< 縁 >
(Kanon) |
最終話『幸せを感じる時』
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written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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相沢祐一が高校2年の冬の2ヶ月、数々の奇跡が生まれた。
それは少女の想いを受け止めた祐一の存在なくしては発生しないであろう、しかし、本人は何かをしていたわけではない。
多くの美少女を救った(?)彼に、想いをよせる美少女は数知れない。
交通事故で母を失いそうになり、絶望の淵から勇気を与えられた少女、水瀬名雪。
死の淵と隣り合わせの闘病生活を送っていた少女、美坂栞。
妹想いのあまり、自分の気持ちを抑え込んでいた少女、美坂香里。
ぬくもりを忘れられず、妖狐から人間となり再会した少女、沢渡真琴。
ただ会いたいがばかりに発した嘘から生じた現実に苦しみ戦う剣士、川澄舞。
人と交わることを恐れ、自分の恋心さえ素直に言えなくなってしまった少女、天野美汐。
弟を失い、大切にしてあげられなかった想いのばかりに素直な自分になれない少女、倉田佐祐理。
生霊となり主人公との淡い思い出を抱き再会を願う少女、月宮あゆ。
ひょうきんながらも好きな人の側にいることに幸せを感じる少年、北川潤。
高校卒業後、10年経ったある日。
物語はひとつの区切りを迎える。
「相変わらず広いな、倉田家は」
倉田家の玄関に立った祐一はぼそっと口にした。
「そうだね〜。あらあら、まあ」
そばにはしゃぐ二人の子どもをあやしながら、名雪が応える。
「久しぶりだな。今日のパーティーには皆も姿を見せているそうだし、楽しみだな」
「あはは〜、こんばんわ、祐一さん!」
「久しぶり、祐一・名雪」
「招待してくれてありがとう、お二人さん」
「お久しぶりです、先輩達」
玄関先に出迎えてくれた佐祐理と舞に笑顔で応える祐一と名雪。
「早く上がってください、皆さんお待ちかねですよ」
佐祐理は大人びたやさしい笑顔で二人を導く。
(佐祐理といい、舞といい、相変わらず見事なプロポーションだな)
二人の後姿を見てついていく祐一はそう思った。
それが名雪にばれて、尻を思いっきりつねられたのはいうまでもないことだが。
「祐一さん、名雪、元気でしたか?」
「秋子さん、相変わらず若いですね。とても、子だくさんには見えないですよ」(笑)
「お母さん、会いたかったよ〜。それで、倉田家の方はどう?」
「毎日が賑やかで楽しいですよ」
倉田家は 当主の倉田誠一郎と秋子さんの夫婦、長女佐祐理と次男優也、養女の舞とあゆ、それにあゆの婿の直樹の7人が住んでいる。
倉田家は長男の一弥を病気で失い、元妻は次男の出産後亡くなっていた。
舞は実母を失い、ある出来事を境に倉田家の養女となっていた。
その後、水瀬秋子が倉田家に嫁ぎ、既に水瀬家の養子となったあゆは連れ子として倉田家に入りその後結婚し婿をとった。
「なにより、あゆの成長ぶりにはびっくりだな。ずいぶん大人の魅力をまとったものだ。とくに……」
「ゆ・う・い・ち! ちなみにどこに視線を向けてるの? それに、あゆちゃんをからかったりしないの」
祐一の尻をつねりながら名雪が言う。
「いてて〜。名雪、勘弁してくれ。……ともかくだ、相変わらず”ボク”というところは子どものままだがな。今はリボンか。カチューシャをしていた頃が少し懐かしいな」
「祐一君……恥ずかしいよ。でも、ボク、ちょっと嬉しいかな」
照れた拍子に揺れたロングの髪型にはちょっと大きめの薄い緑のリボンが目に付く。
(頭の傷に響くからあれは付けられないんだよ。だけど、祐一君にもらったカチューシャは宝箱に入れてるよ。なんだかんだいって、祐一君もカチューシャを気に入ってたんだね、ふふふ)
初恋を偲んでか、懐かしさを覚えるあゆだった。
「今でも髪を伸ばしてるのね。なんか、ぐっと大人っぽくなったね」
「そう?主人が長い髪とリボンが好みなんだって。だからのばしているの」
「祐一さん、誠の付けている鈴って、ひょっとして?」
誠の様子をみた秋子さんが不意に尋ねた。
