< 縁 >
(Kanon) |
第4話 「隙間」
〜水瀬名雪編 〜 |
written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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〜プロローグ〜
相沢祐一が街にくる7年前の冬、彼が最後にこの街を去る前日のこと。
冬だけの季節限定の幼なじみでもある少年と少女の間の、可愛らしい告白シーン。
だが、実らぬ、少女の想いは彼女の心の中で燃え尽きぬものとなっていた。
7年後、彼は水瀬家の同居人となり、同じ学校に通うクラスメートとなっていた。
燃え尽きぬ少女の頃の想いとはうらはらに、多くの美少女と関わりをもつ彼を横で見つめる美少女、水瀬名雪の物語。
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ある日の水瀬家の一室。
「ケロピー、私は今はとても嬉しいんだよ〜」
カエルの姿をした人形に微笑みかける少女が1人。
「でもね〜、とても悲しくもあるんだよ〜」
「祐一ね〜、栞ちゃんとつき合うことにしたんだって」
「香里は親友だし、その香里の愛する妹だから祝福したいけど、」
「でも、駄目なんだよ、私〜」
「祐一ったら、酷いんだよ。7年前の事も忘れているし、今でもあの時の私の告白がなかったかのように普段接するんだもの。反則だよね〜ケロピー審判長!」
「どうせなら、きっちりとけじめを付けて欲しいよ。そうしたら、私も新しい恋を探せるし、栞ちゃんも祝福できるのに。ひどいよ、祐一」
「私の心、持っていき忘れのまんまだよ〜。ねえ、ひどいよね〜」
「それでもって、この前、お母さんが事故に合ったときは私を慰めてくれて、ずっと一緒にいるって……支えてくれるって……言うんだもんね」
「でも、祐一を憎めないかも。あの時は私は落ち込んでいたし、励まそうとしてくれたことも本当の事だから……」
「でも、私の祐一への気持ちは復活してしまったもの。もう止まらないよ〜。祐一の意意地悪〜、ああ、昔から変わらずで意地悪なんだんだから〜」
名雪はケロピーの首を思わず締めていたことに気が付いて、はっと手を離した。
「でも、どうしよう……」
夜は更けていき、結論の出ることもなく、名雪はベッドに横になった。
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-----------ある日の夜のこと。
(なんか祐一の様子がおかしい)
リビングですれ違った時の祐一の目、あの目を一度見たことがある。
そう、7年前の時のかなしそうな目、覚えてる。
「祐一、どうしたの? 栞ちゃんとデートだったんでしょ?」
「……」
(間違いない、何かあった!)
それからの祐一と栞の二人はどこかよそよそしかった……と思う。
それまでがべたべただったから尚更不自然に見える。
-----------1週間後
祐一と栞ちゃんとの間は相変わらず酷くなる一方みたい。
でも、どちらかというと祐一の方が栞ちゃんを避けているみたい。
明日、香里にでも聞いてみようかな。
-----------翌日
放課後、
香里の様子も少し変だけど、ここは思い切って相談してみよう。
「ね〜香里、話があるんだけど」
「名雪?何かしら?」
「祐一と栞ちゃんの2人、何かあったの?」
「……」
香里は何か知っていそう。
「何があったの?」
香里は最初は黙っていたそうだった。
「栞が元気ないのと同じ理由なのよ。ね〜、名雪、やっぱり栞は普通に恋ができない女の子なのかな〜?」
「そんなことないよ。可愛い子だし」
「そう……昨日ね、栞に相談されたんだけど……実は……」
香里の話で、なんとなく分かってきた。
祐一は、きっと、自分の無力さを嘆いて居るんだ……あの7年前と同じように。
確か、7年前はあゆちゃんとのことがあったと聞いたことがある。
今の祐一は、あの頃の自分--自分の無力さで大好きな子を守れなかった自分--に戻りかけていたんだ。
祐一と話さなくてはいけない。
それは確かなことだと思う。
「ね〜祐一、入って良い?」
「名雪か。いいぞ」
祐一の顔をみると、自分の確信がより正しいものに思えた。
「祐一、栞ちゃんのことだけど……」
