あぁ、とため息をつく。つきたくもなる。

 自分は何も悪くないのに、前を走る二人の後を追いかけて全力疾走。

 通行人を脇へ飛び退かせ、背後から誰かの怒鳴り声を浴びながらひたすらにひた走る。

 しかも、全く関係ない――所謂一つの、巻き込まれ型逃避行。

 前方で相棒の少年が何か怒鳴っているような気配もあるが、あまり興味を持てなくなりつつある。

 願うのは、この馬鹿げた事態の終息のみ。



 ……まぁ、その些細な願いすらも叶えられなくなりつつあるのではあったが。












少年は竜と共に舞う
第二話「少年は青年と共に走る」














<山葉の街『東大通り』>







「だぁぁぁぁ! まだ追っかけて来るぞ!?」

「当たり前だ。二人とも、俺が毎日のように鍛え上げているからな」

「それは違う。絶対に何か間違ってるぞ」

 大通りを突っ走っていく一団を見る周りの目は、なぜか微妙に微笑ましい物を見る目だった。

 もちろん、進行方向からは人が捌けていくのだが、微妙に野次馬が多い。中には、

「新顔か?」

 とか、

「巻き込まれたんだろうねぇ」

 とか、微妙に習慣性を感じさせる言葉が聞こえてきたりして、祐一は頭を抱えたくなってきた。背後では既に美汐が頭を振り振り泣きそうになりながらついて来ているのだが、この二人を巻き込んだ当の本人は至って冷静に状況を分析していたり。

「拙いな。このままじゃ追いつかれるぞ」

「何でだ?」

「疲れてきた」

「……さも当然のようにそんな事言ってるんじゃねぇっ!」

 怒鳴る祐一、目の幅涙を流す美汐。しかし、三人ともその足を止める事は無い。

「だって仕方ないだろ?! もうずっと走りっぱなしなんだからよ」

「あんた、体力無さ過ぎだ……」

「そういう訳で、後ろの奴を迎撃だ。上手く足止めしたらもう一回逃げるぞ」

「簡単に言ってくれるな……。っていうか、知り合いなんじゃないのか? 迎撃してもいいのか?!」

 当然の疑問に、とんでもない回答が返ってくる。

「どうせななぴーは常識外れてるから全力で行け。でないと……死ぬぞ?」

「ぶ、物騒だな……」

「あ、出来れば怪我させないでくれよ。それは流石に寝覚めが悪い」

「当たり前だ! ……ったく、美汐と一緒に先行け! 報酬分の仕事くらいはしてやるよ!」

「悪ぃな」

「そう思うんなら巻き込むなぁっ!」

 魂の叫び声を上げつつ、急停止する祐一。後は頼む、と美汐に怒鳴るように頼むと、自身は手品のように両手に符を取り出す。

 前方、二人の少女が走ってきている。片方は一見ごく普通の女の子で、もう片方は――

「おいおい、マジかよ……」

 何故かハルバートを振り回しながら追いかけて来ていた。長い髪をツインテールに纏めたその少女は、祐一が立ち止まったのを見ると思いっきりハルバートを振りかぶる。

「退かないと怪我するわよっ!!」

 踏み込み一発。足元の石畳に亀裂を入れながらハルバートを振り下ろす。

 対する祐一は、冷汗をかきつつも後方へ大跳躍。間一髪のところでその一撃を躱した。風斬り音と共に上から降ってきたハルバートの穂先は、石畳の直上で静止している。

 一目で、少女の膂力が知れる一撃だ。

「……やるわね、あんた」

「あ、あ、あ……」

「なに?」

「当たったらどうするつもりなんだよっ?! 死ぬぞ! 容赦なく紛れもなくかんっぺきに死ぬぞ!?」

「大丈夫よ、当たりそうになったら手加減するから」

「そういう問題じゃねぇ……」

 祐一は、既にこれが考えるのも馬鹿らしいほどどうしようもなくアホな事態に巻き込まれている事を悟っている。それだけに、半ば本気じみたあの一撃が洒落にならない。

 見れば、既にもう片方の少女は祐一の脇を走り去ってしまっている。祐一は、期せずして大通りのど真ん中で大立ち回りを演じるハメになったわけだ。

「さて、そこを通してもらいましょうか? あたしは、あいつを追いかけなきゃいけないの」

「足止めしろって言われてるんだから、通せないに決まってるだろ」

「なら、力づくでも押し通るわよ」

「……女性が子供に言うセリフとは思えないな……」

「うっさいわねっ!」

 瞬間、ハルバートの穂先が祐一の喉を狙って伸びてくる。超高速の突き。それを、間一髪で躱した祐一は両手に持った符を発動させる。あからさまに手加減できる相手では無い。

「くっ……! 雷鞭ライベン』同時起動解放!

