劇場版機動戦艦ナデシコ
―――The faily of darkness―――
水と油。
それは決して交わらない。
どうやってもいずれ分離をしてしまう。
それが水と油の性質。
どうすれば、水と油が混じるのだろうか?
簡単なこと。
互いに同じものになれば良いのだ。
正気と狂気
それはまるで水と油のようなもの。
混じることなく対立しあうもの。
ホシノ・ルリは正気を内包し、テンカワ・アキトは狂気を内包していた。
かつてホシノ・ルリは言った。
『狂うだけでアキトさんの傍に居れるなら、私は喜んで狂います。だから、傍に居させてください!』
正気を内包していた少女は、愛しい者と混じるためにそれを狂気に変えた。
『もし、完全なる無垢が存在するならそれは狂気だろう』
電子の妖精と呼ばれた少女が『The prince of darkness』と共に力を振るうまでの経過を見よう。
『なっ!!』
漆黒の高機動兵器が地球連合宇宙軍の戦艦を次々と落として行っていた。
もちろん、機動戦となっている以上、地球連合宇宙軍も有人機エステバリスを展開していた。
しかし、漆黒の高機動兵器にしてみればゴミ屑同然だった。
ハンドカノンの出力は相手のディストーションフィールドを貫くまで引き上げられていた。
エステバリス程度のフィールドなら紙切れ同然である。
「脆いな」
瞳は黒いバイザーに覆われていたが、口元に浮かんだ笑みからその瞳に正気が宿っているとは
思えなかった。
人殺しを楽しんでいる様子を見せるアキトに通信が入った。
『アキトさん』
「何だ? ルリ」
『準備が出来ました。私も出ます』
「分かった。だが、無理はするなよ」
『はい。アキトさん』
戦場になっている区画から後方に待機している彼らの母艦ユーチャリスからブラックサレナに
酷似した機体が出撃した。
カラーリングはブラックサレナと同様、黒く塗られていたが肩のエンブレムは銀色で描かれていた。
それがホシノ・ルリの専用機を表す目印。
ハイドランジア。
ブラックサレナの流れを汲む機体でホシノ・ルリ専用機としてチェーンナップされている。
電子戦に特化しているが、通常戦闘も行える。外見は完全にブラックサレナであるが、肩の
パーツはブースターではなく、中には特殊なチャフが搭載されており、それを散布する事により付着したものに
ハッキングを仕掛けることが出来る。いわゆる通信媒体のようなものだ。
一分も掛からないうちに戦闘区域に突入した。
アキトの方に集まっていた機動兵器は、もう一機の機動兵器を仕留めるべく攻撃を始めた。
「……」
エステバリスより遥かに高い機動性を誇るその機体は多少の無茶が利く。もっともパイロットが
持つということが前提の話であるが。
急停止のあと垂直に上昇。
と、急停止の後、反転すると群となして迫ってくるエステバリス隊の上から狙うために急降下。
ハンドカノンを連射していく。
群を上から下に抜けたときには当初の七割に減っていた。
「まだまだですね」
機体を反転させる。明らかに中の人間は普通の状態では耐えられる状況ではない。再びハンドカノンを連射した。
次々と的確に打ち抜かれていくエステバリス。
ルリの顔に表情は一切浮かんでいなかった。
『ルリ』
「はい」
『遊ぶのはこれくらいにしよう。ルリも感覚を掴んだろ?』
「はい」
『終わらせよう』
アキトのその一言でルリは動いた。
機動兵器と戦艦を取り囲むように回り始めた。
アキトはおとりになるために敵陣のど真ん中でディストーションフィールドを展開した状態で浮いていた。
ブラックサレナは通常のエステバリスに比べると2倍から3倍の装甲を持っている。
ディストーションフィールドはまさにブラックサレナにとって鬼に金棒であった。
肩のパックが展開されると中から銀色にきらめく何かが散らばっていく。
その光景はまるで尾を引く流星のようだった。
敵機が撤退を始めていた。
ただ立っているだけではなく、反撃もする。アキトの的確な反撃は一撃でエステバリスを沈めるものだった。
すでにアキトのブラックサレナが五割程度の敵を殲滅しており、ルリも全勢力一割を落としていた。
当然、それだけ落とされれば撤退するのが普通だ。
銀色の帯が敵勢力を包んだ。
ハイドランジアとユーチャリスがリンクする。
神産巣日とルリが共同でハッキングを仕掛けた。チャフが付着した機動兵器は瞬く間に沈黙していく。
戦艦も九割方が沈黙していた。
「どうしますか?」
『一隻を自爆させて誘爆…』
「はい」
アキトの答えにルリは静かに答えた。
顔面に光の筋が走る。ハイドランジアも淡い光に包まれ始めた。
そして、あちこちで爆音が聞こえ始め、静まり返ったとき、その戦闘区域には二機の高機動兵器だけが浮かんでいた。
最初の一戦目。これから地獄への道を走り出しているとはこのとき、二人とも思っていなかった。
しかし、どこかそれに近いものではあるだろう。
二人はそう思っていた。
そんな風に彼女が育つまでには多くの訓練を重ねてきた。
アキトが歩んできた道を彼女も歩んできたのだ。
はじめの頃は確かにアキトの目となり、耳となり後方でサポートしてきた。
普通の人の目や耳となるならたいした事は無かった。
しかし、狂ってしまったテンカワ・アキトの殺戮の光景を、正気を保っているルリが見ていられるはずが無かった。
今では狂ってしまったアキトさえ初めて人を殺した時には夢に見たものだった。
それからしばらくの間は毎日、魘されて気が狂いそうになっていた。
血まみれになっていく自分。
目の前に倒れている屍。
それを楽しそうに解体していく自分の姿。
そんな夢ばかりを初めは見るものである。しかし、狂ったような光景を見続けていたルリは
一切、魘されることなく普段どおりにアキトの前に現れては自分に課せられた仕事をこなし、
そして夜は眠る。
アキトとは全く違った。
ただ、それは彼女の表層面しか見ていないことをアキトはある日、気付いた。
ユーチャリスの艦内練習場で汗を流した後、ルリは部屋に引き上げた。
一方、アキトもシャワーを浴びた後、眠りについたが、夜中に偶然目を覚ました。
さすがにこの時間にルリを起こす事は躊躇われ、神産巣日を呼んだ。
【何でしょう?】
「サポート頼む。少し風に当たる」
ほとんど、視覚を失ったアキトは手探りでバイザーを探し出し、取り付けた。
レザーパンツに黒のTシャツだけを羽織ると、外に出た。
ほとんどの電気を落とし、最低限の光源しか存在しない艦内を迷わず歩いていた。
どうするか?