「!!!!」
明らかに動揺している、図星のようだ。
「香里からも話を聞いたんだ。祐一がいけないのかな?」
「多分そうだ」
「でも『自分の無力さに気が付いた』、そんな感じだよ、今の祐一は」
「でも、どうしようも無いんだ」
自虐的な雰囲気の祐一をみていると、ちょっと抱きしめて上げたくなるけど、今は我慢してよう。
「私に本当の気持ちを話してくれる?聞いてあげるくらいなら私にもできると思うから」
「名雪……。7年前の冬に俺と月宮あゆとの出来事は知っているよな?」
「月宮あゆちゃんって、あの商店街で会ったリボンをつけた小柄で元気な女の子とのことだったよね?」
「ああ、そうだ。あゆは7年前、俺と遊んでいる時に木から落下して意識不明の重体状態になってしまった。そして今年、俺はあゆと再会した。それからは名雪も知ってのとおりだ。そして夕暮れの商店街で別れその後会えなくなっていたが、俺は再び彼女と再会した。秋子さんが事故で入院していた時、偶然に彼女の病室を見つけてしまった」
「そうだったの。それであゆさんは?」
「病院でのあゆは、直前にあった面影はほとんどなかった。ただ、病室の表札が月宮あゆであることと、彼女のベッドの傍らにあった彼女の所持品らしきものをみたときに、俺は7年前のあゆとの出来事をすべて思い出した。彼女がいつも愛用していた大きなリボンが少し血にまみれたようにそばにあったよ」
「それって?」
「俺も不思議に思った。つじつまの合わないこともたくさんあったからな。それで婦長さんに聞いてみたんだ。7年前、10才ぐらいの少年が彼女を背負いこの病院へ連れてきたと、聞いた。"月宮あゆ"というのもその少年が口にした名前だったそうだ」
「その少年は祐一?」
「多分、そうだろう。婦長さんはその少年の親に連絡をとったが、その時に病院に来たのは俺の母さんと秋子さんだったそうだから。少年も大分気が動転していたらしくてな」
「お母さんが関わっているなら、多分、少年が祐一なのは間違いないね」
「それからしばらく、お母さんの見舞いの日には、併せてあゆの病室も訪れてたんだ。名雪はあまり知らないかもしれないけど、俺にとっては彼女は初恋の少女だったしな」
「あゆちゃんが祐一の初恋の人だったんだね」
「それからあゆの介護をしていたが、その際に彼女の頭や背中の痛々しい傷痕を目にしていて、それが自分が彼女のことを守れなかったことの後悔と重なってしまった。そして、自分はそんなあゆのことを7年の年月もの間記憶から無くしていたからな。その悔しさもある」
「初恋の人と事故で離ればなれになって、その上覚えてもいなかったなんて、辛いね」
「あゆはその後、奇跡的に目覚め、少しずつ回復していった。俺はあゆに事故のことや7年間のことを話し謝った。でも、かつての恋仲には戻れなかった。自分の後悔のこともあったし、俺はその時は栞とつき合っていたからな」
「初恋は7年後も実らなかった、そういうこと?」
「あゆは大事な人であることは違いないが、俺はあゆとつきあう資格は無かった。そういうことさ」
「栞ちゃんをあきらめて、つき合おうとは思わなかったの?」
「かなり悩んだけどな。でも、今のあゆは俺が幼い頃にあそんでいたあゆとはまったくの別人のように成長した姿なんだ。話しているときのあゆは昔のままだけど、外見は全く別人のようだし。名雪もそうだが、7年後に再会した時は全く別人に見えるんだよ。それに栞と築いた思い出もある。何にせよ、俺自身が中途半端だったんだな。どっちにもはっきりとした気持ちを伝えられなかった」
「祐一は変に優しすぎるから、どちらかを泣かせるようなことはできないものね」
「だが、それが裏目に出た。俺は栞を抱きしめ、彼女の傷をみた時に、同じくあゆの傷跡のことを思い浮かべ、自分自身がいやになった。そしてとうとう栞の心も傷つけてしまった。栞の顔を見ることも辛くなって、つい避けてしまった。彼女を抱きしめながら他の女性を気にする自分が後ろめたかったこともあった。それで、栞ともとうとう別れてしまった」
「あゆちゃんも栞ちゃんも、祐一にとっては相思相愛だったんだね」
その気持ちが私に向けられなかったこと、悔しかった。
「情けない話だが、結果は……失ってしまった。そういうことだ」
話をする祐一はなんとか冷静になろうとしていたが、とうとう泣き崩れふさぎ込んでしまった。