 各々の符から各三本、合計六本の紫電が走る。低威力だが、当たれば十分行動不能に出来る一撃。牽制用の一撃とは言え、本気の攻撃に変わりは無い。怪我もさせずに後腐れなく事態を終息出来るだろう。

「符術!?」

 流石に魔導が飛んで来るとは思っていなかったようで、少女はまともな回避が間に合わない。力任せにハルバートを振り、その反動を利用して体を横へと投げ出す。その方向にいる野次馬が、顔を引き攣らせながら周囲へと流れた。

「あんた一体何者よ……?」

「宮沢祐、ただの傭兵だ」

 とは言ったものの、さっきから周囲のペースに巻き込まれっぱなしでどうにも調子が出ていない。なおかつ、こんな街中で大規模攻撃魔導をぶっ放せる訳がなく、状況は最悪に近い。

「傭兵ねぇ……。じゃあ、あいつに雇われた訳ね?」

「ま、その通りだな」

「ふーん……。あの馬鹿、とうとうそういう知恵を見に付けたわけね……。ふふふ、後で覚悟してなさいよ」

 何だかドス黒いオーラを発しながら、ツインテールの少女は無気味に笑う。それを見て、祐一は一歩下がり、野次馬は「私は何も見なかった」と全身で主張しながらその場を離れていく。

「まずは、あんたから……。この『戦乙女ワルキューレ』に相対した事を不運に思うのね」

「げ……マジかよ?」

 一騎打ちにおいて、王国最強を誇る騎士の名が出て来て焦る祐一。女性だとは聞いていたが、まさか目の前にいるとは思っていない。だいたい、それだけの使い手相手に怪我一つさせずに行動不能に追い込め何ていう無茶な要求、答えられるはずが無かった。

 はめられた、と気付いても後の祭りだ。少し八つ当たり気味に怒鳴る祐一。

「っていうか、なんでこんな所にいるんだよっ?! 部隊は?! あんた自分の部隊はどーしてるんだよ?」

 ちなみに、『戦乙女ワルキューレ』とは聖槍騎兵団団長たる七瀬留美の二つ名であり、彼女の部隊は王都に向けて急行中であったりする。

「んなの、真希に任せて来たに決まってるじゃない」

 あっさりと言い放つ留美。全身から力が抜けていくのを感じる祐一。なんというか、ここまで真剣勝負という気配から程遠い殴り合いも珍しい。

「……もう、どうでも良くなってきた」

「なら、黙って眠りなさい!」

 ブン、と音を立ててハルバートが振るわれる。胴を横薙ぎに払う一撃を、祐一は石畳に伏せて避けた。直後、腕の力で跳ね起きて背を向ける。

「何で当たらないのよ?!」

「無茶言うな! 痛いのは嫌だっつーの!」

「浩平みたいな事を言うんじゃないわよっ!」

「そっちの方が無茶苦茶だろっ!」

 背後、背中から数センチ後ろを嫌な風が通り過ぎるのを感じつつ、祐一は走り出す。

 後を追う留美。その動きは、まさしく狩猟本能に突き動かされる猟犬のそれだ。素早く無駄なく、ただしパワーだけは無駄に使いつつ後を追って走る。

「待ちなさいっ!」

「誰が待つかぁっ!」

 ……二人とも、当初の目的を完全に忘れ去っている気がしないでもない。











<山葉の街『中央大通り』>







 祐一と留美が壮絶な追いかけっこを開始して暫くする頃には、彼の尊い犠牲によって二人は相当な距離を稼いでいた。

 ただし、もう一人の追っ手との距離まで稼げているかは微妙なところであったが。

 そんな中、美汐はずっと聞きたかった事を我慢できなくなりつつあった。まずは、当り障りのない質問をしてみる。

「あの、これ、どこに向かって走ってるんですか?」

「テキトーだ。まずは、後ろのだよもん星人を振り払わないと話にならないからな」

 その答えに、自らの選択ミスを嘆く美汐。もっと早くに聞いておくべきだった質問を告げる。

「いえ、申し上げにくいんですが……後ろ、誰もいませんよ?」

「なにぃっ!?」

 突如として立ち止まり、かつ振り返る青年。その姿を見て、少しため息をつく美汐。自分達は何をやっているのだろうかと真剣に悩もうとして……あまりにも馬鹿らしいその行為を止めた。

 考えても、虚しさが増してゆくだけだ。

「むぅ、やるな長森……。流石は俺の一番弟子だ」

 結構複雑怪奇な裏通りを疾走してきた二人だが、美汐はともかく浩平は途中で追っ手の少女が消えた事に気付かなかったようだ。

「これから、どうするのですか?」

「……とりあえず、この路地を出よう」

 言うが否や、危険確認もせずにあっさりと大通りへと出る青年。その行為に、眩暈を感じつつフォローに入る美汐。

「見つけたよっ! 浩平っ!」

 声と共に降って来るのは、漁師の使うような投網だ。

「うおっ!?」

「うおっ、じゃないでしょうっ! 焔駆ホムラガケ』起動解放!