目的地も決めずに出てきたアキトは艦内をぶらついていると、ルリの部屋の前に来た。
シャワーの音が聞こえた。
「…こんな時間に何をしてる」
神産巣日がアキトの前に時間を表示した。
【03:18:38】
すでに寝ている時間のはずだった。
訝しげに思ったアキトはロックを神産巣日に外させた。
最初は抵抗したものの、結局アキトの『ルリの為だ』という言葉に折れてロックを外した。
「入るぞ」
部屋に入る前に一言言ったが、聞こえているかは定かでは無い。
部屋は常夜灯だけ照らされ、バスルームから光が差し込んでいた。
「ルリ」
少し大きめの声で呼びかけるが返事が無い。いくらシャワーの音が邪魔しているといえど、聞こえない声ではないはずだった。
アキトはバスルームへ向かった。擦りガラスごしにルリの姿を見ようとしたが、人のシルエットが浮かんでいなかった。
ドアをノックする。
返事は返ってこない。
「神産巣日」
【ルリさんの生体反応は確かにここです】
バスルームを指していることをウィンドウで知らせる。
しかし、返事が無い。アキトは不安になってドアを開けた。
そこにはシャワーがただ流され、床にへたり込み放心状態のルリだった。
「ルリ!」
濡れる事も気にせず、アキトはバスルームに入るとシャワーを止める。
神産巣日はすぐにルリの身体状況を報告した。
【血圧、脈拍共に通常です。ただ、体温が少し低下】
「ルリ!!」
肩を掴んで揺すったが反応は無かった。
とりあえず、アキトはバスタオルで水気を取ると、彼女をくるみベットまで運んでいった。
華奢な身体に似合わない重さ。おそらくナノマシンのせいだろう。
強化スーツを身に着けてこればよかったかな?と考えながら、寝かしつける。
まだ瞳に焦点は定まっていない。
白磁のような白い肌。
微かな赤みが彼女の生きている証拠だった。
「…何があったんだ?」
まだ放心状態のルリに問いかけても答えは返ってこない。
傍で彼女が目覚めるのを待つだけであった。
数分後、ルリの瞳に光がともった。焦点も戻る。
そこで初めてアキトの姿を捉えた。
「……アキトさん?」
「ああ……」
椅子に腰掛けたアキトは神産巣日からのデータを眺めながら答えた。
バイザーの下の瞳の色は分からない。
自分が裸だという事に気付いてシーツをたくし上げながら起き上がった。
「すぐにつなぎます」
「いらん」
「えっ?」
「神産巣日にサポートを受けてる。それに…無茶するな」
ぶっきらぼうな口調の最後に相手をいたわる優しさの篭った声。
ルリはアキトの方を見たが、すぐに俯くと「分かりました」と答えた。
変わらずデータを読んでいるアキトは目だけルリに向けた。
バイザーに隠れてアキトの目の動きは分からなかった。
「……ルリ」
「はい」
「何があった?」
「…何もありません」
「……俺はお前を捨てたりしない。約束する」
「……」
「だから、話せ」
データウィンドウを閉じると、アキトはルリの方に向き直った。
真剣な口調に圧されて、ルリは俯きながら話し始めた。
「夢…を見ます」
「……ああ」
「私の目の前でアキトさんが血まみれで倒れている夢なんです。アキトさんの周りには他の
人も倒れています。だから、アキトさんが死んでいるとは決まっていないんです。でも、不安で…」
「……」
「そこで私は自分の身体を見るんです。すると、私も血まみれで真っ赤なんです。そこで夢が終わります」
「それでシャワーを浴びていたのか?」
「……はい」
汗を掻いたというのも理由の一つだろうが、夢の中で血まみれの自分を見てしまっては、
現実に戻ってきてからも身体が汚れていると錯覚する。
それだけ生々しい夢なのだろう。
「……アキトさんについて行く。狂ってもいい。そう言ったのに……そう言ったのに……」
シーツを握っている手を力強く握り締めた。
アキトはそれを見つめていたが、かつての自分を思い出した。
まだ正気と狂気の間に居た頃の自分はああやって苦しんでいた。イネスやエレナのおかげで乗り切れたが、
ルリは一人で乗り切ろうとしていた。
「ルリ」
「……はい」
下ろした髪が新鮮味を出すルリを抱きしめた。
水気に少しばかり体温を奪われた冷たい身体。
奥の方から微かに伝わる温かさ。
アキトはルリの体が自分に預けられた感覚を受けた。
健常者に比べ、著しく低下している触感がそれを辛うじて受け止めた。
「…アキトさん」
「俺もそうだった。だが、俺はドクターやエレナに助けられた。お前も頼れ。別に頼ったところで
俺はお前を捨てない。お前は俺の物だ」
「……」
返事の変わりにTシャツが握られる。その返答にアキトは少し力をこめて抱きしめた。
アキトの体温を奪って少しだけ戻ったルリの体温。「強くなります」と呟く声が冷たい部屋に響いた。
「木連式柔を学びたい?」
「はい」
次の日、ルリの第一声はこれだった。さすがのアキトも面を喰らった。
バックアップで電子戦がメインのルリに拳法等は明らかに不向きだった。
