聖暦883年、春。
少年は一人の少女と連立ってイェク大陸を貫く街道を南下していた。
二人の行く先にあるのは、「千年王国」の異名を誇る伝統ある国家である恵野王国の王都たる「山葉」だ。
同名の平原の中心に存在するその街は、平穏とはかけ離れた状況へと陥りつつあった。
イェク山脈を隔てて存在するサーギオス帝国が山葉峠を越えて恵野王国に侵攻を開始したのが、半月前。山葉峠に駐屯していた守備隊は、サーギオス帝国の大軍相手に善戦したものの、王都に危急を知らせた伝令隊を残し、全滅した。
この事態に、国王たる小坂由起子は王国内に存在するほぼ全ての兵力を召集する。
国王直属の近衛兵団を指揮するのは、王国最高の指揮官と名高い深山雪見。その親友である「盲目の魔術師」川名みさき率いる川名公爵軍。蹂躙戦力として驚異的な打撃能力を誇る、七瀬留美率いる聖槍騎兵団。
その他、住井公爵軍や里村侯爵軍、南伯爵軍など、北イェク連合帝国に対する備えとして北方の国境に張り付いている渡辺公爵軍以外の全兵力が、王都近辺に集まりつつあった。
そして、後に冒頭の少年はこの戦いにおいて重要な位置を占めるようになる。
その少年――宮沢祐と名乗る少年は、今はまだその事を知る由も無い。
――少年の隠された本当の名を、相沢祐一。傍らに在る少女の名を、天野美汐という。
少年は竜と共に舞う
第一話「少年は少女と共に来る」
<山葉の街『北門』>
故郷を征服されてから早四年の月日が経ち、幾度となく灼熱の実戦を潜り抜けてきた祐一は、イェク大陸最南端の王国の都に辿り着いていた。
辺りに立ち込める雰囲気は殺伐とした物で、祐一にとっては珍しくも無く、ある意味慣れ親しんだ空気でもある。
14歳にして既に歴戦の傭兵である祐一は、その経験が故に平然としている。
だが、その傍らに従う少女は少々怯えているようだ。祐一の服の裾をぎゅっと掴み、彼のマントの影に隠れるようにして歩く。
彼女――天野美汐は、祐一と違ってまだまだ精神にあどけなさの残る「女の子」なのだ。いつサーギオスとの本格的な戦闘が始まるやもしれないという状況に殺気立っている兵士達の視線を浴びながら歩くのは、荷が重いだろう。
実際のところは、彼女のその容姿に注目が集まっているという要因もあるのだから、半ば自業自得なのだが。
「……なぁ、天野。くっつかれると滅茶苦茶歩きにくいんだけど」
「そんな事を言われても、怖いものは怖いんですから仕方ありません……!」
視線を浴びる原因となっている彼女の容姿は、一言で言い表すなら「巫女」だ。
紅い袴に白の着物。少女から女への階段を登り始めた肢体を包むその衣装は、外を出歩くには少し刺激が強すぎる格好といえる。その上、美汐本人の容姿も水準以上をいくものなのだから、目立ってしまうのは致し方ないだろう。
それと対照的なのは祐一で、極力目立たないように心がけている事もあり、美汐のインパクトの影に隠れて人々の記憶には残らない。
まぁ、これだけ視線を浴びても美汐が巫女服にこだわるのは、これが彼女の戦闘服だからなのだが……。
「祐一さん、何とかして下さい……」
「いや、俺にどうしろと?」
泣きそうな目で訴えかけられても、祐一にだって出来る事と出来ない事がある。何とかしてやりたいのは山々だが、如何ともしがたいのが現状だ。
「まあ、街に入るまでの辛抱だと思って我慢してくれないか?」
「そんな事言っても、入れるんですか?」
「なぁに、普通なら入れないだろうけどね、俺は傭兵だからな。裏技がある」
そう言って美汐に微笑みかけると、祐一はスタスタと門の傍らに立つ衛兵へ向かって歩いてゆく。美汐はというと、祐一が浮かべた透明な微笑みに思考能力を凍らされて動けないでいたりする。