 青年を包み込む様にして振ってくる投網が、美汐の持つ符から溢れ出して疾る炎に焼き飛ばされる。威力を伴った炎の風は、轟という音を立てながら空へ。

「お、お前なぁ、こんな街中でそんな危なっかしい術を使うなよ」

「ご心配なく。留意はしています」

 とか言いつつも、美汐のこめかみには微妙に青筋が浮かんでいたりする。

「こう、あれか? 普段真面目な奴ほどぶち切れた時にエキセントリックな行動に走りやすいという事か」

「失礼な。誰のせいだと思ってるんですか?」

 半眼で睨む美汐の視線は絶対零度。その冷たい視線にとある知り合いの事を思い出しつつ、青年は一歩後ずさる。

「まぁまぁまぁまぁ、少し落ち着けって。ほら、大きく息を吸って――」

「私は十分落ち着いています。その上で聞きたいのですが……、囲まれていますよ?」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 絶叫。大きく息を吸っただけあって、その音量は思わず美汐が耳を塞ぐほどだ。

「浩平はもう取り囲まれているんだよっ。大人しくした方が身のためだよ?」

「くっ、だよもん星人のくせに頭が回る奴だな……」

「だよもん星人って言わないでよ……」

 ため息をつきながら路地の角から出てきたのは、青年と同じ年頃の少女だ。可愛らしい容姿をしているのだが、ため息をつく姿が非常に似合っているのは何故だろうか?

