< 縁 >
(Kanon) |
第3話 「癒されていないもの」
〜美坂 栞編 〜 |
written by シルビア
2003.9-10 (Edited 2004.2)
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〜プロローグ〜
美坂栞は今は普通の女子高生に戻っていた。
死に限りなく近い状態からの奇跡の回復には、だれもが奇跡を感じずには居られなかった。
だが、それも一つのドラマの始まりに過ぎなかった。
彼女にはもう一つの苦しみが待っていた。
女の子なら誰しも普通に思うこと、だが、彼女はそれができなかった。
相沢祐一との恋は……初恋は……ある日突然終焉する。
そして、少女は悲恋ドラマのヒロインとなっていく。
祐一の部屋の窓からは、夕日のほんのり赤い光が差し込む。
「祐一さん……」
「栞……」
二人はゆっくりと唇を重ねていた。
祐一は制服姿の栞のリボンにそっと手をかける。
リボンがするりと解かれていく。
祐一の手は栞の制服のボタンを上から順にはずしていく。
少女の白い柔肌が次第に祐一の目に映っていく。
「!!!!!!」
突然、祐一の目がはっと開き驚愕の表情を浮かべる。
その間を不思議に思った少女はうっすらと祐一の顔を見つめ、そこに彼の気持ちを感じてしまった。
祐一さんと肌を重ねるのはこれで二度目ですね。
最初は夜の公園で、1週間の普通の子としての生活を所望した少女のその最後の日に、雪景色の中でした。
目から火がふくぐらい恥ずかしかったけど、とても痛かったけど、祐一さんは優しかったですね。薄暗い公園の光では私の姿はあまりよく見えなかったでしょうけど、目の前の彼の顔だけはかすかに覚えています。
「栞……」
(でも、どうしたのでしょうか?祐一さんの様子が変ですね?)
私は彼の視線の先をそっと辿りました。
その先は私の胸の少し下あたりでしょうか。
(もしかして……)
そう、そこには10cmはあろうかという私の手術痕がありました。
そこだけではありません。
私の体には幾度の手術によってできたいくつもの傷痕があります。
「すまない」
祐一さんは私を抱きしめてくれてます。でも、それは恋人にすべてを捧げた私への抱き方というより、申し訳なさの裏返しのように思いました。
「えぅー、そんな事言う人、大嫌いです!!」
雰囲気を察した私にはもはやそう言うしか選択肢がなかったのです。
私はただ泣くことしかできませんでした。
そして私の予想通り、祐一さんは、それからは私の体を求めてくることはほとんどなくなりました。
ショックです。
「栞、俺たち、別れよう」
追い打ちをかけるように、祐一さんは私と別れ、他の女性と恋仲になりました。
そうです、私は祐一さんに失恋したのです。
でも、この時は祐一さんの真意を理解していなかったと思います。
風呂上がりに鏡を前にして自分の姿をじっくりと眺めました。
上半身には数カ所の傷痕が痕跡鮮やかにありました。
戦前の日本での非国民へのむち打ち拷問の痕ってこんな感じでしょうか。
想像してみます……うーん、そこまででもないですか。
でも、普通の女性なら……こんな傷はほとんどないでしょうね。
綺麗な体を好きな男性に委ねるのでしょうね。
溜息がこぼれました。
泣けてきました。
そしてこれが大好きな彼と別れた原因かも(?)だったなんて、思いたくはなかったです。
でも、現実は厳しかったです。
それから私は男性に抱かれることに怯えてしまいました。
こういうのをトラウマとでもいうのでしょうか。
まるで、悲恋ドラマみたいですね。
私の恋愛ドラマはハッピーエンドを迎えられないのでしょうか?