共に旅をするようになって早一年。今は、互いが互いを安心して背中を預けられるパートナーだと思っているに過ぎないが、美汐はそこから一歩踏み込んだ関係に興味を持ちつつあった。
彼の少年は、美汐をそういった対象に含めてはいないようだったが。
そういった訳で、不意打ち気味にあんな笑顔を見せられては、美汐としては赤面しつつ固まるしかないのであった。無論、その事によって更なる注目を浴びている事には露ほども気付いていない。
「天野ー?」
「あ、はい! 今行きますっ!」
少し離れた所から呼ぶ祐一の声に再起動した美汐は、袴の裾を翻らせて駆けてゆく。その姿に、慌てて上空を見上げる兵士が複数いたのは、まぁ、ご愛嬌という物だろうか。
そんなこんなを一切気にせず、美汐が傍に駆け寄ってきたのを確認した祐一は衛兵との交渉を再開した。
「なぁ、そこまで問答無用にダメだって言わなくてもいいだろ? 二人くらい、入れてくれたって構わないじゃないか」
「そう言われてもな。俺だってこれが仕事なんだぞ、坊主。お前さんたちを中にいれてやりたいのは山々だが、今はこんな状況だ。ちょっと難しいな」
「どうしても、ダメなのですか?」
身長差により、自動的に上目遣いとなる美汐の「お願い」にクラッとくる物があった衛兵だが、寸でのところで精神的再建を果たす。
……その門番としての仕事にかけるプライドは賞賛に値する所だろう。
「ダメなものはダメなんだよ、お嬢ちゃん。俺も、理不尽だとは思うんだけどね」
「……けど、一部の例外はあるんだろ? 例えば、傭兵とか」
「それはまぁ、こんな状況だからこそ傭兵ならほぼフリーで中に入れるが……。まさか、俺も傭兵だ、なんて言い出すんじゃないだろうな? 坊主」
「そのまさかなんだけどな……。これでも、実戦経験はそこそこあるんだぜ?」
そう言って不敵に笑う祐一だが、目の前に立ちはだかる衛兵には全く真剣に受け止められていない。
「あー、街には入りたいその熱意はいいんだがな、無理なものは無理なんだよ。というより、この王都でさえ戦場になる可能性があるんだ。坊主やお嬢ちゃんのような将来有望な子供が来るような所じゃない。もう、疎開だって始まっているんだ。悪い事は言わないから、疎開組の馬車にでも乗せてもらって北へ向かえ」
衛兵の意見は、良識ある意見といっていいだろう。実際問題、サーギオスの電撃作戦の結果として、迎撃戦力の過半が集結しないままに王都攻防戦を迎えようとしているのだ。
南方から応援に駆けつけるであろう聖槍騎士団と川名公爵軍が到着するのはまだ一週間近く掛かる。西方から急行中の里村侯爵軍や南伯爵軍も、それに準じる到着だろう。
戦力が戦力として機能するまでには、召集から集結までのタイムラグが存在する。そして、それは戦力が増大すれば増大するほど、長くなる物なのだ。
王国の反応は非常に素早かったが、サーギオスの方が一枚上手だったという事だ。
「おいおい、俺の事、信じてないだろ?」
「当たり前だ。お前さんのような尻の青い坊主が、自分は傭兵だ、なんて主張しても説得力が無いんだよ」
「じゃあ、どうしたら信用してくれるんだよ?」
「じゃあ、例えばの話だ。今から一対一で戦って、俺に勝てるか?」
「勝てるけど?」
即答する祐一の様子はそっけなくて、衛兵は少しだけ目を細めた。この少年の言う事が本当かもしれない、と。理性ではなく、本能の部分でそう思えたのだ。
まあ、本当にそんなことを試せる訳では無いから、真実は彼にとっては闇の中なのだが。
「……だとしても、俺はお前らを通せないな。これは、衛兵としてじゃなくて、一人の男としての忠告だよ。……この戦争、こっちに勝ち目は無い。もし坊主が傭兵だとしても、勝てない戦いに乗るんじゃない。死ぬぞ?」