「ああ、昔、真琴の付けていたものだよ。なぜかこの子のお気に入りなんだ」
それに、この子が生まれる少し前に、夢見にヒロを頭にのせた真琴の姿を見たような気がしてね。それで名前も真琴とピロにちなんだ名前にしたんだが、そういえば、性格といい好みといいあの子とあのネコに妙に似ているような気がするな。気のせいかもしれないが。
「へ〜、誠と浩の命名にはそういうことがあったんだ、初耳だよ。案外、真琴たちの生まれ変わりだったりしてね」
名雪が驚きながらもにっこりとした口調で言った。
「え?俺、誠と浩の命名のこと、なんか名雪に教えたか?」
「今、口に出してたよ」
「は〜……俺って名雪に隠し事はできない宿命かもな〜」
「そうだよ。祐一って本当に分かりやすいんだよ」
なぜか名雪は上機嫌だった。
「ふふふ、そういうラブラブ呆けはお家に帰ってからにしてくださいね」
「真琴といえば、天野はどうしているかな?」
「さっきからここに居ますよ。お久しぶりです、相沢先輩」
「おー、天野、いつのまに背後に来たんだ?それにしても、相変わらずおばさん……」
「相変わらずレディに失礼なことをおっしゃいますね、相沢先輩。それに、今でもおばさんくさいと感じますか?」
天野はクスっと笑い、祐一の前にくるっと1回転して全身を見せつける。
確かに昔の天野は高校生という年齢からすれば老けて見える言動があったが、今はその逆で若々しいながらも大人の魅力十分といった印象である。
「ふけて見える人はその歳を超えると若返るというが、それは天野のような人をいうのかな。綺麗になったな。もうおばさんくさいとはいえないな」
「ふふ、昔ね、相沢さんに"綺麗"と言わせてみたかったんですよ」
「それは少し無理がないか?」
「そんなことないです。は〜、相沢先輩に乙女心を理解してもらうのは無理がありますね。仕方ないです。……ところで、実はこのデザート食べて頂こうとお持ちしたんですよ」
「和菓子か。どれどれ……うーん、いい甘さ加減だな。それなりに甘いがくどくなくてのどごしもいい。グッド・ジョブだ!」
「嬉しいです。これ、実は私と主人の合作なんですよ。相沢先輩のような甘いモノが苦手の方でも召し上がれるようにと考えたものです。主人が作っている姿を見ると私も作りたくなりまして」
「天野は繊細だから、こういう和菓子作りは向くかもな」
「せっかくなら、"物腰が上品だから"とは言って頂くとうれしいのですけどね」
(こうは言いましたが、相沢先輩も案外繊細なんですよね。繊細なところが似たもの同士だから結ばれなかったんだと、今になって思いますね。ふふ、本人は全く気が付かなかったんですから、"鈍感"とも言って差し上げたいのですけど)
「これで、祐一君が佐祐理と結婚していたら言うこと無かったんだが」
「お父様、そんな恥ずかしいこと言わないでください。私、照れてしまいます」
「あなた、それはいいっこなしですよ。あゆや天野さんも祐一さんのこと狙っていたんですもの」
「お母さん……」(ポッ)
「秋子さん……」(ポッ)
「そうね、佐祐理と舞にも早くいい人をみつけないといけませんね」
「佐祐理さん、さっき踊っていた男性のこと、まんざらでもないんじゃない?いい雰囲気だったよ?」
名雪はいたずらっぽい目をしながら言った。
「はぇー、見てたんですか……そうですか……とても恥ずかしいです」
「その男性は大分佐祐理のことをお気に入りだったようだぞ。ちなみに、先ほど私に見合いの話をしたいとお願いしてきたが、どうする?佐祐理?」
「えぇー……私、今回はお受けしてもいいかも。でも、舞はどうするの?あれ、いないですね!どこに?」
(大丈夫よ。ほら、あちらの方をごらんなさい)
秋子さんがシーッというポーズで佐祐理の耳に囁いた。
(あれは、久瀬さん……そうか、舞ったら〜)
(舞の話によれば、高校の時のことも誤解がとけて和解したらしいです。倉田家に世話になる前にずいぶんと親身になってくれたらしくて、それから仲がよくなったそうですよ。恥ずかしいから佐祐理には内緒って言っていたんですけどね、バレバレですね。でも、久瀬さんてああ見えてなかなか好きと言えないらしくて……昔の祐一さんみたいですね)
(お母さん、それでは舞のことは?)
