をする浩平&瑞佳。

 その状態はしばらく続くのだった…………















 「…………それで?」

 「いや、だから柚木がプレゼントを調達してくれって言うから…………」

 「折原君だってこの計画に乗ったじゃない!」

 「…………それで?」

 「…………え、えとこの遺跡で手に入れた『シフトクリスタル』を使って移動したわけだな。

  これは赤と青の両方に魔力を込めると赤の方に瞬間移動できる上に一時間以内なら往復可能という逸品で…………」

 「もともとは夜這いとか駆け落ちに使うものらしいよ」

 「ば、馬鹿!余計なことを言うな!」

 「…………それで?」

 「い、いや、違うぞ!?決していつかこれを使って茜の寝顔を見に行こうかなーなんて考えてないぞっ!」

 「折原君、自爆してるって」



 茜の前で正座をさせられている詩子&浩平。

 浩平はともかく詩子の身分を考えると茜の今の行為はとんでもないことなのだが…………幸か不幸かそれを気にする人間は

 ここにはいなかったりする。

 ちなみに残りの三人は反対側で話を咲かせている。

 どうやら自己紹介も終わりなんとかフランクな言葉遣いのできる友達になった模様。



 「あの…………何か会話が噛み合ってないような気がするのですが」

 「ああ、大丈夫ですよ。あの三人はあれで通じてるから。

  ちなみに今のは上から『何故私たちがここに来たのか』『どうやってきたのか』『本来は何に使うつもりだったか』

  って言ってるんだと思います」

 「あははー、長森さんも凄いですね」

 「慣れましたから…………」



 深々と溜息をつく瑞佳。

 かなり年季が入っている。



 「だいたいこの寮は男子禁制です」

 「いいじゃないか、半年以上会えなかった恋人に会いたいって思った俺の純情をわかってくれよ…………」

 「馬鹿ですか」

 「あはは、茜ぇ?そんなこと言いながら顔がちょっと赤いよ?」

 「…………何か言いましたか?」

 「あっ、そうだっ。折原君あれあれ!」

 「お、おおっ!?あれだなっ!長森、あれを出せ!」



 茜のちょっとやばめな声発生に慌てて瑞佳の方へと顔を向ける二人。



 「はい」

 「ああ、これこれ。長森さんありがとっ」

 「おい、取って来たのは俺だぞ」

 「はい、美汐ちゃん」

 「え、あ、ど、どうも…………」

 「無視かよ…………」



 美汐に手渡されたのは小さな袋、重さと感触から中に入っているのは砂。

 これがどんなもののなのかを知らない美汐は不思議顔になる。



 「これは?」

 「それはねー、ウチの国のとある場所で取れる砂で『赤い糸の砂』っていうの。

  女の子の間では有名でね、その砂を持っていると運命の出会いが一年以内にあるんだって」

 「はあ…………」

 「なんかロマンチックなお話ですね」

 「効果の程は実証済みですから大丈夫だよ。なんせこれのおかげで茜は折原君と…………」

 「詩子?」

 「…………ま、まあそういうわけだから」

 「有難うございます。大切に持っていますね」

 「うん、素敵な出会いがあるといいねっ」

 「…………はい、そうですね」














 「ふふ…………今年は楽しかったですね…………」




 その後、すったもんだの末に浩平と瑞佳は『シフトクリスタル』を使って帰っていき、解散となった。

 帰る直前に浩平が茜にキスして茜が固まったりそれを見て詩子がきゃーきゃー言ったり佐祐理が頬を染めつつも興味深く見てたり

 本人達的にはあまりの刺激的な光景に瑞佳と美汐が茹であがったりしたがまあそれは割愛する。



 「『赤い糸の砂』…………私にも運命の人が、赤い糸で結ばれた人が…………いるのかな…………」



 美汐は夜空を見上げて呟いた。

 まるで叶わない願いを星に祈るかのように。



 「もし、本当にそんな人がいるのなら、その人はきっとこの星空の下に―――――いるんですよね?」



 瞬間―――――きらり、と一つの星が空を流れる。

 それは彼女の問いを肯定するかの如く。

 それを見た美汐は驚いたような、それでいて嬉しそうな表情で窓を閉めるのだった。















 ―――――美汐が、祐一と出会うのはこれから一年が経過する直前のこと。





 あとがき

 美汐嬢生誕記念SSこと二人旅外伝です、読んでわかると思いますが美汐の院時代の話です。
 無理やりまとめた感が否めないなぁ…………
 浩平・茜・詩子の三人組恐るべしです、彼らを書いてたらどんどん話がずれていきます。
 よし、いつか再登場させよう(マテ
 ちなみに当初のオチとして最後に流れた星は春奈さんの魔法でぶっ飛ばされた祐一という予定でした。
 ただそれだともう単なるギャグになるので没。
 やっぱ当初の予定通り本編終了後のラブラブ旅の一幕の方を書けばよかったかなと後悔気味です。
 でもそれをやるのは難しいしなぁ。
 …………やっぱ別件で書こうかな、何か誕生日記念として納得いかないし。


 では、最後に天野美汐嬢、HAPPY BIRTHDAY!