 ――私と同じ雰囲気がする気が……。

 密かに、美汐もため息をつく。この少女とは非常に気が合いそうだ、などと思ってみたり。ちなみに、逃走はとっくの昔に諦めている。

「ちっ! 美汐、足止め頼む」

「無理です」

 きっぱりあっさり即答する美汐。既に囲まれていると言った事をちゃんと理解しているのだろうかと、少し額に皺が寄る。

「……あと、貴方に美汐と呼ばれる気はありません。天野と呼んでください」

「――? 別にいいだろ、名前の呼び方くらい」

「浩平、デリカシー無さ過ぎ……」

「そうです。女の子にとって、どのように呼ばれるのかという事は非常に重要な事なんです。気軽に名前を呼ばないで下さい」

 じろり、と青年を睨む二対の瞳。自分が自爆したという事を一瞬で理解した彼は、咄嗟の判断で駆け出そうとして――

「逃げるなぁっ!」

 ガィン、と響く鈍い音。後頭部にハルバートの石突の直撃を食らった青年はその場で昏倒。即座に駆け寄ってきた男達にぐるぐると縄を巻かれて簀巻きにされてゆく。

「……大丈夫なんですか?」

「この馬鹿にはこれくらいで丁度いいのよ!」

 ふん、といきまいて彼を睨みつけているのは、長い髪をツインテールに纏めた少女――留美だ。背中には、大きなたんこぶを作った祐一を背負っていたりする。

「ゆ、祐!?」

「あー、ゴメンね。ちょっと黙らせる時に強く殴りすぎたかも……」

「……いえ、たまには頭を冷やしてもらうのもいいでしょう」

「えっと……それで、今更なんだけど、あなた達って誰なのかな? あ、私の名前は長森瑞佳だよ。瑞佳、って呼んでいいからね」

 瑞佳、と名乗った少女に続いて留美が自己紹介をする。

「あたしは留美。七背留美よ。そこの瑞佳とは親友みたいなもんね。よろしく、天野ちゃん」

「私は天野美汐と申します。美汐、と呼んで頂いて結構ですので。あと、貴女に背負われているのは、宮沢祐と言います。祐、とでも呼んでください」

「宮沢、祐……?」

 少し首を傾げる留美。彼の名前に、少し引っ掛かるところがあったらしい。

「どうかなさいましたか? 留美さん」

「……ううん、何でもない。それより、これからどうしよっか?」

「う〜ん……。とりあえず一緒に来る、美汐ちゃん? 祐君をこのままにして別れるのは、ちょっと気が引けるから」

 少し困った顔をする美汐と苦笑する瑞佳に向け、器用に両手を合わせる留美。

「ほんと、ゴメン……」

「謝らなくてもいいですよ、留美さん。……それで、確かに祐がこのままだと動きが取れないので私としてはその申し出は有難いのですが――」

「なら、一緒に来ればいいよ。遠慮なんかしなくていいから」

「ですが……」

「そうそう。この馬鹿のせいで二人には迷惑掛けちゃったしね。気にしなくてもいいわよ」

 ――うう……。そんな顔でそう言われたら、五千フェリシュで雇われたって言い辛いじゃないですかぁ……。

 内心涙を流しつつも、二人の少女に笑顔で迫られては致し方ない。美汐は、状況に流されてみる事を選択した。

「では、少々お世話になります」

 ――これもそれも、全部祐一のせいだからねっ!

 少し頬を膨らませて祐一を睨む美汐。そんな彼女の行動にハテナマークを浮かべつつ、留美と瑞佳は肩を並べて歩く。その後からついて行くのは、簀巻きにされた青年を神輿のようにして肩に担いで運ぶ男達が数名。

「……ところで、これからどこへ向かうのですか?」

「お城だよ」

「……へ?」

 簡潔に返って来た瑞佳の返答に、思わず間抜な顔をする美汐。慌てて顔を引き締めるものの、そんな彼女の様子にくすくすと微笑む瑞佳と留美であった。

 顔を赤くしながらも、恥ずかしさを紛らわす為に質問を続ける美汐。

「お、お城って……。どうして王城に向かってるんですか?」

「それは、美汐ちゃんがお世話になります、って言ったからだけど……」

「も、もしかして連行されてますか? 私達?」

「違うわよ。確かにそこの馬鹿は一回くらい地下牢に放り込んでみるのもいいかもしれないけど、美汐ちゃんにはそんな事しないから安心していいわよ」

 そう言って微笑む留美の笑顔は、とても綺麗なもので思わず見とれてしまう美汐であった。この人の事も信頼できそうだな、と思ったのも束の間。話が微妙に逸れている事に気付く。

「あの……でしたら、何故王城に?」

「う〜ん……、驚かないで欲しいんだけど……」

 と言いかけた瑞佳の後を留美が継ぐ。

「あたし達、王城に住んでるから」

「……はい?」

 あんまりと言えばあんまりな留美のセリフに、思わずそう聞き返す美汐。

「いや、あたしも瑞佳も居候みたいなもんなんだけどね」

「そうなんですか……」

 なるほど納得、そういった感じで頷く美汐には、まさかこの後今日最大の爆弾発言が飛び出すとは思いもよらなかった。

「そういう事。まぁ、ほんとは後ろの馬鹿の自宅なんだけどね」

「……え?」

 立ち止まる美汐。

 ――今耳に聞こえた事は本当だろうかいやむしろ勘違いか幻聴に違いないというかそんな事はありえないから自分はまだ山葉に着いてなくて早く着きたくてこんな夢を見ているんじゃないだろうかしかしそれにしてはあまりにも突拍子もなさ過ぎる夢ではないだろうかという事はこれは現実?

 美汐、大混乱中。そんな彼女にトドメの一撃。

「あの馬鹿の名前は、折原浩平。信じられないかもしれないけど、うちの国の皇太子だったりするのよね」

 まぁ、あたしも半信半疑なんだけどね。そう言って笑う留美の横では、美汐の目が焦点を失って彷徨っていたり。瑞佳が、大丈夫? と目の前で手を振っても全く反応なし。

「えっと、大丈夫、美汐ちゃん?」

「……どうかしたの?」

 二人が見守る中、美汐の目から力が失われて、ふわーっ、と揺らめくようにして美汐の身体が真後ろへ……。

「って、大丈夫じゃないじゃない!」

「み、美汐ちゃん!?」

 慌てる二人の声を遠くに聞きつつ、そんな酷な事は無いでしょう、という思考を最後に美汐の意識は闇に落ちていった。











続く














 あとがきだよもん

 ふぅ、瑞佳のキャラが微妙だ。ななぴーも気を抜くと詩子とキャラが混ざりそうでヤバかったっす。

 なにぶん、ONEをプレイしたのが一年以上前なもんで。もう一回プレイし直した方が良さそうですね……。

 このキャラ性格がおかしいぞ、という苦情がありましたら遠慮なく言ってください。

 とりあえず、祐一と美汐が話に深く関わりだしました。次からはさらに深く(主に浩平と)関わっていくと思われます。

 ……ていうか、作者が「思われます」なんて言ってて大丈夫なんだろうか?(汗)

 では、また次回の後書きでお会いいたしましょう。