「それはそうなんだけどね。こっちにも事情があって、あんまり北イェク連合帝国に近づきたくないんだよ。というか、正確に言うと、北イェクから追われてたりもする。この大陸で北イェクと対等に張り合える国なんて、もうここしかないからね。俺には選択肢はないんだ。まぁ、こいつには俺と違って、負け戦にわざわざ関わる必要は無いけど……」
「私は祐さんについて行きます。そう、決めましたから」
どうあっても譲れないという思いは、二人の言葉から滲み出ている。その並々ならぬ決意の固さに、門番は思わずため息をつくしかなかった。
「分かった分かった。そこまで言うのなら、通してやるよ。傭兵の募集は、城門前の広場で行なわれているから、そこに行ってみな」
「ありがとう。……って、これは?」
衛兵から渡された木製の札に、祐一は首を傾げる。
「坊主がフリーの傭兵だって事を証明する物さ。その様子だと、傭兵団には所属していないんだろう? フリーの傭兵なんて、受け入れ先の部隊は限られているからな。無駄な時間を使いたくなければ、そいつを義勇兵担当の兵士に見せればいい」
「……マジでありがとな」
「なに、坊主も頑張れよ。こんな可愛い嬢ちゃんが一緒にいるんだ、ちゃんと護ってやれよ?」
「わ、分かってるよ!」
真っ赤になって言い返すその様子は、まだまだあどけなさが残る物だ。隣で俯いている少女にしても、同じ事である。
そんな二人の背中を叩いて門を潜らせると、彼はまたため息をついた。
――全く。こんな子供が傭兵をやっているなんて、世も末だな。言っていた事から察するに、神皇王国の崩壊の犠牲者なんだろうが……。そういえば、姉貴は大丈夫なのかな? 雪風も陥とされたと聞くし、心配だ……。
槍の石突で敷き詰められた畳石を突く衛兵。
「戦争ってのは、嫌な物だな……」
言っても詮無き事は、春の風に紛れて誰の耳にも届くことは無い。
<山葉城城門前広場>
相変わらず街行く人々の好奇の視線を浴びながら、祐一と美汐は山葉城城門前へとやって来た。
広場には、様々な年恰好をした人間が集まっている。老若男女を問わず、彼らに共通する点は、皆が戦う意志に満ちているという事だ。
志願兵なのだろう。野外での正規軍同士の戦闘では出る幕など皆無だが、いざこの街に篭城するとなれば、これでも貴重な戦力になる。食料さえあれば、だが。
「……四年前を、思い出すな。あの時の冬都も、ちょうどこんな感じだった」
「あの、冬都攻防戦の事ですか?」
「そうだ。あの時は、冬都に迫った帝国軍相手にありったけの戦力をかき集めて決戦を挑んだ。……結果は、ほぼ全滅して冬都を陥とされたけどな」
「この街も、同じ道を辿るのでしょうか……?」
「さぁ、どうだろうな。状況は似たり寄ったりだけど……ここには俺達がいるからな。ま、本気で協力すれば何とかなるだろう」
その口ぶりは、場合によっては協力しない、とも受け取れる物だ。その祐一の言葉に対し、美汐は消極的な反対を表明する。
「ですが、この国の防衛戦に全てを賭けるしか、選択肢は無いのではないですか?」
暗に、この国を見捨てるべきでは無いと言っているのだ。無論、祐一はちゃんとそれに気付いている。
だが、返答は色よい物では無い。
「いや、最悪の場合は山向こうに逃げればいいさ。そのための手も、幾つかあるしな。ま、どうするにしても、まずは雇い主を見てからだろうさ。行くぞ、天野」
「はい……」
祐一の言葉に釈然としない物を感じつつも、その後に従う美汐。祐一の意見は、判断としては間違っていないのかもしれないが、個人的な感情としては納得できかねる物だった。