体格的にも女性にしてはか弱すぎるし、全く鍛えていない身体にそれを叩き込むには無理がありすぎた。
「無理だ。諦めろ」
「アキトさんの力になりたいんです」
「十分だ」
「私が納得できません」
「ルリ」
「引きません」
互いに見詰め合う。
前後のやり取りを見ていなければ、周りからはとても仲の良いカップルに見えただろう。
ただ、殺気を撒き散らしているアキトを見ればそんな気も無くなる。
それでも視線を逸らさず、見つめ続けるルリはすごい、の一言に尽きるだろう。
「……」
「……」
「……分かった。月臣に掛け合う」
「ありがとうございます」
礼をするルリをアキトは見向きもせず、格納庫へ向かった。
おそらくブラックサレナの調整をするのだろう。ルリはブリッジに向かい進路を月に合わせた。
「月臣。頼みがある」
「珍しいな。お前からの頼みとは」
「ルリに木連式柔を教えてやってくれ」
「………は?」
「もう一度言う。ルリに木連式柔を教えてやってくれ」
月面基地の訓練センターに顔を見せたアキトの第一声にさすがの月臣もポーカーフェイスを崩した。
「確かに柔は女子供、問わないものだ。しかし、あの電子の妖精がするにはいささか無理があるだろう」
「それでもだ。お前は俺に抜刀術を教えた。杖術でも構わん」
「無茶を言う。根本的に筋肉の量が足りていない。いまから基礎訓練を始めたところで、かなりの時間が掛かる」
「筋力は強化スーツをルリ用に作れば良い。型、それに戦場における基本的なものを教え込んどいて欲しい」
「……お前がそこまで入れ込む理由は?」
「狂っているからだ。彼女も」
「……同種か…。互いに傷でも舐めあうつもりか?」
月臣のこの発言にアキトの殺気は急激に増した。
図星だからか? それとも自分を侮辱されたからか? はたまたルリを侮辱されたからか?
どれにせよ、アキトの殺気を直撃で受けて平常心でいられるものはルリぐらいだろう。
月臣も至近距離の殺気に自らも気を発して抵抗した。
「…すまない。失言だった」
「……頼めるか、月臣」
「分かった。少々、手荒くなるが構わんか?」
「ああ、それは構わない。出来る事なら、二ヶ月。俺はここに二ヶ月滞在する。ユーチャリスの修復に
サレナのオーバーホール。それが終わるのが二ヶ月だ。出発するときまでに頼む」
「分かった。少々、厳しいが何とかなるだろう。分かっていると思うが、初めて人を殺す事は教えられん」
「分かっている。頼んだぞ、月臣」
「ああ」
アキトはそういって、黒いマントを翻し、訓練施設を後にした。
そして、その消えていった方向から数分後、妖精と呼ばれてもおかしくない可憐な少女が姿を見せた。
どうやら、すぐに強化スーツは出来たらしく、黒いスーツに身を包んだルリが現れた。
「月臣さん?」
「ああ、テンカワに頼まれた。強化スーツはすぐに出来たのだな」
「はい。それで、今日からは何をするんですか?」
「基本だ。テンカワには木連式柔の基本と、抜刀術の極意。
君にはテンカワと同じ木連式柔の基本と杖術を教える。今日は柔の基本だ」
「杖術って何ですか?」
「杖の術とかいて、杖術。長さが約九十五cmの棒を使った武術だ。棒術の分派とでも思えば良い。
それくらいの長さなら君でも扱えるだろう」
「はい、それくらいなら」
「では、すぐに始める。テンカワに二ヶ月で叩き込めといわれているのでな」
「はい」
すぐに訓練は始まった。
柔とは柔道とは違い、実践タイプの武道である。
そのため、様々な状況に耐えられるように型が組まれている。月臣はまずルリに防御の型を叩き込んだ。
柔は基本的に身を守るために身につけさせるので、攻撃の型は削除した。
次に杖術の基本。
これは柔のときとは違い、防御の型から攻撃の型まで教え込んだ。ルリにとって杖術が戦闘の主軸であるからだ。
杖は軽量で頑丈な材質で出来ているものを使用している。
戦闘に耐えられる体つきではなかったが、それでも彼女自身の努力が実を結び、ルリは二ヶ月経つと戦闘に耐え得るレベルに到達した。
月臣と互角とは言わないが、それでもかなりの高いレベルに収まっている。
しかし、ルリがこの二ヶ月で身に着けたものは木連式柔だけではない。
肉弾戦の訓練と平行してルリはエステバリスの操縦の訓練もしていた。
白兵戦だけではなく、エステバリスの戦闘でもルリはアキトの手伝いをしたいと思っていたからだ。
それをエレナや、イネスに伝えたところ『無茶よ!』と同じ返答が返ってきたが、
それでもルリは譲ることなく、頑固に貫くとしぶしぶといった感じで二人は了解した。
アキトには内緒といった形でシミュレーターを深夜使っていた。もちろん、アキトは気づいていたが……。
昼は月臣による白兵戦訓練。
夜はシミュレーターによるエステバリスの操縦基礎、および戦闘訓練。
明らかに身体に負担がかかっているにも関わらず、それでも必死だった。
慣れないエステバリスの操縦。これはルリにとって難問であった。