(もちろん、二人のこと『了承』してますよ。でも、この際ですし……準備はいい、佐祐理?)
(ええ、この際ですし……)
秋子と佐祐理は互いにうなずくと……
「舞〜、誰と話しているのですか〜?」
佐祐理はいたずらっぽく叫ぶように言った。
「「……」」
ちょっと人目につかない場所でラブラブしていた舞・久瀬は放心したように視線を返す。
「「お二人さん、お似合いですよ〜」」
秋子と佐祐理は口をそろえて言った。
「何〜?」
倉田誠一郎はびっくりして秋子の方を振り向いた。
「あなた♪ 私、舞と佐祐理のドレス、用意しておくわね」
「あ、お母さん、ボクも手伝うよ。ボクの時も作ってくれたんだよね」
「それにしても、才色兼備の佐祐理さんと舞がこんなに行き遅れるとは思いもしなかったな。それに、舞と久瀬があんなにラブラブとは世の中わからんものだ」
相変わらず、口にチャックをし忘れる祐一。
「あはは〜ゆ・う・い・ち……それが義弟が義姉に向かっていう言葉ですか?」
「祐一、言って良いことと悪いことがある」
「「そんなできの悪い義弟は……」」
笑っているが、佐祐理の目が普通でないのは祐一にはすぐにわかった。
舞もいつのまにか、佐祐理の傍らに来ている。
そう言う二人の手にはオレンジ色の物体のはいった小瓶がちらついていた。
祐一はじりじりと後退する。しかし、すぐに壁に背をつけてしまった。
「…………」
「「しばらくお部屋でお休みしていてください」」
「☆??!**+&’」
しばらくして倉田家の主治医達に祐一は別室に運ばれた。
----------しばらくして、
「あ・い……わ……ん」
「ゆ……い・ち・さ・ん」
…………・
「相沢君……相沢君、いいかげん起きなさい!」
祐一はお腹に奇妙な痛みを感じて目を覚ました。
そこは倉田家の客間のソファーの上だった。
「ここは?あれ、香里に栞に北川、それにえーと……」
「斉藤達也だ。栞の旦那だよ。忘れたか?」
「ああ、そうだったな。久しぶりだな、みんな」
えーと、確か、みんな北川医院のメンバーだったな。
それに倉田家の主治医でもあったっけ。
たしか、北川*香里夫妻、栞*斉藤夫妻なんだよな。
「一応、覚えているようね?」
「祐一さん、気を付けないと。佐祐理さんと舞さんは秋子さんから例のジャムの製法を伝授されているんですから」
「まあ、確かにあのジャムは強烈だな。倉田家の主治医になりたての頃、私もごちそうされたが……思い出したくもない」
達也は寒さを感じたように胸を抱えて言った。
「それにしても、お前らが揃いも揃って医療関係者になるなんて、未だに驚愕しているがな。おまけに北川が外科医なんて想像もつかん」
「仕方ないだろ?成り行きだ」
北川は渡米後、ドクター・カズヤとその妹と出会い、その元で修行し今やドクター・ジュンとして名高い外科医となった。某大統領の手術の時には、軍のアパッチが北川医院の屋上にやってきたそうだから、あながち嘘とも思えない。北川が器用なのは、美少女フィギュアを自ら作る彼の趣味から転じたものらしいが、結婚後にそれがばれて人形はくずと化し、帆船模型とかに趣味を切り替えたらしい。まあ、当然だな。
栞の旦那の斉藤は整形外科医であるが、栞とあゆの手術痕を整形し二人の心を救ったと聞いている。無縫の極意を極めた手術の天才である北川と天才的な修復技術を持つ斉藤、はっきりいって無敵の外科医コンビである。
香里は内科医、栞は薬剤師として活躍し、秋子さんのジャムの謎を解き、その効用を広く医療に役立てて、その功績から揃ってノーベル賞を受賞している。それに、胸ペタだった栞のスタイルの変わりようにも驚いたものだ。