思い出してしまった、7年前の自分。
でも、気が付いてしまった。
そう、祐一に告白して失恋した自分を今の祐一の姿に重ねてしまっている自分に。
「ずるいよ、祐一! お願いだから、そんな姿を私には見せないで」
7年の間、私は祐一を諦めきれなかった、そんな自分に今、はっきり気が付いた。
「……」
「祐一は覚えていないかもしれないけど、7年前に私がみた祐一のことを思い出しちゃうんだよ」
「告白の時のことか?」
「え?覚えていたの?」
「ああ、しばらくは忘れていたが、つい最近思い出した。あの時は本当に悪かったな、名雪」
「謝られても……それに、その時は祐一の気持ちを考えずに私が一方的に気持ちを伝えただけだからね」
「それでも、お前を傷つけたことには変わりないさ。正直言うと、俺はあの時は名雪のことは妹のようにしか考えられなかった」
「優しいね、祐一。ちょっと残酷だけどね。でも、そのこともういいよ。とりあえず、今はその優しさはあゆか栞ちゃんに与えてあげるべきだよ」
「それでいいのか、名雪?」
「私は祐一のことは昔から好きだよ。たぶん今はもっと好きかもしれない。でも、栞ちゃんと幸せになれるなら、応援してあげたいの。私はただ祐一に笑っていてほしい。今の祐一はいや」
どうしてこんなことを言ってしまったんだろう。
「名雪……」
「でもね、今の祐一の私への気持ちも教えてほしんだよ。たとえNOでもだよ?」
とうとう言ってしまった。
「ああ、約束する」
彼の表情に少し元気が戻った感じがした。
でも、私はその時に、魔が差してしまったのかもしれない。
「ねえ、祐一?」
多分、私の顔は真っ赤だろう。
「何だ、名雪?」
ふかしげな表情を浮かべる祐一。
「一つだけ知って欲しいことがあるんだよ」
そういうと私はブラウスのボタンに手をかけ、ゆっくりとボタンをはずした。
それからブラウスをその場に脱ぎ捨て、スカートのホックに手をかけ、ファスナーをおろした。スカートは私の立った場所にするりと滑り落ちた。
祐一は無口のまま、唖然とした表情を浮かべている。
「祐一には今の私をしっかり見つめてほしい」
そういうと、ブラのフロント・ホックをぱちんとずらした。
祐一の視線が横にそれた。
「前を向いて、私を見て!」
ちょっと強い口調で祐一を諭した。
「これが私の偽りのない姿。そして私の気持ち。祐一が望むなら私は何をされてもいいよ」
そう言うと、ゆっくりと祐一の側に寄り、ベッドに横たえ、目を閉じた。
「名雪、気持ちは嬉しいが、今はお前を抱けない。名雪を大切に思えるようになってからなら、ためらわないが」
はっと意識を戻した。
「私!?……うーん、恥ずかしかった〜」
「驚いたよ、名雪がこんな大胆なことをするとはな」
ちょっぴりにやけ顔の祐一が
「だって、祐一は栞やあゆの姿は見たんでしょ?私だけは祐一に見てもらってないんだよ。恥ずかしいけど……嫉妬しちゃったんだよ〜。彼女たちの祐一への気持ちに」
「だけどな〜。あまりに大胆だぞ、これは」
「でもね、祐一。女の子は本気で好きな人にはいくらでも大胆になれるんだよ?だから、祐一も男の子なら、女の子の本気の気持ちには本気で応えないとだめだよ」
「分かったよ。……でも、これだけのスタイルの娘を前にして据え膳食わないなんて、少し勿体なかったかな?」
「……」(ポッポッポッポッポッポッ)
「冗談だ」
茶化さないでよ〜、
「祐一のばかー!!!!!!!意気地なし!もう、知らないったら知らない!!!」
私は近くにあった毛布を取り身をくるむと、真っ赤になりながら叫んでいた。
-------それから数日後
祐一はいつもの祐一らしく笑うようになった。
でも、時折、少し寂しそうな顔もしてたかも。
栞ちゃんとはきっぱりと別れたらしい。
でも、香里がいうには、祐一は栞ちゃんとじっくりと話し合ったそうだ。
栞ちゃんはすっかり元気を無くしていたけど、以前のようなふたりの険悪さはなくなったみたい。時々、昔のようにみんなと一緒に食事をすることもある。
あれからあゆちゃんにも会ったけど、あゆちゃんもどこか吹っ切れていた表情をしてた。
「名雪!話がある」
「祐一……どうしたの急に」
「お前との約束があったろ?名雪のこと、俺がどう思うか話すよ」
「祐一……」