あまり祐一を困らせるような事はしたくない美汐ではあったが、もし彼が本当にこの国を見捨てるような事を決めそうならば、その時は面と向かって意見する事に決めた。
そう、決意を秘めた瞳を祐一の背中に投げかける。当の祐一は、衛兵に渡された札を机に座っている義勇兵担当の兵士に渡し、何事か交渉しているようだった。
「……まぁ、分かったよ。百歩譲って、君達が傭兵だというのは認める。それで、兵種は何なんだい?」
「こいつ――天野は符術師だ。使える符術は、広域防御から固定罠まで何でもいける。ただ、集団戦に向いているかどうかは微妙だな。俺は、符術師でもあるし、『竜騎兵』でもある」
「『竜騎兵』? そんな兵種、聞いた事も無いぞ。だいたい、竜なんてそう易々と使役できる種族じゃないだろう。こういう所で嘘をつくもんじゃないぞ?」
「俺が、嘘をついてるって言うのかよ」
「その通りだ。全く、こっちも忙しいんだから法螺話なんかで暇を取らせないでくれ。さぁ、行った行った。ここには君の居場所は無いよ」
最初から丸っきり子ども扱いする態度に、祐一はカチンとくる物があった。
「……おい、喧嘩でも売ってんのかよ?」
「こっちだって、根拠も無い法螺話を信じて動けるほど余裕は無いんだ」
まあ、この兵士の言う事は正論と言えば正論だ。実際、使えるか使えないかの判断に困るような義勇兵――彼等正規兵に言わせれば、頭に血が上っただけの素人集団――への対応に忙殺されているのだ。この上、どうみても子供の話、それも信じられないような類の話を信用して動けと言う方が無理難題である。
「ちょ……、祐さんっ!」
だが、祐一だってまだまだ未熟だ。そんな事まで気が回るとは限らない。当初の予定を忘却の彼方へと追いやって暴走をはじめる祐一。慌てて止めようとする美汐だが、ギロリと一瞥されては黙るしかない。
「天野は黙ってろ。俺にだって、少しは意地ってもんがあるんだよ。ここまで馬鹿にされて、黙ってられるか!」
「……戦場っていうのは、子供の出る幕はないんだ。ちょっと出来るからって調子に乗るんじゃない」
「ろくに実戦経験も無いような新兵にそんな事を言われたくないな」
「……!! この餓鬼っ、言わせておけば言いたい放題言いやがって……!」
こんな所でこんな事をやっているのは、新兵で役に立たないと判断されたからだろうという祐一の読みは、どうやら図星を突いていたようだ。
背後で美汐がおろおろする気配を感じ取ってはいるが、祐一はもう止まる気は無い。この男が気に入らないのは事実だし、ここでこの男を気絶させるぐらいは、大目に見てもらえるだろう事は予想済みだ。
――まさか、こんな形で傭兵としての実力を見せるとは思わなかったけどな。
周囲の人間が何事かと集まってくる。そんな中、先に挑発したのは祐一だった。
「ほら、来いよ? 俺があんたより強いって事を体で教えてやるぜ。それとも、あんたはこんな餓鬼相手にも尻込みするような腰抜けなのか?」
ため息をついて人壁の付近まで下がる辺り、美汐は既に事態の収拾を諦めたようだ。
後は野となれ山となれ。好き勝手してください、と言わんばかりである。
「調子に乗るんじゃねぇぞっ! この餓鬼っ!!」
怒声と共に、男の右ストレートが飛んでくる。その一撃を、軽やかにサイドステップして躱す祐一。ポケットに両手を突っ込んだままの姿勢からは、まだまだ余裕が感じられる。
「その程度のパンチじゃ虫一匹殺せないぜ?」
言って、くすくすと笑う祐一。完全に、この状況を楽しんでいる。
青筋を浮かべて右ハイキックを頭部目掛けて打つ男。だが、そんな隙だらけの攻撃が祐一に当たる筈も無い。首を竦めて蹴りを躱した祐一目掛けて、追撃とばかりに左右のジャブを繰り出すが、それも全て紙一重で避けられる。
ヒュン、ヒュンヒュン!