それでも必死だった。まずはノーマルのエステバリスの練習。二ヶ月という期間であのエステ三人組を
超えるだけの実力を手に入れ、さらにアキトの域まで達するには時間が絶対的に不足していた。
こればかりはどうしようもない。そう思っていた。
しかし、ルリはその絶対的な時間の不足を“無茶をする”という強引な手段を用いて克服した。
アキトのエステバリスと対峙するルリのエステバリス。
フィールドは地上。市街戦を想定したマップである。
エステバリスは両者ともどこもチェーンアップされておらず、ナデシコAに搭載されたタイプのものだ。
アキトが先に動く。
ローラーダッシュで一気に距離をつめる。ルリも正面からためらうことなく詰め寄る。
中距離に入った瞬間、アキトはワイヤードフィストを放った。それをルリは右腕で払いのけるとさらに加速。
回避するアキトにラピッドライフルで牽制。動きが停滞する。
そこに日頃の月臣との訓練で培われた肉弾戦の威力が発揮される。
ためらいなく放たれるコクピットへの一撃。
確実に陥没したコクピットに入念というべきか、ワイヤードフィストを放つ。
機体ごと吹き飛び、そして沈黙。時間にしてわずか30秒にも満たない戦闘。
初めて戦闘した頃はこうもうまくはいかなかった。しかし、今ではこうして昔のアキトを瞬殺出来るようになったのだ。
さらに訓練を続ける。
今では訓練というより、アキトとの戦闘はウォーミングアップとなっていた。
いや、ウォーミングアップにすらなっていないのではないか?
三人組と戦うのがウォーミングアップかもしれない。
フィールドは宇宙。
機体はエステバリスカスタム。
そして、三人組も同じカスタム。人数的にルリの方が不利であるが、それでも勝たなければならない。
リョーコがまず仕掛けてくる。
ラピッドライフルの乱射から近接戦闘。残りの二人はリョーコを援護すべく後ろから援護射撃。
それをルリは回避とディストーションフィールドで防ぐと、向かってくるリョーコに向けて
大型レールガンを放った。正面から直撃。しかし、ディストーションフィールドに阻まれる。
『落ちな!!』
リョーコの掛け声と共に放たれるディストーションフィールドを纏ったパンチ。
ルリはその瞬間を待っていた。リロードをする大型レールガン。
繰り出されるパンチを、急激に機体を後ろに下げることで距離を保つ。そしてレールガンを
リョーコのエステバリスに密着させて、引き金を引いた。
ディストーションフィールドは完全に無効化される。コクピットが完全に打ち抜かれた。
沈黙。
これで2対1となる。
ヒカリとイズミは両方も射撃タイプの戦闘。
普通に戦えば中距離、遠距離戦になるのは必至だろう。しかし、ここは近接戦闘に持ち込むことで勝機が見える。
ルリはディストーションフィールドを展開した状態で一気に距離をつめる。
しかし、そう簡単には近づかせてはもらえない。ラピッドライフルとレールガンの弾幕を前に
足踏みしてしまう。
しかし、ここでためらっているわけにはいかない。
ヒカリに対してラピッドライフルで牽制をしていたとき、イズミがレールガンをリロードしているのが写った。
その隙を見逃さない。
一瞬だけ無防備になったイズミに対して、ルリはレールガンを放つ。彼女も中、遠距離を得意としているので外さない。
回避行動を取ったためにリロードが停滞した。そこを見逃さない。
無茶苦茶と知りつつ、ルリはエステバリスを強引に動かした。
それに反応してエステバリスが驚異的な動きを見せた。三人組とは同じエステバリスとは思えないほどの動きである。
ラピッドライフルをヒカリに投げつける。
おかしな行動にヒカリも戸惑った。そこにルリはレールガンを放つ。
ディストーションフィールドを展開する暇を与えない。
投げたラピッドライフルの下を弾が通り過ぎる。ヒカリのコクピットにあたり、沈黙。
そして、エステバリスを宙返りさせるような体勢で強引に振り替えった。
振り返っている途中でレールガンをリロードする。
ルリの視界に入ったのは無防備だった背中を狙うイズミの姿。
その姿に笑みを浮かべる。
(予想通り)
ブースターを急に吹かし、逆さまの状態で機体を下方向にスライドさせる。
足元を弾が通り過ぎる。
固定標的となったイズミにルリは引き金を引いた。
狙いずれることなくコクピットに吸い込まれていく弾丸。ディストーションフィールドは展開されず、
コクピットを貫通していった。
三人組は沈黙。やはりこれも今の彼女ではそれほど問題なかった。
しかし、もっとも難問なのが今のアキトである。機体の性能もあるが訓練量が根本的に違う。
もちろん、三人組とも違うのだがアキトの場合はそれ以上なのだ。
とにかく、今はこれしか出来ない。今のアキトの実践データはないのだ。
ルリはまた、フィールドを変えて三人組、そして昔のアキトと戦う。
それをこの二ヶ月ずっとこなしていた。
そして、今日がアキトの言った二ヶ月の最終日だった。月臣との最終の訓練も控えている。
