< 縁 >
(Kanon) |
第5話「初恋」
〜月宮 あゆ〜編 |
written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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「ボクの3つ目の願いは……
『大好きな相沢祐一君が笑顔を取り戻して幸せになることです』」
夕焼けの商店街で祐一に別れを告げたあゆは、森の切り株に座り、人形に最後の願いを告げた。
大きな光の輪があゆ自身を包み、その光は病院のベッドへとあゆを導く。
光は寝ているあゆの体に吸い込まれた。
そして、意識不明の少女は目を覚ました。
「あれ?ボク、どうしてここにいるの?それに、ここはどこ?」
そばにいたらしい看護婦は驚きの叫びをあげ、走り去っていった。
看護婦の目の前で起きたことは、看護婦にしてみればあたかも幽霊をみたかのようなものなのだから。
少女は意識を取り戻した。
何故か?
それは、少女の存在が祐一の心から7年前の悲劇を取り除き、祐一の心の傷を癒すには欠かせぬ存在だからだった。
曖昧な言葉で少女が願った結果、それは彼女自身をも救ってしまう結果になったというわけだ。神という存在やらはなんと親切丁寧に願いをかなえてあげたのだろうか。
そのため、相沢祐一の周りでは、様々な奇跡や幸運が振ってわいたかのごとく起きた。彼が宝くじの当選を願えば、1等の3億円が当たっても不思議でない。
だが、少女は?マークを頭に浮かべるしか出来なかったのはいうまでもない。
ちょっと、頑張ったにしては報われない神が可愛そうだと同情するな。
だが、相沢祐一が笑顔を取り戻した時、初恋の相手である少女が今の相沢祐一にとって彼女という存在になり得るか?
世の中、そんなに甘くはないのである。
言うまでもなく、相沢をとりまく相沢ガールズは強敵揃いなのだ。
ゆえに、あゆが立ち向かえるわけもないのである。
彼女は自分の幸せを探さねばならないのだ。
「うぐぅー……うぐぅー……どうしよう」
駅前のベンチ……少女あゆは帽子を直しながら、1人つぶやいていた。
「やっぱりサイズが合ってない〜……うぐぅー」
名雪から帽子をもらったのだが、あゆの頭にはサイズがぶかぶかだった。
「ごめんね……あゆちゃん。おわびに私の帽子あげるからね」
……あゆは今日に備えて名雪に美容室を案内してもらったんだけど。
……名雪さんの髪ってボリュームあるんだね。
「うぅー、やっぱり恥ずかしいよ〜変だよ〜。でも〜、祐一君には会いたいし……」
あ、あれ?帽子が……
「よ、変質者!」
え?
「ゆ、祐一く・ん!!! あの、これは……あはは」
「あゆ、てっきり新手のイメチェンかと思ったぞ?ところでお願いがあるんだが……」
(もしかして……)
「祐一君、今変なこと考えてない?」
「そうか? なあ、あゆ、その帽子とってみてくれないか?」
「いや!祐一君、絶対に笑うもん」
「絶対に笑わないから……」
祐一君は言い出すと聞かないからな……仕方ないね。
「本当に笑わない?」
「約束する」
約束はあっさり破られた。
なにも、駅前のみんなの通る前であんなに大きな声で笑うことないじゃない。
もう、知らない。
「わりいわりい。だけど、カチューシャもリボンも付けないあゆはこれはこれで新鮮だな。悪くないぞ」
私をさんざんいじめておいて、それでいて褒めないでよ……もう。
これじゃ、怒れないじゃない。
「帽子……返して!」
「駄目!せっかくだから今日はこのまま過ごそうぜ。大丈夫だよ、似合っているよ。周りの人の視線を見てみな」
え、周り?
あれ、あれ、ボクたち、注目されてるよ。
(ええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!)(ポッポッポッポッ)
おまけに、
(こんな時に、ほっぺにキスしないでよ〜〜〜〜〜〜〜)
「さ、いこうか」
(何もなかったように歩きださないでよ〜〜〜〜〜〜〜)
「うぐぅ〜、ところでどこにいくの?」
「水瀬家だ。秋子さんがタイヤキを作って待っているぞ」
「え?本当?秋子さん、タイヤキ作れるの?」
タイヤキと聞くとつい気分が華やいでしまう私……変わってないな〜
私が意識を取り戻してから、祐一君はとても優しくしてくれた。
カチューシャは頭に負担がかかるからはずしてリボンに戻したんだけど、彼は髪型を懐かしそうに見ながら笑ってくれる。
「今度、名雪に頼んで美容室に連れて行ってもらえ」
彼はいたずら半分にそう言う。
「そのままじゃ、平安時代のお姫様だからな」
7年間のベッド生活で弱っていたボクだったけど、痛いリハビリに耐えてる時にはいつも祐一君がそばに寄り添ってくれた。
「あ〜、祐一君、胸に触った〜!エッチ!」
「いや、これはその、手が滑ったというか……」
本当にすべったんだろうか?