北川医院はウァルハラ--神のおわす場所--という別名をもつ天才集団といってもいい。
その4人を主治医に持つ倉田家もたいしたものだが。
「解説ありがとう、相沢君。それに、妹のことも褒めてくれてうれしいわ」
「なぜ、それに気が付く?……まあ、いいか」
「ふふふ、嬉しいことを言ってくる相沢さん、大好きですよ。では、祐一さんもそろそろパーティーの方に戻りませんか?」
「ああ、でも、香里も栞もずいぶん若く見えるな?それに栞のそのスタイルは姉貴そっくりだぞ?」
「ふふふ、もう胸ペタなんて言わせませんよ?」
そう言うと栞は、胸の前で手を組んで、祐一の前に見せつけるような姿勢をとった。
昔あっただっちゅーのポーズというやつである。
「相沢君。実はだな、栞の変化は例のジャムの効用を応用したものだ」
斉藤が声高く、自慢げに言った。
「あのジャムにはホルモン・バランスを直す効用があって、栞のように病気などが理由で成長しきれなかった体を本来のバランスに戻す働きがあったんだ。もともと栞はお姉さんと同等のスタイルになれるだけの資質があったというわけさ。それに、私の妻には永遠に美しくあってほしいからね、私も努力したのさ。美人だろ、栞は?」
「ああ、斉藤の努力には全くといって頭が下がるよ。それに栞は薬の影響で乳腺の付近にちょいと問題があったんでそれも除去したわけさ。ま、ジャムの若返り作用については俺も恩恵にあずかっているわけだが。相変わらず"美人"だろ、香里も?」
「ばっちりグーだ」
祐一は親指を立ててそう言った。
北川と斉藤はそれに併せて親指をたてて応える。
(栞、俺は悪い元彼だったな。ともかく今が幸せそうでなによりだ。ま、彼女の初体験をもらったのが俺だと知ったら、斉藤と香里に殺されそうだがな)
俺は栞の方を見つめてそう心に思った。
栞は安堵とも困惑ともいう表情で見つめ返していた。
(祐一さん、あなたとつき合えて良かったです。今の私、幸せですよ)
……たぶん、そう言いたかったのかな? (by 作者)
「男の話はいつもそんな下世話な話ばかりなんだから。それしか話題が無いのかしら」
香里は呆れ気味にいい放った。でも、表情は笑っている。
「結婚しているのにHな話ばかりする人、嫌いです!」
栞もまんざらではないようだ。目が笑っている。
結局、旦那に美人と言われていやな気のする妻はいないんだろう。
(そんなHなことを人前で言う人、嫌いです!罰として、今晩は寝かせませんから、覚悟してください)
(ね〜あなた♪酒はほどほどにしてね。こんな美人の妻を放っておいて、先に寝ちゃ駄目よ?)
栞は斉藤に、香里は北川に、耳元でそれぞれ囁いた。
それを聞いた北川と斉藤が相沢を交えてなにやらこそこそ話を始める。
(なあ、斉藤?)
(なんだ、北川?)
(例のジャムって、男性用に改良できないか?)
(お前もそう思うか、北川!私も同感だ。今度秋子さんに相談してみるよ)
(斉藤、それができたら、俺にもくれないか?名雪もパワーアップしすぎて困ってるんだ)
中年になりかかっている3人の悲哀を感じる様だった。
ジャムのせいで、妻を満足させるのに一苦労している旦那衆は互いになにやら励ましあった。
「ほら、そこの男3人!ぼさっとしない!きりきりと行くわよ」
香里がいらだちながら、口にした。
「行きますよ!あなた、潤さん、祐一さん!」
栞も姉と同じ口調で言う。
3人は(なんだかな〜)と立ち上がり扉をくぐる。
5人の戻る先には、笑顔に満ちあふれた人達がいた。
FIN.