とても悲しいです。
私は部屋で1人途方にくれていました。
「栞、聞きにくいことだけど、相沢君と別れたのがそんなに辛かったの?」
心配したお姉ちゃんが私に話しかけてきました。
当然でしょうね、私は雪女のような冷たい笑顔しかできなくなっていたからです。
「お姉ちゃん、私、綺麗?」
私は服をはだけて上半身をお姉ちゃんに見せました。
「え、綺麗?何言ってるの、栞?十分綺麗じゃない。私の自慢の妹だと思ってるわ。肌だってこんなに白く……え!?」
「えぅー、おねえちゃん〜〜、おねえちゃん〜〜」
とうとうお姉ちゃんの胸の中に泣き崩れてしまいました。
私はお姉ちゃんには隠し事はできないようです。
頭の回転のいいお姉ちゃんは有る程度察してしまったようです。
「実は……」
「……そうだったの、栞……ごめんね。気が付いてあげられなくて」
「あ〜!今日は病院の定期検診の日でしたね」
回復後も時折病院に経過観察のために通院していました。
いろんな検査をうけてから診察室で主治医と向かい合いました。
「美坂さん、体の方は順調に回復していますね。今回の検査でも問題はありませんでした。それなのに元気がないのは、検査への不安でもあったんですか?」
「いえ」
「では、どうしてそのような暗い表情をされているのです?あなたは病気の時でさえ、他人の前では明るい表情をくずすようなことは無かったとおもいますが」
「えぅー、何となく元気が出ないんです……」
私はうつむきながら返事をしました。
「ふーむ。それは、お姉さんが私に相談したことと関係があるのでしょうか」
「え?お姉ちゃんが?」
「ええ、ですが、美坂さん、それなら少し頑張れば今の悩みは解決するかもしれません。ならば思い立ったが吉日といいます。帰る前にある先生の科に顔を出してください」
「はい……」
私はよくわからないんですが、医師の指示に従いました。
(新しいドラマの始まりは、いつも唐突ですね)
その日、担当医師の指示に従った私は思いました。
「私にどーんと任せなさい!」
「はあ〜、お願いします」
陽気に振る舞っていたのが、その科の医師の初印象です。
……それから1年経ちました。
「うん。OK。さあ、鏡を見てごらん!」
医師は包帯をはずすと私にそう言いました。
姿見の鏡の前に私は立って覗き込みます。
「え〜、本当に、これが私ですか〜?」
「もちろん。それは美坂さんですよ」
「嘘みだいです〜」
私は満面の笑顔を浮かべてそう叫んだ。
そして、
「ははは。美坂さんは笑うとやっぱり可愛いですね」
「え?」
「いや〜、惚れちゃいますね。どうです?この際、私とつき合ってくれませんか?」
「ええ?」
「私とつき合ってほしいということですよ。……念のため言いますけど、何も別に今抱いた感情ではありません。幾度か院内で見かけていましたから。一目ぼれとでもいいましょうか。でも、初診の時に元気がなかったんですよね、心配したんですよ。その笑顔はすっかり昔通りです、懐かしいし嬉しいですね」
「えぅー、そんな恥ずかしいこと言う人、嫌いです!」
恥ずかしさと照れかくしでしょうか、拗ねたふりをします。
「ははは〜。その笑顔、私だけのものにしてもいいですか?」
動じません。さすが医師ですね。
というより、私のこの口調と表情では、私の気持ちはすっかりばれています。
(えぅー)
とにかく格好いんですよ、この医師。
「今回はやりがいがありましたね〜。私がこの仕事に従事したのは、あなたのような笑顔を取り戻したいからです。でも、私も男です。恋だってし・ま・す・よ?」
「笑顔を失った女性と影で見守る男性医師……こんな関係ですか?」
とぼけようともしてみました。
「そうです!そのドラマの主人公が私と貴方なんですよ、栞さん」
私のおとぼけなど全く通じません。
この整形外科医はやっぱり口上手です。
口先では負けてしまいそうです。
(どきどきですけど)
「格好つけすぎです!でも……私の心を惹くには十分かもしれません。……そんな事言う人……(えぅー、負けました〜)……やっぱり……大好き……なんですね」
ああ〜、大胆にも言ってしまいました。
でも、私はドジですね。
今の自分の格好、それは体をあまり覆っていない薄い肌着をまとっただけの姿なのです。
自分の傷痕の状況を姿見でみているわけですから……そのう……薄着なんですよ……それも……下着に限りなく近いといいますか……胸はほとんど丸見えの……。
そんな姿で私は彼に抱きついたのですから、彼には十分すぎるぐらい刺激的だったはずです。
彼を挑発させすぎてしまいました。
そして、その事をあとで存分に思い知らされました。
その夜、私と彼は待ち合わせデートをし……そのまま二人は一夜を過ごしたのです。
(初デートからいきなりなんて、強引すぎます〜)
二人寄り添うベッドの上で、私はほんのちょっぴり後悔しました。
でも……嬉しかったですね、やっぱり。