空を切る音が響くが、それだけだ。
――ああ……、祐一さん、スイッチが入っちゃってる。性格が完全に切り替わっちゃってるじゃないの……。この後どうするつもりなのよ……。
心のうちで涙を流しながらそれを見る美汐は、相手の男に向けてとりあえず冥福を祈っておく。殺されはしないだろうが、散々いたぶられた挙句、気絶させられるのは目に見えているからだ。
ちなみに、美汐も祐一のスパルタ式特訓の際に何度も同じ目にあっている。そのお陰で実力はついたが、この戦闘モードに入った祐一に対しては未だに苦手意識を持ち続けているのだ。
味方ならまだしも、敵には絶対に回したくない。一番いいのは関わり合いにならない事だが、パートナーである以上そうも言っていられないのが美汐の小さな不幸である。
「くっ……! このっ!」
「どうした? もうバテたか? だらしないねぇ〜」
「五月蝿いっ!」
ブン、と音を立てて拳が繰り出されるが、祐一はひらりひらりと蝶のように舞って全て紙一重で躱している。もちろん、それもわざとギリギリで避けているのだ。とてもイイ性格をしていると言える。
野次馬の方は、美汐一人を除いて呆気に取られるばかりだ。
「だから、そんなパンチじゃ亀にも当てられないって言ってるだろ?」
そんな言葉と同時に、男の体が宙を舞う。
伸びきった右腕を掴まれて投げられたのだ、と男が理解した時には背中が大地に叩きつけられている。
「がはっ!」
そんな男を冷ややかに見つめる祐一。
「やっぱ、弱いな。実戦だったら何十回か死んでるぜ、あんた」
「こんのくそ餓鬼っ!」
既に、理性はあらかた飛んでいるのだろう。荒い息を吐きながら立ち上がった男は、腰の剣に手を伸ばした。
「おいおいおいおい、そんな物出したら洒落にならないぞ?」
祐一の呆れたような声は気にも留めず、男は剣を抜いた。陽光に剣の銀が映える。良く手入れされている事をうかがわせる物だった。
「あ、そう。洒落で済ませる気は無いんだな?」
「…………」
祐一の問いは、斬撃で答えられた。
ダン、という踏み込みの音と共に、上段からの一閃が祐一を襲う。剣の重量まで利用した一閃のスピードはかなりのものだ。
野次馬達は目をつぶり、顔を背ける。一部では悲鳴のオプション付きで。
「う〜ん、若いな。そんな避けてくださいって言うような読みやすい斬撃、当たってくれる敵はそうそういないぞ?」
「……!!」
祐一の姿勢は、またポケットに手を突っ込んだ状態に戻っている。初撃を躱されたという事と、その不遜とも言える祐一の態度に、男の腕が再度閃く。下段からの逆袈裟の斬撃は、またしてもあっさりと躱される。
野次馬達からは、もはや声も出ない。ここにいる子供の実力が、外見とは裏腹に酷く剣呑な物である事が――何となくではあるが――分かってきたからだ。
「もう、終りか? こんどはこっちから仕掛けてもいいのか?」
だが、実は祐一もそんなに接近戦は得意では無い。躱す事に関しては一流の腕があると思っているが、剣はあまり扱えないのだ。
そんな祐一の接近戦での武器は――己の拳である。だが、実戦においてはそれに符術が付加され、迂闊に近づけない代物だ。まぁ、ある程度以上の使い手が相手だと苦戦必至なのだが。
「く、そがぁっ!」
頭に血が上っている人間の攻撃は読みやすい。そのせいで、男と祐一には実力以上の差が存在するようにすら見える。
「やっぱ、所詮は三下新兵か。危ないからそろそろ眠ってもらうぜ」
再び上段から迫る刃をまるで無視して、祐一は男の懐へと飛び込んだ。祐一の頭蓋を粉砕するはずだった剣は空を切る。その剣が未だ止まらぬうちに、祐一の拳が男の顎を捉えた。