でも怒りようにも、嬉しいという気持ちもちょっとあるから顔が怒っていないみたい。
「仕方ないな〜、タイヤキ5つで勘弁してあげる。それより、着替えたいからちょっと外に出てくれないかな?」
「見られて減るもんでもなかろうに?」
「祐一君!!!!ボクの胸を見て言わないでくれないかな?」
使い走りさせて買ってこさせたタイヤキはやはり美味しかった。
それに一緒に食べてくれる祐一君の笑顔がボクの励みだったと思う。
奇跡的な私の生還で初恋は実る、ボクはちょっとだけ期待していたんだ。
そんな時、秋子さんが交通事故に遭って死線をさまよっていた事実も知った。
ボクが7年間眠っていたことそれも残念におもっていたけど、大事な人も苦しんでいたことがなお一層辛く感じた。
正直ボクは泣きそうな気持ちだった。
そんな秋子さんが運良く助かった時はボクは泣いて喜んだっけ。
でも、でも……
その後で祐一君と会った時、ちょっと違和感を覚えた。
それは間違いではなかった。
【ボクは祐一君にとって最も大切な存在ではなくなりつつあったから。】
ボクにも原因はよく分からないけど、最近、祐一さんの様子が変わった。
そんな時期に名雪さんがボクに向かって話をした。
「ね〜、名雪さん? 祐一君、元気ないけどどうかしたのかな?」
「うん……」
少し間をおいて名雪さんが口を開いたんだ。
「実はあゆちゃんにお話したいことがあるの。いや、話しておかないといけないことがあるの!」
「え、何、名雪さん?」
「実は、私ね……祐一の子どもが出来たの。この事は祐一にも話したの」
「……」
ボクは絶句した。目の前が真っ暗になった。
「あゆちゃんの祐一への気持ち、分かってる。私もあゆちゃんを出し抜いてつき合うつもりはなかったんだけど……、祐一も実はそれで悩んでるの」
「そうなんだ。いつの間に……」
その時に名雪さんは事実を話してくれた。
秋子さんが入院中に名雪さんが落ち込んだこと……
名雪さんを励ました祐一君との間でお互いの気持ちを確認しあったこと……
その日、成り行きで二人が抱き合ったときにお腹の赤ちゃんが宿ったらしいこと。……
「ただ一度の関係だったんだよ。それも……」
たぶん、祐一君に会っているここ数ヶ月の間の出来事だったみたい。
「ボクが祐一君に再会した頃は、祐一君はボクと栞さん、それに多分名雪さんもかな、誰とつき合うかまよっていたんだよね?」
「うん。だから……」
「栞ちゃんとのことにも驚いたけど、名雪さんもだなんて。ボクもどうしていいかわからないよ」
「私もあゆちゃんのこと好きだし、祐一を困らせないようにはしていたんだけど……」
ボクの知る名雪さんは言葉どおりフェアだったと思う。
ボクが祐一君といる時に決して邪魔をしたりはしないし、だからボクも名雪さんが祐一君といる時に邪魔しないようにしていた。栞さんについても同じだった。
ボク達3人の女の子は祐一君にそれぞれの想いを伝え、祐一君もちょっと困った様子だったけど皆に同じだけの気持ちを与えてくれた……でも優順不断だったのは相変わらずだったかな(泣)
祐一君は最初は栞ちゃんを選んでいた。突然、別れたみたいだけど、その後名雪さんとの間にこういうことがあったなんて。
ボクは名雪さんも好き、だから、自分の想いを抑えてこう言うことにした。
「祐一さんと名雪さん、そして名雪さんの子どもにとって一番幸せになれる方法をとって。それが今のボクの気持ちだから」
初恋って実らないものなのかな〜、ボクはそう思った。
でも、せめて祐一君の口から別れを聞きたい。
わがままかもしれないけど。
「でも……名雪さん、最後に一度だけ、祐一さんを独り占めしていいかな〜?」
退院後2回目デート、その帰り道でのこと。
「あゆ、俺、お前のこと好きだった。昔のあゆも今のあゆも。でも……俺は名雪と結婚しようと思う。……許してほしい」
「うん。名雪さんからも聞いてる。ボクは辛いけど、それでも祐一君には幸せになって欲しい。でもね、ボクを捨てるんだから……名雪さんまで泣かしたら承知しないよ!」
やっぱり頬に涙が流れていた。
「あゆ……」
でもちょっと気持ちを引き締めて言った。
「最後にお願いしていいかな?」
「なんだ?」
「ボクのこと……ボクのこと、忘れてください。一度言ったこと有ったけど、もう一回言わせて……
『ボクのこと、忘れてください!』」
「それは……出来ない。だって……それじゃお前はどうなる?俺とのことを忘れるのか?それでお前は笑っていられるのか?俺だって、あゆが笑っているのは好きだったんだ。そんな辛い事俺はできないし、あゆにさせたくもない!」