月臣との訓練までルリのシミュレーターによる訓練は続いた。
「いきます」
「こい」
これが最後の訓練だった。試験と言った月臣を倒すべく、ルリは今まで事を思い返して上体を下げた。
ルリは杖を構えると、地面をすべるように走りだした。小柄な体が地面を這うように迫ってくる。
強化スーツのおかげとはいえ、走る姿は獲物を狩る肉食動物の動きと似ているものがある。
それだけ、この訓練は彼女を育てたということである。
月臣はルリを迎え撃とうとするが、月臣の間合いに入ろうとした瞬間、急にスピードが増した。
急激なスピードの変化に月臣は耐え切れず、回避行動を取る以外なかった。
下から迫ってくる杖の連続攻撃。
それを体勢が元に戻るまで回避以外のことが出来なかったのだ。
そして、体勢が整った瞬間、ルリはそれを察知したようですぐに間合いの外に離れた。
想像以上の成長に月臣はただ感心するしかなかった。
愛する者を守りたいがために身に着けるものは想像以上に早く習得するものであると…。
「中々成長が早いな」
「ありがとうございます」
そう言いながらも構えは解こうとしなかった。
「では、次はこちらから行くぞ?」
「……」
月臣の言葉にルリは杖を縮小させると格納し、腰のホルダーに戻した。
そして、月臣から教わった防御の姿勢に入る。
月臣の体が地面を滑るように迫ってくる。
それに迎え撃つルリの小柄な体。筋肉が緊張し、どこにでもすぐに反応できるようにしていた。
月臣の左腕が襲い掛かってきた。
身体が小さいことを武器に、身体をしゃがめる。強力な破壊力を持った左腕が頭上を通り過ぎる。
一撃目は回避。
それで終わるはずが無い。月臣の攻撃態勢が最初からおかしいことなど気づいていた。
左手で攻撃をするにも関わらず、左足が踏み込まれていたのだから。
しゃがみこんだルリに追撃を仕掛ける月臣。左足の踏み込みはこの繰り出される右足のためのものだった。
ルリに目掛けてためらいもなく繰り出される右足。
勿論、気づいている。すぐに右側に回避する。
柔術では月臣に敵わない。それを知っているルリは無理をせず、防御に徹していた。
攻撃できるチャンスもせずに回避に専念する。
彼を相手にするには慎重すぎるぐらいでちょうどいいのである。
すぐに戻される右足。それを今度は軸に左足の攻撃が来る。
後ろを向いたまま繰り出される左足。
それを右腕で軌道を変え、左手で流す。バックステップで距離を置くと月臣は攻撃の手を休め、腰に下げていた刀を抜く。
下段の構えの状態でルリを見つめる。
ルリも立ち上がるとホルダーから杖を取り出すと小気味のいい音を立ててそれを伸ばした。
軽くそれを振るうと両手で構えて月臣の出方を伺った。
少しの静寂。
先手は月臣が取った。振り上げられる刀。一刀両断すべくためらいの無い一撃。
振り下ろした瞬間、その刀の軌道は変わった。
刀の腹をルリの杖が叩いた。それだけで脇に逸れる。
そこに連続して追撃をかける。
一撃、二撃、三撃
刀の軌道が逸れたにもかかわらず、無理にもとの姿勢に戻すとそれを全部受け流した。
杖術に対して剣術は不利である。二刀流ならまだ対抗も出来たであろう。
しかし、間合いの広さ。攻撃の繰り出すスピード。
この二つが剣術では杖術に追いつかない。
前後が両方とも攻撃可能な杖に比べ、前方にしか攻撃できない刀では不利だ。
技量の根本的な差はまだ埋まっていない。しかし、それでも十分月臣と対等に戦える。
月臣は攻撃を全て防がれ、そしてカウンターを浴びる。
それを回避するものの、攻撃は一切、ルリに届かない。
ルリも同じく、全ての攻撃を防ぐものの決定的な一撃を加えられない。
たかだか、二ヶ月ではそんなものだろう。しかし、それでもルリは負けられなかった。
少しでこの人に近づかなければ……そうでなければアキトには追いつけない。
そんな想いがルリを動かす。
さらにスピードが増す杖。それに対抗すべく刀も動きが早まる。
ルリの金色の目が月臣の瞳を射抜く。
そこに始めの頃になった優しさは消え、完全に相手を倒すことだけを考えるものの目になっていた。
(獣となるのか……。かつては妖精と呼ばれていた者が)
ほんの一瞬の考え事。ルリはそれを見逃さなかった。
月臣自身、これ以上ルリのスピードは上がらないと思っていた。しかし、それは甘い認識だった。
考え事をした一瞬、ルリの杖はトップスピードに乗った。
まさしく一瞬、刀を弾かれた。
回避行動に移らなければ。
月臣がそう思った瞬間に腹部に重い一撃が入った。予想以上のスピードより繰り出された一撃。
「くっ……」
「……」
さらに追い討ちをかける体勢に入ったとき、
「月臣。一瞬だけ考え事をしたな」
「えっ…?」
「……見ていたのか?」
訓練場の隅に黒いマントを羽織ったアキトの姿があった。
「ああ、どうなったのか気になってな。随分と早いな」
「人には非ず。妖精相手に人間では太刀打ち出来んな」
「月臣さん」
「想像以上の飲み込みの早さだ。これならお前の足手まといにはならん」