そこは、人体の急所の一つである。拳が衝突した事による衝撃は効率的に脳に伝えられ、その結果、脳震盪を起してぶっ倒れる。どんなに体を鍛えていようと、この攻撃の前では無駄だ。
ついでとばかりに鳩尾にも肘を叩き込んでおいて、男を完全に沈黙させる祐一。恐ろしい事に、双方の打撃は共に手加減されている。本気で撃てば、顎は砕けているだろうし、あばらの一本や二本は折れていても不思議ではなのだ。
男の手から離れた剣が、石畳に転がって甲高い音を立てる。
ふぅ、とかいてもいない汗を拭った祐一は、野次馬の中から一人の男が出てくるのを見た。
「おい、坊主。お前、兵士相手に喧嘩売ってただで済むと思ってるのか?」
「あん? 俺は坊主じゃねぇ、こう見えても傭兵だ。今のを見てなかったのか?」
野次馬の中から出てきた青年と祐一の視線が交錯する。
「見てたさ。そりゃあもうばっちりとな。世の中は広いもんだと思いながら見てたぞ」
「……どういう意味だよ」
「いや、俺も餓鬼の頃から結構言わせていたもんだけど、お前ほど強くはなかったからな。名前、何て言うんだ?」
「宮沢祐だ。んで、そこで他人のフリをしている巫女姿の女の子が天野美汐。俺の相棒だ」
「え、あ、ちょ……、ゆ、祐さんっ!」
突然傍観者という立場から舞台の上へ引っ張りあげられた美汐は、目を白黒させてパニクっている。
「ふーん。なるほど。じゃあ、今からお前らを俺の手下一号と二号に任命してやる。ありがたく思え」
「オイこら。いきなり何をほざきやがる」
「ふむ。いやなに、俺も今は追っ手に追われる身でな。試作型決戦兵器一号機ななぴーと実験型決戦兵器零号機だよもん星人が現在接近中なのだ」
「いや、言ってる事の意味が分からんって」
「そういう訳で、たった今から俺の護衛を請け負え。心配いらん、報酬は弾むぞ」
「……いくらだよ」
「全額後金だが、五千フェリシュ。悪くないだろ?」
五千フェリシュというのは、相当な大金だ。うまくやりくりすれば、三月は生活できるだろう額である。
「まぁ、悪くは無いが……」
「祐さん、断りましょ――」
その提案に何かきな臭い物を感じた美汐は、間髪いれずに断る事を提案しようとする。
だが、既にそれは遅すぎたのだった……。
「こうへいーーーーーーー!!」
「くぉら、浩平ーーーーー! 隠れてないで出てこぉぉーーーーいっ!!」
「まずいっ! 追いつかれたか。逃げるぞ、祐、美汐!」
「……何でこんな事に巻き込まれてるんだよ、俺は」
「ま、待って下さいっ!」
かくして、出会ったばかりの三人の逃避行は幕を開けたのであった。
続く
作者の言い訳&解説@後書き風味です〜
てなわけで、お初の方は初めまして、ジャンク屋の管理人をしているヘタレSS作家のsarngaです。お初じゃない方はこんにちは。また新連載立ち上げちゃいました(ぉぃ)
今回は、「Hello Again...」にて連載させて頂いている「神皇王国再興記」の外伝を書いている訳ですが、「再興記」を知らなくても十分楽しめるように留意して書きたいと思います。
あと、ちょっぴりコメディ増量の方向で。キャラの描写にいまいち不安を残しているような未熟者ですが、生温かい目で見守っていただければ幸いです。
一応説明しておきますと、祐一君は14歳、美汐ちゃんは13歳です。が、この世界では15を越えれば十分一人前という価値観がまかり通っておりますので、完全に子供という訳でもないですかね。まぁ、まだまだ子ども扱いされる年ではありますが。
でも、働き手としては十分一人前として扱われるんですけどね(汗)
戦う事に関しては、流石に子ども扱いされる事が多いですが。
そんなこんなでぼちぼち頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします(ペコリ)
では〜。