「嫌いだよ、祐一君!これでもずいぶん悩んだんだからね。そんな優しい言葉をかけないでよ。また好きになっちゃうじゃない!……じゃ、じゃ、じゃ……『ボクの初恋を終わらせてください』。もう一度だけ、大好きな祐一君と思い出を作りたい。そうしたら……そうしたら……祐一君のこと……諦める……から。中途半端に終わらせないで」
しばらく祐一君はその場に立ちすくんだ。
「ああ」
泣きじゃくるボクは、祐一君の胸に抱きしめらたんだ。
ボクの涙は祐一君の唇にぬぐわれた。
「今までありがとう、あゆ。一緒にいて楽しかった。俺のわがままでこんなことになって済まない。だけど、あゆも必ず幸せになれよ」
そういうと、彼は踵を返して私を離して立ち去ろうとした。
「待って!」
「うん?」
それでもボクは自分の気持ちを抑えることはできなかった。
振られたけど……振られたけど……祐一君、やっぱ君が好きなんだよ、私。
「今晩だけは、朝まで側で一緒にいてくれないかな?1晩だけ、祐一君のお嫁さんになりたいんだよ。子どもの頃から、祐一君のお嫁さんになることが夢だったから」
恥ずかしかったけど、それが最後の告白となった。
幼い頃に、祐一君に言おうとして事故のせいで言えなかった言葉、それがボクの気持ち。
「大きくなったら、ボクは祐一君のお嫁さんになってあげる。そしたら、ボクと祐一君はずっと一緒に居られるね」
(祐一君、ありがとう)
……素敵な初恋をありがとう。
……寂しさから救ってくれてありがとう。
いよいよ、今日は祐一君と名雪さんの結婚式。
誓いの言葉を交わす二人をみるとやっぱり羨ましい。
7年越しに再会した彼は、同じく7年以上の月日を経た彼女との想いを形にした。
(ああ、とうとう祐一君は……)
私の初恋はついに終焉を迎えた。
「この二人の結婚に異議のある者は速やかに申し出なさい」
神父の言う言葉に、手を挙げたかったが、挙げなかった……それは祐一君との約束だもの……一晩だけでも花嫁にしてくれた祐一君と交わした「約束」。
祐一君はボクの笑顔を守ることを大事にしてくれた。
だけど、バージンロードを引き返し教会の扉を抜ける二人の背中に私は嫉妬してる。
ふん、これからはしばらく笑ってあげないから。
悔しいもん。
『綺麗な花嫁になって、私を振ったこと必ず後悔させてあげるんだもん〜〜〜〜〜〜』
祐一と名雪が結婚する数日前。
「あゆちゃん、私の娘にならない?」
秋子さんの話は唐突だった。
「名雪がいなくなって寂しいということもあるんだけど、あゆちゃんとは出会ってから私はあなたが本当の娘のように思えて仕方がないの。私は本当のお母さんにはなれないけど、家族にはなれると思うの」
家族……その響きは少しうれしかった。
「……でも……」
「祐一さんと名雪からも相談されてたのよ。あゆがひとりぼっちにならないように、貴方の幸せのために力を貸してあげられないかってね。あゆちゃん、どうかしら?」
「本当に……お母さんってよんでいいの?……ボク……嬉しい」
秋子さん、大好きだもん。
「あゆちゃん、いえ、これからはあゆと呼ぶわね」
それから……
名雪:「うわー〜、あゆちゃん、綺麗だよ〜」
香里:「そうね、可愛いというよりは淑女だよね」
秋子:「うふ♪お似合いよ、あゆ。名雪のドレスは祐一さんが選んだでしょ。だから、あゆのドレスは私が作ってあげたわ。祐一にもみせつけてあげたいわね」
あゆ:「…………お母さん」
秋子:「ふふふ、私はあゆの味方ですよ。もちろん最後の"デート"のことも知ってますよ。もちろん、名雪には内緒にしてますけどね」
あゆ:「…………(全てお見通しですか〜)、では、お母さん、祐一さんを呼んできてくださいますか?」
クラシックで飾りの少ないドレスであったが、素材の良さは一級品で品性漂う作りは世界のどのファッションショーにでても恥ずかしくない出来である。
胸元はシンプルながらも豊かな胸の魅力を存分に引き立てるカットが施され、細い腰をより一層引き立てる。膝ほどの裾はほんのり可愛らしさをアピールし、それが肩までのまとめ上げた長い髪からのウェールにほどよくマッチしている。
ドレスに織り込んだ銀糸が時折光を跳ね返し、ドレス全体に神々しさともいうべき暖かさを呼び込む。ウェールと肩越しにメッシュされたデザインにはほんのりふく隙間風のような雰囲気を醸し出す。
可愛らしくも、成長した女性の豊かなシルエットが浮かんでいた。
何より、彼女の微笑みはそのドレスに勝るとも劣らない大人びたものであった。
ちなみに、祐一は、その姿に見とれてしまい、ちょっぴり後悔したそうな。
そして、それが名雪にばれて拗ねられてしまい、1月ほど夜の生活が無かったそうな。
FIN.