「7年前なら、名雪の告白にNOと返事しただろうな。あの時に俺の気持ちにはあゆがいたし、名雪の気持ちはうれしかったが、応えることはできなかった」
「そうだよね……」
「だが、今はいとこ同士のつき合い以上はまだ考えられない」
「そうか、私、振られちゃったんだね」
涙をぬぐって、ちょっぴり理解のある女性のような応え方をした。
「な〜、名雪、もう一度二人で互いの気持ちのこと確認してみないか?」
「そ・れ・っ・て?」
「一度、恋人同士のようなデートでもしてみるか?」
「え、え、それって?」
「言葉通りさ。『デート』だよ」
「う・そ……」
「いままでいとこ同士ということを意識して、名雪との仲のことをきちんと考えたこと無かったかもしれない。これを機会に見直してみるか」
「うん、それでもいいよ〜」
それでも、その言葉だけでも、私は嬉しかった。
「今、俺が言えるのは"ありがとう"という気持ちだからな。そのお礼と言ってはなんだが、それでも一度は名雪の気持ちに応えてみたい。それが今の俺の正直な気持ちだ」
彼とのデートは成功だっと思う。
デートの行き先は祐一に任せたけど、祐一は私のしらない秘密の場所のあちこちを案内してくれた。
私のしらない祐一はたくさんあったんだね。
でも、私も祐一への気持ちもはっきりしてしまった。
「祐一〜、ずるいよ。こんないい場所を知っていたなんて」
結局、私が彼を好きであることをまた認識させられてしまった。
「祐一〜、これからもいろいろと連れて行ってくれる?」
「かまわないが?」
淡々と言った。
「私、祐一とつき合いたい」
「そうだな……もうしばらく恋人同士で居てみるか」
嬉しかった。
でも、祐一はやっぱり意地悪だ。
「だが念のために言っておくぞ?"今度は据え膳は食べてしまう"からな」
もう、返す言葉もない。
でも……嬉しい。
---それから数ヶ月たって
私と祐一はもうすっかり恋人の間柄だった。
幾度か体を重ねる関係にもなっていた。
だけど、本当に困ったことに……
「祐一、時間ある?」
「ああ。なんだ名雪?」
「実は、私、懐妊してしまったの。私……初めては祐一だし……エッチした相手は祐一しかいなかったし……たぶん祐一がお父さんだと……思う」
やはり懐妊のことは祐一には告げないといけない。
「産めよ。今後のことはきちんと考える。俺も学生だから両親と秋子さんの了承を得ないといけないが、なんとかしてみる」
あまりに意外すぎるほど意外な返事だったが、次の瞬間、私は祐一の胸で泣き崩れた。
嬉しかったから。
---12月23日
「誕生日おめでとう、名雪。プレゼントがあるんだが?」
「え、祐一から?何のプレゼント?」
「俺自身さ。これ、婚約の証。高いものは買えないが、これでも必死でバイトしたんだぜ、受験生なんでな」
そういって、プラチナ・リングを受け取る。
「ううん、高いモノは要らない。でも、祐一、この指輪に気持ちをこめてキスしてくれない?そうしたら、これを一生の宝物にするよ〜」
「気にするな。だが、当分はイチゴ・サンデーとデートは控えめに願うぞ。ところで、どうだ?お腹の子どもの様子は?学校は秋子さんが話をつけてくれたから、あとは、この子を元気に産むことだけだが。あれから両親を説得するのは苦労したけど、妊娠の件は秋子さんも含めてむしろ喜ばれてしまったよ。まったく相沢家といい水瀬家といい……」
「お母さんは賑やかなのがすきだからね」
「だけど、一応、改めてみんなにきちんと二人で話をしような」
「うん。でも、祐一、何か忘れていない?」
「え……なんだ?」
「うー、祐一、一番肝心なことなのに忘れている。
『プロポーズの言葉』よ!!!
分かっているだろうけど、他の女の子に対して絶対に先に言わせないわよ!」
子どもの事よりもお母さん達に話すよりも、私にプロポーズしてくれないでどうするの?
本当に鈍感なんだから。
婚約指輪まで用意しておいて、どうして忘れるかな〜。
私だって、結婚を夢見る18才の少女なんだからね、もう!
もう鈍感な祐一は嫌い(ハート)
〜エピローグ〜
幸せそうに、ウェディング・ドレスを真剣に選ぶ名雪の姿があった。
その時、
(お父さんに私の花嫁姿、見せてあげたかったな)
名雪は思った。
(名雪のドレス、どうしようかしら)
秋子は頬に手をそえて考えていた。
(それに……・)
……さてと……それは続編で(by作者)
FIN.