「ああ、ルリ。お疲れ様」
アキトは他の人間には見せないような温かい雰囲気をたたえたままルリに近づいた。
月臣もこのように暖かいアキトを見るのは始めてのことかもしれなかった。
「アキトさんはどうしてここに?」
「どれだけ出来るようになったのかと、見せたいものがあるからだ」
「見せたい……ものですか?」
「ああ、大丈夫か?」
「月臣さん」
「構わん。教えることはどうやらもう無さそうだからな。あとは実践あるのみだ」
「ありがとうございます」
「構わん。これだけ飲み込みが早ければ教え甲斐があるものだ」
ルリは一礼すると、アキトと共に出口へ向かった。
月臣はそんな二人を見て、「二人の道は険しいな」と一人呟いていた。
アキトに連れてこられた場所。そこは格納庫だった。
すでに修復が完了したユーチャリス。そして、その隣にはまだユーチャリスに搭載される前のブラックサレナがあった。
そして、その隣には…。
「アキトさん。あれは?」
ルリが疑問に思ったのはブラックサレナの隣に同じような形状の…、いや、同じようではなく
全く同じ形をした機体が立っていたからである。
「…君の機体だ。ルリ」
「えっ?」
「名前はハイドランジア。サレナの流れを汲む機体だ。見て分かるとおり、外見は全く同じだ。
ただ、内部構造は少しだけ違う」
ダークブラックがベースのカラーリングであることは同じであったが、肩に刻まれている模様の色が、
ブラックサレナは赤色だが、ハイドランジアと呼ばれた機体は銀色に輝いていた。
さらにブラックサレナはアキト専用にカスタムされたエステバリスに追加装甲をつけた機体であるため、内部は
エステバリスである。
そのエステバリスもアキトの鮮やかなピンクに近い赤ではなく、青系統の色であった。
「これからこれに乗ってもらうことになる」
「……ユーチャリスの操舵は誰がするのですか?」
「神産巣日がやってくれる。だが、その際はほとんど戦闘能力を失うから後ろからの援護しか出来ない」
「私が乗ってアキトさんと一緒に戦っても良いんですか?」
「今更の質問だ。それに今まで訓練してきたことを無にするつもりか?」
「え?」
「気づいていないと思ったのか? 気づいている。あまり無茶をするな」
「はい……」
シュンと落ち込んだルリにアキトは苦笑いのような笑みを浮かべると
「別に怒っている訳じゃないさ。無茶をしないでくれ、そう言っただけだ。気持ちはありがたいよ、ルリ」
「あ……、はい……!」
ルリは嬉しそうにアキトを見上げ、そして視線をハイドランジアに向けた。アキトとほぼ同じカラーリング。
さらにアキトと同じ戦場に立てること。
それがルリを喜ばせた。いつもオペレーターとして待っていることしか出来なかった彼女に
初めて同じ位置に立てることが出来るようになったのだから嬉しいことこの上なかった。
「出発は明日の2400だ。それまで身体を休ませておけ」
「はい。でも、アキトさんはどうするのですか?」
「俺はシミュレーターを使って調整する」
「では、私もします」
「……分かった」
強引に休めといっても無駄だろうとアキトは思ったのか、素直に了解を出した。
二人はそれぞれ自分の機体に乗り込むとシミュレーターを起動させた。
「世話になった」
「良いのよ。それよりも本当に行くのね?」
「ああ、残党勢力がある。それを叩きに行く。もちろん、宇宙連合軍も邪魔するだろうがな」
「そうね。……今更二人を引き止めないわ。でも、お願いだからアキトくん、ルリちゃんを不幸にだけはさせないでね?」
「……無理だな。すでに俺の傍に居るだけで彼女は不幸だ」
「アキト君、それは違うわ。幸せそうだもの。ね、ルリちゃん」
「はい、アキトさんの傍に入れるだけで幸せです」
黒のバイザーに黒いマント。そして黒い強化スーツ。
そんなアキトの姿の横で、ルリも同じような格好で立っていた。
同意を求められた際、ほんの少しだけアキトのほうに近づいた。
「ルリ」
「はい」
「……幸せなら良い」
「はい」
エレナに最期の別れを告げると二人はユーチャリスに乗り込んだ。これから起きることは最期の戦いだった。
アキトにとってこれが最期の復習劇であり、ルリにとっては最期の羽ばたく瞬間であった。
ルリはユーチャリスにコクピットシートに乗り込むと廻りに金色の回路が走った。
そこから蜘蛛の巣のごとく広がっている回路にルリの意識が伝わる。核パルスエンジンがまず起動し、
ユーチャリスに推進力を生み出す。
「……行くぞ」
「はい」
ネルガルの工場のハッチが開き、ユーチャリスの先端のブレードが宇宙空間に現れる。
さらに推進力が増し、全体が外に現れてから相転移エンジンに切り替えた。
エネルギー出力が急激に上昇。
全てのエネルギーラインにエネルギーで満たされる。
リフレクターブレード展開可能。グラビティーブラスト充電可能。
ディストーションフィールド出力100%で展開可能。
全てのシステムが完全だった。
この状態がいつまで持つのか? アキトはそんなことを考えながら、目標を定めていった。
これが最期の補給であり、これで全てに決着をつけるつもりで居た。これが区切れ。
そう。全ての復讐をこれで終わらせようと考えていた。
宇宙連合軍ではA級犯罪者として指名手配されている。さらにクリムゾングループからは実験体として
ルリと共に狙われている。
もはや、周りには敵しかいない。これ以上、ネルガル重工に頼るわけも行かない。ならば、残りの手段は一つ。
早々にこの戦いにけりをつける。
もう、どうでも良かった。とにかく敵を倒し、とにかく復讐していく。全ての憎しみを全てに対してぶつける。
これが最期の手段であった。
「ルリ」
「はい?」
「ごめん。巻き込んでしまって」
「今更、何を言うんですか? 私も好きで巻き込まれたんです。気にしないでください」
「……ありがとう」
「…らしくありませんよ?」
「ああ、そうだな。これで蹴りをつけようと思っているのにこんな弱気じゃ負けるな」
「はい、もっと強気で居てください。私が傍に居ます。大丈夫ですよ」
「……ああ、そうだ」
「そうです。どれだけアキトさんが嫌がっても私は付いていきます」
異常な執着性。
もちろん、ルリはそれに気づいていない。アキトもそれに気づいていていない。
二人とも狂ってないと思っているようだが、ルリもアキトとは別のベクトルではあるが狂っている。
人を殺すことにためらいを持たなくなったアキトとアキト以外の人間、物には一切の興味を失ってしまったルリ。
狂っていないといえるだろうか? これを狂っていないというならば、何が狂ったといえるのだろうか。
確実に狂ってしまった二人。しかし、それでも良かった。それだけで二人の心は平穏で満たされるのだから。
アキトは人を殺すことにより平穏を手に居れ、冷静にただ冷酷にアキト以外の人間を排除することでルリは平穏を手に入れる。
「アキトさん、行きましょう」
「ああ」
二人の門出を祝い者はいない。
いるとすれば、それは死神か……。それとも疫病神か……。
少なくとも彼らを祝福する者は決して縁起の良い者ではないだろう。
「これで八戦目です」
「もう、難しいな」
「はい。バッタの数も少なくなってきました」
「……次か、それともその次か…。どちらにせよ長持ちはしないな」
「はい、無理です」
先ほどやっと戦闘が終わったものの。
すでに追撃を仕掛けられること八回目。連続戦闘でユーチャリスもすでに損傷率は30%を越えている。
ブラックサレナ、ハイドランジアの二機も損傷率は40%を超え、ひと段落着いたところで修復作業に入っていた。
「この効率で計算すると……アキトさんの予想通り、短くて次。もってもその次が限界です」
「……そうか……」
「はい、どうしますか?」
「とことん戦おう。それしか俺達に道はない」
「はい」
これだけの絶望的な状況にあって、ルリも悲嘆にくれるのかと思えば、笑顔であった。
というのも先ほどのセリフでアキトは『俺達に道はない』といったからだ。
アキトはすでにルリも自身と運命を共にすると決めているのである。
それをルリが喜ばないはずが無い。
格納庫内で働いているバッタたちの作業効率を少しだけ上昇させ、少しでも生きてアキトの傍に居る時間を
伸ばそうと必死になっていた。
しかし、運命というものは時に非情である。
「アキトさん!」
「どうした?」
「ボース粒子反応増大。ジャンプアウトする機影を確認……。戦艦級の物体が5」
「戦艦5隻。おそらく、これで止めをさすつもりだろう」
「はい。私も出ます」
「ああ、頼む。神産巣日、お前はユーチャリスのディストーションフィールドの出力最大で防御に廻れ。攻撃にエネルギーを回すな」
【了解】
ウィンドウに神産巣日の応答が表示される。
アキトもルリも最期の決戦のために格納庫に向かう。
最期の最期まで修理を続けるバッタ。その機能を停止させると、二人はそれぞれの機体に乗り込んだ。
システムを立ち上げる。先の戦闘のダメージは残った状態で修復率は80%。
この状態での戦闘は心もとないが、今更のことである。
「いけるな? ルリ」
「はい、アキトさんとなら何処まででも」
「行くぞ……神産巣日、ゲートを開けてくれ。これが最期の出撃だ」
アキトの声にユーチャリスのハッチが開く。そして、黒い二機の弾丸は飛び出した。
すでに戦艦5隻はディストーションフィールドを展開して、ユーチャリスに攻撃を仕掛けていた。
グラビティーブラストの波状攻撃。チャージ時間も考えて一切の絶え間を与えず、連続して叩き込んでいく。
ナデシコに比べ、フィールドの出力はあるものの、4本あるうち一本のリフレクターブレードはすでに機能を停止していた。
それでもまだフィールドは保てる。
そのグラビティーブラストの合間を抜けて、二機は戦艦に急速接近。至近距離からのハンドカノンによる
ピンポイント攻撃。
的確に動力源や、デッキが打ち抜かれていく。しかし……
「ポイント1012付近ボース粒子反応増大。戦艦クラス……数にして10!」
「10か…」
「さらに反応を確認。ポイント0325付近にも確認。敵影は戦艦クラスで数は……15」
「……本気で落とすつもりらしいな」
「……ボース粒子反応を確認しましたが、もういいですよね」
「ああ、最期に盛大に行こうか。神産巣日! お前のやりたい様にしろ!! これで最期だ!」
アキトは神産巣日に、そしてルリにそう告げるとグラビティーブラストの飛び交う敵陣のど真ん中に
機体を突っ込ませた。
フィールド出力は最大。何も考えずにただ、落とすことだけを考えて、アキトは機体を駆る。
ルリもショルダーパックに搭載されている特殊チップをばら撒き、ハッキング。そして自爆。
この手順を繰り返して敵を落としていった。しかし、それでも落とす数より、敵が増援を送り込んでくるほうが
はるかに早かった。
あっという間にユーチャリスの撃沈され、母艦を失った二機は逃げ場もなくした袋小路の鼠のようなものだった。
そして、その鼠、ブラックサレナも、そしてハイドランジアもすでに沈黙寸前のダメージを負っていた。
時間にして1時間にも満たない戦闘。
それでも敵は20隻以上の戦艦を失った。
鬼神のごとく敵を破壊したブラックサレナの攻撃は狙った獲物は逃さない呪いのような一撃。
ハッキング、そしてためらいもなく自爆させていくハイドランジアの能力は冷酷無比の残虐性を持っていた。
しかし、それもついに終わりを告げた。四方を囲まれ、多大な犠牲を払いつつも撤退しなかった敵部隊の勝利である。
敵戦艦に搭載されているグラビティーブラストがこちらを狙っている。
「ルリ。どうやらこれで終わりらしいな」
「そうですね」
「……すまない」
「謝らなくて良いです。私が選んだ道ですから」
「復讐なんてユリカを助けたときに終わってたんだ」
「……」
「それでも俺は復讐をしなければいけなかった。いや、復讐しか出来なかった」
「アキトさん」
「ルリ。俺はお前と一緒に居たかった。そのためにこんな愚かな道を選んだんだ」
「どうして……ですか?」
「……復讐が終われば、ルリは俺から離れていく。そう思った。復讐のために俺の手伝いをしてくれている。そう思っていたからだ」
「アキトさん……」
「そうではないことに気づいた時にはもう戻れないときだった。そして、こんな目にあわせてしまったんだ」
「……」
「すまない。俺のわがままに付き合わせてしまった」
「良いです。私もアキトさんの傍に居ることが出来ましたから」
「ルリ…」
「アキトさん。もう一人にしないでくださいね」
「……ああ、分かった。もう、復讐はこれで終わりだ。どこでも良い。どこかへ行こうか」
「はい」
ボロボロのハイドランジアが最期のエネルギーを使ってゆっくりとブラックサレナに近づく。
そして、ブラックサレナもボロボロでありながら機体に全てのエネルギーを注ぐ。
「さぁ、どこへでも行けばいいさ!」
バイザーを取り外し、天に叫ぶアキトの一言。
そして、瞳を閉じて祈りを捧げるルリのささやかな願い。
敵戦艦がグラビティーブラストを放った。その瞬間、ブラックサレナとハイドランジアは光に包まれた。
そして、グラビティーブラストは虚空を貫いた。しかし、一斉発射のため、そのことに気づいた戦艦は一つもなく、
ただ最大の敵を倒した余韻に浸っていた。
“どうか、二人で……”
“どこか安息の地へ…”
“願わくは……”
“みながいたあの時へ……”
“戻れるものなら……”
“戻りたい……”
あとがき
……Catharsisの終わりが間近になったので、こうやって別の作品に手を出せるほど余裕が出てきた氷人です。
この終わり方……そうです。連載にしようかなと思ってこうしました。あーあ、また連載を始めるなんて…。
Catharsisで苦労したのに、また連載を持とうなんて、なんと愚かなことか…と思いつつやってしまうんですよね。
ただ、下準備があるので実際に連載が始まるのは年が変わってからだと思います。
一応、これは前にあるナデシコの続きとなっています。やはりアキトがThe prince of darknessならルリは…
ということでこのタイトルにしました。ルリがアキトの隣で一緒に戦うまでのことです。
さて、少し解説するとすればルリが乗っている機体でしょうか。
ハイドランジア。響きが好きなのでここで使ってみました。仰々しく聞こえますが何てこと無い。アジサイのことです。
西洋のほうのアジサイのことをハイドランジアといいます。辞書にも載ってるのではないでしょうか?
花言葉は冷酷。アキトのブラックサレナが『愛、呪い』なので、いい感じに釣り合いの取れる花言葉でよかったです。
話の中でも言っていますが、外見は完全にブラックサレナです。ただ、少しだけカラーリングが違うだけ。
ルリにもエステバリスに乗って欲しかった。という願望をかなえた話です。
さて、次回は連載の第一回目に出会うと思います。では、そのときまでに……。